緊急
『緊急速報です!』
テレビからアナウンサーの緊迫した声が響き、ソファで寝ていた男はハッと目を覚ました。
まだぼんやりした頭のまま、男は目をこすりながらテレビ画面を見つめる。そこには、真剣な表情を浮かべた女性アナウンサーの姿が映っていた。
何か重大なことが起きたのだろう。しかし、なんだろうか。地震か芸能タレントの訃報か、選挙の結果か、いや、選挙なんてしてたっけ……と男はあくびをしながら体を伸ばした。
『――からミサイルが発射されました!』
「なんだ、またか」と男は呟いた。
どうやら海を隔てた隣国が、またミサイルを発射したらしい。これまでも何度かあったが、実際に被害が出たことは一度もない。マスコミはいつも大げさに煽りすぎる。不安を掻き立て、視聴者の関心を引くのが狙いなのだろうが……。
男はそう思いつつ、テレビを流し見ながらまたあくびをした。
しばらくすると画面は元の番組に切り替わった。何を放送していたのかはわからないが、そこそこ面白そうだ。男は再びソファに身を沈め、ぼんやりとテレビを眺め始めた。
『速報です』
画面が切り替わり、先ほどのアナウンサーが再び現れた。
『先ほどお伝えした情報に誤りがありました。訂正してお詫び申し上げます。正しくはミサイルではなく、巨大隕石です! あと数分で地球に衝突する模様です!』
男は少し間を置いて飛び起き、テレビに顔を近づけた。状況が呑み込めず、頭の中が真っ白になっていたのだ。目を見開き、情報を理解しようと全神経を集中させる。しかし、次の瞬間、画面はまた元の番組に切り替わった。アナウンサーが被っていたヘルメットが微妙にズレていたことだけが、ぼんやりと記憶に残る。番組では何事もなかったかのように、タレントと子犬が戯れていた。
寝惚けていたのかもしれない。そうとも、巨大隕石が地球に衝突するというなら、こんなのんきな番組を放送するわけないじゃないか。と、自分を納得させたとき、またもや速報が入った。
『先ほどの情報に誤りがありました。隕石は衝突せず、地球の近くを通過するだけとのことです』
男は胸を撫で下ろした。どうやら、先ほど巨大隕石について伝えたのは事実だが、衝突しないようだ。アナウンサーはヘルメットを被り直し、いくらか冷静さを取り戻しているように見えた。
そして、再び画面が切り替わり、元の番組に戻った。しかし、それから少し経つと……
『速報です! 最新の情報によりますと、隕石の一部が地球に落下する可能性があります! 甚大な被害をもたらす恐れがあり――』
アナウンサーの声は再び男に混乱をもたらした。枠外から聞こえる怒号やアナウンサーの混乱した様子から、局内もパニック状態に陥っていることが容易に想像できた。
『速報です! ――島で大規模な地震が発生し、津波の恐れがあります』
『速報です。最新の観測データによりますと、隕石の情報は誤りでした。放送をご覧の皆様に深くお詫び申し上げます』
『速報です! やはり、隕石は地球に衝突する模様です!』
『速報です。先ほどお伝えした地震が発生したという情報は誤りでした』
『速報です。タレントの――さんが死去しました』
『速報です! 動物園からライオンが脱走しました!』
『速報です! 隕石衝突の情報は誤報でした!』
度重なるテレビ画面の切り替わりとアナウンサーの緊迫感のある声に、男の頭は完全に混乱した。頭痛と吐き気に見舞われ、嫌気が差した男は、よろよろと立ち上がり、窓を開けて外の空気を吸い込んだ。
「ふう……」
夜空を見上げ、男は深く息をついた。星が穏やかに輝いている。そうだとも、隕石なんて見えない。世界は平穏そのもの。やはり、情報は人づてに聞くのではなく、この目で見るのが一番だな。
男はそう思い、フッと笑った。
その瞬間、空に鋭い光が走った。
『速報です。情報が錯綜し、混乱を招いてしまったことをお詫び申し上げます……。まもなく、ミサイルが着弾する模様です! 皆様にようやく正確な情報をお伝えできて、本当によかっ――』