静かなる茶会、あるいは忘却のティータイム
「シオン! どこに隠れたのよ、あんた――!」
リーゼロッテが共有スペースの重厚な扉を勢いよく開け放った。しかし、そこに広がっていたのは、彼女の予想に反した「完璧に静謐な光景」だった。
「……おやおや、リーゼ。そんなに息を切らせて。……今、私はアイリス姉上と、この茶葉に含まれる『大地の記憶』について語り合っていたところだよ。……ふふ。今の俺、嵐を鎮める『平和の使者』って風格だな」
シオンは優雅にカップを傾け、微笑んだ。その対面には、三女アイリスが静かに本を閉じ、涼やかな顔で座っている。
「……リーゼロッテさん。そんなに大きな声を出しては、お茶の香りが逃げてしまうわ。……彼なら今、私の読書感想を聞いてくれていたところよ。貴女も座ったら?」
「あ、アイリス様……。失礼いたしました」
帝国最強の魔導の才を持つ姉王女にそう言われては、リーゼロッテも毒気を抜かれるしかない。彼女は不満げにシオンを睨みつつも、差し出された椅子に腰を下ろした。
「……それで、シオン。さっきの試験の動き、あれは一体」
「さあ、リーゼ。このクッキーを食べてごらん。……このサクサクとした食感、まるで昨日の芋虫……いや、かつての私が脱皮した殻のような、儚い調べを感じないかい?」
シオンはリーゼロッテの追及を遮るように、絶妙なタイミングで焼き菓子を彼女の口元へ運んだ。
「ちょっと、自分で食べるわよ! ……ん、美味しい。……じゃなくて、私が聞きたいのは効率の話で……」
「効率、か。……アイリス姉上、彼女はまだ気づいていないようだ。……最短ルートとは距離ではなく、心が納得するまでの道のりだということに」
「……ええ、そうね。……今の貴方の言い訳、論理的には破綻しているけれど、韻だけは美しいわ。……リーゼロッテさん、彼に理屈を求めるのは、風に形を求めるようなものよ。無駄だわ」
アイリスが淡々と、しかし決定的なトーンで告げる。シオンは「流石は姉上、話が分かる」と心の中で快哉を叫んだ。
(……ふふ。今の俺、二人の美姫に囲まれながら、絶体絶命の窮地を『高尚な世間話』へと書き換える(デバッグする)、稀代の交渉人そのものだな。……よし、このまま試験の話題を因果の彼方へと葬り去ろう)
結局、試験の不可解な速さについては「愛とポエムの力」というシオンの適当な一言と、アイリスの「不思議なこともあるものね」という加勢(?)によって、うやむやのままお茶会の賑わいへと溶けていった。
「……もう、明日こそは逃がさないんだからね、シオン」
リーゼロッテは最後の一口の紅茶を飲み干し、少しだけ表情を和らげた。シオンは満足げに手帳を取り出し、今日の一行を刻んだ。
『嵐は琥珀色の液体に溶け、疑惑は甘い菓子の陰に隠れた。……二人の守護者に囲まれた私は、今、世界で最も安全な深淵にいる。……よし。今の俺、完全に「修羅場を社交界に変える社交の天才」だな。アイリス姉上の涼やかな微笑みをインクにして書いておこう』




