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出発 → 女。

◆出発◆


家に帰ると、僕はバイクの支度をした。


バイクに乗る際愛用している大きめの迷彩のバッグ(背負うタイプ)を準備し、その中に必要なものを詰めた。


ビニール袋。←東京都指定のゴミ袋だ。半透明のヤツ。東京都指定だが、実際は関東一円で使用出来る。


そして大きめの布バッグ。←折り畳み自転車を入れる為のバッグだったのだが、自転車が盗まれて以来バッグのみが残り、大きめなものを運搬する際に主に使用されている。


僕はこの『必要なもの二つ』を迷彩バッグの中に詰め、夜中に出発する事にした。



必要なもの?



僕は何故、この二つを必要なものとして選んだのだ?



分からない。ただとにかく本能がそう語りかけたのだ。地図は持たなかった。何故だか分からない。



場所は房総の先だ。行き先は「くっつきクラブ極東支部」




何故だ?




既に二つ疑問がある。僕は何故くっつきクラブへ行こうと思い立ち、そして僕は、何故その場所が房総の先にあると確信出来たんだろうか?




それは分からない。全く分からない。




なんとなくそう感じただけだ。




ただ、秘密クラブといった場合、なんとなく房総は似合うような気はする。房総はある意味、無法地帯だ。田舎なので、警察も全体的にユルい。某芸能人がシャブの基地として利用してた別宅も房総にあったと思う。


実際殺人事件の検挙率とかは、東京、神奈川に比べて極端に低い。ほとんどが、原因不明の死として扱ってしまい捜査すらしない事が多いのが、千葉県警だ。ダークな秘密は千葉がよく似合う。




僕はバイクのエンジンのスターターを回した。




チョークを引かずとも、簡単にエンジンは回った。冬なのに。




そして走り出す。






寒い。死ぬ程寒い。



僕は井の頭通りから一旦渋谷に抜け、更に海側にバイクを走らせ、ようやく潮風の感じる場所へ出た。ただ、都内で見れる海はあくまで限られており、海沿いを走っていても、また、街中に引き戻されてしまう。そして再び海へ出る。それの繰り返し。


更に海といっても、"切り取られた海" であり、広々とした海じゃない。視野の先には常に建築物があり、海のようでいて、運河の場合もある。海といっても潮のにおいではない。コケのような香りの方が強い。


そんな繰り返しの都内を抜け、少しづつ開かれる海のサイズが大きめになってきた。都内を抜け始めてきている。僕は千葉に入った。




もはや真夜中だ。




人影はほとんどなくなっていた。





橋が見えた。





その橋は一般の道より少し高くなっており、橋を渡るにはその傾斜を上がらなければならない。





その橋のてっぺん、ちょうど真ん中、女が座っていた。




まるで誰かを待っていたかのように。





当然、バイクを止めた。(直進したら轢いてしまうからだ)




ひゅーと風が吹く。かなり寒い。



立ち上がった女は力強く僕に近づき、堰を切るように話し始めた。



「聞いてください!ワタシ鬱なんです!被害者なのです!病院でも鬱と診断受けてます!正真正銘の鬱なんです!誰かの助けが必要ですし、助けてもらわないと困るんです!だけど助けてくれないのです!聞いてください!いいから聞いてください!!!!」


返事は特にしなかったが、とりあえず僕はヘルメットを外した。



寒さがかなり染みる。



更にその女性は続けた。



「ネットで知り合った『みっぽん』という人がいます!女性です!その人は酷いんです!ワタシの相談に耳を傾けてくれないのです!その人は一度も会った事はありませんがネットで知り合った仲の良い友人です!ただ仲が良かったのは最初だけの話で、最近は相談持ちかけても聞く耳すら持ってくれないのです!最初の頃は親身でした!悩みがあったらまたかけてきなよなんて言ってくれました!ただ、回数を重ねるにつれて、少しづつワタシの電話に出ないようになってきたのですよ!人としておかしいんですよ!人間として最悪ですよね!!!! 最悪ですよね!仮に電話に出たとしても、いつも結論を急ぐんですよ!早く切ろうとする気持ちがみえみえなんですよ!困ってる人を見捨てようなんて、人間としてどうかしてますよね!絶対に間違ってますよね!ワタシは話を聞いて欲しいのです!それが必要なのです!誰かに聞いて欲しいのです!ワタシの弱っている心を温かく包み込んで、全てのわがままを受け容れてくれる心の広い人がどうしても必要なんです!誰かにそれをやってもらわないと、ワタシは困るのです!なのに聞いてくれないのです!ワタシの要求に誰も応えてくれないのです!みんな酷い人ばかりです!冷徹な人ばかりです!とにかくみっぽんという人は最低な人です!人として最低なんです!!!



そうですよね!



そうですよね!



そう思いますよね!!!!」



あまりにも続く言葉の洪水に、僕は途中から聞く事を諦めてしまった。



とりあえず話をかいつまんで言うと、



・この女は鬱である。


・『みっぽん』という女性に、憤りを感じている。


・憤りを感じている理由は、「自分の相談を聞いてくれないから」という理由である。



このような感じだと思う。




『相談を聞く』 というのは、ある意味 『親切』 だ。




その『親切』を与えてくれないから "極悪人だ" という発想は、どこか歪んでいるように思う。

発想として間違っているように思う。



恐らくこの「みっぽん」さんも、最初は親身に話を聞いていたのだと思う。ただ、連日相談もちかけられたら(きっと電話も真夜中なのだろう)、正直、落ちる。


体力的、精神的にも相当疲弊するハズ。


疲弊した結果、クタクタに疲れてしまったのだと思う。



そもそも全くアカの他人が、そこまで自分に尽くしてくれる事を期待する方が、そもそも間違っているように思う。どうだろう?




しかもこの女性の口調から推測するに、『相談』、つまり『何らかの解決策』を求めようとするよりも、『単に怒りのぶちまけ相手』、つまり自分の中にある、不安、モヤモヤ、憤りの全てを、『誰かにぶつけたい』というだけの事が多い。



そういう人は、単に『ぶつけたい』だけなので、自分が期待した態度や回答以外に対しては、痛烈に批判する。



例えば、相手が『親切』のつもりで言った事を、猛烈に批判するとか。



案の定、女は「みっぽん」さんの発言を引き合いに出し、猛烈に否定を始めた。



「聞いてください!みっぽんという女は、ワタシがここまで悩んでいるのに、『もっとおおらかに気持ちを持った方がいいよ』とか言うんですよ!『なるべく小さい事は気にしないで生きた方がいいと思うよ』とか、ワタシを否定するような事を言うんですよ!これはワタシの事をちゃんと理解していない証拠ですよね!!!! 親身になって聞いてくれていない証拠ですよね!気にしないでいられたら、最初から苦労しないですよ!最初からこんなに悩まないですよ!みっぽんという女は、人の苦労を苦労とも思わない、非道な女なんですよ!冷たい人間なんですよ!!!」



恐らくみっぽんさんは、嵐のように続くこの女の発言に対し、ようやくこれらの言葉を絞り出したのだと思う。



どのくらい気持ちを込めてその言葉を発したのかは分からないが、少なくとも彼女を傷つけようという意図は無かった事だけは、間違いないと思う。悪意はなかったと思う。



それを極悪非道扱いされるのはいかがなものかと。





女は更に続けた。






皆がワタシを助けてくれません!



誰もワタシを助けてくれません!!!!



助けが必要なワタシに誰も手をさしのべてくれません!



みんな冷徹無情です!









死にたいんです!





死にたいんです!





死にたいんです!









僕は今、自分が橋の上で真夜中、アカの他人に呼び止められ、"全く知らない人" に対しての不満や愚痴を並べ立てたれているという事実に、改めて気づいた。



何故だ?



何故僕はここにいるんだ?





死にたい、死にたい、死にたい、を繰り返すこの女に対し、僕はなんとも言えない気分になった。




ここにいるこの女は、僕にはまるで他人だ。




正真正銘、アカの他人だ。




何しろ、僕はたまたまこの道をバイクで通りかかっただけなのだから。





彼女はいつもこうして、自分の怒りをぶちまけられる相手を探し続けているのだろうか?



今日は橋の上だ。普段は別の場所かもしれない。



そして相手は誰でもいいのであろう。



リアルな場所かもしれないし、ネット上の仮想空間かもしれない。




死、死、死、




死にたいと言葉を繰り返す彼女に対し、僕は心の中でつぶやいてしまった。






死んでもいいと思いますよ。それは自由意志ですし。






心の中で。






次の瞬間、彼女は橋から飛び降りて死んだ。






・・ボチャン





と遠く(下の方)で響いた。重たい石を水面に突き落とした時と同じ音だ。


川面から見れば、石も人間も同じなのだと。



ぶーっと遠くで車の音が聞こえた。アスファルトのにおいが改めて僕に伝わってきた。






僕は言葉には出してなかった筈。ただ、彼女はそれを悟ったかのように、僕の視界から消え、橋べりへ走り出し、そのまま柵を乗り越え飛び降りて死んでしまった。



下を向いたままの彼女は、そのまま丸太でも流れるように、下流に向かって流れ出している。



僕はこの女性がピクリとも動かない事で、死んでるという事実を改めて確認した。それに下を向いているのだから、いずれはじきに死ぬだろう。




僕はたばこに火をつけて、その流れてゆくさまを、しばらく眺めていた。




"この箱を吸い終わったら禁煙しよう" と決めていた、"最後の二本" のウチの一本だ。




次の一本を吸ったら、禁煙する事にしよう。





僕は再びバイクで走り出した。房総半島はまだまだ先の先だ。





(続きます)


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