騒乱の闖入者、あるいは再来する湿潤の罠
学園の放課後。Fクラスの教室には、場違いなほど豪華な足音と、傲慢な笑い声が響き渡った。
「おいおい、このドブネズミの巣窟のような空気は何だ? 息をするだけで魔力が汚れそうだぞ!」
現れたのは、第一王子カイル。取り巻きのAクラス生徒を引き連れ、わざわざFクラスまで「無能な弟」を嘲笑いに来たのだ。クラスメートたちが怯えて縮こまる中、シオンは窓際で優雅にペンを走らせていた。
「……ふむ。静寂という名のカンヴァスに、泥を投げつける無頼漢がいるな。……兄上、君の登場シーンはいつも、私の詩的感性に対する冒涜だ」
「相変わらず訳の分からんことを! シオン、貴様のせいで入学式の椅子が壊れ、私は恥をかいたのだぞ! 今日はその落とし前をつけてもらう!」
カイルが机を激しく叩く。その拍子に、シオンが大切にしていたポエム手帳が床に滑り落ちた。
(……ほう。私の魂の結晶を、その不浄な振動で汚したか。……兄上、君の脚本には『救い』という名のページが足りないようだ。……よし、今すぐ書き足してやろう。『屈辱』という名のインクでな)
シオンは手帳を拾い上げるふりをして、指先で床の僅かな湿り気に触れた。
能力【因果の種:水脈の逆流】。
「……兄上。情熱的に叫ぶのは結構ですが、少し……股関節周りの『緊張』を解した方がよろしい。……ほら、君の『内なる水』が、外界とのコンタクトを望んでいるようだ」
「何を……っ!? ぬ、ぬおっ!? つめたっ!?」
カイルが叫んだ瞬間、彼の足元の床から、まるで意思を持っているかのように水が噴き上がった。それは正確にカイルの股間を狙い撃ちし、高級な制服のズボンに、絶望的なほど巨大な「染み」を作り上げた。
「……なっ、なんだ!? 水魔法か!? 誰だ、やったのは!!」
カイルが股間を押さえて飛び上がる。しかし、周囲には魔法を放った気配など微塵もない。ただ、床にこぼれていた掃除用の水が、物理法則を無視して彼に「吸い付いた」ようにしか見えなかった。
「……おやおや、兄上。あまりの興奮に、また『我慢』が効かなかったのですか? 聖エリュシオンの学び舎で、失禁の美学を説くとは……斬新な教育方針だ」
シオンは残酷なまでに美しい微笑を浮かべた。
「ち、違う! これは魔法だ! 罠だッ!!」
「……言い訳は、その濡れた布地が乾いてからになさるがいい。……ふふ。今の追い打ち、完全に冷酷な支配者の風格だったな。後で手帳に『水も滴る愚か者』と題して書いておこう」
「き、貴様ぁぁッ!! 覚えていろ!!」
カイルは顔を真っ赤(そして股間を真っ青)にしながら、再び股間を隠して教室から逃げ出した。取り巻きたちも、あまりの気まずさに目を逸らしながら後を追う。
嵐が去った教室。Fクラスの生徒たちは、シオンの背中を、もはや神を拝むような目で見つめていた。
「……殿下。今の、魔法じゃなかったですよね? 水が勝手に……」
「……ただの因果だ。不徳な者には、天が涙を授けるということだよ」
シオンは手帳の汚れを優雅に拭うと、再び窓の外を眺めた。
(……やれやれ。私の平穏を乱す者は、等しく『水難の相』を背負う運命にある。……さて、リーゼが来る前に、このカタルシスを韻律に変えておかなければ)
シオンの「秘密の制裁」によって、Fクラスには奇妙な一体感と、一人の王子への狂信的な崇拝が芽生え始めていた。




