黄昏のドルチェ、あるいは騎士(ナイト)の横顔
カフェ『銀の匙』の扉を開けると、夕刻の冷えた空気が二人の頬を撫でた。
「……ふむ。タルトの甘みが血肉に溶け込み、私の思索に新たな極光をもたらしたようだ。……リーゼ、君の選んだ店は、私の美学に僅かながら及第点を与えてもいい」
「素直に『美味しかった、ありがとう』って言えないのかしら、この王子は。……まあいいわ、満足したなら帰るわよ」
リーゼロッテは苦笑しながら、シオンの半歩前を歩く。
だが、大通りへと続く薄暗い路地に入った瞬間、四人の男たちが壁の影から染み出すように現れた。
「……よぉ、そこの坊っちゃん。いい身なりしてるじゃねえか。その連れの姉ちゃんも上玉だ」
「王宮の小遣い、少し俺たちに分けていけよ」
男たちは下卑た笑いを浮かべ、懐から短剣を抜き放つ。
シオンはいつものように、羽ペンを回しながら優雅に一歩前へ出た。
「……やれやれ。夕暮れという名のカーテンが閉まる前に、無粋な端役が舞台に上がったか。……ふふ。今の俺、危機的状況でも余裕を崩さない完全無欠の」
「はいはい、そこまで。シオン、あんたは下がってなさい」
シオンのキザな台詞を遮り、リーゼロッテが彼の前に割って入った。彼女の背中からは、先ほどまでの穏やかな空気とは一変した、鋭い魔力の波動が立ち昇っている。
「な、なんだぁ? 姉ちゃん、やる気かよ。火遊びじゃ済まねえぞ?」
「……火遊び? そうね、私の火遊びは少し熱いわよ」
リーゼロッテが指をパチンと鳴らすと、路地の地面に魔法陣が一瞬で展開された。
「下がれと言ったはずよ。『紅蓮の抱擁』!」
次の瞬間、男たちの足元から激しい火柱が噴き上がった。それは彼らを焼き尽くすのではなく、熱を帯びた鎖となって、四人の手足を一瞬で縛り上げる。
「ぎゃああああっ! 熱い、熱っ!!」
「離せ! なんだこの魔法は!?」
「静かにしなさい。……次、その汚い口を開いたら、舌を焦がしてあげるわ」
リーゼロッテの冷徹な一喝に、男たちは泡を食って黙り込んだ。
彼女は流れるような所作で髪をかき上げると、背後のシオンを振り返る。
「……終わったわよ。シオン、怪我はない?」
シオンは、縛り上げられた男たちの無様な姿と、美しく戦う婚約者の姿を交互に見つめ、ゆっくりと手帳にペンを走らせた。
「……素晴らしい。情熱の炎が、夜の帳を切り裂く一閃の雷鳴となったか。……リーゼ。君の荒々しい愛の表現(暴力)は、時に私の感性を心地よく震わせる。……ふふ。今の俺、強い女に守られる『最高に贅沢な貴公子』って感じだな」
「……何よそれ。少しは怖がるとか、感心するとかできないわけ?」
「感心しているとも。……だが、私の『理』が動くまでもなかった。君という盾が、私の孤独を汚させなかったのだから」
シオンは不敵に微笑み、拘束された男たちを一瞥もせずに歩き出す。
(……やれやれ。リーゼが強すぎるのも問題だ。私の因果操作を披露する隙もない。……だが、たまには彼女の華々しい舞台を観客席から眺めるのも、悪くない脚本だ。……今の去り際、完璧に『余裕の伴侶』だったな。金文字で書いておこう)
「ちょっと、置いていかないでよ! 本当に、一言『すごかった』って言えばいいだけなのに!」
リーゼロッテの抗議の声が、静まり返った路地に響く。
背後で火に巻かれた男たちが震える中、二人の影は仲睦まじく、夕闇の向こうへと消えていった。




