8 キセノサイド その1
セレン・オキシーとは入学してすぐに友人になった。同じクラスで将来魔術研究所に入りたいという夢が同じだったことから、意気投合したのだ。
貴族と平民という身分差はあるが、この学校では身分による差別を禁止しているので一緒にいることに問題は無かった。
セレンは誰に対しても親切で面倒見が良いので、クラスの皆から慕われている。美人というわけではないが、いつも笑顔なので可愛いと狙っている男も多いのだ。
実のところ俺もその一人であるのだが……友人としては良くても、平民との結婚なんてオキシー家が許さないだろう。オキシー家には婚約の申し込みが殺到していると聞いていたので、この想いは諦めなくてはと心に封をしていた。
だが、オキシー家に来ている申し込みは全て妹宛てだという。セレンの魅力から考えてそんなはずはないと思うのだが、セレンは嘘をつくような女性ではない。
チャンスは今だ。セレンに婚約の申し込みが無く、恋人もいない今のうちに俺が立候補しなければ、あっという間に他の男に取られてしまう!
さっきの侯爵家の頭クルクル男も、暴言ばかり吐いていたが、絶対にセレン狙いだろう。
あからさまに俺を敵視して必死にセレンを茶に誘おうとしていた様子を、周りは生温かい目で見ていたようだが、今どき好きな子に意地悪をして振り向かせようなんてお粗末すぎる。現にセレンにはすっかり嫌われているようだったし。
とはいえ、侯爵家から茶会の招待状が届いたらセレンには断りにくいだろう。
くそっ! もしかしたらその茶会でセレンを口説く気なのかもしれない。
俺もぼーっとしている場合じゃないな。
「……なあ、セレン。お前、あいつの茶会行きたくないんだろ」
「え? ああ、まぁそーなんだけどね。……正式に招待状が来たら、サボるわけにもいかないかなぁ……」
心底面倒臭い、という表情のセレンを見て安堵する。
「実は、発表会が終わったら誘おうと思ってたんだ」
俺は懐からチケットを取り出すとセレンに見せた。チケットを見たセレンの目がキラッと輝く。
「サーカス!? わあ、すごい! 私、まだ見たことなかったの!」
「貴族用じゃなく平民向けのやつなんだけどな。ちょうど発表会が終わった時期に公演するから、よかったら行ってみないか? 楽しみがないとやってられないだろ?」
「行く行く! すっごく楽しみ! 誘ってくれてありがとう!!」
うおお! 頬を上気させたセレンが可愛い過ぎる!! やめてくれ、俺には刺激が強い!
どうにか平常心を保ちつつセレンと別れると、背後からガシッと肩をつかまれた。
「よぉよぉ、見せつけてくれるじゃねーのぉ」
「不良か」
俺の肩をつかんできたのは、クラスメイトのネオジムだった。なんだかんだ一緒にいることの多い悪友だ。
「お前、やっとセレン嬢をデートに誘えたな! いつもいつも見ているこっちがじれったくてよぉ……」
「仕方無いだろ。相手は伯爵家のご令嬢で、俺はしがない平民だぞ」
「しがないねぇ……。その辺の貧乏貴族よりよっぽど金持ちのくせに」
「金と爵位は別だろ」
「まぁセレン嬢は金にも爵位にも興味無いみたいだけどな。さっきのサマリウム様とのやり取り、笑いそうになったぜ。サマリウム様、拗らせすぎだろ」
ぶふふっと笑うネオジムに呆れた視線を向けると、ネオジムは急に真剣な顔になって俺にアドバイスしてきた。
「お前、今のうちにさっさとセレン嬢を口説いた方がいいぞ。卒業まで一年切ったら、怒涛の婚約ラッシュだからな。今フリーのセレン嬢はあちこちから狙われるぜ」
「ふん。分かってるさ。もともと、発表会が終わったらアプローチはするつもりだったんだ」
セレンは魔術研究所に就職することを望んでいる。その点から、卒業後すぐに嫁に入ってほしい高位貴族からは敬遠されるだろうと思っていた。
だが、あの巻き毛野郎の存在が厄介だ。
セレンに全く相手にされていなくても、侯爵家の肩書でセレンを無理やり婚約者に仕立て上げるかもしれない。
そうはさせるか。セレンを幸せにするのは、俺だ。