未完のキャンバス、あるいは無邪気な闖入者
宰相との交渉という名の「因果の書き換え」から一夜明け。シオンは当然のように学園への道を逸れ、手に入れたばかりの広大な空き地へと足を運んでいた。
「……ふむ。朝霧に包まれた荒野。ここは今、私の想像力という名のインクを待つ、世界で最も贅沢な白紙だ。……ふふ。今の俺、国家の版図を塗り替える『孤高の設計者』って風格だな」
シオンは荒地の真ん中に立ち、優雅に腕を組んだ。
(……さて、ここをどうデバッグしてやろうか。地下には禁忌の術式を走らせる巨大演算室を。地上には、星々の囁きを記録する全天候型ポエム展望台を……。……いや、あえて何も建てず、私の『孤独』を物理的な面積として表現するのも一興か。……くっ、今の発想、あまりに哲学的すぎて震えるな)
シオンが陶酔の海に深く沈み込み、壮大な秘密基地の構想を練っていた、その時。
「あ! 昨日のカッコいいおじちゃん(シオン)だ!」
「おじちゃん、遊んでー!」
背後から、無邪気な叫び声とドタドタという足音が響いた。昨日助けた少年を筆頭に、孤児院の子供たちがワラワラと集まってきたのだ。
「……おじちゃんではない。私はシオン。……世界の理を観測する者だ。……少年たちよ、今は私の思考のパズルを完成させる重要な」
「ねえ、おじちゃんの服、キラキラしててすごい!」
「お馬さんごっこして! お馬さん!」
「……馬? 私という『王の血脈』を、家畜のシミュレーションに利用しようというのか……。……ふふ。今の俺、民草の願いを無下にできない慈悲深い支配者」
「いいから早く! こっちで鬼ごっこもしよう!」
子供たちの圧倒的な「生命のノイズ」は、シオンが展開していた高尚な思考の結界を、いとも容易く粉砕していった。シオンが指一本動かせば彼らを眠らせることも、因果を逸らすこともできるが、なぜか彼はその能力を適用しようとはしなかった。
結局、夕暮れまでシオンは子供たちの「遊び」に付き合わされる羽目になった。
「……はぁ。……はぁ。……少年たちよ。君たちの運動エネルギーは、私の計算式を遥かに超越している。……今日のところは、この辺りで『休戦』としようじゃないか」
「えー、もう帰っちゃうの? また明日ね、おじちゃん!」
泥だらけになった正装と、ぐちゃぐちゃになった前髪。シオンは満身創痍で孤児院を後にした。
帰宅の途につきながら、彼は手帳を取り出し、震える手で今日の一行を刻む。
『知の迷宮を築こうとした私は、小さな天使たちの笑い声に敗北した。……だが、この土の汚れは、私の高潔な精神に対する勲章だ』
「……よし。今の俺、完全に『子供好きを隠しきれない不器用な貴公子』そのものだったな。……だが、結局基地の設計図が一行も進んでいない。……これもまた、運命という名のバグか」
シオンは心地よい疲労感の中、夕闇の中を歩いていくのだった。




