教育という名の茶番、あるいは沈黙の劇薬
離宮の庭園。午後の柔らかな陽光を浴びながら、シオンは古びた石椅子に腰掛け、手帳に新たな韻律を刻んでいた。
「……『知を授ける者は、時に真理の扉を塞ぐ門番となる。鍵を持たぬ者に、私の庭を語る資格はない』。ふふ、完璧だ。今日の俺、言葉の錬金術師って感じだな」
自分の世界に酔いしれるシオンの前に、仰々しい足音と共に一人の男が現れた。王宮から「無能王子の再教育」のために派遣された特別家庭教師、魔導士バルカスだ。
「シオン殿下! またそのような落書きを! 今日こそは基礎魔法『ファイア・ボール』を習得していただきますぞ。魔力なき者に、王家の血を名乗る資格などないのです!」
「……やれやれ。熱量の高い言葉は、私の静寂を濁らせる。バルカス先生、その燃費の悪い情熱を、少しは冷却してはどうかな?」
「黙りなさい! さあ、杖を構えて! 魔法とは情熱と魔力の爆発なのだ!」
バルカスが鼻息荒く、自ら手本を見せようと巨大な魔力を練り始める。シオンは呆れたように溜息をつき、足元に咲く小さな名もなき花をそっと撫でた。
(……この男の胃袋は、言葉と同様に騒がしいようだ。少しばかり、内側の因果を整理してやるとしよう)
シオンは指先で、花の茎に含まれる特定の成分の「理」を上書きした。
能力【因果の種:腹腔の鎮魂歌】。
「先生。魔法の極意とは、放出することではなく……内なる声に耳を傾けることですよ。……ほら、聞こえませんか? 先生の『終わりの鐘』が」
「何をわけの分からんことを……っ!? ぐ、うぅっ!!?」
バルカスが火球を放とうとした瞬間、その顔面が土気色に変わった。
彼がさっき一口飲んだ茶に含まれる成分が、シオンの操作した胞子と反応し、腸内で「暴風雨」を巻き起こしたのだ。
「ぐ、あああ……腹が、腹が焼けるようだっ! 聖水の……トイレはどこだぁぁっ!!」
「……おや。情熱が爆発しすぎて、出口を間違えたようですね。お大事に。明日の講義は、私のカレンダーから『削除』しておきますよ」
バルカスは杖を放り出し、股間を抑えながら、無様な悲鳴を上げて本殿へと脱兎のごとく走り去っていった。
「……ふう。嵐が去り、再び静寂が戻ったか。……今の皮肉、最高にキレてたな。後で手帳に金文字で書いておこう」
「シオン。また変なことしたわね」
背後から響く、聞き慣れた、しかし最も警戒すべき声。リーゼロッテが呆れた顔で立っていた。
「……あ、やあリーゼ。因果の連鎖は時に残酷だ。先生は、自らの情熱に胃腸が耐えきれなかったらしい」
「嘘おっしゃい。先生が飲むお茶に、変な花粉混ぜたでしょ。……もう、お父様たちがあなたのこと『魔力はないが、人を動かす不思議な徳がある』なんて褒めるから、調子に乗るのよ」
「……徳、か。悪くない響きだ。……あ、リーゼ、その拳を握るのはやめてくれないか? せっかくのポエムが、物理的な衝撃で霧散してしまう」
「あとで、みっちり『普通の魔法理論』を叩き込んであげるわ。逃がさないわよ、ポエム王子」
シオンはリーゼロッテに引きずられながらも、心の中で満足げに呟いた。
『女神の愛は、時に腹痛より激しく、私の平穏を侵食する。……よし、これもメモしなきゃ(ニヤリ)』




