十一月の光と影、そして琥珀色の聖域
十一月下旬。東京の空は、薄く引き延ばされたような淡い陽光に包まれていた。 秋葉原の地下駐車場から地上へ出ると、冷たく乾いた風がビル風となって電気街を吹き抜ける。立ち並ぶ大型ビジョンの極彩色の光が、冬の気配を帯び始めた白茶けた空を不自然に彩り、歩道には色づき始めた銀杏の葉が、道行く人々の足に踏まれてカサカサと乾いた音を立てていた。
「……いい?」
上目遣いで問いながら、絵美里が恐る恐る一輝の腕に自分の腕を絡める。コート越しに伝わる彼女の体温だけが、この冷え冷えとした近代都市の中で唯一、確かな熱を持っているようだった。
「どうせなら最新の機種を選んでいいぞ」
一輝に促され、二人はドクモの販売店へと足を踏み入れた。
「これ、メモリ容量が多くてゲームもサクサク動くんだって。軽くて薄いし、このマーブル模様がいいな。これにしていい?」
「気に入ったならそれでいいよ」
一輝は迷うことなく頷く。契約の引き継ぎとデータ転送を待つ間、絵美里は手元に戻った新機種から、昨夜の「ゴミ」たちの連絡先を次々と消去し、新しいアドレスを設定していく。その指先の動きは、忌まわしい過去を塗り替える作業のようにも見えた。
ドクモの販売店で最新のスマートフォンを手に入れ、新調したスマートフォンの設定を終え、その足で近くの高級フルーツパーラーへと向かった。
注文を終えて待っていると、店長の名札をつけた男が、まるで国賓を迎えるかのような緊張した面持ちでワゴンを引いてきた。
「神龍寺様。本日はお越しくださり光栄です。こちらは来月展開予定の新作でございます。……もしよろしければ、ご感想を頂戴できれば」
サービスとして差し出された、宝石のように輝くメロンとシャインマスカットのケーキ。絵美里はスマホのデータ移行を中断し、目を輝かせた。
「わあ……これ、食べていいの?」
「ああ。感想を聞きたいそうだ。毒見は俺がしてやろう」
一輝が一口運ぶと、芳醇な香りが鼻を抜けた。絵美里も大きな一口を頬張り、「おいひい!」と顔を綻ばせる。
隣席の女性たちが羨望と不満の声を上げ、「店長を呼べ」と騒ぎ立てたが、店長が彼女たちの耳元で一言囁くと、途端に顔色を変えて沈黙した。この店のオーナーが誰かを知れば、賢明な判断と言えた。
「いかがでしたでしょうか」
店長が震える声で尋ねる。一輝は口元をナプキンで拭い、静かに告げた。
「いい出来だ。宮中の晩餐に出しても差し支えない味だと、母に伝えておくよ」
店長が感極まって目頭を抑え、全店員が一斉に最敬礼する中、二人は王族のような足取りで店を後にした。
その後、二人は喧騒の渦巻くゲームセンターへと向かった。
「お兄さん、これやってみたい!」
絵美里が指差したのは、最新の対戦ゲームやリズムゲームだった。二時間ほど、二人は並んで座り、時に声を上げて燥ぎ合った。クレーンゲームでは、一輝が鮮やかな手捌きで「ちいかわ」の大きなぬいぐるみを仕留めると、絵美里は「わあ、すごい!」と子供のように飛び跳ねて喜んだ。
その無邪気な姿を、一輝は目を細めて見守っていた。しかし、絵美里の可愛らしいお腹の虫が鳴り、彼女が恥ずかしさに顔を赤らめた時、一輝は腕時計を見て、穏やかな日常の終わりを察した。
向かったのは一輝の母が経営する系列店『サエズリア・プレステージ』。蔦の絡まるレンガ造りの邸宅のような佇まいのその店は、一歩足を踏み入れれば、外の喧騒を遮断する「琥珀色の聖域」だった。
自動ドアが開くと、暖炉の薪が爆ぜる芳醇な香りと、温かな空気が二人を包み込む。
「いらっしゃいませ。……あ」
出迎えたウェイターが、一輝の姿を認めた瞬間に直立不動になった。一輝が放つ圧倒的な「主」の空気に、店内の空気が一瞬で張り詰める。案内されたのは、深紅のベルベットが張られた奥のボックス席。マホガニーのテーブルが、間接照明を柔らかく反射していた。
「何でも好きなものを頼んでいいぞ」
一輝の言葉に、絵美里は大きなぬいぐるみを隣に座らせ、重厚なメニューを広げた。彼女がダブルチーズハンバーグを、一輝が熟成サーロインの四百グラムを注文すると、マネージャー自らが銀のワゴンを引いて現れた。
「ようこそお越しくださいました、神龍寺様」
恭しく差し出された鉄板の上で、分厚い肉塊が「じゅう、じゅう」と、冬を告げる嵐のような猛々しい音を立てる。白い湯気が琥珀色の店内に立ち上り、熟成された肉の香ばしさが絵美里の頬をさらに赤く染め上げた。
「んん……! なにこれ、チーズがすごく濃厚……」
幸せそうに頬張る絵美里を見つめながら、一輝は手慣れた手つきで肉を切り分け、口に運ぶ。
しかし、食後のコーヒーが運ばれてくる頃、店内の照明が一段落とされ、夜のしじまが深まるとともに、一輝の瞳から温もりが消えた。
「絵美里、これから……少しだけ物々しい話をする」
窓の外、西の空はオレンジ色から深い紫へと溶け合い、街灯の光が冬の夜空に滲んでいた。
「今夜中に、荷物をまとめてくれ。……あいつらが、愚かにも『復讐』を企てているらしい。明日からは学校も休みだ。君を守る人員を配置するまで、俺の実家へ来てもらう」
「えっ……」
絵美里の手が止まる。平和な日曜日の裏側で、一輝はすでに「敵」の動向を完全に把握し、牙を研いでいたのだ。
「心配いらない。君に危害を加えようとする者は、俺が一人残らず処理する。だから君は、ただ俺の用意した場所で、暖かいカフェオレでも飲んでいればいい。わかったね?」
一輝の瞳は、穏やかな中にも決して逆らうことを許さない絶対的な「支配者」の光を宿していた。
店を出ると、街灯の下に佇むクリームイエローメタリックのセンチュリーが、ナトリウム灯の光を浴びて黄金色から深い蜂蜜色へと表情を変えていた。
車内の静寂は、エンジンの微かな唸りと、絵美里が抱えたぬいぐるみの柔らかな質感に満たされている。しかし、窓の外を流れるテールランプの赤い河の向こう側に、一輝は冬の夜の闇よりも深い「牙」を隠し持っていた。
遠くで鳴る救急車のサイレンが、これから訪れる嵐の予兆のように、十一月の冷たく澄んだ夜空へと吸い込まれていった。
絵美里のマンションの地下駐車場に着くと、近くに止めてあったパールホワイトのセダンから玲子さんが降りてくる。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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