不自由の美学、あるいは空虚なる咆哮
学園の訓練場。本日のFクラスの実技予習は、魔力による【拘束魔法】への抵抗訓練だ。
「いいか、お前たち! 戦場では動きを止められた瞬間が命取りだ。今から私が一人ずつ拘束をかける。なりふり構わず抗ってみせろ!」
屈強な講師が、生徒たちを次々と光の鎖で縛り上げていく。他の生徒たちは「ぐぬぬ!」と顔を真っ赤にして筋肉を躍らせ、あるいは魔力を暴発させて鎖をこじ開けようと必死だ。
そして、ついにシオンの番が回ってきた。
「……ふむ。光の鎖か。私という『概念』を物理的な法則で縛り上げようという、神への冒涜にも似た挑戦……。……ふふ。今の俺、世界の不条理を一身に背負う『悲劇の預言者』って風格だな」
「理屈はいい! 行きますぞ、殿下! 【鋼の戒め(アイアン・バインド)】!」
講師の放った強力な魔法が、シオンの全身を容赦なく締め上げた。魔力「0」のシオンには、当然抗う術などない。
「ぶふぇっ!?」
シオンは一切の抵抗もできず、まるで出荷前の丸太のように床にごろりと転がされた。手足は不自然な方向に曲がり、光の鎖が食い込んで芋虫のようにピクピクと動くことしかできない。
だが、その目は死んでいなかった。
「……おやおや、講師。……君の綴るこの叙事詩は、少々……語彙が、強すぎるのではないかな……? ……ぐ、ふっ……」
「殿下! 床を這いずりながら何を言っているんですか! 早く魔力で弾き飛ばしなさい!」
「……弾く? ……ククク、私は今、あえてこの『不自由』という名の深淵を……内側から観測しているのだ。……見ろ、この無様な姿勢。これこそが……完成された、敗北の……ポエム」
シオンは顔の半分を床に押し付け、口の中に砂を入れながらも、震える指先で懐から手帳を(奇跡的な執念で)取り出した。
「……『地を這う蛇は……空を飛ぶ鳥よりも……、大地の真実を、知っている……』。……よし、今の吐き捨てたような呟き……、完全に絶望の淵で笑う狂気の貴公子だったな……」
「殿下、もういいですから! 見てて痛々しいですよ!」
Fクラスの面々が同情の視線を向ける中、シオンだけは縛られたまま、芋虫のような動きで必死に「最高に格好良く見える角度」を模索していた。
「……ちょっと、あんた。何してんのよ」
見かねたリーゼロッテが、ゴミを見るような目で歩み寄ってくる。
「……やあ、リーゼ。見ての通り、私は今……この世界の重圧と……愛の重さを、等価交換しているところだ。……ふふ。今の俺、縛られてなお精神の自由を誇示する、不屈の」
「はいはい、不屈不屈。先生、もう解いてあげてください。この人、放っておくとこのままポエムを詠み続けて酸欠で倒れますから」
魔法が解かれた瞬間、シオンは「はふぅっ!」と情けなく息を吐きながら大の字にひっくり返った。だが、すぐに立ち上がり、乱れた服を優雅に(実際は埃だらけだが)整える。
「……やれやれ。危うく私のカリスマが、この訓練場という名の狭い器を破壊してしまうところだったよ。……リーゼ、今の私の『囚われの身での独白』、震えるほど官能的だっただろう?」
「……砂、ついてるわよ。顔に」
シオンはリーゼロッテにハンカチを投げつけられながらも、手帳に誇らしげに書き加えるのだった。
『鎖は私の肉体を縛ったが、私のポエムを縛る術式は、この世には存在しない』と。




