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第2話 初めての寄生


 ぼやけた視界。

 湿った土のにおい。

 やっぱり、森に放り出されたらしい。


 まあ、とりあえずはステータスだな。


 ステータスは、念じるだけで表示された。



氏名:シグレ

レベル:1

種族:レッサースモールパラサイト

職業:支配簒奪士ドミナンスハンター

宿主:なし

HP:1/1

MP:1/1

スキル:なし

種族スキル:寄生lv1、感覚同調lv1

ユニークスキル:完全支配パーフェクトドミニオン

称号:最初の寄生虫



「HP1……だと?」


 たしか人間の初期ステータスがHP100だったはずなので、これは圧倒的な脆弱さだ。はっきり言って、虫ケラ以下。


「触ったら死ぬだろ、これ」

 

 当面の目標は死なないことだな。

 このゲームのデスペナルティは、これまでの三十パーセントの経験値のロストと一部アイテムのロストだ。正直最序盤は死んでもあまり問題はないが、死なないに越したことはない。


「まあいい。とりあえず、スキルを見よう」


 通常スキルが一個もないとはどういうことだ、と言いたくなるが、そこは我慢。種族スキルをタップして詳細を確認する。



 寄生

 他の生物に寄生することができる。


 感覚同調

 一定以上の支配率を得た場合、宿主の五感を同じように感じることができる。



「なるほどねえ……」


 〈寄生〉はこの種族の核となる能力だな。

 〈感覚同調〉の方も、なんだか重要そうだ。


 それより何より、ユニークスキルというのが気になる。完全支配、なんて言う、なんだか仰々しい名前だ。



 完全支配パーフェクトドミニオン

 最初にパラサイトになったプレイヤーに送られる究極の寄生スキル。

 一度でも支配率が百パーセントになった場合、宿主は二度と身体を取り戻すことができなくなり、身体も精神も完全にパラサイトのものになる。



 なるほど……これは確かに完全支配の名に相応しいスキルだ。

 本来ならば常に主導権争いをしながら行動しなければならないところを、百パーセントになった時点で完全に自分のものにしてしまうというわけだな。


「寄生、してみたいもんだが、どうやればいいのか……」


 全長は三センチほどあるが、髪より細く、粘膜に包まれたミミズのような寄生虫。

 これが今の俺だ。


「やっぱり一番は人間に寄生することだろうけど……この感じじゃ、すぐに追い出されるのが関の山……」


 現実的なラインでいくと、虫か……。


 そんなことを考えている、ちょうどその時。


 ——カサッ


 何かが動く音がした。間違いなく、何かがいる。


 必要ないかもしれないが、息を潜めてみる。

 『それ』は、すぐに姿を現した。


 漆黒の外殻、六本の脚、頭から伸びた触覚。

 紛れもなかった。


「ゴキ……ブリ……」


 小さな小さな声が漏れた。

 今の俺は矮小な寄生虫である。現実なら小さい(と言っても存在は大きいが)ゴキブリも、今の俺からすれば巨大生物である。

 

 最悪だった。最悪のスタート。


 俺は別に、虫が苦手ってわけではない。

 そりゃ部屋にゴキブリが出たら気分は悪くなるが、かと言って暴れ回って奇声を上げたり、確実に殺すまで探し回ったりもしない。

 どちらかと言えば、得意と言っても良い。


 だが、こんな状況でのゴキブリは話が別だ。

 ゴキブリに踏み潰されたら死ぬ、という状況を想像してみてほしい。とんでもない量の脂汗を流すこと必至である。


 しかし、だ。

 ここでこのゴキブリを逃していいのかと聞かれると、それはまた別の話だ。

 今の俺は小さすぎる。移動しようにもほとんどスピードは出ない。ちょうどいい宿主を探しに行こうと思っても、すぐに移動できる身体ではないのだ。

 これはもしかしたら、千載一遇かもしれない。

 こんなチャンスは、もう二度と巡ってこないかもしれない。


 俺は、覚悟を決めた。


 ゴキブリは、じっと止まって動かない。俺に気づく様子もない。


「まさか……食事をしている……のか?」

 

 ならば、最悪だが最高だ。

 もっとも現実的で、もっとも気持ち悪い方法を取ることになりそうだった。


 ゆっくりと、食事をするゴキブリの口の方に向かう。


「さあゴキブリ! 俺を喰え!」


 おそらくゴキブリには届いていないであろうその声をあげたのと、ゴキブリが口を開けて俺の方に向いてくるのは同時だった。


 ガチリ、と口が閉じた。


 俺は、ゴキブリの中に入った。


 カチカチと鳴る咽頭部に挟まれ、飲み込まれていく。

 粘膜に押し潰されるような感触。外界の音は遮断された。


 そして次の瞬間、胃袋に入った。


 ぬるい、熱い、汚い。

 でも、わかっていたことだ。


 粘液が渦を巻き、消化液が滲み出す。

 耐えて、耐えて、耐える。


 その時、ひと筋の光が見えた。

 それは、ほとんど本能だった。


 胃の壁にほんの少し浮き出た神経だった。


 そこに向かって、全力で泳ぐ。渦を掻き分け、身体全体を唸らせる。


 そうして、たどり着く。


 滑り込むようにして、神経をたどっていく。


 

 支配率7%

 主導権:完全に宿主側



 視界の隅に、そんな文字列が並ぶ。

 こうやって教えてくれるわけか。


 俺が神経をたどっていくだけで、支配率はぐんぐん上がっていく。


 どうやらゴキブリも身体の異変に気付いたようだ。


 こうなれば目指すべきは一点、脳だ。


 感覚で、脳みその方向がわかる。

 

 脳幹へ、神経核へ——


 意識と意識が絡まり合い、捻れ、ぶつかり、擦れ合い、壊しあう。


 

 支配率49%

 主導権:拮抗



 ゴキブリはもう、自分の身体を自由に制御できない。のたうち回っているのが、中からでもわかる。

 ゴキブリの喉の奥が震える。俺を吐き出そうとしているのだ。

 だが、もう遅い。俺はそこにはいない。



 支配率75%

 主導権:パラサイト優勢



 この身体は、もうほとんど俺のものだ。


 神経の奥の奥に、俺の頭が突き刺さる。


 ゴキブリは、パタリと動きを止めた。



 支配率100%

 主導権:パラサイト



 俺は、この身体を完全に乗っ取った。

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