無の極致、あるいは沈黙という名の解答
学院の広大な演習場。新入生たちが一堂に会し、初めての「魔法実技」が行われていた。
内容は至ってシンプル。標的となる魔導人形に向けて、基礎攻撃魔法『ファイア・ボール』を放ち、その威力を測定するというものだ。
「いいか、魔力とは火だ! 情熱だ! 己の存在をそこに叩き込め!」
教師の号令のもと、Aクラスのエリートたちが次々と華やかな炎を放つ。第一王子カイルにいたっては、標的を粉砕するほどの火力を披露し、周囲の喝采を浴びていた。
そして、いよいよFクラス、シオンの番が回ってくる。
「おい、見ろよ。魔力0の王子様だぜ」
「杖の持ち方だけは一丁前だが、どうせ何も起きないんだろう?」
嘲笑が渦巻く中、シオンは悠然と、まるでお気に入りのポエムを披露する舞台に上がるかのように前へ出た。
「……ふむ。標的を焼くことで自己を証明する、か。実に出口のない円環だ。……私は、そんなバグだらけの計算式に興味はない」
シオンは懐から、杖ではなく自作のポエム手帳を取り出した。そして、標的に向かって優雅に、だが何も起こらない「虚無」の所作を捧げる。
「……『風は語らず、火は灰を愛す。私の沈黙は、この世界が未だ到達し得ぬ究極の解答だ』。……ふふ。今の俺、完全に『力を隠した古のエルフ』みたいな雰囲気だったな」
シオンが指をパチンと鳴らす。
当然、魔力0の彼からは火の粉一つ出ない。標的の魔導人形は、傷一つなく、ただそこに無機質に立ち続けている。
「……ぷっ、あははは! 本当に何も起きねえ!」
「何だよあのポーズ! 呪文じゃなくてポエム詠んで終わったぞ!」
講場は爆笑の渦に包まれた。教師も呆れた顔で「……シオン殿下、測定不能です。次へ行きなさい」と告げる。
だが、当のシオンは、侮蔑の視線を浴びながらも、最高に満足げな微笑みを浮かべていた。
(……完璧だ。これこそが私の望んだ『完全な虚無』。目立つ魔力を一切見せず、かつ『頭のおかしい変人』という最強の隠れ蓑を手に入れた……!)
シオンは誰にもバレないように、足元の影で「理」を少しだけ動かした。
実は、彼が指を鳴らした瞬間、標的の魔導人形の内部回路(因果)を完全に「停止」させていた。
後で誰かがその標的に魔法を放っても、一切反応しない「ただのガラクタ」に書き換えておいたのだ。
「……フッ。私の沈黙に耐えられなかったようですね、ドール。君の存在意義は、今、私の手帳の余白に消えた」
シオンは優雅に踵を返し、Fクラスの席へと戻る。
笑い転げる他クラスの生徒たちを尻目に、隣にいたリーゼロッテだけが、額に青筋を立てていた。
「シオン……。あんた、格好つけてるけど、ただの『魔法も使えないし変なこと言う人』だと思われてるわよ。分かってるの?」
「……リーゼ。真実とは、往々にして喜劇の仮面を被って現れるものだよ。……ほら、私の次のポエムの題名が決まった。『爆笑の渦に咲く、孤独な虚無のバラ』だ」
「……もう、勝手にしなさい!」
一方、一部の鋭い感性を持つ生徒、そして遠くで見ていた筆頭魔導師長(特別顧問)だけは、震えていた。
「……素晴らしい。火を出さないのではない……標的の『燃えるという因果』そのものを抹消したというのか!? さすがはシオン殿下!」
嘲笑と、畏怖と、そして深い勘違い。
シオンの学園生活は、本人の「満足」と共に、さらにカオスな方向へと加速していく。




