地下の声
郊外の開発工事が急速に進められている現代。ある建設現場で、作業員たちはいつものように重機を動かし、地面を掘り進めていた。だが、そのとき――。
『助けてくれ……』
突然、微かに響く声が聞こえた。作業員たちは手を止め、耳に手を添えた。
「あ、お前も今の、聞こえたのか?」
「お、おう、気のせいじゃない……よな?」
「おれも聞いたぞ」
「おれもだ。実はさっきも聞こえた気がしたんだ……」
作業員たちは顔を見合わせ、背筋に寒気を覚えた。誰か一人ならまだしも、全員が聞いたとなれば、これは――
「おい! 何をサボってる!」
現場監督の怒声が響いた。
「あ、監督! すみません……でも、今の、聞こえませんでしたか?」
「はあ? 何がだ」
「その、声です……たぶん、下から……」
「だから、なんの声だ」
「……幽霊の」
監督は口を開けたまま、作業員たちを見回した。あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れていることは全員に伝わった。その反応にそれ以上、作業員たちは何も言えず、監督の「いいから仕事に戻れ」の一声で作業を再開した。だが、その数分後――。
『けてくれ……助けてくれ!』
「か、監督!」
「なんなんだ、お前らは!」
再び声が響き、作業員たちは一斉に手を止めた。監督が怒りを露わにしていたが、今度は引き下がれない。はっきりと聞こえたのだ。
「本当に聞こえたんです!」
「幽霊が助けを求めてるんですよ。無視したら、きっととんでもないことが起きる……」
「ここの地鎮、ちゃんとやったんですか……?」
「おれ、幽霊とかほんとダメなんですよ……」
「くだらん! いいからさっさと掘れ!」
「でも……」
監督は額を擦り、深いため息をついたあと、言った。
「だいたい、その幽霊は“助けてくれ”って言ったんだよな? なら、遺体が埋まっているんだろう。どんどん掘って、出してやればいいだろうが!」
「確かにそうかもしれませんが……」
「でも、それならどうしてこんなところに……」
「これ以上ガタガタ抜かすなら、お前らを埋めるぞ。さあ、早く作業に戻れ! このエリアを今日中に終わらせないと、他の会社に仕事を取られるどころか、違約金でうちの会社は潰れるぞ! さっさと動け!」
監督の怒号に押されるようにして、作業員たちはしぶしぶ作業に戻った。
地下に生き埋めになった者の怨念が、苦しみから解放してくれと訴えている――その理屈に完全に納得したわけではないが、他に思いつかず、供養のつもりで掘り進めた。だが、次の瞬間――
『頼む……助けて……もう掘らないでくれ! 頼む! ドリルの振動で、あああ!』
その叫びの直後、真下から凄まじい音が響き、地面が崩れ始めた。
作業員たちは慌てて飛び退き、壁際まで下がる。重機と資材が瞬く間に穴に呑み込まれ、ゲップのように吹き出した粉塵が辺りに漂った。
作業員たちは、ぽっかりと開いた大きな穴を覗き込んだ。そして、一人がイヤモニを外し、震えながら言った。
「監督……あの声って、もしかして他社の通信が混線したものだったんじゃ……」
現代。人口の増加により、人類の生活圏は地下へと延び続けていた。地上にスペースがない以上、人類はまるで木の根のように複雑に枝分かれしながら、ひたすら下へ掘り進むしかなかった。
歩みを止めれば死んでしまうかのように開発に勤しみ、それに伴い建設業者が乱立した。彼らが担当していたこの現場も、地下四十三階の居住区予定地だった。
「監督……掘削エリア、ここで合ってますよね……?」
凍りついた表情で見つめる作業員たちに、監督は短く答えた。
「……全部、埋めてしまえ」