黄金の施し、あるいは聖者の模倣(シミュレーション)
学園の正門を抜け、夕暮れの街へと足を踏み出したシオン。今日の彼の足取りは、いつにも増して軽やかだった。
「……ふむ。夕闇が街を飲み込む前のこの刹那。世界の輪郭が最も曖昧になる時間だ。……ふふ。今の俺、黄昏に紛れる『正体不明の賢者』って感じでミステリアスだな」
そんな独り言を呟きながら路地裏を通り抜けた時、シオンの視界に、ゴミ箱の陰で震える小さな影が映った。ボロボロの服を纏い、お腹を鳴らしている孤児の少年だ。
(……やれやれ。私の歩む道に、これほど直接的な『飢え』という名のバグが配置されているとは。……少年、君の胃袋が奏でる不協和音、私が調律してやろう)
シオンは一切の躊躇なく少年に歩み寄り、膝をついた。
「……少年。君の瞳に宿る飢餓の焔、今の私にはあまりに眩しすぎる。……どうだい。この世界には、空腹よりも素晴らしい絶望があることを、食事を通して学んでみないか?」
「え……? おじちゃん、誰……?」
「おじちゃんではない。私はシオン。……ただの、通りすがりの救済者さ。……ふふ。今の台詞、完全に『正体を隠した伝説の皇子』そのものだったな」
シオンは少年を連れ、街で一番の高級テラスレストランへと向かった。
泥だらけの少年を連れたシオンに、店員が困惑の表情を浮かべるが、シオンは優雅に一枚の金貨をテーブルに置いた。
「……彼の空腹を、この街で最も美しい料理で満たしたまえ。……味付けは『希望』を少なめに、代わりに応えきれないほどの『幸福』を。……ふふ。今の注文、最高にキザでしびれるな」
運ばれてきた温かいスープ、柔らかなステーキ、そして山盛りのパン。少年が夢中で食べる様子を、シオンは紅茶を傾けながら満足げに眺めていた。
「……ゆっくり食べたまえ。食べ急ぐことは、物語を早送りするようなものだ。……ふむ、パンの香りが私のポエムに新たな語彙を与えてくれるな」
食後、シオンは少年を抱え上げ(本人は「運命を運ぶ所作」だと思っている)、彼が暮らす孤児院まで送り届けた。
「……ここが君の城か。……案ずるな。城壁を補強するための資材(差し入れ)も用意してある」
シオンはさらに、途中のベーカリーで買い占めてきたばかりの大量の焼きたてパンと、菓子を詰めた袋を孤児院の院長に手渡した。
「……これは私からの寄付ではない。世界の均衡を保つための、ほんの少しの『修正データ』だ。……ふふ。今の言い訳、偽善を嫌うダークヒーローっぽくて完璧だな」
帰り道、一人になったシオンは手帳を開き、月明かりの下でペンを走らせる。
『少年はパンを噛み締め、私は孤独を噛み締める。……差し入れの重みは、私の魂が救った世界の重みだ』
「……よし。今日の俺、完全に聖者を超えて『慈悲の具現体』だったな。……金文字で、いや、宝石で装飾して書き留めておこう」




