不純物の排除、あるいは濡れ衣の朝露
王宮庭園の片隅。シオンはリーゼロッテが用意した最高級の茶葉を楽しみながら、手帳に「美学」を刻んでいた。
「『美しき緑を剪定する者は、庭の守護者である。それを踏みにじる足音は、不協和音以外の何物でもない』……ふむ、我ながら今日の筆致は冴えているな」
悦に浸るシオンの耳に、庭の向こうから下品な罵声が飛び込んできた。
第一王子カイルが、一人の老いた庭師を怒鳴りつけている。
「貴様! 私が通りかかる瞬間に水を撒くとは何事だ! この装束に一滴でも汚れがついたら、その首で贖ってもらうぞ!」
庭師は地面に額を擦り付け、震えている。カイルはそれを嘲笑い、自慢の火属性魔力を指先に灯した。
「……やれやれ。あのような咆哮で私の午後の安らぎを汚すとは。……兄上、君の脚本はいつも三流だ」
シオンはティーカップを置き、庭園の植物たちと意識を繋げた。
庭師が持っていたホースの先。そして、カイルの足元に広がる芝生に宿る「朝露」の理を上書きする。
能力【因果の種:露の導引】。
「水は、本来上から下へ流れるもの。だが、私の望む『結果』の前では、重力すら私の韻律に従う」
シオンが指先でチェスの駒を動かすように空を切った。
次の瞬間、カイルが庭師を蹴り上げようと足を上げた、その刹那。
庭のあらゆる植物に付着していた朝露が、物理法則を無視して一点に集束した。
それはカイルの足元から、蛇が這い上がるような速度で上昇し、彼のズボンの股間部分にピンポイントで着弾。一瞬で広範囲な「染み」を作り上げた。
「……なっ!? つめたっ、何だ!?」
カイルが慌てて股間を押さえる。
周囲から見れば、それはどう見ても、彼が恐怖か何かで粗相をしたようにしか見えなかった。
「あ、兄上……? その、股間が……」
背後にいた側近たちが、絶句して視線を泳がせる。
「ち、違う! これは水だ! 芝生の露が勝手に跳ねて……!」
カイルが必死に弁明すればするほど、惨めさは増していく。火属性の魔力で乾かそうとするも、シオンが「乾燥」の因果を阻害しているため、染みは不自然なほど居座り続けた。
「……ふふ。火の使い手が、水に濡れて退場か。皮肉な皮肉だ。……今のフレーズ、ちょっとウィットに富みすぎてるな」
カイルは顔を真っ赤にし、「貴様ら、見るなッ!」と叫びながら、股間を隠して城内へ逃げ帰っていった。
残された庭師は呆然としていたが、シオンが微かに風を操ると、庭師の耳元にだけ心地よい木の葉のざわめきが届いた。
「……もういい。掃除は終わった。……さて、紅茶が冷める前に、このカタルシスを書き留めておかなければ」
シオンは何食わぬ顔でペンを走らせる。
遠くからリーゼロッテが「シオン、今のあなたがやったでしょ」とジト目で近づいてくる気配を感じながらも、彼は最高にハードボイルドな微笑みを浮かべ続けるのだった。




