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アルバーナの軌跡  作者: シェイフォン
第二章 国の中枢は揺るぎない信念
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メイリスの苦悩

 アルバーナの無茶ぶりによって四苦八苦している四人の中で最も責任が重く仕事量も半端無いのは何といってもメイリスだろう。

 彼女はヨーゼフ翁が唱えた教育論を根付かせるだけでなく、集落や難民達に不満が出ないよう利益配分に加えてクークと共に魔法使いの育成という三つの重責を担っていた。

「……ふう」

 執務室で書類仕事に勤しんでいたメイリスはそう呟いて息を吐く。

 彼女の身長の二倍はありそうな長大かつ重厚な机にはいくつかの書類の山が出来上がっている。

「あれ? もう夜?」

 冷えたお茶を口に含んだメイリスは窓の外の様子を見て首を傾げる。

「おかしいな。先程まで朝日が昇っていたのに」

 どうやらメイリスは陽が昇る頃からぶっ続けで仕事をしていたらしい。

 休憩も取らず仕事をするなどいつ倒れてもおかしくないハード―ワークなのだが、当の本人はいたって呑気な様子である。

「まあ良いか。おかげで溜まっていた書類も片付いたから問題なし。明日の午前は会議、そして午後はクークの様子を見に行く予定だった」

 サンドイッチを頬張りながらそんなことをのたまう様子からメイリスはまだまだ元気な様子であった。

 が、それで万事良しというわけにはいかない。

 メイリスが倒れると全てが狂うため、アルバーナも彼女に付き人を用意している。

 その一人が。

「あー! やっと顔を上げてくれた!?」

 けたたましい声を上げたのはメイリスと同程度の身長の、人形を思わせる造形を持ったアッシュブロンドのメイド。

「も~! メイリス様~、少しはご自愛下さいよ~。私がどんなに騒いでも目線を上げることすらしないんですから~」

 南方地域出身らしく肌は浅黒いものの、容姿は完全に人間離れしている美しさのため思わず見とれてしまいそうなのだが、口を開けばご覧の通りかなり煩い。

「ごめん、カナン。今度から気を付ける」

 メイリスはカナンにそう頭を下げる。

「その言葉は三十三回目です! そろそろ無理矢理中断させてよろしいですか!」

 彼女の名はカナン=ブロート。

 アルバーナが何処かから用意したメイドの一人である。

「お黙りなさい、カナン」

「クノン、お姉様……」

 カナンの後方から音程の低いハスキーボイスが彼女に注意した。

 彼女はクノン=ブロート。

 カナンの姉であり、瓜二つの容姿をしているのはクノンとカナンは一卵性双生児の双子であるゆえである。

「アルバーナ様は『メイリス様に触れるな、彼女の好きなようにやらせろ』と仰っていませんでしたか?」

 クノンは騒がしいカナンと真逆の性格をしており、真面目一筋である。

「そうは言いましても~」

「言い訳しない」

 カナンはまだ納得がいかなさそうに首を振るがクノンは一言で黙らせる。

「カナン、私達はアルバーナ様に拾って頂いたのよ。だからアルバーナ様の命令が最優先事項でしょ」

「そりゃあ明日も分からない極限生活を強いられている最中に救って頂いたのはアルバーナ様ですけど、今はメイリス様の主です。だからメイリス様を第一に置くのが筋だと思います」

 実はこの双子。

 アルバーナが難民のキャンプを回っていた時に見つけた双子である。

 二人とも容姿が幼いことから、またもアルバーナの無意識なロリ好きが発動してしまったとメイリスは辟易するのだが、能力的には十分役に立っていることからとやかく言うまい。

 余裕が全くない修羅場において見た目など些細なことである。

「カナン、本当にあなたは順序がクルクルと入れ替わるわね」

「そんなことを仰るクノンお姉様は融通のきかない堅物よ」

 メイリスが目を離した隙から始まる姉妹喧嘩。

 もはや名物と化しており、これが始まると一日が終わったなあとメイリスは実感する。

 経験も人脈も無いのに仕事だけは山ほどあるというこの状況を癒してくれる数少ない光景だった。

「まあ、それらは後にしましょう」

 が、クノンは咳払いを一つして早々に切り上げる。

「ちょっとクノンお姉様? 話はまだ終わって――」

「アルバーナ様がお目見えです」

 アルバーナ――その言葉によってカナンが黙り込む。

 騒がしいカナンを黙らせるほどアルバーナの名前は畏怖に満ちていた。

「メイリス様は就寝なさりたいと思いますが、どうかもう少しだけお付き合いください」

「言われなくても分かってる」

 彼が来ているのに無視なんてしたら後でメイリスや双子がどんな目に遭わされるのか分からない。

 まあ、アルバーナはそれぐらいで怒る程狭量な人物でないのだが、変なことはしないに越したことはなかった。

 メイリスは一息を入れて立ち上がり、クノンの後に付いていく。

 執務室に残ったカナンからは。

「私はこれら書類を金庫にしまった後、掃除を行います」

 メイドらしく部屋の後始末を開始した。


「夜分遅く済まないな」

 来客室で紅茶を飲んでいたアルバーナは開口一番メイリスに頭を下げる。

「本来ならメイリスの暇がある時間帯に来るべきなのだが」

「誰かさんのせいで私が起きている間に暇な時間なんて存在しない」

「そういうことだ」

 メイリスはその誰かさんを睨み付けるが、当の張本人は重々しく頷くだけで終わった。

「はあ……」

 まあ、メイリスはアルバーナとの長年の付き合いのためその性格は分かり切っているため諦めて肩を落とす。

「で、どうだメイリス? 仕事で何か困ったことはないか?」

「特に何も」

「まあ、お前なら手に負えないと判断した時点で俺を呼ぶから不要だったな……フレリアに見習わせたい」

 メイリス自身も仕事で忙殺されているため、アルバーナが普段何をしているのか詳しくは知らないが彼も苦労しているらしい。

 不敵な笑顔を浮かべていたアルバーナが一瞬遠い眼をしたことをメイリスは見逃さなかった。

「しかし、爺さんの読み通りメイリスは政治家の才能があったんだな」

 背もたれに深く腰をかけたアルバーナはそう感嘆する。

「別に。私に才能があったのではなく、単に政治についての教育を受けていただけ」

 ヨーゼフ翁の講義の中にはもちろん政治分野も含まれており、アルバーナもメイリスも受けていた。

「本当は政治家よりも魔法使いとして名を馳せたい」

 メイリスは掌に収まるぐらいの旋風を発生させながらそんなことを呟く。

 彼女は魔法の才能も持っており、ヨーゼフ翁の訓練方法によって開花していた。

 経験はともかく魔力については魔法国家イゼルローン所属の魔法使いに引けを取らないとメイリスは自負している。

「ん~、やはり両親の影響を受けているのか」

「うん、そう」

 メイリスの両親は双方とも魔法使いであり、ヨーゼフ翁に引き取られるまでその後ろ姿を見ている。

「私も両親と同じく魔法使いとして人を救いたい」

 魔法使いという職業のみが今は亡き両親とメイリスを繋ぐ糸。

 そう訴えるゆえにアルバーナも多少希望を組み込むように思えるが。

「で、本音は?」

「一部の人しかなれない魔法使いになって羨望の的になりたい」

「うん、しばらく政治家やっとけ」

 アルバーナの絶妙な間かつ巧妙な突っ込みによってメイリスはうっかり本音を滑らしてしまい、素敵な笑顔を浮かべた彼に絶望を突き付けられた。

「酷い……」

「そう涙目になるなメイリス。お前の意志はともかくその政治手腕は目を見張るものがあるぞ」

 例えベテランでもメイリスがこなしている案件である三つの内一つでも達成するのが難しいのに、彼女はその三つを大きな支障なく同時並行で進めている。

 なので現在は最短距離でヨーゼフ翁の理想が現実のモノと化して来ていた。

 しかし、そんなアルバーナの謙遜にメイリスは首を振って。

「ユラスのおかげ。貴方が要所要所に介入して皆を纏めてくれているから、これといった不満が出ていない」

 どれだけ才能があろうとも今のメイリスは頭でっかちのど素人である。

 それゆえ現場に身を置いてきた村長らや難民のリーダー達と意見がぶつかり合うこともあるが、そこはアルバーナが颯爽と登場して時には彼らを納得させ、時にはメイリスを宥めるがゆえに決定的な亀裂が入るまでには至っていない。

「アルバーナこそ政治家に向いていると思う」

 周りの意見を統一させ、絶妙な匙加減で纏めるそれにメイリスは人間業と思えない。

 そんな褒め言葉にアルバーナは笑って。

「いやいや、俺は物心ついた時から商売の駆け引きを見てきたからな。話術で彼等の心を納得させているだけで実際は何も解決していない」

 アルバーナの小さい頃は両親と共に行商人として生計を立てていた。

 どれだけ良い商品であろうと客が物を買ってくれなければ冗談抜きでのたれ死んでしまうゆえ、アルバーナは子供ながら必死に学んで両親を助けていた経験がある。

「爺さん風に言うと俺は幼少から、如何に人を納得させるかを学んできたことになる」

 メイリスが両親から魔法について教わっていたのならアルバーナは話術を勉強してきた。

 昨日今日から始めたことでなく、長い年月を掛けて培ってきたがゆえに出来ている所業であるとアルバーナは考えている。

 締めくくりとばかりアルバーナはニヤリと表情を歪めて。

「まあ、もし俺が政治家になったら独裁者となるぞ」

「……」

 アルバーナは場を和ませるために冗談を言い放ったのだがメイリスは全然笑ってくれない。

「……おい? ここは笑う所だぞ?」

 期待していた反応と違っていたせいかアルバーナは引き攣り気味な笑みを浮かべて問い返した。

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