アルバーナの懸念
馬車の中。
アルバーナの黒目黒髪は生来のものゆえ仕方ないにしろ、変更可能な上着やズボン、果ては貴族の証であるマントでさえ黒一色に揃えている彼の姿は異様に見える。
まるで己は何物にも染まらぬと、それどころか周囲を侵食してやるといった意気込みが見て取れた。
「……はあ」
が、今のアルバーナを、彼の性格をよく知る者が見たら驚きで腰を抜かすだろう。
国を創るという神をも恐れぬ図太い神経を持ち、その圧倒的なエネルギーで周囲を引っかき回す彼が疲れたとばかりにため息を零す姿に、もしかしてあれは影武者でないかと勘ぐってしまうが、紛れもなく本人である。
「フレリアのあの頑固な性格は何とかならないものだろうか」
アルバーナの悩みの種はこれから向かう先にいるフレリア=イズルードである。
治安維持の総責任者という未知の領域に加えて周りにはクーク以外己をよく知る者がいない中、彼女は与えられた仕事をこなそうと努力するだけでなく、アルバーナが満足する結果も出していた。
具体的には、最初の四半月で北部の治安は劇的に良くなり、次の四半月にはトルトン国を訪れる観光客も戻ってきていること。
それは偏に元来生真面目な性格のフレリアがヨーゼフ翁が提唱した兵士の訓練法を先入観や周りの意見に囚われず忠実に実行していたからであった。
与えられた材料に一切の手心を加えず台本通りに実行するその能力は感心するところだが、そうであるがゆえに数字に上がっていない部分で多くの火種を抱えている。
具体的には周囲との兼ね合いが上手くいかず、軋轢を多々生んでしまっていること。
「困っているなら報告してくれれば良いのに」
生真面目な性格であるフレリアは例え事故が起こっても自分の手で何とかしようとする。
自分がしでかしたミスは自分で責任を取るというその姿勢は立派だが、初期だと数時間で終わる失敗が、最悪の出来事に発展してしまうことは感心できない。
ゆえにアルバーナは他の三人と比べ、フレリアの元を足しげく通わなければならなかった。
「また貴様か」
「そんなに怖い顔をするなよフレリア」
隠そうともしないフレリアの怒りをまともに受けながらもアルバーナはヘラっと相好を崩す。
夕暮れ。
アルバーナが統治する領土の治安を維持するための本部として使用している建物に彼とフレリアが対面していた。
出会いはメイリスと同じであり、アポなしに突撃したアルバーナが座って待っているという図式である。
「いつも通りの様子見だ。そろそろ慣れろ、俺は同じ言葉を繰り返すことが性に合わない。で、どうだ、何か変わったことはないか?」
「何も無い」
アルバーナの言葉を華を鳴らしながら答えるフレリアは続けて。
「つい先週も同じことを言っただろう」
「いやいや、あの時根掘り葉掘り聞いたおかげで部隊の一部が暴走という事態を避けることが出来た」
真面目なフレリアは部隊の調練に対しても嘆願や容赦を聞き入れないため、周りの経験豊かな幹部達との間に溝が出来ていることもしばしば。
まあ、それは起こってしまうものだから仕方ないにしても問題はその対処法であり、フレリア自身その不穏な気配に勘付いていたもののどう対処して良いのか分からず、かと言ってアルバーナに相談もしていないことが彼を不快にさせている。
「まだ私を信用していないのか?」
前回の失態を指摘され、真っ赤な顔になって睨み付ける。
「あれは私の力不足ゆえだ。今度は同じミスなど犯すはずがないから安心してくれ」
そう吠えるフレリアの眼尻には涙が浮かんでいた。
恐らくフレリアにとって最も辛いのはアルバーナに信用されていないことだろう。
命令を出す相手は己よりも年齢も能力も上である連中ばかり。
そんな中で自分が勝っている点と言えば、他の誰よりもアルバーナに一目置かれているということのみ。
その利点ゆえに彼女はアルバーナに依存している。
冷静になって考えれば己の居場所を奪ったアルバーナに忠誠を示す必要はないのだが、その考えに至らせないよう硬軟上手く使っている彼を誉めるべきか。
閑話休題。
フレリアからすると、自分はやるべきことをしっかりやった。
だから自分を捨てないでほしいと訴えているのだとアルバーナは推測する。
そんな輩に対処する方法はたった一つ。
フレリアの不安を取り除くためにアルバーナは彼女へ近づく。
「なっ!?」
そしてあっという間にフレリアの腰に手を回して抱き寄せ刹那のキスを行った。
「違うな。信用している、いないではない。お前は俺のものなのだから包み隠さず正直に話すのは当然だろ?」
動揺しているフレリアにアルバーナは噛み締めるように一言一言繰り出す。
「お前は俺のもの。つまりお前の考えも、意志も、責任も、人格も全て俺が背負っている。お前の失敗は俺の失敗であり、責任も俺が背負う。だから隠し事なんて許されると思うのか?」
「だったら私にも全て打ち明けろ。普段何をしているのか全然教えてくれないくせに」
先ほどとは打って変わって弱々しい口調で口を尖らせるフレリアにアルバーナは首を左右に振って。
「いや、お前。まさか俺と対等だと勘違いしていたのか? 頭は体の全てを把握しているが、逆に体は頭の全てを把握していない。それと一緒だ」
そしてアルバーナは腰に回していた右手をフレリアの肩へ置く。
「なあに、安心しろ。いずれはお前に対して隠し事なんてしなくなる。しかし、今ではない。今はまだ吹けば吹き飛ぶ組織ゆえに不要な情報を与えて惑わせるわけにはいかないからな」
もし盤石な組織ならば多少の失敗ぐらいビクともしないが、今のアルバーナの組織は少しの失敗が入院するほどの重傷へと繋がり、裏切りなんて起きようなら即死ものである。
ゆえにアルバーナはフレリアが勘違いして暴走しないよう情報を制限し、かといって不安に晒されて暴挙にでないよう頻繁にフレリアと会っていた。
「……信じて良いのか?」
瞳が揺れているフレリアに対し、アルバーナは一言こう宣言した。
「ああ、俺を信じろ」
全てを知っているアルバーナからすれば全く安心できる状況でないのだが、あえて強気に言い切る。
弱気を見せて不安にさせるよりか、傲慢を見せて心配させる方が良いのであった。




