白銀の剣閃、あるいは不戦の美学
王宮の練兵場。硬い石畳の上に、鋭い金属音が響き渡る。
そこに立っていたのは、帝国騎士団でも指折りの実力者であり、シオンの剣術指南役を務める筋骨隆々の男、ガイツだった。
「シオン殿下! 剣は心、心は力です! 魔力がないのであれば、せめてその身を鋼へと変えねばなりませぬ。さあ、木剣を構えなさい!」
ガイツが放つ威圧感は、並の兵士なら腰を抜かすほどだ。しかし、その対面に立つシオンは、どこか遠くの空を眺めながら、懐から取り出した手帳に羽ペンを走らせていた。
「……『鋼の意志は、時に柔軟な真理に折れる。私は剣を振るうのではない、世界の不協和音を切り取っているのだ』。ふふ、今の俺、剣聖を越えた『剣神』の風格が出ていたな」
「殿下ッ! 聞いていますか!」
「……やれやれ。ガイツ先生、あなたの声は少々、鼓膜への暴力が過ぎる。鉄を叩くような教育論は、私の繊細な感性には馴染まないのですよ」
シオンは面倒そうに、地面に転がっていた木剣を足先で軽く突いた。
(……さて。この暑苦しい稽古を終わらせる『終止符』を打つとしようか。幸い、先生の足元には、私の意志を汲み取る『友』がいる)
シオンは視線を落とさず、足元の隙間から生える小さな雑草の「理」に干渉した。
能力【因果の種:腸内の旋律】。
シオンがポエムの最後の一文字を書き終えた瞬間、雑草から放たれた目に見えないほど微細な香気成分が、ガイツが稽古前に景気づけに飲み干した「強壮薬」の成分と化学反応を引き起こした。
それは肉体を強化するはずのエネルギーを、爆発的な「腸の活動」へと変換する。
「なっ……!? ぬぐぅっ!!?」
ガイツが木剣を振り上げた姿勢のまま、石像のように硬直した。その顔面が、瞬く間に土気色から紫色へと変色していく。
「ガイツ先生? どうしました。剣は心……。あなたの心は、今、かなり激しく波打っているようですが?」
「あ……あ……っ! 殿下……本日の稽古は……し、終了……っ!! ぬぅぉぉぉ!!」
ガイツは断末魔のような叫びを上げると、尻を両手で押さえ、騎士の誇りも投げ捨てて便所へと猛ダッシュしていった。その速度は、全盛期の突撃をも凌駕していた。
「……ふう。嵐は去り、再び静寂が私の手元に戻ってきたか。……今の皮肉、完全に勝者の余裕だったな。後で手帳の表紙に銀文字で書いておこう」
シオンは誰にも邪魔されない静寂の中、ゆっくりと石畳に座り込んだ。
リーゼロッテの姿はどこにもない。彼女は今日、公爵家の用事で不在なのだ。
「……彼女がいない平和とは、これほどまでに甘美なのか。……ふふ。今の独り言、ちょっとした悪役っぽくて格好良かったな」
シオンは満足げに手帳を閉じ、夕暮れに染まり始めた空を見上げながら、悠然と離宮への帰路につくのだった。




