午後の茶会(ティータイム)は、硝子の刃の上で
公爵家の庭園。美しい薔薇に囲まれたガゼボ(東屋)では、リーゼロッテを筆頭とする令嬢たちの派閥、通称「百合の園」のお茶会が開かれていた。
「……ふむ。招待された覚えはあるが、ここは戦場だったか」
シオンは、十数人の令嬢たちの熱視線を浴びながら、ポエム手帳をそっと懐に隠した。今日の彼は、リーゼロッテに指定された「影のある貴公子風」の装いだ。
「シオン様、お会いできて光栄ですわ。魔力を持たぬがゆえに、あえて孤独を愛されていると伺いましたわ」
「その憂いを帯びた瞳……まるで、月の裏側を覗き込んでいるようですわ……!」
令嬢たちが頬を染めて詰め寄る。シオンは内心で(よし、今の俺、最高にミステリアスだぞ)と悦に浸りながら、ティーカップを完璧な所作で持ち上げた。
「……孤独は、私にとって最高の香辛料ですから。皆さんのような華やかな花々に囲まれると、私という『影』が消えてしまいそうで恐ろしい」
「キャーッ! 影が消えるなんて、なんてロマンチックなの!」
令嬢たちのボルテージが上がる。しかし、その背後から、絶対零度の殺気がシオンのうなじを貫いた。
「……あら、シオン。ずいぶんと楽しそうじゃない? 私の友達をそんなに口説き落として、どういうつもりかしら?」
微笑んでいるが、瞳の奥が一切笑っていないリーゼロッテ。彼女の手元では、フォークが心なしかミシミシと音を立てている。
「……い、いや、リーゼ。私はただ、因果の流れに従って、社交という名の儀式を執り行っているだけで……」
「因果? そう。じゃあ、その因果のせいで、あなたの分のスコーンが『この世から消滅する』かもしれないけど、文句はないわよね?」
(まずい。これ以上彼女の機嫌を損ねるのは、死の宣告を越えるのと同義だ)
シオンは瞬時に「理」を動かした。能力――【因果の種:風の音信】。
彼は令嬢たちに向き直り、すっと立ち上がると、一輪の白い百合を摘み取ってリーゼロッテの前に膝をついた。
「……皆さんに、謝罪しなければならない。私の瞳は、太陽を見つめすぎたせいで、他の光を認識できない身体になってしまったようだ。……リーゼ、君以外の光が、眩しすぎて見えないんだ」
「……えっ」
静まり返るガゼボ。令嬢たちは「なんて情熱的な愛の告白……!」と胸を熱くし、当のリーゼロッテは、あまりにも直球すぎる(かつキザすぎる)言葉に顔を真っ赤にして固まった。
「な、何言ってるのよ、急に……! 恥ずかしいじゃない!」
「……真実を語るのに、恥じる必要はない。……ふふ。今の俺、完全に愛の狩人だったな。後で手帳に赤文字で書いておこう」
「その……っ、そこまで言うなら、許してあげなくもないわ。スコーン、食べなさいよ」
リーゼロッテが照れ隠しにスコーンをシオンの口に押し込む。
死線を一歩でかわしたシオンは、モグモグと咀嚼しながら、令嬢たちの「まあまあ!」という黄色い歓声を聞き流した。
(……やれやれ。女たちの嫉妬は、大嵐より恐ろしい。デバッグ完了まで、あと数分。……今日の俺は、間違いなく世界の中心にいた)
シオンは、頬を染めたままの婚約者を視界の隅に入れ、勝利の美酒(中身はダージリン)を喉に流し込むのだった。




