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「バレンタインチョコなんていらない!」と強がっていましたが、そんなものよりもずっと甘いものを手に入れました

作者: Takayu
掲載日:2026/02/14

 二月十四日。世間が茶色く浮つくこの日を、俺は憎んでいる。

 正確には、その空気に乗れない自分を正当化するために、全力で斜に構えているのだ。


「いいか、よく聞け。バレンタインなんてのは菓子メーカーが仕組んだ壮大な集金システムだ。それに踊らされて一喜一憂するなんて、知性が足りない証拠だ」

「……へえ。蒼太そうた、朝から随分と饒舌だね」


 登校中の並木道。俺の熱弁に対し、隣を歩く幼馴染の結衣ゆいは呆れたようなジト目を向けてきた。

 結衣は悔しいことに可愛い。ふわっとした茶髪に、少し気の強そうな猫目。黙っていればクラスの男子がこぞって噂するレベルの美少女だ。だが、俺にとってはオムツ時代からの腐れ縁でしかない。


「負け惜しみにしか聞こえないよ?」

「はん! 俺は事実を言ってるだけだ。だいたい、カカオ豆をすり潰して砂糖と混ぜた固形物に、愛だの恋だの重すぎるだろ」

「ふーん……。じゃあ、蒼太はチョコなんて欲しくないんだ」

「当たり前だ! 頼まれたって受け取らんね!」


 俺はマフラーに顔を埋めながら言い放った。

 嘘だ。本当は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。下駄箱を開けた瞬間に雪崩が起きる妄想を、毎年三百回はしている。

 だが、現実は非情だ。どうせ貰えないなら、最初から「いらない」と言っておくのが傷つかないための防衛本能セーフティネットなのだ。


「そっか。いらないんだ。……ふーん」


 結衣の声が、少しだけ冷たくなった気がした。

 ちらりと横を見ると、彼女は鞄の持ち手をギュッと握りしめ、唇を尖らせていた。

 何か言いたげな瞳。けれど俺は、その視線から逃げるように歩く速度を速めた。


 ◇


 そして放課後。

 俺の机の上も、下駄箱の中も、シベリアの大地のように何もない荒野だった。

 知ってた。知ってたけどさ。


「……帰るか」


 鞄を肩にかけ、誰もいなくなった教室を出ようとした時だ。


「ちょっと待った」


 立ちはだかったのは、結衣だった。

 彼女は後ろ手にドアを閉め、教室の鍵をカチャリと掛ける。逃げ場のない密室。西日が差し込む教室で、結衣がずかずかと俺に詰め寄ってくる。


「な、なんだよ」

「蒼太。朝の言葉、撤回するなら今のうちだよ」

「はあ? なんのことだよ」

「チョコ、いらないって言ったやつ」


 結衣の顔が赤い。怒っているのか、それとも別の理由か。

 俺はここで素直になればよかったのだ。「ごめん、やっぱ欲しいです」と土下座すればよかった。

 だが、男のプライドという厄介な病気がそれを許さない。


「て、撤回なんてするかよ! いらないものはいらない! 甘いものは苦手なんだよ!」

「……嘘つき。いちごオレ大好きなくせに」

「うっ……そ、それはそれだ!」

「本当に? 本当にいらないの? 私が昨日、三時間かけてテンパリングに失敗しながら作ったとしても?」


 心臓が跳ねた。

 作った? 結衣が? 俺に?

 動揺が顔に出そうになるのを必死で抑え込む。ここでデレたら、今までの強がりが全部フリになってしまう。


「……誰が作ったとしても、いらないって言ってるだろ。捨てちまえよ、そんなの」


 言ってしまった。

 最低だ。俺は死んだほうがいい。

 結衣の目が見る見るうちに潤んでいく。ああ、終わった。これでもう絶交だ。


「……そっか。わかった」


 結衣は俯き、スカートのポケットから可愛らしいラッピングの小包を取り出した。

 そして、バリバリと包装を破く。


「え?」

「蒼太がいらないなら、私が食べる」

「お、おい!」


 結衣は中から不格好なトリュフチョコを取り出すと、ポイッと自分の口に放り込んだ。

 もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込む。


「……おいしかった?」

「……知らない。味がしない」


 結衣は涙目で俺を睨むと、また一歩、距離を詰めてきた。

 近い。シャンプーの香りがする距離。


「ねえ、蒼太」

「な、なんだよ」

「チョコはいらないんだよね?」

「だから、そう言ってるだろ……」

「じゃあ、チョコよりもっと甘いものなら、受け取ってくれる?」


 意味がわからず、俺が問い返そうとした瞬間。

 結衣が背伸びをして、俺のネクタイをぐいっと引っ張った。


 視界が塞がり、唇に柔らかくて温かい感触が押し付けられる。

 思考が真っ白になった。

 一秒、二秒。永遠にも感じる静寂の後、結衣がゆっくりと顔を離す。


 彼女の顔は、夕焼けよりも赤く染まっていた。

 俺の口の中に、ほんのりとカカオの香りと、強烈な甘さが広がる。


「……これなら、チョコじゃないでしょ?」


 結衣が潤んだ瞳で上目遣いに俺を見る。

 甘い。

 チョコなんて比じゃない。脳が溶けそうなほど甘い。


「……お前、これ」

「いらないなら、返してくれてもいいけど?」


 意地悪く笑う彼女の唇には、まだチョコの痕跡が残っている。

 俺は観念した。

 もう、強がるのは無理だ。


「……いらなくない。全然、いらなくない」

「ふふ、素直でよろしい」


 俺は彼女の腰を引き寄せ、今度は自分からその甘さを求めにいった。

 バレンタインチョコなんていらない。

 前言撤回はしない。だって俺が手に入れたのは、そんな既製品よりもずっと価値のある、世界で一番甘い「特別」だったのだから。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。 蒼太の「捨てちまえよ」という言葉に負けず、逆にぐいぐいいく健気な結衣に心を掴まれました。 本命にチョコの渡す目的は愛ですからね。チョコはもらえなくても、愛情を得たのならこれ以上の甘い…
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