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第六章 それぞれの怪物たち

 暗い倉庫の片隅に置かれた簡素なソファに横になる。今日も仕事が終わる時刻は二十三時をとうに過ぎていた。寝心地の悪いソファより、家のベッドの方がよく眠れるのは当然なのだが、家に戻るまでの時間が惜しい。翌朝五時には早朝担当のドライバー仲間たちがやってくる。責任者として遅刻などあり得ない。ひと眠りしなければな。だが、そう思えば思うほど妙に眠れなかった。そういえば今日も舞奈は仕事だったのだろうか。最近は連絡一つしていなかった。ふと、昼間配達に行った雀荘を思い出す。大量のトイレットペーパーとペーパータオルを持って配達に行った雀荘は、舞奈が働いている雀荘ではなかったが、なんとなくあの雰囲気が頭によぎる。外の喧騒はどこへやら、基本的に雀荘というのはどこも静かである。そんな中で私服にエプロンを着けた、愛想は良いがどことなく鋭く無機質な目つきをした男たちが、ある者は無表情で牌を磨き、またある者は真剣な表情でお客を囲んで麻雀を打っている。なんとなく、店の明るさとは裏腹にダークな雰囲気を纏っている。俺は麻雀のルールというのはよく知らないが、何かこう、パチンコ店のような一般的なギャンブルの為の店というのとはちょっと一線を画したような、独特の雰囲気がある。あんな男たちに混ざって、麻雀はもちろん、力仕事も多い中で舞奈は働いているのだ。「これだから女は、とか、女はいいよな、なんて言われたくないからな」そんなことを言っていた。向いていないかもとか自分に合っているかとか、そんなことは度外視してつべこべ言わずに与えられた仕事を実行し、辛かったらすぐ辞めてもいいと言った俺の言葉には耳も傾けずにただただ毎日仕事に出る。叱られたことも多かったと聞いたが、それでもやり遂げる高い習慣性には感心する。配達ドライバーだって、“思ったよりきついので”と言ってすぐに来なくなった奴も少なくないのに。「向いてる向いてないじゃない。やるんだよ。それだけだ」何かで叱られたのだろう、今にも泣きだしてしまいそうな顔をして、それでも舞奈はそう言った。そんな舞奈の顔を思い出す。きゅっと胸が締め付けられる。しばらく眠気がやってくる気配はなかった。


 そして翌日も配送は続く。トイレに寄るついでに、車内で食べる用のおにぎりやホットスナックを購入する。時間があれば牛丼屋にでも寄れるのだが、あいにく今日はドライバーが一人遅刻したため、そんな余裕はなかった。おにぎりの包装をはぎ取り、一口噛り付く。なんの変哲もないわかめおにぎりを見て、またも思い出す。まだ責任者ではなかった頃、毎週のように俺は船釣りに行っていた。朝まずめ目的の船の出船は朝五時から七時程度の時間が多い。つまり、家を出るのは夜中の二時半から三時なのだ。釣り竿やクーラーボックスはもちろんのこと、小さなルアーも数が多ければ結構な重さになる。そんな細々としたものをつめた重いタックルボックスなんかを、舞奈は翌朝には仕事なのに俺を起こし、荷物を運ぶのを手伝ってくれた。そうして出かけるときに、小さな銀色の包みを渡された。

「おにぎり。今日は移動時間が長いんでしょ? 満腹でも空腹でも船酔いしやすいっていうから、これを食べるといいよ」

銀色の包みはアルミホイルだった。中にはおにぎり。わかめ、鮭、ゆかり……三種類も用意してくれたのか。均等な形の三角形のおにぎりを一つずつ齧りながら向かったあの日の夜。適度にお腹が満たされたから、酔い止めをしっかり飲めたのだった。それでも多少は船酔いしたが。その日の釣果を持って帰った時に、ほとんど寝ずに行っているため、帰るころには疲れてしまって動けない俺に代わって捌いてくれたっけ。

「うちの社長が言ってたよ?『釣果が捌けないなんて釣り人の風上にも置けねぇ』ってさ」

内臓を外しながら舞奈が笑いながら言った。「ま、人には得手不得手ってもんがある。別に私はかまわないけどね、このくらい。買ったら高いよ? そんなのを気前よくくれるなんて。ありがたい以外の何物でもない」

シンプルな塩焼きにされた魚。骨が多くて食べづらかったが、魚好きの舞奈は綺麗に平らげていた。

「美味しい魚をありがと。でも遥人くんが楽しんで釣りに行ってくるのが一番だよ」

あの優しい笑顔が蘇る……


 ***


 やっぱりその日もいつも通りに仕事の日は来る。私の気持ちが沈んでいようがいまいが、一人お客が帰ったら空いた席にはメンバーが座る。例えその日の麻雀の調子が良くなくても、多少体調が悪くてもだ。そんな日でもご多分に漏れず漆伊座と一緒に仕事をしていた。仕事が終わり、帰る時間になった時、何か気まずそうな、もどかしそうな漆伊座に言ってみる。

「なんだ、今日も飲みに行くんだろ? いつものとこでいいな?」

漆伊座は一瞬だけ驚いた顔をしたあと、すぐにぱぁっと顔が明るくなる。「いいのか?」「むしろ、何がダメなんだ。“大事な飲み友達”だろうが」

 そんなわけで今日もいつもの居酒屋で、漆伊座はビール、私はレッドアイのグラスを傾けあう。スーパースリムの細い煙草を、鮮やかなネイルを施した華奢な指がつまみ、先端に火を点け、深く煙を肺に入れ、斜め上に細くフーっと吐き出して目の前の漆伊座に何げなく問う。

「なんでよ。こう、男ってのは『察するなんて無理なんだから言われなきゃ分からない、俺はエスパーじゃない』みたいなことばっか言うくせに、自分の気持ちは言わなくてもわかるだろ、みたいな、そんな気持ちを持ってるんだ?『好き』とか『愛してるよ』 って言葉で伝えることくらい簡単だろうが。別に十半荘連続でトップを取り続けろとか面前清一色(メンチン)多面張(タメンチャン)を一目で全部言い当てろとか、難しいこと言ってるわけじゃねーんだぞ」

 遥人への愛はあるものの、釈然としない気持ちの正体——それを知りたい。餅は餅屋というから、一応同じ生物学上・男である漆伊座に聞いてみる。漆伊座も同様に自分のセブンスターを取り出し、火を点け、私と同じように深く肺まで入れてからふわりと口から煙を吐き出し、いつになく真剣な表情で丁寧に伝えてくる。

「あのな」もう一口煙草を吸う。男にしてはやけにきれいな手をしてるもんだな。変なところに目が行ってしまう。そんな漆伊座は再びゆっくりと口を開いた。

「女ってだいたいそう言う奴多いよな。でもな、女の方が察する能力が高いわけだろ? だからさ、どうしてもなんかこう、『言わないけどわかれよ』って思っちゃうんだよな」漆伊座はビールを一口含み、飲みこんでから続ける。

「それに、いざ目の前に好きな女がいるとよ、『好き』とか『愛してる』って面と向かって言うなんてもう照れくさくてしょうがねぇのよ。言葉一つで簡単に表せるような、そんな薄っぺらな気持ちじゃないわけだ。特に、俺はお前からしか大狼のことを聞いていないけどよ、そいつ、多分不器用なタイプの男なんじゃないのか? お前への愛情表現ってのはな、大狼にとっちゃ言葉じゃねぇのよ。物でもねぇ。いや、物はあるか。お前に似合う服を着せたい、広い家で一緒に住みたい、どこか遊びに連れていきたい、何なら旅行にだって行きたい……でもな、それにはまず“金”なんだよ。金がなきゃ何にもできねぇ。それは事実だろ。愛があれば……なんていう年齢じゃねぇんだよ。俺もお前もあいつもな」

まあ確かに。理屈として異議はない。そこまで言って漆伊座は煙草をもう一口。今度はぶわっと口から煙が出てくる。

「だからこそよ、金、つまり仕事だな。仕事に一心不乱に励む。それで収入を増やす。それからお前に多少の贅沢をさせてやりたい。貯金もしなきゃいけないよな。それでお前が喜ぶ顔を見たいし、お前には常に笑顔でいてもらいたい。仕事がきつくても暇を見つけたらすぐ帰ってお前と少しでもコミュニケーションを取る。そういうのが大狼にとっての精一杯の“愛情表現”なんじゃねぇのか」

 すっかり短くなった煙草をお互い灰皿に押し付けて消す。そして私は何とも言えない苦い顔つきで新たな煙草に火をつける。

「……そうか」

心当たりがないわけじゃない。思い返せば確かにそんなことはあった。というか、そんなことだらけだ。漆伊座は空っぽのグラスを店員に渡し、ビールを再度注文して続ける。

「ま、女からすりゃ『好き』の一言でもあると嬉しいんだろうがな。男の場合は何も言わずに背中で語れ、っていう変なプライドみたいなもんも持ってる。大狼は大狼なりにお前を愛していると思うぞ。じゃねぇとそんなきつい仕事で、それも責任者なんてやろうと思えねぇ。現に俺の脚はこの通りだし、車の運転すらできねぇ。仮にお前と付き合えたとしても、愛する女と付き合うのは好きって気持ちだけじゃだめだ。同じくらいの重圧がかかってくるんだよ。特に経済力においてな」

よぎった疑問を軽く聞いてみる。

「ウイザさんもそうなのか?」

すると漆伊座は下を向いて苦笑した。

「ま……俺はあんな気取ったこと言っちまったけどな」少年みたいな照れた表情で、漆伊座は残り少ないビールを喉に流し込んだ。


 ***


 漆伊座と別れて帰宅する。部屋をほんのり照らす柔らかな間接照明の中で、先程の漆伊座とのやり取りを思い出す。漆伊座はあんなことを言っていたが……確かに遥人から言葉での愛情表現をされたことはほとんどない。「私のどんなところが好き?」「温かいところ」このやり取りくらいだ。しかも温かいというのも、心がとかそういう意味合いではなく、物理的に体温が三十六度後半の高体温体質だから、という理論。

「なんですかそれは……」「何言ってるの。俺にとっては大事なことだよ」

 まあそれはさておき、愛情表現か。改めて思いなおす。そういえば、男にしてはやけに生理に対する理解度が高かった。生理痛がひどく、仕事後に店のそばの道路の路肩でうずくまっていた時。迎えに来てくれた遥人は、滑り込むように助手席に座り込んだ私に温かい緑茶と紅茶のペットボトルを差し出して言った。「どっちにする?」紅茶を選ぶと、選ばなかった方の緑茶を私のお腹に置き、上からブランケットをかぶせ、リクライニングを目一杯倒した。「家に着くまで休んでな」

風邪と勘違いしてスポーツドリンクを買ってくる男というのはちょくちょくいるのだが、とにかく“お腹を温める”という方法を知っていたのは遥人が初めてだった。おかげで家に着くころにはだいぶ痛みが落ち着いていた。後日聞いてみたところ、何げなく遥人は答えた。

「うちさ。母親とねーちゃんと妹しかいなくて女ばっかだったから。だからなんとなく分かっただけ」

優しさなんだろうが、本人は優しくしてあげたという意識は全くなかった。それでもその気遣いは、あのときお腹に置かれたお茶のように胸にじんわりと温かく広がっていく。


 そういえば、何も言わずとも私の体調不良には敏感だ。真夏は夏バテを起こしやすいのだが、カーテンを閉め切った部屋で一人、ぐったりと寝ている日もあった。胃は何も受け付けず、無理に食べても戻してしまう。水分も冷たいものは気持ちが悪くなる。常温の水を少しずつ飲んでいたある昼間、ひょっこり遥人が帰ってきた。帰ってきたと思ったらまた出て行ってしまったが。

なんだったのだろう? と回らない頭で考えているとき、またすぐに戻ってきた。肩で息を切らしていて、呼吸も荒い。日焼けした手にはビニール袋が握られていた。

「また夏バテ起こして食事をしていないんでしょ? 食べられそうなもの、買ってきた。少しずつでいいから食べな? あなたは太りにくい体質だし、好き嫌いもないけど毎日同じものしか食べないでしょ? そんな偏食をしていたら体壊しちゃうよ」

ビニール袋に入っていたのは色鮮やかなサラダと小ぶりな豚しゃぶ冷麺だった。

「揚げ物はスタミナがつくけどさすがにね。でもお肉は力が出るよ。あとは野菜もちゃんと食べてね」

本当に少しずつだったが、ゆっくりゆっくりと口に運ぶ。酸味のあるドレッシングがきいたレタスは口の中がさっぱりする。豚しゃぶもあっさりしていて食べやすいし、つるりとのど越しの良い冷麺も無理なく喉を通っていく。

「あ、全部食べられたね。それじゃゆっくり休んでな。俺は映画観るから」そう言ってサブスク契約している洋画を見始める。同じことをしているわけではない。ただ、一緒にいてくれて、時折こちらを見て髪を撫でてくれる。その時間にとても安心感を覚えるのだった。


 そう思えば漆伊座の言っていたことも飲み込める。私が思っていた愛情表現と遥人の愛情表現は違うだけなのだ。私は言葉でばかり愛情表現を欲しがっていた。単に好きとか愛してるという言葉が欲しいのであれば、極端な話、お金を払ってホストクラブにでも行けばいいのだ。ホストさんたちは接客業だ。お願いすればきっと言ってくれるだろう。でも私が欲しいのは——そして欲しかったのは。そんな薄っぺらな口先だけの言葉などではない。あれほど重厚に愛されていたというのに……それでもまだ自分が望む形で欲しがった。遥人が落ち込んでしまうのも当たり前だろう。愛も言葉も最後の一滴まで飲み干して、それでも貪ろうとするヴァンパイア……


 ***


 翌日は雨だった。まあ雨だろうと関係なくお客は来る。むしろ、「やることがないから」と言って、雨の中わざわざ麻雀を打ちに来る。そんなひどい雨の中、全身ずぶぬれのまま、荷物にビニールシートをかけた配達員がやってくる。「ご苦労様です」メンバーたちが一斉に声をかける。荷物を置いてお金を受け取り、空の台車を引いてエレベーターに乗り込む配達員を見ていると、ふと遥人のことが頭によぎる。彼も今日みたいな日でも配達をしているんだろうな。けっして楽な仕事ではない上、今日みたいな悪天候の日でも。麻雀牌を拭きながら窓の外に目をやる。シャワー並みの雨を見て、こんな日でも絶対に休まず仕事に行く遥人に想いを馳せる。と同時に、漆伊座の言葉がフラッシュバックする。——そんなきつい仕事で、それも責任者なんてやろうと思えねぇ——全くだ。誰が好んで大雨の日に率先して休んでいる人の分まで荷物を運ぶというのだろうか。その全ては私の為だった。「今は難しいけどさ、旅行……温泉とかどう?」遥人の言葉を思い出す。

「あなたをどこにも連れて行ってあげられてないなんて。今日はカズだってヒカリちゃんと北海道に旅行に行ってるのにさ……」


 ならば。私は私で仕事を頑張らないと。牌を磨き終えて接客する。そういえば和馬も言っていた。

「ああ、本当に遥人は舞奈さんのことが好きなんだなって。俺、高校時代からの付き合いですけど、遥人のあんな顔初めて見ましたよ。それに、俺たちにしっかり『彼女だ』って紹介されたのも舞奈さんが初めてです」

急に嬉しくなる。遥人。あなたはこんなにも、私を愛してくれていたんだね——遥人への気持ちが温かく膨らんでいく。その日は笑顔で仕事をして、才羽に「なにかいいことでもあったんですか?」と言われるくらいに私は上機嫌だった。


 その翌日は休日だった。私はバラエティショップに行って様々なものを買い込んでいた。UVライトにレジン液、キーホルダーチェーン、蓄光パウダー、様々な型、あとはストーンなどの小物類……そうだ。お揃いが欲しいなら作ってしまえばいいのだ。いつもカギを持ち歩く遥人なら無くすこともないし、大きなサイズでなければ邪魔にはならないだろう。私たちだけのお揃い。誰かの真似でもなく、高価なものでもない。そして遥人が人目を気にせずに持ち歩けるもの……どんなデザインにしようか? 色は? 形は何がいいだろう? 

その日から私はレジン作りに精を出すのだった。


 ***


 その日は土砂降りの雨だった。荷物にビニールをかけ、濡れないように気を付けながら狭い階段を上る。外の螺旋階段というのは、お洒落さに特化しただけで、まさに配達員泣かせだ。よりによって今日はドライバーが一人無断欠勤していた。もう来ないだろう。元々やる気のなさそうな奴ではあった。一時間に十個でも運んでくれたら楽なのに。車に戻り、びしょびしょのウィンドブレーカ―を脱いで、ようやく空いた小さなスペースに広げておく。全身が濡れて気持ち悪い。そういえばこんな日にも帰ったことがあった。全身濡れた俺を見て、大きなバスタオルを持ってきてくれた舞奈。「風邪引くわ。お風呂溜めるから待ってて」そう言ってすぐに浴槽にお湯を張ってくれた。全身が溶けるような気持ちよさ。真っ白なお湯はミルクのような優しい香りがする。ゆっくりお風呂を堪能して、バスタオルを一枚体に巻き付けた状態で、よく冷えたお茶を出してくれたあの日……「デトックス効果のあるお茶よ。あなたは疲れが溜まりすぎてるわ」火照った体にお茶がよく染み渡る。濡れた服はすでに洗濯機に入れられて、洗われていた。その服もしっかり乾かしてきちんと畳まれ、翌日にはもう持っていける状態になっていた。「あの……ありがとう」思わず口をついて出る。「なんの。洗濯は好きよ? 私」そう言って舞奈は唇の端をきゅっと上げて笑った。

 

昼間の土砂降りが嘘だったかのようにその日の夜は月が出る。すっかり荷物のなくなった、がらんとした車内の中を整理している最中に、それはすっと車のダッシュボードから出てきた。

花をあしらったメッセージカード。今年のバレンタインに貰った舞奈の手作りコーヒークッキーに添えられていたものだ。

「遥人くんへ いつもお仕事お疲れ様。そしてありがとう。これからも一緒に楽しい時間を過ごそうね」活字のような綺麗な字は、濃い桃色のペンで書かれていた。

甘いものが苦手な俺に合わせて、甘さを抑えて作られたクッキーは、サクサクとした軽やかな食感とほろ苦い味だった。お菓子作りは苦手だと言っていた割には美味しかった。飛行機や船など様々な形に型抜きされたクッキーは、一つだけハート形のものが入っていたっけ。仕事の合間につまんでいたら、いつの間にかなくなってしまっていた。

——思わず涙がこぼれそうになる。車の窓を開けて空を見上げると、眩しいほどの三日月……声にならない声で、「舞奈」と呟くように唇が動く。逢いたい。どうしようもなく。逢ってあの笑顔を見たい。いや、笑顔でなくてもいい。真剣な表情だって、怒った顔だって。俺は舞奈の表情のすべてが愛しい。どうしても逢いたい……もう一度切なげに遥人の唇が動く。それはまるで、月夜に向かって吠える狼男の如く……


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