第七話 「サイリン街」
僕は懐中電灯をかざして、周りを照らす。
「下水道なんて、居るとは思えないけどなぁ。僕が猫だったら、屋根の上で日向ごっこしたいもん」
薄暗くて、腐乱臭がする。僕は、肝試しの気分で奥へ進んだ。
「うっ、臭いがキツくなってきたな。そろそろ引き返そうか……」
奥へ進む度、強烈さが増す臭いに流石に帰りたくなる。しかし、ちょうどその時、人の気配を感じた。下水道の管理者だろうか。
「誰かいるんですか? いたら返事してくださーい」
声は返って来ず、ただ自分の声が下水道に反響した。代わりに、少し遠くの方に、ゴミの堆積物が集まっている場所があった。一応、そこに猫が隠れているかも知れないので、近づいて照らして見ると
「うわっ、なんだこれ?!」
ゴミの山ではない、人の山であった。それも、全て死体の。僕は動揺で、汚い地面に腰をつきそうになる。
「生きてますか……なんて、生きてる訳ないよな。えーと、誰かに伝えた方が良いのかな?」
明らかに見てはいけない物を見てしまった。こんな経験は初めてだ。僕はサイリン街の恐ろしい裏社会を知ってしまう。
「それに、臭いの原因はこれだったのか……どうしよう」
ようやく少し冷静になる。そして、最善の行動を考えた結果……
「見なかったことにして帰ろう……面倒事には関わりたくない」
僕は走って引き返すことに決めた。
◇
チップは屋根の上で、早めの昼寝を取っていた。
「猫なんて、どっちでもいいわー」
アルマ達に悪いとは全く思っていない。精霊に罪悪感など、ない。人間とは別の生き物だから、勿論感じるものも違う。
「まぁ、ホントーは見つけようと思えば、一瞬なんだけどねー」
大きな欠伸をして、また眠りについた。
◇
リーネは街の人に、目撃情報を尋ねている。
「昨日か今日、黒い猫を見ませんでしたか?」
「あぁ。さっきいた子かい?その子なら、あっちの方に行ったよ」
「分かりました、ありがとうございます」
情報を集めていくと、噴水から北東の方面に、屋根伝いに移動したことが分かった。
(情報が正しいなら、チップが見つけていても、おかしくないのだけれど)
リーネはチップが不安だったので、向かうことにした。そうして、街を歩いていると
「きゃーー!!」
突然、目の前の女性が叫んだ。ちょうど後ろを歩いていたリーネは、状況を把握していた。
「あの人、窃盗犯です!! 黒いフードの男!!」
街の人の視線が一気に、その男に集まる。それでも、窃盗犯は走って逃げ切るつもりだ。
「待て!! そこの黒い男!!」
ギルドの一員と思われる冒険者が、窃盗犯を追いかける。リーネも追いかけようと思ったが、自他共に認める鈍足なので、それは断念した。
「大丈夫ですか? お怪我ありませんか?」
代わりに、被害にあった女性へ声をかける。
「ありがとうねぇ、まだ若いのに勇気があるのねぇ」
そう言って、女性は深く頭を下げる。
「あっ、感謝されることは何もしていないです。それに、盗まれた物は……」
「大丈夫じゃないねぇ。あれが持っていかれて外部に流出すれば、この街が危うい」
「それって結構まずいことでは……?」
割と本気で心配するリーネだったが、女性はニッコリと笑っている。
「私に任せんしゃい。私の名前はマルダ・エスカルネ。一応、ギルドマスターをやらせてもらっているよぉ」
「じゃあ任せました。お体に気をつけて下さいね」
リーネは驚く素振りを見せない。
何故、彼女はこの腰の曲がった老婆がギルドマスターである事に疑いを持たないのか。街の人から見れば、会話の展開が早すぎて驚きである。
「またいつか会えると良いわねぇ」
そう別れようとしたのも束の間、魔法がリーネの近くの店に着弾。一気に街が混乱の渦に包まれる。
「若い子や、名前は」
「リーネ・ミータです」
「リーネ。一旦ここは私に任せて、先に行きなさいな。猫を探しているのでしょう」
「あ、分かりました。ではまた!」
そう言い残して、そそくさと戦闘現場の横を通り過ぎようとする。
(忘れてた……猫を探しにいかなきゃ)
しかし、その時魔法が、リーネの足元狙って放たれた。それを一般防御魔法で受ける。
「おい、そこから離れるな!!お前にも用がある」
窃盗犯からの攻撃だ。よく見ると、冒険者が倒れている。一筋縄では逃げられなさそうだ。特にリーネの鈍足では。
「なんで私を狙うのかしら。貴方に恨まれることをした覚えはないわ」
「お前に用があるつってんだろ、静かに話聞いとけや! リーネ・ミータだな? お前の名前は」
「いつ知ったのかしら。さっきの会話聞こえてた?」
「合ってんだな。俺の名前はダレン・メータ。もうここまで聞いたら分かるだろ?」
「なんのことかしら?」
「かしらかしら、うるせぇな。とぼける振りをすんのはやめろ!」
「そんなこと言われても分からない事は分からないかしら」
ダレンの怒りが沸点に達する。
「フラーレ!!」
ダレンの周りに火の粉が舞う。
「エルフラーレ!!」
即座に次の魔法を唱えた。火の粉が固まり、ファイアボールとなる。
「くらぇ!!」
そのまま、全弾飛ばす。しかし、同様にアクアボールを生成していたリーネに敢えなく、撃ち落とされる。
「ちっ、相性悪りぃな。まぁ俺にはそんなの関係ねぇけどなぁ!! ファイアルラーゼ!!」
炎が一直線にでる、火炎放射技。リーネはアクアボールを何発か撃つが、炎の勢いは止まらない。
「……っ!! 防ぎきれない……」
「マクロネーゼ」
空中に大きな空洞が出現し、炎がそこに吸い込まれていく。マルダ独自で生み出した強力な魔法。
「また別れ損ねたねぇ。リーネ」
「邪魔だ、ババア!!」
「若造が。少しは口を慎んだらどうだい」
再びダレンの炎が、走って逃げるリーネ目掛けて放たれる。
「執拗に彼女を狙うねぇ。貴方の敵は私だよ。マクロネーゼ」
炎の軌道が曲がり、空洞へ吸い込まれる。
「なんだその滅茶苦茶な魔法は!!」
ダレンは戦闘を辞めて、その場から離れた。家の屋根の上を走って北東へ、逃げつつも先回りしてリーネを迎撃するつもりのようだ。
「待ちなさいな、若造。追いかけっこでは、お前に勝ち目は無いよ」
そう言って、マルダは空を踏む様に飛んでダレンを追いかける。
「おいおい、そりゃチートだろ!!ババアまじで何者だぁ?」
「ただの一般女性だよ。見ての通りさ」
「どいつもこいつも、話通じねぇ頑固者だな!! そう言うのを老害って言うんだぜ」
「私に釣られて、前方不注意なんじゃ無いかい?」
ダレンは、目の前の3発のアクアボールを、すんでのところで回避する。
「あら、体が柔らかいのねぇ、若いって良いわねぇ」
「教えてくれてサンキュー、なぁ!!」
冒険者が倒れている、最初の戦闘地に残しておいた火の粉からファイアボールを生成し、ダレンの方に引き寄せる。直線状に重なったマルダを、背後から狙撃しようとする。
「視線で見え透いているわよ」
マルダはノールックで、ファイアボールを空洞に吸い込ませる。
「狙いは良かったわねぇ。それに、無詠唱魔法が出来るなんて、将来有望じゃないの」




