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アルバーナの軌跡  作者: シェイフォン
第二章 国の中枢は揺るぎない信念
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方針

 国家ほど排他的かつ閉鎖性の高い組織はないとメイリスは考える。

 議会制民主主義を謳ったり、広く移民を受け入れている国は数あれど、その実国家の根本に関わる肝心な部分に他人を入れることはない。

 一般の視点からだと詐欺に見えるが、国家の観点から見ると仕方のないことだと言える。

 何故なら国家の中枢というのは混じり気のない純粋な液体だと例えることが出来、そうであるがゆえに他の価値観が一滴でも入り込むとたちまちの内に変色し、終には別の何かへと変貌してしまう。

 その理由から、別の文化で育った者が国家運営に関われることはありえない。

 ありえないはずなのだけど。

「と、いうわけで俺はトルトン国における北部の暫定領袖になったぞ」

「……嘘」

 あっけらかんと一地域の支配権を握ったアルバーナに対してメイリスは驚愕を隠せなかった。

「カナザールの驚きも分かるぞ」

「……イズルード」

 メイリスの表情を見たフレリアは苦々しく呟く。

「フレリアで良い。あいつは化け物だ。心弱い難民ならまだしも村長に翻意を促し、果ては国主であるマルグレット三世を口説き落とした」

 フレリア曰く、アルバーナは持ち前の詭弁と情熱で次々と有力者を毒牙にかけていったらしい。

 無論抵抗や躊躇する者もいたが、彼の弁舌の前には砂上の砂の如く意味のないものであったという。

 アルバーナが豪語していた通り「相手が席にさえ付いてくれればどうにでもなる」という言葉は真実だったのだとメイリスは戦慄する。

(本当にお爺さんの言った通りになった)

 生前、ヨーゼフ翁はよく呟いていた。

 ユラス=アルバーナは危険過ぎる。

 下手すれば歴史上最悪の独裁者として名を馳せる危険性があると。

 そして、もしそうなってしまったらメイリスがアルバーナの息の根を止めろとも言伝ていた。

 あの時は単なる自慢話だと思い、話半分に聞いていたが今回のことで真実味を帯びる。

「いやいや、俺が凄いんじゃない」

 メイリスが懸念している横でアルバーナは心外だとばかりに首を振って。

「本当に称賛されるべきは人類史上最高峰のヨーゼフ=バレンタインだ。爺さんの説が深く、重厚で真実だったからこそ俺は一地方の支配権を得ることが出来た」

 あくまで己の力でなく、ヨーゼフ翁の遺訓の賜物だと言い切る。

 今のままならば最悪の未来など訪れることはないだろう。

 メイリスは誰にも知られずホッと肩の力を抜いた。


「さてと、大方針を決めよう」

 暫定とはいえ北部の領袖ゆえにアルバーナは国王にたかって豪華な屋敷を手に入れた。

 そしてその屋敷の最も奥まった部屋にアルバーナはメイリスやフレリアといった全員を揃えていた。

「最終目標は“教育国家サンシャイン”の建国だ」

「おい、それは立派な反逆だぞ!?」

 アルバーナの方針にフレリアがいきり立つも彼は微塵にも揺るがない。

「安心しろ、こちらから独立宣言を仕掛けることはない。あくまで向こうから戦争を仕掛けてくるんだ……本来なら話し合いで解決したのだがな」

 アルバーナがそう苦々しげに呟く様子から、フレリアは彼が戦争など本意で無いことを知る。

「話を誤魔化すな! アルバーナ!」

 まあ、知ったからと言って反逆するという事実に変わりはないのだが。

「だから言っただろう、俺は出来る限り戦争を起こしたくないと。向こうが折れる――つまり爺さんの教育論を認めてくれるのならそんな破壊の祭典などやる必要はない」

 アルバーナの目的はヨーゼフ翁の説を広めることにある。

 しかし、それは既存の体制から余りに乖離しているため、既得権益者から受け入れられないので武力を使うしかないのであった。

「向こうが席についてくれるのならばわざわざ国を創る必要はないぞ」

「う……むう」

 口達者なアルバーナの言に押されてフレリアは黙り込む。

 アルバーナの行いはれっきとした反逆なのだが、話し合いという解決を残している以上深く追求できなかった。

「さて、フレリアと同じく異論のある者は手を挙げろ」

 アルバーナが全体を見渡してそう問うも挙手する様子は見えない。

 一見するとアルバーナに賛成したように見えるが実態は違う。

 本当に出来るのか?

 その疑問符が皆の頭の上に浮かんでいる。

 何せ武力も資金も兵隊も向こうが圧倒的に上にも関わらず先制をしないというのだ。

 どう楽観的に見ても敗北の二次しか見えない以前に、そもそも国と戦えるほどの力を一地方で蓄えられるのかという不安があった。

「まあ、皆の懸念も分かる」

 アルバーナは目を閉じて両手を広げる。

「現状ではトルトン国に勝つことは不可能、それは認めよう……だがな」

 アルバーナの瞳が鋭く光り。

「メイリス、フレリア、アメリア、そしてクークが己の役割をしっかりと果たしてくれれば必ず勝てる」

 そんな大言を吐き出した。

「「「「……」」」」

 端から聞けばとんでもない妄言だが首を傾げる者はいない。

 彼女達は自分を勧誘した手腕に加え、アッサリと他国から支配権を手に入れたアルバーナの能力を疑えなかった。

「よし、では各々の役割を決めようか」

 場の空気を呼んだアルバーナはそう前置きをし、一人一人名前を呼んで目的を伝える。

「メイリスは政治を司ってもらう。具体的には数日後に十の集落の村長を集めるから彼等のまとめ役になってくれ」

「何をするの?」

 一口にまとめ役と言っても様々な意味合いがあるゆえに、アルバーナのいうまとめ役が何を指すのか分からず尋ねる。

「簡単だ。既存の法と爺さんの教育論を照らし合わせ、法に触れないギリギリの範囲で運営してほしい」

「でも、村長らはすんなりと納得するの? それに役人の目も光っているし」

 そんなメイリスの疑問にアルバーナは笑って。

「なあに、初回は俺も参加するから心配するな。それに役人に関しても俺が何とかするし」

「何とかって……」

 そんな簡単にいくものだろうか。

 メイリスは不安に感じるも、アルバーナなら本当に何とかしてしまいそうだったのでこれ以上の疑問は止めた。

「フレリアは軍事関係を担当してもらう。まあ、軍事と言っても治安維持だからやることは王国騎士団での任務と変わりはないから大丈夫だな」

「断っておくが全く自信が無いぞ」

 フレリアは断言する。

「長年共にいて信頼関係を培っていた仲ならともかく、昨日今日の即席部隊。それも数十人でなく数百数千規模の人数を統率するとなると私だけでは無理だ」

 フレリアが守らなければならない地域は端から端までで数日かかるほど広大である上に、彼女自身それを統括した経験がない。

 精々村の一つや二つが関の山であり、北部地域一体となるとそれはもう未知の領域であった。

「なあに、安心しろ」

 そんなフレリアの懸念を吹き飛ばすようにアルバーナは笑う。

「誰もフレリア一人に任せるとは言っていない。ちゃんと応援を呼ぶ」

「応援とは?」

 フレリアの問いかけにアルバーナは頷いて。

「ああ、元々北部地域の守護を任されていた者達と交渉してこちらの指揮系統に入ってもらう。まあ、他にもラクシャイン王国から手頃な幹部を数人引き抜こうかな」

 アルバーナは余所から他人を引っ張りこんでくるつもりらしい。

「アルバーナよ、それは無理だろう。歴史や名声があるのならともかくお前一人が何を訴えた所で向こうが効く耳を持つはずがない」

 フレリアは常識的な意見を口にしたつもりだろう。

 だが、フレリアはここにいる全員が何故アルバーナの元に集ったのかを失念していた。

「なるほど、つまり人を引き込むのにフレリアは反対でないのだな?」

「いや、それはまあ……」

 アルバーナの目の色が変わり、身を仰け反るフレリア。

「じゃあ問題無い。少なくとも半月までには全てを揃わせるから、それまでフレリアはメイリスが作成する治安の原文を頭に叩き込んでおいてくれ」

 そんなフレリアを睥睨しながらアルバーナはそう締め括る。

 フレリアは何故か分からないが、自分が間違ったことを言ったかの様な錯覚に囚われる。

「……また私の仕事が増えた」

 余談だがメイリスのその嘆きは誰にも聞かれることはなかった。

「さて、次に移ろうか」

 重くなった空気を振り払うかのようにアルバーナは両手を叩く。

「クークはフレリアの補佐。白魔法使いがいると兵隊の人心も安定する。そして他にもメイリスと協力して白黒混成の魔法使い部隊を育成してほしい」

「それも余所から引き抜くのですか?」

 クークの問いかけにアルバーナは首を振る。

「いや、日蔭者の治安維持部隊と違って魔法使いはどの国でも花形だ。魔法使いの数が国力に直結すると言い換えてもおかしくないので、どの国も魔法使いは厳重に保護、管理している」

 魔法使い一人を相対するのに中隊規模の兵力を揃えなければならない。

 しかもベテランや天才となるとそれ単体で関を陥落させるほど強大ゆえに、魔法使いを奪われたという理由で宣戦布告する国が後を絶たなかった。

「だから魔法使いは自前で用意しなければならない」

「簡単に言ってくれます」

 クークは頭を抱えながら抗弁する。

「一から魔法使いを育て上げることがどれだけ大変なのか分かります? 実践に投入できるだけの技量を身に付けるだけでも数年の歳月と何万Gという金が掛かってしまいます」

「クーク、イザルダークの英雄王を知っているか?」

「数千の正規兵を僅か百の農民からなる軍隊で破った伝説の英雄です」

「つまり前例はあるから問題ない」

「全然解決になっていませんよ!?」

 余りに抽象的な解決策ゆえに、さすがのクークもアルバーナに食ってかかるも。

「安心しろ。要は一人一人の士気の問題だ。俺が集めた彼らの心を一つにするから、その後の方法については俺が後で爺さんが遺した魔法使いの教育方法を教える」

「う……」

 クークが反論しないのは、目の前のアルバーナ自身が魔法使いの才能が無いにも拘らずヨーゼフ翁が考案した鍛錬によって日常程度の魔法を扱えることである。

「クークよ、諦めた方が良いぞ」

「……反論するだけ時間の無駄」

 さらに両隣のフレリアとメイリスが肩をポンと叩いてきたので、根ッから小動物のクークはこれ以上話を続けるのを止めた。

「最後に主にアメリアは財務関係、副業として他にギール商会との連絡役をお願いする。援助を受ける他にも難民が作った商品を商会を通して売りさばいてくれ」

「……可能なのでしょうか?」

「心配する必要はない。売る先の大半は俺の庭であるラクシャイン王国だから何が売れるのか大体目星がついているし、最悪俺自身が営業をかけても良い」

「それなら大丈夫かもしれませんね」

 アルバーナの商才の高さはすでに御承知の通り、全く売れない品物であろうが完売させてしまう。

 それに連絡役として話す相手も気心の知れたアンサーティーンや商会の同業者なので、全く見知らぬ他人よりも安心できた。

「よし、これで方針は決まったな」

 最後にアルバーナは席を立ち、辺りをぐるりと見回す。

「目的を遂行中、何か問題が起こったら遠慮なく俺を呼んでほしい。最悪なのは自分一人で抱え込むことだ。頻繁に呼んでも俺は怒らないからどんどん呼べ」

 アルバーナの言葉に全員が安心する。

 何せ集められた彼女達はつい先日まで一般市民であり、地方とはいえ国の運営に携われるなんて夢にも思っていなかった。

「ところでユラスは何をするの?」

「ん? ああ、俺か。俺はトルトン国の他にラクシャイン王国と外交を行う」

 現在のアルバーナの立場は微妙であり、変な疑いを呼び起こさないために二国と頻繁に話し合う必要があるのだが、それ以上に資金と人員が喉から手が出るほど欲しかった。

「俺の役目はお前らが何の憂いも無く仕事に専念するための場を整えることだ。他国が妨害してくるのなら守ろう、人手が欲しいのなら補充しよう、資金が足りないのなら工面しよう。だから安心して仕事に打ち込め」

 彼女達が内側の憂いを取り除くのならアルバーナは外部の障害を打ち払う。

 内政と外交。

 剣と楯の関係である。

「諸君! 国を創るぞ!」

「「「「おー!!」」」」

 不安で一杯な彼女達の対局の位置にいるのが自信の塊であるユラス=アルバーナ。

 彼が旗を振り、これから先待ち受ける障害から守ってくれるのならばちゃんと役割を果たしてやろうと全員が思った。

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