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月下の狂詩曲、あるいは静かなる反逆

学院から戻ったシオンを待っていたのは、煌びやかだが最高に退屈な「夜会」の招待状だった。

「……ふむ。シャンデリアの虚飾と、香水の不協和音。貴族共が互いの仮面を褒め称える、出口のない円舞曲ロンドか。……ふふ。今の俺、社交界を冷徹に俯瞰する『孤独な観測者』って感じで震えるな」

シオンは鏡の前で、夜会用の漆黒の正装に身を包む。魔力0というレッテルを嘲笑うかのような、完璧に着こなされたその姿は、一国の王子としての気品に満ちあふれていた。

「シオン、準備はいい? ……あら、案外まともな格好じゃない」

エメラルドグリーンのドレスに身を包んだリーゼロッテが現れる。

「……やあ、リーゼ。君という太陽が隣にいるなら、私の孤独な影も少しは和らぐというものだ。……よし、このパーティーという名の不自由な舞台を、優雅に闊歩しに行こうか」

「はいはい。あんまり変なポエムを大声で詠まないでよ。私の耳が赤くなるんだから」

会場となる大広間は、帝国の有力貴族たちで埋め尽くされていた。シオンが入場した瞬間、周囲には「無能王子」という蔑みと、それに対する「公爵家の才女」という同情の視線が突き刺さる。

「……おやおや、シオン。Fクラスの埃は落としてきたのかい?」

案の定、第一王子カイルが取り巻きを引き連れて現れた。

「……兄上。君の言葉は、この美しい旋律に対するノイズだ。……少しばかり、静寂サイレンスの美徳を学ぶべきだとは思わないか?」

「ふん、負け惜しみか! さあ皆、見ろ! 今日は陛下から贈られた極上のワインを用意させた。シオン、お前のような落ちこぼれには、この香りは毒かもしれんがな!」

カイルが自慢げにグラスを掲げ、シオンを挑発するように飲み干そうとした、その時。

シオンは指一本動かさず、ただ「洗練された貴族としての所作」だけで応じた。

「……兄上。そのワインを愛でる前に、君の『品格の綻び』を修正した方がよろしい。……左側のカフスが、君の傲慢さゆえに、今にも弾け飛びそうだ」

「何……!?」

カイルが動揺して自分の袖口に目を落とした瞬間、シオンは一切の能力を使わず、ただ優雅な身のこなしでカイルの横を通り過ぎた。

その際、シオンの放つ「圧倒的な王族としての威圧感オーラ」に気圧されたカイルが、思わず一歩後ずさる。

「あっ……!」

自らの足をもつれさせたカイルは、掲げていたワインをそのまま自分の顔面にぶちまけた。

赤い滴が、彼の高価な正装を汚していく。

「ぶべしゃぁっ!!」

能力による因果の操作ではない。ただの「自爆」だ。シオンの放つ言葉のキレと、あまりに堂々とした態度に、カイルが勝手に自滅したのだ。

「……やれやれ。兄上、そんなにワインを全身で愛でるとは、よほどの酒好きと見える。……リーゼ、行こう。この空間の解像度が、これ以上下がる前に」

シオンはワインまみれの兄を一瞥もせず、優雅に踵を返した。

「……シオン。あんた、魔法も使わずにあそこまで人を動揺させるなんて、ある意味で魔法使いよりタチが悪いわよ」

「……フッ。私はただ、彼の内なる不協和音を指摘しただけさ。……さて、リーゼ。今の私のスマートな退場、完全に夜の支配者ナイト・ルーラーだったろう?」

「ええ、ええ。世界一のポエマー様。……でも、少しだけ格好良かったわよ」

夜会の月明かりの下、二人の影は重なりながら、華やかな喧騒を後にする。

シオンの手帳には、今日という日の「無血の勝利」が、また一行、傲慢な詩として刻まれるのだった。

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