準備
「ようやく軌道に乗ってきたな」
馬車の中。
アメリアの元へ向かう途中のアルバーナは報告に挙げられた内容に目を通して微笑む。
「これならばギール商会に借りた借金も案外早く返せるかもしれない」
領地を得たアルバーナにとって最大の問題は資金であった。
もちろん国と交渉して補助金を得ているものの、難民達の衣食住や観光客を呼び戻すためのパフォーマンス、そして治安の向上など金を使う理由は幾らでもある。
そうであるがゆえにアルバーナは解決策としてアメリア経由で融資してもらい、対価として作った特産品を払っていた。
しかし、地位も何も無い青二才のアルバーナに対してトルトン国もギール商会もアルバーナに融資するというのは良いのだろうか。
アルバーナが凄いのか、それとも周りが愚かなのか判断に悩むところである。
情報によるとアメリアは今日この屋敷に止まるらしいのでアルバーナは当然の如く連絡なしで足を踏み入れる。
そして使いの者に自分がやって来たことを伝え、その間にくつろぐのだが。
「お待ちしておりましたアルバーナ様」
「凄いですボス! 師匠が本当に来ました!」
「……アンサーティーン。お前はラクシャイン王国担当だろう」
アルバーナを出迎えたのはニコニコと笑みを浮かべるアンサーティーンとその隣で目を輝かせるアメリアであった。
「ご心配ありがとうございます。しかし、アルバーナ様は私の支社において唯一の大口契約様ゆえに多少の便宜を取らせて頂いております」
アンサーティーンはアメリアとギール商会を繋ぐ重要な役目を帯びている。
本来なら弱小支社長が務める業務で無いのだが、彼は如才なくこなす。
本当に彼は何者なのだろうか。
「よく俺がこの時間帯に来ると予想できたな」
アルバーナがアメリアの元を訪れる時期は不規則であり、下手すれば何日も来ない時がある。
その中でピンポイントに待ち構える所業など出来ないはずなのだが。
「ええ、現在の資金の推移状況ゆえにそろそろ尋ねる頃合いに加え、アルバーナ様の位置ですとこの時間帯に訪れると予想していました」
何でもないことの様にアンサーティーンは述べた。
「アメリア、厨房へ行って夕食を運んできて下さい。これから先は少々混み合うお話なので食事を取りながらにしましょう」
つまりアルバーナがどんな話をするのかもアンサーティーンは知っている。
「食えない奴だ」
常に先手を打つ如才ないやり方にはさすがもアルバーナも舌を巻いた。
「黒字化おめでとうございます」
温かいスープが湯気を立てる中、アンサーティーンが頭を下げる。
「よくあの零――いえ、マイナスの状態から僅か一年で利益を上げることが出来ました」
「師匠は商売の神様です!」
アンサーティーンの称賛にアメリアが乗っかる。
二人ともギール商会で商人として働いてきたがゆえに今の状況のありえなさを実感しているのだろう。
「アルバーナ様、もしよろしければその技法の一部をご教授出来ないでしょうか?」
「私からもお願いします、師匠」
時に恵まれているわけで無ければ土地の習慣に合っているわけでもない、果ては人々から全く知られていない状態から何故ビジネスとして成功したのか。
商人のはしくれである二人の好奇心がうずくのは当然の帰結だっただろう。
「教育だ」
スープを口に運んだアルバーナは端的に答える。
「アメリア、以前俺は国で物を売りたければその国の教育方針を知れと言っただろう」
「はい、その通りです」
アルバーナの問いかけに頷くアメリアは。
「けど、それで何が分かるんですか?」
と、首を傾げながら聞いてきたので、アルバーナは頭を抱えそうになる。
「この鳥頭が」
「酷い!?」
「何が酷い? 俺は同じことを繰り返すことが嫌いなことは知っているだろう」
「まあ、アメリアが酷過ぎるのはさておき」
アルバーナの罵倒とそれにショックを受けるアメリアのコントはさておき、場の空気を元に戻すためアンサーティーンが口を開く。
「――戦略を練ることが出来るのですよ。普通は習慣や風習を基本とするのですが、そこをあえて教育方針とするのがアルバーナ様の妙です」
「まあな。習慣や風習から戦略を練るという手もあるが、教育を受けていない人間は保守的なうえ財布に余裕があるとは思えんからな」
極論だが、例えば目の前に二種類の給与形態があるとしよう。
一方は週払いで一週間十G。
もう一方は月払いで月五十G。
少し機転を働かせれば月払いの方が得だと理解できるのだが、学が無いと前者を選んでしまう場合が多い。
そして、もし週払いを選ぶ者に物を売りたければ安くすれば良い。
品質や安全よりも価格を第一に持って来ればその商品は大抵売れる。
だが、そうなると勝者は強大なマンパワーと大量生産できる設備が整っている大手であり、中小勢力ではどう足掻いても勝てない上に下手すれば泥沼に嵌り込んでしまう。
ゆえにアルバーナの様な新興勢力が物を売るためには必然的に教育を受けられるだけの知識水準が高い者達へとなってしまう。
「爺さんが独裁や共和制、一定の教育方針を取っている国には何を売るべきかの指針を示してくれたからな」
「それはもちろん拝見させてくれないのでしょう?」
アンサーティーンの言葉にアルバーナは鼻を鳴らして断る。
「当然だ、少なくとも安定するまで見せるわけにはいかない」
「残念です」
そっけなく拒否を言い渡されたのにアンサーティーンは特に堪えた様子もないことから、ある程度予想していたのだろう。
まあ、常識的に考えれば確実に儲かる手段を他人に後悔するのは愚の骨頂ゆえに、アルバーナの態度は当然かもしれない。
むしろ大元の出発点を教えたこと自体が大出血サービスなのである。
「まあ、俺からすると嬉しい誤算だったのはギール商会が難民達が作った商品を全て買い上げてくれていたことだな」
正直な話、ここまで早く軌道に乗ったのは売れる売れないに関わらず全て買い取ってくれたギール商会の恩ゆえである。
おかげで難民達の住居や工場を造るための資材や資金を調達することが可能となった。
「そこはアンサーティーンに感謝するしかない」
大陸レベルで運営している商会ともなると部外者であるアルバーナ一人が奮戦したところで門前払いにされるのが落ちである。
そうにも関わらず、地方を担当する幹部と相対で来たのは偏にアンサーティーンの紹介ゆえであった。
そんなアルバーナの礼に対してアンサーティーンは微笑みを崩さずに首を振って。
「いえいえ、私は単に口利きをしただけですし、何よりアルバーナ様の働きによって私も相応の利益を得ることが出来ましたのでイーブンです」
利益というのは金だけではないだろう。
アンサーティーンの所属する派閥内での地位が向上したとか政治的な側面の方が大きいとアルバーナは見た。
「まあ、何にせよ」
アルバーナはすっかり冷めたステーキにナイフを入れる。
同時にまずアンサーティーン、次にアメリアへ視線を動かすのも忘れない。
「アメリア、帳簿を持ってきてくれませんか?」
アルバーナの意図をくみ取ったアンサーティーンはアメリアにそう命令する。
「そして一緒にコックへ別の料理を持ってくるよう頼んで下さい、すっかり冷えてしまいました」
「そうだな、よろしく頼む」
「はい、分かりました!」
アメリアはアンサーティーンとアルバーナの両方からお願いされた事実に張り切っているのだろう。
椅子を大きく引いて勢いよく立ちあがったアメリアは文字通り扉の外へ走り去っていった。
そして残るはアルバーナとアンサーティーンの二人だけ。
ムードメーカーであるアメリアがいなくなったことで幾分か空気が重くなるのだが、これから行う話題の中身だと重苦しい方が良いだろう。
「基盤は整った。後は何時行動を起こすかだ」
「行動とはもちろん?」
アンサーティーンの冷たい眼差しに。
「もちろんあれだ」
アルバーナは目を逸らさず睨み返す。
「もう二、三ヶ月すれば俺の領地は貰う側から金を生み出す側へと回る。そうなれば王の関心は北部へと向き、俺の代わりに信頼できる部下へ配置転換を行うだろう」
アルバーナはあくまで異邦者。
赤字を垂れ流す不毛地帯だからこそ領袖を拝命されたのであり、それが利益を生み出す財源領地になった以上、引き続きアルバーナに任せる理由などどこにもない。
むしろ反逆を起こされたら国にとって大きな痛手となってしまうゆえに、アルバーナの更迭は時間の問題であった。
「そろそろ武器を輸入したい」
アルバーナはそう切り出す。
「しかし、派手にやると場の空気が面白くない方向へ転がってしまうから、出来るだけ秘密裏に行ってほしい」
「つまり密輸ですね?」
アンサーティーンの瞳がキラリと光る。
「そうなると正規のお値段より割高になりますがよろしいでしょうか?」
「構わん、金ならある」
アルバーナは自信たっぷりに頷くと。
「ご用件を了解しました。そしてこちらの御好意として傭兵も追加させましょう……もちろんお値段は頂きません」
「助かる」
今のアルバーナは猫の手も借りたい状況であるがゆえにアンサーティーンの申し出は素直に嬉しかった。
「それと、これは一つの提案ですが」
これで終わると思いきやアンサーティーンは続ける。
「焦土地帯を短期間で蘇らせたアルバーナ様の能力は目を見張るものがあります。ゆえに、もし独立が失敗に終わるようでしたら、あなたはもちろんのことその部下のかたがた全員を我々ギール商会が保護します」
ヘッドハンティング。
客観的に見ればアルバーナは一つの奇跡を起こしている。
そしてそれが断頭台の露へと消えてしまうのはあまりに惜しいため、亡命の手助けをするというのだ。
最悪命の保証はされているため、一般人にとっては相当魅力的な提案だろう、が。
「部下をよろしく頼む、俺は自身が起こした責任を取らなければならない」
残念ながらアルバーナは一般常識とかけ離れた思考回路の持ち主ゆえにその申し出を断る。
「そうですか……」
そうため息を吐くアンサーティーンの瞳は僅かに悲しみの色を浮かべていたように見えた。




