第一章 怪物の邂逅
元はマッサージ師だった。夏なら限界まで冷房を抑える。冬なら逆に限界まで暖房を焚きこむ。つまり、常に“暖かい部屋である”ということが絶対条件。それはそうだろう、施術客は裸に申し訳程度の紙製の下着しかつけていない。マッサージ自体は嫌いではなかったし、割と腕が良いと言ってリピートしてくれるお客も少なくはなかった。それはありがたかった。ただ、経営するにあたってはもっと固定客が欲しかった。腕はあっても宣伝力のない職人気質。困ったものだ。
そんなさなかに一人の客が舞い込んできたのである。見た目は三十代前半の私よりは若いだろう。二十代後半といったところだろうか。脚をはじめ、下半身を重点的にお願いしたいという希望だった。言うだけあって、彼の身体は異常なほど下半身のリンパが詰まっていて、乳酸が溜まっていた。
「なにか……相当な肉体労働でもされているんですか?」
思わずそう聞いた。肩や背中より下半身を、と言ってくるのは現代人というにしては珍しい。
「ああ、分かりますか。俺ね、配達員なんです」
二秒ほど遅れて返ってくる眠たげな声のトーン。顔が見えなくても分かる。そのリラックス感。重たい荷物を持ち上げ、運び、また車に乗って……苦労は計り知れない。
「でも、意外と背中と肩も疲れていますよ」
厚みのある胸板と身長にしては広い肩幅。指を受け入れてもらえないほどそれはカチコチに固まっていた。
「そう? ああ、気にしてなかったけど……確かに……やってもらうとちょっと楽かも……」
そして施術後。全身のオイルを蒸しタオルで拭き上げ、デトックス作用のあるお茶を出す。
「うーん……なんか体が軽くなったわ」
体と同様に当初より柔らかくなった表情と、素直に自分の疲れを認めた彼に少し安心感が出る。そこで聞いてみた。
「そのキャップ取らないんですか?」
水泳の時にかぶるような、そのヘルメットを着ける前にかぶる薄手のキャップを見てそう言った。
「うん。これはね、これでいいの」
変わった人もいるもんだなと思ったのだ。この時は。
その後、未曾有のパンデミックに襲われ、マッサージ師自体を辞めることになること。そしてそのキャップの男——大狼 遥人と同棲することになること、新たな仕事に雀荘メンバーを選ぶことなど、このときは予想できるわけもなかった。




