女(二人目)そして二本目の煙草。
とりあえず僕が目的地に到着する前に、もう二人の人物に会っていたという事だけ付け加えておく。
この話は僕が天国へ昇るまでの経過報告なのだから。
二人目も女性だった。
信号待ちをしてる時、話しかけてきた女性。女性は信号が変わった三回目、30秒後に反対車線に飛び込んで死んだ。
もう少し詳しく書く。
僕は夜道を目的地に向い、バイクを走らせていた。
多少ではあるが、すれ違う車も前より増えてきた。街が近づいてきている雰囲気だ。それでもまだ道は空いている。がらんとした黒い空洞の中、僕はエンジンを回す。
久しぶりに信号に出会った気がする。僕はそこで停車すると、女性が声をかけてきた。女は車道に入り込み、停車している僕の左前に立った。
尚、死んだのはその女性だ。
「まずワタシは悪くないとだけ言っておくわ」
女は突然、こう切り出してきた。信号待ちをしてる僕に、何故そのような話を始めるのかは分からないが、先程、橋の真ん中で話しかけられ、目の前で自殺された自分には、驚く事はもう何もなかった。今日はそういう日なのだ。
僕は目線だけをその女に向けた。今回はヘルメットは取ってない。(信号が変わると発車する必要があると思ったからだ)
「まず男がダメなのよ。回りにいい男がいないのよ。」
女は続ける。
「好きになれるような人が回りにいないの。ダメな人ばっかり。頼りない人ばっかり。私は相手を選ぶ時、『収入』を大切にするわ。それは "お金が好き" という意味じゃなくて、収入はその人の『人間的能力』のひとつの『指標』でしょ?つまり収入が低いという事はその人の人間的能力が低いという事よ。魅力が無いという事よ。私はそんな人好きになれない。私が愛するに値しないのよ。だから私は誰も好きにならないし、なれない。私は悪くないわ。」
何が言いたいのか微妙に分からない。
とりあえずまわりに "自分が好きになるに値する人がいない" という事が言いたいのだろうか?
だとしたら、それの何が問題なのだろうか?
好きになれる人がいなければ、そのまま一人でいればいい。
一人で生きてればいいじゃないか。別に誰かを好きにならなければいけないという義務は、特に無い筈。
「一人でいればいいとか思ったでしょう。」
当たりだ。
なんだろう?千葉の女は心が読めるのか?
ここで信号が青に変わった。ただ、何となく話が中途半端な状態で発車してしまうのに抵抗を感じたので、後ろに車が一台も来てない事を確認した上で、もうしばらくここに留まる事にした。
女は信号の事は全く気にかけず、そのまま話を続けた。
「ワタシは回りと比較しても、全く劣ってないのよ。劣ってない筈なのよ。なのにワタシが『一人』というのはどう考えてもおかしいのよ。つき合ってる人がいないという時点で、何か劣ってる人を見るような目で見られるのよ。それはおかしい事でしょ?ワタシは選ばれていないのではなくて、選んでいないだけ。選択肢は無数にあるの。ある筈なの。それを選んでないだけなの。自分の意志で選んでないだけなの。それを分かってないの。そう思ってくれないの。」
再び信号は赤に変わる。
僕はその時、だったらみんなにそのように説明すれば良いではないか?と思った。自分の意志でそうしてるのなら、自信を持ってそのように説明すればいい。堂々と主張すればいい。
「今、だったらみんなにそのように説明すればいいじゃないか?って思ったでしょ?」と言った。
なんだろ・・???千葉の女はやっぱり心が読めるのだろうか?
「だいたい日本の男って、全員ロリコンよね。若いコ大好き。恋愛的に成熟してないっていう証拠だわ。」
再び信号は青に。二度目。後ろに車が来てない事を再び確認し、僕はその場に留まった。
バイクを横に避け、女の話に耳を傾ける事も出来たが、そうしなかった。僕の目的は千葉の房総の先に向かう事だからだ。
「海外ドラマとかを見ればそれは分かるわ。」
女は続ける。
女が言うには、海外ドラマを見ていると "大人の恋愛" が扱われている事が多いという。成熟した大人達の恋愛ドラマが多く、それこそが真の恋愛なのだという。それに比べて日本のドラマは実に陳腐で子供向けだそうだ。
外国人は外見ではなく、相手の中身を見る。
それはドラマを見ていれば分かる。
外国人はちゃんと心を大切にする。
それはドラマを見ていれば分かる。
外国人の夫婦は何年経っても、出会った頃のテンションを維持し、いつまでもお互い愛し合っている。
それはドラマを見ていれば分かる。
日本の男はレベルが低い。
それはドラマを見ていれば分かる。
「ドラマはしょせんフィクションじゃないか?」と僕は思うのだが、どうだろう?
今回は気持ちを読まれなかったようで、女から特に反応は無かった。
僕個人的なイメージとしては、外人=ちょっとしたケンカで皿とか家具とか投げつける人という、暴力的側面のイメージの方が強い。ただ、どっちも双方、単にイメージの問題だ。僕は一度も外国人とつき合った事が無いので、実体は分からないし、分かる筈もない。
今は日本のドラマが海外で放映される事も多いが、海外の人々も日本を多少は誤解しているように思う。
もしかしたら、『日本人が西洋人に対して誤解してるのと似たような誤解を、日本以外の国の人々が日本に対し思っている可能性』だってあり得る。
そもそもそんなに外人好きならば、外人とつき合えばいいじゃないか?
この人は日本男に絶望した結果、無駄に外人を美化してるだけなんじゃないだろうか?
信号は赤に変わった。
「真の恋愛は大人にならないと分からないわ。ガキはガキ同士つき合ってればいいのよ。だいたい雑誌で見つけてきたよーな店にワタシを連れて行くような男は最初から論外。ある程度の財力で、ある程度のものを買ってくれるようじゃないと、論外。別にフェラーリを欲しいとかそういう事言ってるんじゃないのよ。好きな服をある程度買えるぐらいの財力が無いとやっぱりダメなのよ。財力も愛の証なのよ。それをワタシに与えてくれるような男じゃないとダメなのよ。ただ、そういう男、回りにいないのよ。本当にダメなのよ日本の男は。そう考えると、絶望的な気持ちになってくるのよ。なんだか死にたくなってくるのよ。」
と女は続けた。
だったら、死んでもいいと思いますよ。それは自由意志ですし。
僕は心で思った。思ってしまった。最初の女の時と同じように。
そして信号は青に変わり30秒後、彼女は反対車線に飛び込んで死んだ。
赤に戻る間際、加速気味に飛び込んできた反対車線を走る車に、彼女は身を投げて死んだのだ。
身を投げて・・というよりも、たった四歩前に踏み出しただけ。たった四歩横へシフトしただけで、彼女は地上以外の『別世界』へ移動した事になる。
状況を細かく説明すると、まず、最初の車が彼女を跳ね上げた。僕が横を向いた時、彼女の体は大きく宙に舞い上がり、足が上、頭が下の状態で、車の屋根の上にワンバウンドしていた。
そしてそのまま転がるように車の後部に落ち、後ろを併走していた二台目の車が、彼女の体をタイヤで轢き潰した。
前輪(つまり最初のタイヤ)が彼女を轢き潰した瞬間、口から血しぶきが上がるのが、僕の方からも見えた。水を入れた『風船』を足で押しつぶしたような感じだなぁと、何となく思った。体のふしぶしは、『本来曲がる筈のない方向』にそれぞれ好き勝手向いていた。
血を吐いた瞬間、ごぶっと声が聞こえたよーな、聞こえなかったよーな…。
とりあえず僕はその遺骸を見て、思ったよりもぺっしゃんこにならないんだなぁと思った。車のタイヤで轢かれたのなら、マンガみたいにもっとぺっしゃんこになっているものかと。
思ったより、骨というものは固いみたいだ。
そして、一台目の車はそのまま逃走、二台目の車だけその場に残った。
「ああ・・、ああ、、ああああっ!!!!」
車を降りたドライバー(男)は、声にならない声を上げながら、再び車に戻り、携帯でどこかに電話をかけはじめた。ふるえる手で操作しているせいか、上手く電話をかけられないみたいだ。30代前半ぐらいだろうか?丁度小さい子供達のパパって感じの年齢。車のリアガラスのところには、子供が喜びそうなぬいぐるみが何体か置いてあった。
うーん、今回の場合、二台目の車はそんなに罪は重くないんじゃないかなぁ…。悪いのは一台目(いや、この女だろ!)だと思うし。大丈夫、車についた血は洗えば落ちますよ。子供の送り迎えとかに使ってる車でしょうけど。
君たちのパパは殺人鬼じゃないよ!トドメを刺したのはパパかもしれないけど。
僕はたばこに火を点けた。
"この箱を吸い終わったら禁煙しよう" と決めていた、"最後の一本" だ。
僕はこの一本で禁煙しなきゃならない。
僕は再びバイクで走り出す事にした。僕の目的は千葉の房総の先に向かう事だからだ。僕がこの場に留まる義理は無い。
房総半島はもうちょっと先だ。
(続きます)