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第七章 Monsters Reunited

 その日の夜。私は例の如く一人部屋の中でレッドアイを傾けていた。締め切ったカーテン、部屋の中はほんのりとした間接照明が一つ、辺りを柔らかく照らすだけ。その時不意にガチャリ。とドアに鍵が差し込まれる音がする。続いてカチャ……と静かにドアノブが回される音が、やけに大きく響き渡る。靴を脱ぐ音。その後足音はゆっくりリビングの前まで近づいて、朧げに遥人はその姿を見せる。——一瞬だけ目が合う。が、すぐに逸らされる。ぽつり、と遥人が呟くように言う。「……散歩、行く?」そう告げた後、すぐに私に背を向ける。

私は無言で小さなバッグに軽く身の回りの小物を入れて、遥人の後を追うようについて行く。


 眩しいほどの月夜の夜。街灯の少ない道は、月明りによって明るく照らされる。長く伸びる二つの影は、並んでゆっくりと進んでいく。時折聞こえる遥か遠くの車の音と、二人の足音だけが重なるように響いている。やがて住宅街から離れると、広場がだんだんと姿を現す。木が囲むように植えられ、奥まった場所に一つだけ木製のベンチがあった。どちらからともなく座る。

無言の時間。でも不思議と気まずくない。それどころか妙に落ち着く。無理に話さなきゃとか、そんなことは微塵も感じられなかった。おもむろに遥人が煙草を取り出す。合わせて私も煙草と携帯灰皿を取り出す。遥人がライターで火を灯すと、穏やかな顔が照らされる。私も同時にその火を貰って煙草に火をつけると、二人そろって宙に煙を吐き出した。吐き出した煙はゆらりとそよ風に吹かれ、二人分が混ざって夜空に溶けていく。


 そのまま数分そのまま煙草を堪能する。火を消した後、前を向いたままぽつりと遥人が言った。

「ごめん。帰りづらかった」暗闇でも分かる、しょんぼりしたような顔。それは一瞬で切り替わって、真顔になる。

「ペアリングを買ってあげたくなかったわけじゃなかった」そっと言葉が紡がれていく。私は黙って聞き入っていた。

「あなたを喜ばせたい気持ちはあった。だけど……どうしてもカズと比べられているような気がしちゃってさ」

確かに和馬は経営者だ。実家も太く、和馬とは別で会社経営をしている。そのため、裕福に暮らしているのだろう。それは容易に想像がつく。

「それに、“俺”じゃなくて“あなたの彼氏”としてしか……なんていうか、そういうステータスでしか見られていない気がしたんだ。それに、せっかく買っても俺、そそっかしいからさ。仕事中に大事なリングを無くしたり壊したりしちゃうかもしれない。そんなの嫌で……あなたはきっと、そんなことになったら『私とのリングを大切にする気がないのね』って怒ってしまいそうで……お金だって持ってる方じゃない。実際仕事ばっかりでどこにも連れて行ってあげられてないし……それで、俺じゃあなたを幸せにしてあげられないんじゃないかと思っちゃったんだ。どうしてこの人は俺といるとずっと辛そうで、悲しそうで、怒ってばかりで……俺、いない方がいいのかなって思っちゃったんだ」

絞り出すような声。初めて聞いた本音。言いづらそうにはしているが、なんだか胸にほんわかとした温かな気持ちと、締め付けられるような切ない気持ちが混在する。

「私こそごめん」素直に口から出てくる。

「ペアリングが欲しかったのは本当。でもやっぱりそうね、あなたの言う通りヒカリちゃんに触発されただけだったのかもしれない。いつもわがままばっかり言ってた。他の人と比較ばかりしていた。あなたは決して楽な仕事をしているわけではないのなんて、分かっていたはずなのに」

たまらずもう一本、煙草に火をつけて続ける。煙とともに、素直な言葉が宙に舞う。

「あなたから愛情はたくさんもらっていたはずなのに。感じ取れずに、感じ取らずに言葉で、物で、さらに欲しがった。普通の男ならとっくに三下り半を突き付けて、カギを叩きつけて出て行っているところよ。私は見ようとしなかった。“私の彼氏”ではなく、“大狼遥人”という一人の人間を」

遥人は、はっとした表情でこちらを見ていた。私も見返す。ふと見つめあう。

「でね」バッグから小さな紙袋を取り出す。

「これ、受け取ってもらえる?」

遥人が受け取る。カサカサと乾いた音を立てて、中から取り出されたのは、三日月型のキーホルダーだった。

「それなら……付けてても邪魔にならないかと思って」

蓄光パウダーの混ぜられたそれは、暗闇に淡く青い光を放つ。中には“H”のアルファベットが埋め込まれていた。

「これ……」「作ったの。お揃いのものが欲しいのは事実よ。でもね。ペアリングである必要も、あなたに買ってもらう必要もなかったのよね。私たちだけのお揃い。世界で一点ものよ」

そう言って、私はバッグに付けたバッグチャームを見せる。こちらはコウモリ型。薄紫に淡く光るそれには“M”の文字。

遥人の表情が緩む。さっそくカギにキーホルダーを付けながら、少しいたずらっぽく笑って言った。

「不器用なあなたにしては上手にできてるじゃない」カギを持ち上げて月明りに照らす。「思ったよりちゃんとしてる」

「あら、あなただって不器用さに変わりはないでしょ。それに、それ一つ作るのにいくつ失敗したと思ってるのよ」

私も思わず笑みがこぼれる。そのままもう一本ずつ一服する。

「それにしてもさ」こちらを向いて遥人が言う。「なんで俺のは三日月で、あなたはコウモリなの?」

煙を上に向かって吹き上げながら不思議そうに聞かれる。

「うん? あなたは狼男だから」

「何? 狼男って」こんな夜でさえも外さないキャップ。「そう見えるのよ」

「コウモリは?」続けざまに聞いてくる。「私はヴァンパイアだから」


 煙草を消して立ち上がる。「なーんか。厨二病みたい」遥人は今度ははっきり笑顔を作った。

「いいのよ。末期の厨二病患者なんだから。私はね。それに、ある意味お互い“怪物同士”でしょ」笑顔を返す。

 来た時と同じ道をたどって帰っていく。思い返せばあの喧嘩から真夏を過ぎ、秋もかなり深まってきた。家にいたままの薄い長袖Tシャツにデニムパンツという軽い服装のまま出てきてしまった。その上、夜ともなれば少し冷え込む。多少身震いした私を見た遥人は、自分の上着を脱いで、そっと私の肩にかけてくれた。遥人のぬくもりがふわっと上半身を包む。

「あ……でもあなたが」「俺はいいんだよ。ずっと着てたんだから」

小さくて、細やかで、でも大切な気遣いという名の愛。家に着いてからは温かいお茶を淹れ、二人お揃いのマグカップで飲んだ。いつぶりに使っただろう。そして遥人に腕枕をしてもらって温かく眠りについたのだった。もう、この人を離さないと想い合い、お互いの体温と眠りに身を任せる……


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