責任
クークの役目はフレリアの補佐であるのだがそれは補佐という名の彼女の愚痴を聞く仕事であり、それ以外の時間はずっと魔法使いの育成にあてている。
そうしなければクークが潰れてしまう。
何故ならクークはアルバーナが集めた魔法使いの卵達と日夜奮闘しているからであった。
「クーク姉ちゃん、もう勉強いや~!」
「わーん! シュダが私をぶった~!」
「ホリイ、どうして私の言うことを聞けないの!?」
との会話から推測できる通り全員が十歳前後の遊びたい盛りの年齢。
問題なのが男子と女子の比率が二対八であり、数少ない男子も男の娘と表現できる可愛らしい容姿をしていることから、またもアルバーナの悪い癖が発動してしまったのだろう。
「ふえ~ん」
生徒達のあまりの元気さにクークが溜まらず鳴き声を出した。
魔法使いのための修行というよりかは学校と表現した方が合っており、子供達は生徒で先生はクークであり、彼らが修行する場所も校舎に教室に黒板と、世間一般の学校の様相である。
「……苦労しているようだなクーク」
いつの間にかアルバーナが教室の外に立ち、苦笑しながら黒板の前で右往左往している彼女を見つめている。
「ユラスさ~ん、私には無理です~」
アルバーナの姿を見つけたのだろう。
クークは半ベソをかきながら彼の方へ駆け寄っていく。
「そう泣き言を言うなクーク。お前なら出来る」
指導役であるクークが教室の外に出ることは良くないと判断したアルバーナは中へ入り、彼女の髪を撫でながら元気づける。
「俺だけではない、フレリアもメイリスも皆クークなら大丈夫だと言っているぞ」
実際に確認を取ったわけではないのだがアルバーナは気にしない。
今、ここで重要なのはクークが逃げ出さない様励ますことである。
「本当ですか?」
アルバーナの励ましが効いたのだろう、上目使いに彼を見つめる瞳は先程よりも光を取り戻している。
「ああ、その通りだ。だから自信を持て」
クークが良い方向へ向かったことを悟ったアルバーナは軽く腰を曲げてクークの額に軽く接吻を行う。
「な、な、な……」
いきなりの行動にクークが慌てふためいたのは言うまでもないだろう。
と、今度は別の理由で右往左往したしたクークを放ったアルバーナは子供達の方へ向き直る。
「おーい、ユラス兄さんが来たぞ~」
そしてアルバーナが笑顔を浮かべてそう両手を広げると。
「あー、お兄ちゃんだー」
「抱っこ抱っこー」
と、子供達がわらわらとアルバーナの周りに集まり、口々に遊んでと言い始めた。
「うんうん、子供は元気なのが一番だ」
子供達の様子にアルバーナは大きく頷くと子供達の要望を聞ける範囲で叶え始める。
「ねえねえユラスお兄さん。私はこんなに魔法を使えるようになったよ」
「あー、一人だけズルイズルイ。私もここまで出来るよ」
「僕だってそれぐらい」
一人がアルバーナに対して現在の進歩状況を披露すると他の子供も我先と争って見せ始める。
どうやら子供達は元気一杯に遊びながら、クークは振り回されながらもしっかりと目的は果たしているようだ。
「ほう、みんな偉いな、お兄さんは嬉しいぞ」
この成果にはアルバーナも満足しているのだろう。
破顔した彼はいつものテンションの五割増しで子供達と接し始めた。
余談だが五~十分程度で遊ぶのを終わらせて教壇に上がったアルバーナはしっかりと遅れた時間分を取り戻させたと追記しておく。
いつもより早いペースでの授業なのに子供達は真剣に聞き入っている。
詰まる所、アルバーナは子供達に大人気なのであった。
「ふう~……子供達は元気だなぁ」
職員室という名のクークの私室にある椅子に体を預けたアルバーナは盛大に息を吐き出す。
「あの小さな体のどこにあんなパワーが眠っているのだろうか」
「クスクス、さすがのユラスさんもお疲れのようですね」
そんなアルバーナを見てクスッと笑ったクークは彼に紅茶と菓子を運んできた。
「済まんなクーク」
礼を述べたアルバーナは紅茶を啜る。
「ほう、この苦さと濃さは俺好みだな」
アルバーナとしては褒めたつもりなのだが、それを聞いたクークは可笑しげに笑う。
「ウフフ、その仕込みは子供達に大人気なんですよ」
クークが遠回しに言いたいことなど聡いアルバーナは瞬時に理解できる。
「……俺の味覚はガキと同レベルだと言いたいのか?」
渋面を作ってそう抗議するアルバーナの表情は悪ガキのそれによく似ていた。
「ご一緒します」
そう前置きしたクークはアルバーナの対面に腰を下ろして菓子を一つ掴む。
美味しそうにそれを頬張る姿はまるで小動物が木の実を食べているようでアルバーナの気分をほっこりさせた。
「しかし、自分で卑下するほどクークが教師に向いていないことはないぞ」
一段落ついたアルバーナはそう切り出す。
「少々騒がしいがちゃんと椅子に座っているし、結果も出している……どれぐらい進んだかな?」
「黒の才能がある子は簡単な火球を、そして白の才能がある子は軽い擦り傷なら治療できます」
クークは誇らしげに胸を張る。
要領の良い子はすでに呼吸をするかの様に魔法を繰り出せているが、一番出来ていない子を基準にすることからクークの優しい性格が表れている。
つまり彼女は一人の落第者も出したくない気質であり、全員を一角の人物に育てようとする意気込みが見て取れた。
「だろ? 九ヶ月でこの成果だ。ゆえにクークが思い悩む必要など無いんだ」
「いえ、私一人の力ではありません」
しかし、そんなアルバーナの激励にもクークは首を振る。
「一つはヨーゼフ=バレンタイン氏が提唱した魔法教育方法には驚かされるばかりです。まさかここまで簡単に魔法使いを育成できるとは、目から鱗の気分です」
「当然だ、何せ爺さんが編み出した修行方法だぞ」
アルバーナは自分が褒められたかのように鼻を高くする。
「何せ魔法の才能が全くない俺でさえ僅かだが魔法を扱えたんだ。そして俺より若く、純粋な子供が本気で修業すれば力を付けるのは当然だろう」
この時代の魔法使いの養成というのは、忘我に至るほど深い瞑想を何度も繰り返し、さらに魔力密度が濃い空間で魔法の反復訓練を行って会得、強化する。
特に魔力密度が濃い空間を作るとなると、魔法を唱えても大丈夫なスペースの確保以上にそれだけ広い空間に魔力を満たせるの魔法使いが必須となる。
それゆえに魔法使いの育成は困難を極めるのだが、ヨーゼフ翁の提唱した方法はその前提条件を覆した。
魔法を扱うために必要なのは魔力だが、その魔力は気力を変換して生み出しているという説にヨーゼフ翁は注目した。
つまり魔力への変換率が低くとも、その絶対量が膨大ならば結果的に魔法を扱えるということである。
ではその気力を増やし、魔法を扱えるにはどうしたら良いか?
それは己にとって心の底から楽しいと思える環境を作り、そして自然に魔法を扱えるよう方向を誘導させることであった。
「さすが無邪気な子供だ。乾いた綿が水を吸うかのように吸収していく」
「ええ。正直な話、私が苦労して習得した魔法をあっさりと使われると多少嫉妬を覚えますね」
「おいおい、子供達の成長を妨げるなよ」
クークの不穏な物言いにアルバーナは釘を刺すが。
「クスクス、冗談です」
クークは茶目っ気たっぷりの表情で笑った。
「まあ、それもありますが」
一しきり笑ったクークは目を閉じて話を戻そうとするが。
「それも?」
「……ヨーゼフさんの凄さもありますが」
アルバーナに凄まれて言い直す。
彼の前でヨーゼフ翁を蔑ろにする言動はタブーである。
「子供達が本当に生き生きしているのは皆がユラスさんのお役に立ちたいからです。あなたに褒めてもらいたい、その一心で皆は頑張っています」
「ほう、それはそれは……嬉しいな」
一見すると何の変哲もない会話である。
しかし、他人の気配に聡いクークはアルバーナの言葉に酷薄な響きを感じた。
「もしかしてユラスさんはその期待を素直に喜べないのでしょうか?」
「ほう、クーク。見事な観察眼だ」
クークの問いかけにアルバーナは称賛の言葉を送る。
「何ででしょうか?」
「なあに、彼等子供達の将来を考えるとな」
「……」
アルバーナの言わんとしていることにクークは沈黙する。
魔法使いというのは戦争を行うための存在であり、その卵である彼等は将来戦場に出る。
あの無邪気な子供達の行く先は血に塗れた修羅の道であるがゆえにクークは言葉を失って地面を見つめ始めた。
「クーク。断っておくが全ての責任は俺にあるぞ」
アルバーナは先手を打つ。
「子供達に人殺しをさせるのも、クークに人殺しのための方法を教えろと命令したのも全て俺だ。だからお前も子供達が罪を感じる必要など一片たりともない」
アルバーナが懸念しているのは今後クークが今の行いに迷いを覚えそうだったからである。
今ここでクークが腑抜けになるのは不味いため、彼女を安心させるためにアルバーナは全ての罪は自分にあると宣言し、さらに。
「それになクーク、俺も好き好んであいつらを戦場に送りだしたくないぞ。出来ることならば魔法を戦争の道具でなく文化の一つとして発展させ、子供達はその先駆者になってもらいたい」
子供達を戦わせることはアルバーナにとっても不本意であり、魔法は本来楽しいものだということを大陸中に浸透させたいと付け加えておいた。
「そうですか」
クークが目に見えて安堵の息を吐く。
「分かってくれて良かった」
クークが理解の色を示してくれたのでアルバーナは大仰に頷いた。
――アルバーナは今、クークに対して大ウソを付いていることを自覚している。
国を創る以上、戦争が起きるのは確実ゆえに子供達の手が血に汚れることも確定している。
しかし、アルバーナは歩みを止めようなどという意志など毛頭ない。
国を創るために、ヨーゼフ翁の提唱した国家を現実のものとするためならば、アルバーナは屍の山を越え血の河を渡る覚悟を決めていた。
「爺さんよ……俺は必ず国を創る。例え何を犠牲にしてもな」
幸か不幸か、アルバーナの危険味を帯びたその呟きをクークは聞き取ることが無かった。




