建築の理想、あるいは笑顔の最終宣告
翌朝。シオンは昨夜描き上げた「カフェ・プロジェクト」の設計図を懐に忍ばせ、学園の予鈴を背に、因果の隙間を縫って城を脱出した。
「……ふむ。今日は『孤独な王子の隠れ家』が、物理的な実体として産声を上げる記念すべき日だ。……ふふ。今の俺、新世界を構築する『至高のアーキテクト』って風格だな」
現場である空き地には、シオンが(勝手に王家の名前を使って)呼び出した腕利きの魔導建築士が待っていた。
「殿下、この位置に光る薬草の温室を……? 構造的には可能ですが、魔力回路の配置が非常に前衛的ですね」
「……いいかね。建築とは石を積むことではない。……光と影、そして私のポエムを三次元に翻訳する作業なのだ。……ここに、宇宙の真理を凝縮したテラス席を配置してくれ」
専門的な打ち合わせは数時間に及んだ。シオンは慣れない建築用語と、理想を形にするための精神力(ポエム力)を削り、珍しく真剣に議論を交わしていたその時である。
「おじちゃーーーん!! また来たねーーー!!」
「今日は何作るの!? それ、新しい遊び道具!?」
前回以上の熱量で、孤児院の子供たちが「人間魚雷」となってシオンの腰に突撃してきた。
「……ぐふっ。……ま、待て、少年たちよ。今は世界の再構築(打ち合わせ)の真っ最中……ああっ! 私の設計図で紙飛行機を作るな! それは数万行のコードに匹敵する聖典だぞ!」
結局、建築士との高度な打ち合わせと、子供たちによる「泥の山への強制招待」が同時並行で行われた。シオンは建築士に「そこは黄金比で!」と叫びながら、子供たちには「私は山ではない、聖域だ!」と抗議し続け、精神と肉体の両面で限界を迎えた。
夕暮れ。
泥と枯れ葉にまみれ、さらに複雑な魔導回路図の残像で頭をパンパンにしたシオンは、ふらふらとした足取りで離宮の玄関に辿り着いた。
「……ふぅ。……設計は完璧だ。あとは具現化を待つのみ。……今の俺、聖域を完成させるために全てを捧げた『燃え尽きた救世主』そのものだな……」
心地よい疲労感の中で扉を開けた、その瞬間。
「おかえりなさい、シオン。……今日も『充実した一日』だったようね?」
そこには、これ以上ないほど完璧な笑顔を浮かべたリーゼロッテが、背後に暗黒のオーラを背負って立っていた。その手には、シオンが学園に出したはずの(実際には出していない)欠席届の白紙が握られている。
(……あ、やばい。今のリーゼの笑顔……私の因果操作でも消去できない『確定した死』の予感がする……)
「……やあ、リーゼ。……奇遇だね。君の笑顔が、沈みゆく太陽よりも眩しくて……私は今、一時的に視覚を失ったようだ……」
「あら、そう。なら、その失った視覚の代わりに、私の説教を耳にたっぷり刻み込んであげるわ。……さあ、そこへ座りなさい?」
シオンは震える手で手帳を取り出し、死を覚悟した文字で今日の一行を刻んだ。
『創造の代償は、あまりにも美しく、そして恐ろしい。……女神の微笑みは、私を安息地ではなく、地獄の説教部屋へと誘う。……よし。今の俺、完全に「逃げ場を失ったまま伝説になる悲劇の主人公」だな。……リーゼの目が笑っていないことを、墨にして書いておこう』
「……手帳を閉じて。さっさと来なさい!!」
シオンのカフェ・プロジェクトは、本格始動初日にして、婚約者による「強制デバッグ(お説教)」という名の最大級の障害にぶつかるのであった。




