三人目。街とコンビニと煙草屋さん
はっきり言って、三人目の人の話と、僕がくっつきクラブに到着した時の話は面白くもなんともない話なんだ。ただ、ここまで書いてしまったので、書く事にします。
三人目は男だった。
この人は実にシンプルで、
「街のヤツらをぶっ殺したいんだ。どう思う?」
と、僕に意見を求めてきた。
夜は明けていた。そして比較的大きな街にさしかかっていた。
もう朝だ。車もふつうに走っている。何かのイベントでもあるのだろうか?駅前には既に多くの人が何かを目指して歩いていた。スポーツイベントだろうか?
道は二車線で、その車はたまたま僕の右側を走っていた車。
信号で止まった時、彼は助手席まで身を乗り出して聞いてきたんだ。
「全員ぶっ殺したい」と。
「理由は?」と聞いてみた。
考えてみたら、久しぶりに口を開いたような気がする。前の二人の女の時は、実は口を開いていない。
その女達は自分は何も喋ってなかったハズなのに、『何故か自分の思いを見透かされたような状態』になってしまい、勝手に自殺されてしまったよーな感じだ。
男は続けた。
「オレがダメなのは、世の中が悪いからなんだよ。オレがパッとしないのも、全部世の中が悪いんだよ。仕事も女も全部ダメだ。貧乏なオレなんて女は誰も相手にしねぇんだよ。ゴミを見るような目でオレを見るんだよ。オレが悪いんじゃなくて、腐ってるのは世間なんだよ。みんなカネカネカネカネ言いやがるんだよ。幸せそうなヤツを見てるとムシャクシャしてくるんだよ。だからぶっ殺してやりてぇんだよ。世間に復讐してやりてぇんだよ。」
何となくさっきまでの話とは違うような気がした。
これは自由意志じゃない。
自分が死ぬのは自由意志だ。自殺に関しては、好きにすればいい。
ただ、他者を殺すのは自由意志じゃない。してはいけない事だ。
とりあえずこれで三人揃った。女二人に男一人。
この三人に共通点が見えてきた。
自分の責任を棚に上げ、他人のせいにしてるという点だ。
自分は悪くない。
悪いのは他者。
間違ってるのは他者。
自分は悪くない。
もちろん、全ての失敗を "自分の責任" として考えられる程、人は強くない。時には他人のせいにしたくなる。ただ、他者は常に『自己を映し出す鏡』だ。まわりの姿は、自分自身のもうひとつの姿なのだ。
「回りはヒドいヤツばかりだ」というヤツは、たいてい自分も腐っている。
「回りにいい男がいない」というヤツは、たいてい自分もいい女ではない。
統計学的に見て、"世の中全員が悪人" なんて事は無い。絶対に無い。
それは "そう思いこんでいる自分" がいるだけの話だ。
僕は何となくではあるが、この男の意見には賛同出来ないなぁと思った。ただ、それは言葉には出さなかった。
しかし彼はその後何も言わずに、車を発進させ、交差点を歩く人々を次々と跳ね飛ばし始めて行った。
ボンッ
ボンッ
ボンッ
面白いように人が飛び上がる。なんだか昔のテレビゲームのコインを取るシーンを見ているようだ。ある意味地獄絵図。なのに不思議と、僕は目の前で起きている惨劇を、たいした違和感もなく、眺め続けていた。
目の前で起きてるのは殺戮だ。
ただ、殺戮というもの自体、そもそも過去に経験が無いのですよ。
経験が無いから、目の前で起きてもイメージが沸かない。その中に居ても実感を感じない。映画かニュースのワンシーンを観ているような不思議な感覚に襲われる。
最初は人々も、何が起きてるのか理解出来ないようだった。ただ、暫くして状況が把握され、『これは事故ではなく、作為的な殺人である』という事が理解出来た瞬間、街の無秩序な騒音は壮大な『悲鳴』へと変わった。
彼はなるべく弱い人を狙っているように見えた。子供、そして老人。
轢かれる人間に、生命としての尊厳のようなものはなく、ただただ凶器と化した車という鉄の物体の前で、逃げ惑う脆弱な物体にしか見えなかった。
悲鳴、悲鳴、悲鳴。
僕はしばらくその様子を眺め、煙草に火を付けようとしたが、さっきの一本で煙草を切らしてしまっていた事に気づいた。
そうだ、僕はさっきの一本を最後に、しばらく禁煙する事にしたのだ。
ただ、僕はどうしても煙草が吸いたくなった。まぁいいや、次のひと箱だけ吸って煙草をやめる事にしよう。禁煙はその後でいい。
しかし今頃になって、財布を持っていない事に気づいた。
あたりを見渡してみると煙草屋があったので、僕はそこにいるおばさんを殺害して煙草を奪う事にした。店番と思われるおばさんは実に弱そうで、容易く殺害する事が出来そうだからだ。
ありがたい事に、街中は先程の混乱でかなり混沌としており、何か犯罪を犯すには、もってこいの状況。この混乱なら、誰にも気づかれない。
僕は咄嗟に何か武器になるようなものはないかと考えてみた。
最初に思い浮かんだのは「カサ」だ。カサの柄の先は鋭利な金属だ。それでおばさんの目を刺せば、おばさんの戦闘能力は著しく低下する筈。その間に煙草をいただいてしまえばいい。
僕はバイクをひとまずそのへんに置いて、駅前のコンビニに走り出した。
街中は相変わらず先程の連続殺人のせいで混沌としており、誰も自分の行動に目を光らせている人はいなかった。コンビニの店員も店を放り出し、事件現場を見に行ってるような状態だった。
僕はコンビニでカサを見つける事が出来たのだが、残念な事に、柄の先は尖ってなかった。柄の先はプラスチックだったのだ。
僕は店内を探し、何か先端が鋭利なものがないかと探してみる事にした。
あった。
キッチン用のハサミだ。
「果物ナイフ」という手も考えたのだが、果物ナイフは「柄の部分」が握りにくい。つまり "力を入れにくい" のだ。柄を握っていた筈が、刺した時の衝撃で、"刃の部分を握ってしまっていた" なんて事もあり得る。それだと僕の手が傷ついてしまう。
それに対して、キッチン用のハサミは大きく、非常に握りやすい。
指四本が全部入る。そして目を刺すという目的から考えれば、十分な鋭利さを持っていた。
そして僕はレインコートももらっていく事にした。返り血対策だ。
僕は目を刺した時も血しぶきが上がるのかなぁとぼんやり考えたが、用意するに越した事は無い。
とりあえずこの二つをそのまま持っていく事にした。どうせ店員いないんだから。
僕は走りながら、レインコートを羽織り、キッチン用のハサミをしっかりと手に握り、煙草屋へと向かった。
このあたりの詳細は、僕はここでは書かない事にします。
ただ、いくつか分かった事としたら、目にヒットさせるのは思ったよりも難しいという事と、目より首の方がヒットしやすいという事の二点です。
目は小さいからね。動く標的に対して、あんな小さい場所を狙うのは不可能ですよ。
結局僕はおばさんの首筋を切りつけることになってしまったのですが、
そのまま後ろに倒れ込んだおばさんは、ピクピク痙攣しながら、かふーかふーと、よく分からない息づかいを発していました。即死ではないが、じきに死ぬと思います。
僕はお店の陳列ケースから煙草をひと箱いただき、封を開け、火を付け一服をした。
ああ、結局禁煙出来なかったなぁ…。
そういえば、コンビニが無人だったのだから、そこからもらってしまえば良かったじゃないか。
そうすればおばさんは不幸な結果を迎えなくて済んだ。かわいそうな話だ。
ちなみにレインコートは全く意味を成してなかった。ハサミを持った「手」に、血がべっとりとついてしまっていたからだ。考えてみたら当たり前の事だ。
この場合(つまり人を殺害する場合)、手に血を付かないようにしたいのなら『ゴム手袋』か何かをするべきだと思います。
僕はすごくベタベタして気持ちが悪いので、僕はコンビニのトイレに戻って石けんでよく洗うことにしました。
とりあえず今回の事で、僕の気づいた点、それはコンビニの中にあるものだけで、人を殺害出来るという事。
コンビニに行かなくても、車のハンドルをちょっと横に切るだけでもいい。自分が死にたいのならば、ちょっと四歩ほど、車道側にシフトすればいい。人の命なんて、実はあっけないものだ。簡単なものだ。
コンビニを出ると、先程車で人を跳ね殺していた犯人が、道に倒れて死んでいました。彼も殺されたようだ。
どうやら彼が車を降りた瞬間、逃亡を企てようとしたのだが、(というかこの期に及んでどこに逃げるつもりだったのか・・)その逃亡を食い止める為、善良な市民が車で犯人に体当たり → 犯人はその場で死んでしまったそうです。
(野次馬達がそのように言っていた)
犯人はその『善良な市民』によって、跳ねられ、殺害されてしまったという事だ。この殺害はYESかNOか?
まぁ自分にはどっちか分かりませんが、いずれにせよ、何だか話が面倒な感じになってしまいそうです。
僕は概ね状況を見届ける事が出来たので、その場を立ち去る事にしました。
バイクで感じる朝の清々しい風が、なんだかすごく心地よかったです。
目的地まではもう少しのような気がする。
(続きます)