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二章 手放せない本流

 

 初めての恋が世間のいう不倫であっても、当人同士の話し合いで容認される可能性があった場合、一歩目を踏み出すことに躊躇うことがあっても二歩目を躊躇うことはないだろう。

 一歩目を踏み出す決め手となる基準はなんだろうか。恋愛をしてこなかった納月が持っているわけがないものだ。踏み出せないのは躊躇いのせい。では、躊躇いはどこから湧いてくる。と、考えると、自然と原因が見えてくる。

 どれだけ迷惑を掛けるか。これだ。

 今はあえて()()()()としておくが、納月が踏み出せば、恋の相手である水口誠治は勿論その妻である水口凌に確実に迷惑が掛かると考えてしかるべきだ。これは、仮に水口凌が不倫していて水口誠治の不倫を容認する立場であってもこの国に生まれた人間の持つ一般的な価値基準・生活観・倫理観にそぐわないから、と、いう理由で発生する体裁の悪化である。近所から白い目で見られて陰口を叩かれて距離を置かれてまともな付合いができなくなり、家族・友人・知人とも疎遠になることもあり得る。ほかにも、研究所内での水口誠治の評価が著しく下がることが予測される。配偶者を持つ社会人、しかも中間管理職に就いている人間が社会規範を破っていたとなれば部下に示しがつかないし、部長という肩書を与えている研究所への信用問題に発展しかねない。ひいては、研究所を運営する上位機関たる病院や企業への信用問題に累が及ぶこともある。ただし、研究所での評価は降格や停職・退職などで(あらわ)されて終りになることもあるだろう。その場合は、ひらの研究員を続けたり新たな職を見つけたりするなど立場の維持や上昇に繫げ、水口誠治がある種の自己責任で解決を図ることができる。

 考えられる迷惑で大きいと感ぜられるものは、あとは納月側の関係者に対する社会的評価ということになるだろう。父への世間の評価は可否が二分しているようなのでさして変わらないだろうが、母は家庭教師なので教育者としての評価が悪化すれば失職し得る。同じ研究所で働く子欄に対する評価は実績でもって下がることがなくても向けられる目は冷ややかなものになる。異業種の音羅は運転免許証を獲得してまで邁進している営業で確実に評価を高めているようだが、妹である納月の素行が知れ渡れば信用を失って閑職に飛ばされる、なんてことも。

 いずれも最悪の場合、と、いうことだがそれらリスクを知った上で不倫の恋を成就させるための一歩目を踏み出していいか考えなければならない。そう思う納月である。なお、これらの想定は納月と水口誠治が相愛の場合である。

 納月と水口誠治、二人の気持が一致しているかどうかも疑わしい段階だが、ほかにも一つ、根本的な問題がある。水口凌が不倫しているのかどうかもじつのところ判らないのである。

 ……その辺りも、ちゃんと水口さんから聞かないとですね……。

 水口誠治に気がなければ諦めがつく話であるが、……。

 簡単に諦めがつくのだろうか、と、窓が切り取る夜空を眺めた。感情は抑えがたい、とは、母の言葉である。そのとき応ぜられなかった分だけ、まさしく、と、強くうなづきたくなった納月である。グータラな父を一途に愛する理由が母にはあるのだろう。抑えがたい感情を抑えず、膝から崩れても想い続ける覚悟も、あるのだろう。

 ……深いところはまだ解らないですけど、少しだけ、お母様の気が解った気がします。

 見定めきれていない感情を抱き締めた納月は翌朝、

「なっちゃ〜んっ、早く起きて離れてっ、遅れちゃうよ〜!」

 と、いう姉の声で目を覚ました。姉音羅の腰に抱きついて眠っていた納月は、目を覚ました瞬間に離れ、毛玉な糸主が伸ばした繊維に拾われて落下を逃れ、

「ごめんね、なっちゃん、いってきまーす!」

「『いってらっしゃい』」

「いってぇらしゃぁ……」

 家族に遅れて、音羅を見送った。

 ……やばい、頭がぼんやりします。考え込みすぎましたかね……。

 夜更かしはするものではない。結師に髪を梳いてもらって顔を洗って食卓についたとき母から聞いたのは、納月が抱きついたままだったため立ち食い食堂の趣で音羅が朝食を済ませたということだった。

 ……帰ったら謝りましょう。

 と、決めた納月は、寝坊に付き合って待っていてくれた子欄とともに所までの道を急ぐ。

「久しぶりでしたね、寝坊」

「園芸部で早起きに慣れてたつもりだったんですけどね」

「たまにはいいですね、こういうのも」

「そう、たまには運動しないとですよ」

 頭に熱い血を送り込んで、研究所に着くまでにしゃきっとしなくては。

 途中からいつも通り歩くと、研究所に到着したのはいつもより早い時間。研究所前に、水口誠治がいた。

「おはようございます、水口さん」

「おはよう、竹神納月。竹神子欄も」

「おはようございます、水口部長」

 一通り挨拶を終えると納月は子欄を先に所内に向かわせて、

「すみません、ちょっといいですか」

 と、手招き、出入口脇を抜けた先の研究所敷地内の緑地へ水口誠治を誘った。

「仕事があるんだが何か用か」

「いくつか事実確認が。勘違いなら勘違いとはっきり答えてくれます、そのほうが早いので」

「了解した。確認はいくつある」

「細分化するとやや増えますが、大きく分けて四つです」

「いいだろう。用件を言え」

「では、──」

 じつをいえば、こんなにあっさりと話を聞いてもらえるとは思っていなかったので肩透かしを食った気分はあったが、そんなことはどうでもいい。有耶無耶な結果にケリをつけないと仕事がおろそかになる。罹患者を蔑ろにするような真似だけはしたくない。

 納月は切り出す。

「──、わたしが既存部に配属されたのはなぜか。所の意向以前に水口さんの提言なんかがあったなら理由を教えてください」

「所長への提言をした。理由は、君の書いた論文を根拠とした」

「……ひとまず次の質問に移ります。なぜ、わたしは臨床部へ異動になったんです。臨床部が目に留めてたとか所長の決定とかは聞きましたが、水口さんの関与は一切ありません」

「臨床部の意見とともに君が適任だと所長に伝えた。理由は先程の論文の件を挙げた」

 環境保全治癒魔法の論文が水口誠治の判断の根拠となったよう。

「(でもあれは匿名。わたしが書いた、って、確信できたのは憶測か推測か、あるいはほかの何か──。)次です。……昨日の帰りは、どうして差入れなんかしたんです」

 水口誠治が、初めて即答しなかった。「……どうして待ってたんです。たまたまなんてことはないですよね」

 飽くまで納月の主観だが、開き直るような口調で水口誠治が、

「君を待っていた」

 と、答えた。即答したときと同じようでいて少し上擦っていたようなのも、主観だろうか。

「なんで……わたしなんか待ってたんです」

 それが一番聞きたい。が、

「四つ目の質問はそれか」

 と、訊かれて納月は口を閉じた。

 どうして待っていたのか。この質問は細分化した質問に入れたほうが都合がいい。質問攻めから逃げられないようにする一手がなくはないので、大きな質問を優先することにした。

「大きな質問、四つ目です。奥さんは、本当に不倫してます。それ、証拠を摑んでて、いますぐ見せられます」

「……」

 無言で取り出した携帯端末をいくつか操作した水口誠治が、画面を見せた。キーを操作すると、何枚かの画像が切り替わった。

「これは……」

 自宅の寝室か、水口誠治ではない男性と水口凌がベッドで──、それから、別の男性と水口凌がホテルに入ってゆく様子など複数男性との多数のシチュエーションを捉えた写真だった。気になったのは、

 ……奥さんの自撮りがあります。

「紛うことない不倫現場だ。妻の自撮りと、わたしが念のため隠し撮りしたものだ」

 水口凌と不倫相手の自撮り写真が水口誠治の携帯端末にあるというのが、不倫を互いに容認していることの証となる。その上で、水口誠治が撮影した水口凌と不倫男性の写真が納月の免罪符として機能する──、と、考えられるだろう。

 細かい質問が増えた。もとからあった細かな質問にも答えてもらわなければならない。

「もういいか」

 と、水口誠治が携帯端末をしまった。

 納月は逃がさない。

「仕事が手につかなかったら部長の無能さを所長に申し出ます」

「……」

 この陰険なパワハラ眼鏡部長の正体は、仕事を(なげう)つことができず部下にもそれを強要しがちな、馬鹿まじめだ。

「ここからは細かいところも質問します」

「……この際、全て答えよう。全て言え」

 ……よし、予定通りです。

 都合のいい状況に持ち込めたので、納月は質問を続ける。「二つの質問への回答、その理由になってた論文ってのは、魔力環境汚染を正常化したときに使った環境保全治癒魔法の論文のことですか」

「そうだ」

「執筆した、と、いうのは、飽くまで憶測ですよね」

「確度が高いとは自負していた。君は、かの天才の娘だからな」

「お父様のことですか」

「近年この国でそう称せられたのは彼だけだ。そして、わたしは君も天才だと考えている」

「過大評価です」

 母にいわせればみんな変人。水口誠治の評価はそれと同じニュアンスと捉えておく。

 納月は、質問と同時に誤認を正しておきたい。

「あの論文はとある精霊さんに教わったことの受け売り。だから匿名で発表したんです」

「論文の全ての検証にその精霊が関わっていたのか」

「……いいえ」

「だろうな。関わっていたのなら単語として何度も登場しなくてはならないがわたしが読んだ限り登場したのは一度きり、論文のきっかけとなった事柄に関する記述の中のみだった」

「しつこい文章が嫌いで筆者が省略しただけとは考えないんです」

「最初に当該魔法の対象となった〔魔法薬〕という単語も一度で十分だがそちらは複数回、ほかにもいくつも、重ねて使う必要のない単語が散見された。それらからも読み取れたことだが当該論文の筆者は文章に一種のこだわりを持っていた。読み手への文学的配慮、すなわち読みやすさと面白さだ。研究的面白さは勿論、文章としての面白みも狙っている、極端な見方をすれば漫才作家のようなこだわりだ」

 ……このひと、まじで論文読み込んでやがりましたか。いや、解ってましたけどもね……。

 嬉しい反面、今は逆風を感じてやまない。その逆風が、強まる。

「文中に示された当該魔法の有効性、過去の類似魔法との比較データ、出典論文の掲載──、と、あの論文を執筆したのは君と推定した。無論、事後に確証を得ている」

「え、確証。どこにそんなもんが」

「既存部で君が記した文飾の一致だ」

「ぶんしょく、って」

「要するに、文を彩る語句、ユニークさ、だな」

「……もしかして、同じ言葉を書いてました」

「ああ。魔法は人類の希望となる、と、いう意味の一文として、こんなものがあった。〔渇いた体が雨を得るような機会だ。〕」

「あ──」

 確かに、納月は書いた憶えがあった。なんとなく好きで、文章上で書いてしまう言葉だったのだが、

「で、でも、雨を得ると書くなら草木や大地を充てるべきとこですから、さすがわたし、凡人なセンスですねぇ、論文を書くような頭脳にはなれませんて」

「他国ならばそうかも知れないが、ここは砂漠と精霊の国だ。渇ききった体が浴びた雨に神の慈悲すら覚える者もいるだろう。あの文飾は筆者の出自とともに自然への畏敬をも包含した素晴らしい表現だと捉えている」

「(べた褒めっ!)し、しっかし、表現がダブることも一〇〇人に一人はあるんじゃないですか、その一人がたまたまわたしだったってだけのことですよぉ」

「そうかも知れないな。わたしにも、一つ質問させろ」

「……いいでしょう、一つだけなら」

「エーテルリカバリ不良」

「っ……」

 その病名は、就学時代に一人の生徒の死や父とのいざこざとともに胸に残っているから、無反応ではいられなかった。

「──やはり、君だったか」

「な、なんのことですかね」

「隠すな、もう、解っている」

 水口誠治が、これまでになく頰を緩ませていた。「やっぱり君だったんだな、あの文章は。環境保全治癒魔法の論文に続いて、ネットで見かけたエーテルリカバリ不良の考察……」

 ……あれも読まれて──。

 エーテルリカバリ不良に関する考察にも同じ文飾をしたのだ。それを読んだ水口誠治の中で匿名論文の筆者と同一人物との可能性が高まった。それだけならまだ執筆に自分が携わったことを納月はなんとか隠し通そうとしたかも知れなかった。が、無理だった。

「わたしは、あれらを読んで、感動したんだ」

 そう言われてしまったから、無理だった。

「……感動」

 思いもよらない感想を耳にした納月は、気の抜けた声だった。「わたしの、文で──」

「ああ。心服し、尊敬した。研究者として、ひととして、素晴らしいひとなんだろう、と、事実確認もできない想像を膨らませてしまったほどに」

 ……そんな……尊敬だなんて──。

 そんなことを言われたのは初めてで、納月は言葉も出ず、ただただ水口誠治の微笑みを見つめていた。

「君が、もしもそのひとであるなら、もっと早く出逢いたかったと、運命を呪いもした」

「……そ、そんな──」

 涙を溜めている水口誠治を見つめて、……いや、ちょっと待て。

 と、納月は冷静になる。情報は正確に伝えなくては。

「あ、あの、すみません、ネット上の文章は子欄さんと一緒に書いてたもんなのでわたし一人の文章ってわけじゃ──」

「あの文飾があった。その前後を君が書いていたことは間違いない」

「それは、そう、間違いないです……」

 それだけで証拠として十分だった。納月がではなく、水口誠治に取ってだ。

「君は、真剣に魔法と向き合っている。天才の娘として生まれたからだけではない、才能に吞まれず、自らの意志でもって研究をしている、ひとを助けるために。そうだな」

「……」

 パワーハラスメントな目差と一八〇度変わった優しい目差は、ギャップ萌えなんて言葉では足りないほど、胸に刺さっていた。

 ……ま、負けそうです。こんな純粋な目ぇ、できたんですね、このひと!

 褒められまくったことと合わせてショックで倒れそうだ。納月は後退しかけていた足を前に出して、質問攻めの姿勢に戻る。

「あ、あのっ、質問終わってないんで、最後まで聞きやがれですっ」

「いいだろう。言え」

 そこはいつも通りにパワハラ口調なのか。

「(その手には乗りませんよぉっ!……って、よくよく考えたら、細かい質問の答が水口さんの今の態度に顕れてるんじゃ……。)えーっと、その……」

「どうした。遠慮なく言え。全て答えてやる」

 馬鹿まじめだ(!)

「(ぐ、なんか眩しい!)じゃあ、念のため、ってことで訊きます。なんで昨日わたしを待ってたんですか」

「君を待っていたのは、……」

「なんで黙るんです、答えなさいっ」

「わたしでも、緊張することはあるんだぞ、ちょっとくらい待ってくれ……」

 ……その態度がほとんど答じゃ──!

 息を止めていた納月に、深呼吸した水口誠治が答えた。

「差入れは口実で、君と、話したかった。送り出したのはいいが、君にもしものことがあったら、と、気が気でなかったんだ。新しい仕事で無理をしていないか、心配だった」

「……一日、と、いうか、半日もやってなかったのに」

「不慣れなものは不慣れだ。君は特別要領がいいほうでもない」

「わ、悪かったですねっ、どうせ鈍重な片づけ下手ですよぉ!」

「苦手なことは誰にでもある。君はその分……ひとに寄り添えると感じている」

「……過大評価です」

「いや、そこは譲らない」

「……、……」

 眩しい目差と比肩する馬鹿まじめな目。自分がそこまで褒められるような人間とは思っていないのに、納月は否定できなかった。

「譲らないことは、理解しました……」

 慣れない称賛に戸惑う部分がある。さらには、称賛を胸に秘めて接してくれていた水口誠治に惹かれていたのだと気づかされて、なおさら戸惑う部分もある。けれども、納月は就学時代に学んだのだ。

 ……むやみに信じたら、痛い目を見ます。

 たださえ、水口誠治は既婚者だ。不倫の代償は昨晩さまざま考えた。リスクを押して踏み込んでいい相手なのかきちんと見定めるために避けられない質問が一つ残っている。

「これが最後の最後、質問します」

「ああ」

「……」

 本当は、疑うようなことはしたくない。が、騙されて傷ついたあとでは取返しがつかない。また、わずかな可能性を見落として傷つくひとが増えるのも、見過ごせない。

 納月は、水口誠治に質問する。

「奥さんと示し合わせてわたしを嵌めようとしてたりしません。それから、奥さんは道ならぬ関係を心から望んでます」

「二つ目の質問から答えよう。凌は、多くの異性と繫がりを持つことを望んでいた。一方のわたしは、研究所の上位機関である田創総合病院院長の娘である凌を嫁に迎えることで安心して研究できる環境を得たかった。そういった互いの利益を内内に確かめ合って結ばれた関係だ」

 政略結婚というのはそういう意味だったらしい。約束を果たす一種の契約結婚、と、称したほうが解りやすい関係だ。

「互いの利益が失われていなければ干渉しない間柄ともいえる。だから、と、いうのは根拠にならないが、凌と一緒に君を嵌める算段などする意味はない。君を貶めたところで誰も救われないと考えているからだ。無理やりに理由を加えるなら、君の父親を怒らせるようなことをしたら恐らくこの国で生きにくくなる」

「お父様にそんな権力は、(あるんでしょうかね……)」

 家族には見せない権力を隠し持っているとしたら国民一人の人生を狂わせることも容易だろう。納月の目線からすれば父より母のほうが権力者との繫がりが深そうでなおかつ怒らせたときが恐そうだと感ずるが。

 納月は水口誠治を脅すつもりがない。

「わたしが聞きたいのは……以上です」

「もうすぐ始業時刻だが、」

 水口誠治が納月を見つめた。「もう一つ、わたしから質問したい。いいか」

「……、はい」

「わたしは、解っているつもりだ。君との関係が妻との関係に影響しないとしても、世間的に認められることはないと。踏み出すことで君に迷惑が掛かることも容易に想像がつく。それでも、わたしは……君と、出逢いたかった」

「……」

 まっすぐに見つめる瞳に、目を合わせられなかった。

 困った。

 とても、困った。

 納月が考えたように迷惑云云を水口誠治も考えていたのだと知って、そこまで考えてくれていたということが気持の有無をも明示していることに、戸惑って、嬉しいと感じて、同時に、踏み出していいのか、踏み出させていいのか、いまさら迷っていることに、困った。

 ……わたしは、優柔不断です……。

 嬉しいならさっさと踏み出せばいい。悦ぶならさっさと踏み出させればいい。なのに迷ってしまっている。人生の序盤だ。水口誠治に七〇年余の汚点を求めていいものか。改めて考えるとリスクが大きすぎて──。

「わたしは、君が好きだ」

「っ──」

「本当は、一緒に研究していたいと思っていた。昨日ずっと、後悔して……。……、前口上が多すぎたな。質問を、する」

 水口誠治が改まる。「君は、わたしをどう思っている」

 どう。

 簡単だ。水口誠治をどう思っているか、言えばいい。二択だ。曖昧な選択肢を加えた三択でも、気持に素直なら一択も同然だ。

「わ、わたし……」

 好意を寄せてくれた異性への返答。素直に応えなければ失礼だ。なんて、理屈はとうに頭になかった。感情に支配されて、頭が真白(まっしろ)で、噓のように全身が震えて、言葉がうまく出てこない。

「わたしは──」

 ガラララッ!

「『!』」

 研究所の、既存部の窓が開いて、納月と水口誠治はびくっとした。窓を開けたのは子欄だ。

「水口部長、お姉様、就業時間ですよ」

「……了解した。換気は換気扇でやれ」

「申し訳ありません、虫がいたものですから」

 指先から飛ばしたテントウムシを見送って、子欄が窓を閉めた。その目線はすぐに自身のデスクに向かう。

「……竹神納月、回答を急がなくていい。ゆっくり、考えてほしい」

「……」

 納月は、震えた唇を閉じて、小さくうなづくのが精一杯だった。

 ……ど、どうしましょう、こ、恐かったです──。

 ひと一人の人生を左右する事実が、自分の返答一つで積み上がるということが。すぐに踏み出せなかった理由は、それが原因か。

 ガラララ……。

「子欄さん……」

「……お姉様、仕事、大丈夫ですか」

 窓を開けたのは、困っている納月を察して気を回したのだろう。じつに、できる妹だ。

「ありがとうございます、子欄さん……」

 ぺたんと芝生に座り込む。「や、やばかったです……まじで、言葉が出なくて……」

「お姉様……、──今日も、一緒に帰りましょう。話したいこともあります」

「……そうしましょう、話、を、します」

 両手をついて深呼吸してから、納月は立ち上がった。「もう虫なんていないでしょう。閉めてください」

 心配そうな妹に背を向けて、納月も玄関から研究所に入った。

 容態が安定した罹患者の観察で仕事が終わった納月は、予定通り子欄と帰途を辿った。出入口で水口誠治と会わないか冷や冷やしたが、子欄がタイミングを見計らってくれて、顔を合わせずに済んだ。

 ……今は、答えられそうにないですからね。

 一晩考えた迷惑云云もあるが、それとは別に自分自身の気持が固まっていなかった。水口誠治の気持を嬉しく思い、水口誠治と深い繫がりを得たいと思っているのは確かだったが、それでも踏みきれなかった。その理由を突き止めるまでは、彼の気持を受け入れてはならない。

 ……互いの人生が懸かってるんです。簡単に決めていいはずがない。

 わずかでも躊躇いや気持のブレが予測できるなら、原因を突き止めて解決する。原因不明は危険要素。放ってはおけない。

 もうじき空を焼く太陽を横目に、子欄が口を切った。

「朝のは水口部長からの告白でしたね。付き合うんですか」

「……直球」

「端的に伝えたほうがいいですよね」

「ご尤も。……。付き合いたいと、思ってます」

「……」

 子欄が沈黙に何を思ったか。「わたしもお母様のように寛容でありたい。でも、世の中そう簡単じゃないとも思います。後ろ指を指すひとならいくらでもいます。それに堪えられないなら、どちらも不幸です」

 社会のルールやマナー、モラルを破るひとへの処罰感情はとどまるところを知らない。それは非難となり、ときには中傷となって、容赦なく襲いかかってくる。

 身近に典型例がある。化物と称せられて忌避された父との関係で、母はこの国の人人から誹謗・中傷を受けてきたようだった。よう、とは、納月達娘がその経験をしたのに母がその経験を語ったことがなかった。父との関わりによって生じた苦しみを噯にも出さない。父と結婚し生活してなお覚悟を崩さない母は容姿こそ幼いが立派な大人だ。

 ……それに引換え、わたしは。

 覚悟が足りない。

「お姉様が不幸になるのは、わたしは、嫌です」

「子欄さん……」

「だから、慎重に、それ以上に覚悟が必要だと思うんです。……」

 子欄が切り出す。「関係を築くのは、並大抵の努力ではままならない。明るいところに立ったときこそ手を取り合えると考えて、わたしは、急がないことを決めました」

「……」

 子欄はそうして恋人と別れ、生きている。いつか手を取り合う日が来ることを願いながら、来るかも判らない日を待っている。その覚悟を、子欄はした。

 ……立派ですね、子欄さんも。

 同じ道を選ぶことの難しさは、そこにあるのだろう。

「子欄さんには、教わることばかりですね」

「生意気なことを言って申し訳ありません」

「いえ、その気持、嬉しいです。……」

 なんでもできた妹がある日、目を赤くしていたことを納月は憶えている。心底悔しくて、心底苦しかったことだろう。その痛みを、「別れました」の一言で笑って伝えた妹の強さが、納月には必要だ。

 ……笑って、は、無理かもですが。

 沈黙に焼けてゆく農道で、子欄が再び口を開いた。

「ときにお姉様、このこと、お母様達にも伝えますか」

「いちいち報告するもんでもないとは思うんですけど、察してちゃかしてきそうで……」

「そうなんですよね、お父様が……。わたしも気に掛かっていて」

「こっちからばらすほうがタイミング計りやすくて気が楽ですよね」

「そうかも知れません。それに、もしかしたらアドバイスをもらえるかも知れませんよ」

「アドバイス」

「はい。わたしのときも、少しもらえました」

「表向きとはいえ不倫のアドバイスを……」

 子欄のときと明らかにケースが違う。父がくれる言葉が冷やかし以外にあるとは思えなかったが──。家に到着した納月は、帰宅していた音羅とも入浴して食卓に落ちついた。小人やら毛玉やらも含めて家族全員が揃っているので都合がいい。食事の挨拶をして父以外が箸を取ったところで納月は切り出す。

「お父様、それからみんなに、少し話したいことがあります」

「何、何」

 と、音羅が真先に食いついた。「なっちゃんが改まって話し出すなんて希しいよね。真剣な話なら──」

「あいや、寛いで聞いてくれていいですよ」

 家族に緊張の糸を張らせたくもない。すぐにそうなる可能性もあるから、あえて軽い気持で聞いてもらいたかった。それで、素直な反応を知りたくもある。

「で、なんなん」

 と、父が促してくれたので、納月は本題に入る。

「付き合いたい、ひとが、できました」

「ほお」

「まあ」

「男のひと!」

 父、母、音羅がそれぞれ反応して、

「納月様にそのようなひとが……」

「ようやく大人の階段を上るのねぇ〜」

 と、蜜柑山のクムと結師が感動し、隣の糸主が心配する。

「で、その相手はよいひとかのぉ」

「んー、いや、(パワハラ感が消えたわけじゃないですよね。……けど、思い返せば、)少しですけど、お父様に似ているかも知れませんね」

「よい方ですね」

 と、母が両手を合わせて微笑むので、

「アホか」

 と、父が呆れた。「天邪鬼の相手なんてお前さんに務まるん、納月」

「……いや、天邪鬼とも違ってて、気が知れたら案外素直というか、っ──」

 告白の言葉が脳裏を過って、不意に頰が熱くなった。そのとき感じた全身の震えがぶり返して、「あやややや、いややや、あのの、べ、いいひとでしゅよ、ええ」

「口調が昔より幼くなっとるが、大丈夫なん」

「あ、う……だいじょぶでし」

 深呼吸して、テーブルの下で両手を合わせ、体の震えを治める。「ただ、そ、そのひとは、じつは、結婚してて……」

「ほお」

「まあ」

「え、えっ!そのひとには奥さんがいるってこと!」

 またも父、母、音羅が反応して、今度は小人やら毛玉やらが口を開く前に、

「既存部部長やろ」

 と、父。「水口誠治やっけ」

「(やはり鋭いです!)固有名詞を憶えてるとは……」

「よく文句を言っとったからね」

「好意と文句って直結します」

「お前さんは気になっとったみたいやからね」

「……いつからそんなふうに思ったんです」

「既存部で仮出勤した日からやったと思うよ」

 そんなに前から水口誠治にフラグを立てられていたということか。納月や子欄が内定をもらう前から水口誠治はパワハラ姿勢だったそうなので、納月の気を引きたくてやっていたのではないだろうが。

「関係を築くにはきっかけも大きいが、経過も大事やな。既婚者ってことは最初から判っとったはずやけど、気持にストップ掛からんかったん」

「最初からそんな気で接してたわけじゃなくて、惹かれたのは急激に、だったんです」

 経緯を搔い摘まんで話した納月は、父の意見を伺う。「──形として、不倫ってことは疑いようがないです。告白を受ければ、それが事実になって、引き返せなくなります」

「予測は大事やな。けど、どうでもいい」

「え……」

 父が言った。

「今の話を俺らに打ち明ければ、前進を否定される危険性のほうが高いんよ。迷惑云云、まさか考えんかったわけないやろ」

「……」

「それでも打ち明けた。俺に察せられることも織り込み済みで、自分の気持を素直に話したかった。それが、お前さんの本音やよ」

「……」

 納月はうなづいて、おずおずと尋ねる。告白を聞いたときとは異なる震えが起きて、声を発することに勇気が要った。

「お父様は……応援、してくれます」

「せんよ」

「なんでぇっ」

 納月はがっくりと項垂れた。「この流れなら『応援する』でいいじゃないですぅ」

「知るか。男なんかに娘を渡したくないね」

 ……そ、そうでした。

 父は根本的に男嫌いなのだった。失念していたのでもないのに、アドバイスめいたことを言ってくれたあとだからてっきり応援してくれるものと思って油断していた納月である。

「お父様は、不倫とか嫌いです」

「それは本人同士の気持の問題やから勝手にすればいいと思うけど」

「そうなんですか。じゃあ、お母様が別の男と──」

「絶対()だ。女ならいいけど」

「知ってるつもりでしたけども、そこまで嫌いです、男性」

「嫌い嫌い大っ嫌い嫌い嫌い嫌い」

 即答の早口だった。蜜柑山の小人達が少し難しい顔をした気がしたが、それを確かめる間もなく、父が意見を翻すように、

「前向きに考えてみたらいいんやない」

 と、言った。

「え、でも、わたしをその、男性に渡すのは嫌なんじゃ……」

「嫌やけど、それは俺の感情であってお前さんの気持を縛っていいもんじゃないやん」

 至極まっとうな意見。続きもある。「幸せのために必要なら、何を求めてもいいと思うよ。それはひとでもいいし、動物でもいいし、植物でも、人工物でも、いいよ。ただし……」

「『ただし……』」

 いつしか箸を止めていた姉妹も、納月と声を揃えて、父の次の言葉を待った。

「ただし、求めるからには、求めた何かが大切にするもの全てを、包み込めるようになさい」

 ……全てを──。

 いつもテーブルを這う目差がまっすぐに姉妹の眼を見つめていて、発せられた言葉は融け込むようにしっとりと伝わってきた。

 ……全て。水口さんの大切にするもの、全て──。

 夜食を済ませると、納月は縁側に座って夜空を眺めた。

 振り返ってみれば、二の足を踏んだ原因はさまざまあったのだろう。一言に纏めるなら覚悟が足りなかった、と、納月は思っていた。が、その側面はありつつも、父が言ったことが真相ではないか。

 ……水口さんが大切にしているもの。それって、なんです。

 水口誠治は、納月のことをよく理解している。納月がひとのためになるような魔法を開発したいと思っていることを理解し、姿勢や実績を観て感動し、尊敬さえしてくれた。対する納月はどうだ。納月は、水口誠治の何を理解している。何に感動し、尊敬した。

 …………。

 ぱっと思いつかない。

 恐らく、水口誠治に同じ質問をしたら矢継ぎ早に回答するだろう。疑いようのない観察を済ませて、納月を好いているからだ。納月は、そうではない。経緯を捉えはしても、気持がとてもぼんやりとしている。これがああだから好きだ、と、筋道を立てて説明することができそうにない。それは、水口誠治の尊敬や好意に触発された承認欲求を異性への好意と勘違いしたからなのかも知れない。

 ……水口さんの好意に引っ張られただけの弱気な浮気じゃない、って、証明しないと。

 好いてくれた相手に飛びついた、と、いえば解りやすいだろう。最低な姿勢だ。ひとの告白をまともに受けてはならない人格といってもいい。

 ……自覚なかったですけど、わたしって、惚れっぽいんですかね……。

 別の誰かから告白を受けて比較検証することが必要だ。けれども、悲しいことに告白された経験がないので比較のしようがない。と、なると、

 ……実験。それなら同僚に頼んで……、あいや、それだとなんか違いますねぇ。

 好意を騙らせたと判っていては動く気持も動くまい。例えば子欄などが間接的に演技を頼んで誰かが好意を寄せたように装ってくれたとしても、見知らぬ人物が頼まれるわけがなく、知合いであるなら以前との変化で「演技を頼まれたひとだ」と判ってしまう。

 ……リアルに好意を寄せてくれるひとがいないわたしには、非現実的な検証方法ですかね。

 自分で考えておいて落ち込みそうだが好意的な人物が現れても、

 ……都合がよすぎて不気味ですねー。

 比較の方法を変えるか。

 いや、どうやって。

 ……無理ですかねぇ、比較は……。

 比較検証に見切りをつけるなら水口誠治への気持が浮ついたものでないことを直接的に確かめるほかない。好意を寄せられたからではなく確たる要因や経緯があって好きになった、と、いうことを説明できるくらいに突き止めればいいのだ。研究所での三箇月超を振り返れば判ることがあるかも知れない。

 ……うん、そっちのほうがよさそうです。

 一人で考えるのは就学時代にもよくやったことだから慣れている。考えを突きつめることも同じだ。馬鹿の一つ覚えでも、できないと判っている方法を採るよりは賢い。

「納月ちゃん」

「あ、お母様」

 隣に膝をついた母が、同じように夜空を見上げた。

「月が顔を出して間もございませんね」

「上弦約三〇パーってとこですかね」

 今はまだ満ち足りない月。「観えないとこが多すぎますね」

「時が来れば観えることもあるでしょう」

「時間を掛けて、です」

「はい」

 煽りで迷惑を被るかも知れない母の立場で、それを気にしないふうなのはなぜだろう。それもまた観えないことの一つである。それをあえて訊かないのは、少し恥ずかしくなるような回答を聞くことになる、と、娘の直感が働いた。

 後ろに寝室があり、音羅や子欄が横になっている。話が筒抜けになることを承知で、納月は母に尋ねる。

「お父様に妻がいたとして、お母様は、勝機がなくても突撃しました」

「突撃しています」

「──現在進行形……」

「オト様の心の中には亡き恋人がいらっしゃりますから」

 父と亡き恋人とのあいだには一言で語れない過去があることを承知している。それゆえに母が突撃を続けることの難しさも漠然とは判る。

「どうして、突撃できてます」

「答はオト様がおっしゃったことに同じです」

「……」

 無学歴で内向的な父。高学歴で外向的な母。対極のような両親でも寄り添える点があったということだ。二人のあいだに生まれたからか、納月は、両親が両親たり得た点の合致を求めている。その点とは、大切なもの。

 ……わたしは、家族が大事です。みんなを大切にしてくれるひとじゃないと、嫌ですね。

 水口誠治の熱心さからしてそこは説得次第でどうにかなりそうだ。問題は水口誠治の大事な点に寄り添えるかどうか解らないことだろう。水口誠治が大事にしている何かを見定めなければならない。それにはまず、納月自身の気持が浮ついたものでないか、見定めなければならない。

 ……うん、少しずつ、見えてきました。

 たくさんの的を同時に狙う必要はない。的の背景まで狙う必要もない。狙いが見定められれば撃ち抜くタイミングが見えてくる。

「お母様、ありがとうございます。少しずつ考えてくんで、見守っててくれると嬉しいです」

「ええ、勿論。さあ、今日はもうお休みなさい」

「はい」

 夜は冷える。

 音羅と同じ布団に入ると、意見を聞くべき最後の一人が目の前にいる。

「なっちゃん」

「……お姉様は、どう思ってます」

「わたしもパパと同じようなことを思ったかな」

「と、いうと」

「なっちゃんが誰かをあっためられるようなひとになれたらいいな、と、思うし、誰かをあっためられるひとと一緒になれたらいいな、とも、思うんだ」

「お姉様らしいです」

 音羅はその言葉を実現している。毎夜、その体温を感じて納月が眠っているからだ。

「お姉様にこうしてると、すごく、心地いいです」

「なっちゃんもそう言ってもらえるといいね」

「……、はい」

 包み込んでくれる音羅は嫉妬や憎悪の対象ではなく、唯一の姉であり最も歳の近い先人だ。

 ……大切なものを、わたしも──。

 熱いくらいの体温を抱き締め返して、納月は眠った。

 翌日から、納月は未だかつてない「自分研究」に入った。無論、臨床部での仕事に打ち込みつつだ。時間があれば水口誠治の情報を集めて、自分と水口誠治の接点を振り返った。水口誠治に対する気持がどんなものなのか、水口誠治がどんなものを大切にしているひとなのか。告白への返答を保留にしてからでは遅い研究でもあったが、彼の寛容な言葉を信じて時間を掛けることにした。

 

 互いに仕事の忙しさもあっただろう、およそ一箇月があっという間に過ぎた。

 日曜と月曜、たった二日間の夏休みが迫った三〇二七年八月九日、土曜日。浮かれる暇もない事態が、臨床部で起きた。納月が一時異動をされた理由ともなっていた人手不足、その根本原因たる魔力性麻疹ウイルスに感染し臨床試験に協力した青年の体調が急変したのである。人菊天とともに防護服を纏った納月は、試験データを活かしてウイルスから魔力を取り除いてウイルスを不活化することで症状の緩和、寛解・快癒を目指した。空気感染や飛沫感染を防ぐため着込んだ防護服にいつもより熱が籠もった。治療行為の継続で容赦なく削られてゆく体力は熱と汗でなお削られていった。試験中の魔法から既存の魔法に切り換えるなど判断を尽くし、人菊天と協力もし、気を緩めることなく治療を続けたものの──。

 前室で防護服を脱ぎ研究室の席についた納月はそのままデスクに突っ伏した。息が切れている。脈が強く打って、血管を流れる水分という水分が全身から噴き出している感覚だ。デスクがびしょびしょになってゆくのに水分補給もできず、動けない。

 ……助け、られなかった──。

 全力を尽くしたのに、ウイルスに負けた。デスクを濡らしてゆくのは、血管を追い出された水分に限らなかった。

 ……わたしは、なんて無力なんです……。

 今できる全ての処置をしたのに救えなかった。その絶望感は、少し前まで息をしていたひとが微動だにしなったことで鮮明になって、止まっていった息のか細さとは比べ物にならない圧で心に伸しかかった。

 ……痛い……すごく……痛い……。

 握力に骨が軋んだせいでも、内側に食い込んだ爪のせいでも、濡れたデスクに押しつけたせいでもなく、慄えて(ふる    )止まらない拳が、痛む。

 必死に生きようとしていたひとを、看取ったのだ。助けられず、看取ったのだ。

 ……、……ああ…………。

 元気が売りの姉音羅が、立ち上がれなくなったことがあった。苦しい状況が立て続いたせいもあっただろうが、追打ちとなっただろうことに、後輩の死があった。そのときショックを慮りはしたものの、

 ……わたしは、全然感じてなかったんですね。

 この苦しみは、なんという重さか。立ち上がれない音羅の気持を当時なりに想像したが、全く足りなかった。

 感染が懸念される遺体を適切に保護した人菊天が戻り、納月の隣についた。納月とは違って天井を仰ぎ、厚手のタオルを差し出してくれた。

「所長に連絡したわ。ご遺体は、そのまま火葬される……」

「……」

「顔を拭いたら、ついでに机も綺麗にして」

「……すみません」

「謝る必要はないわ。……何度も、何度も……こんなことを体験してる。慣れるものじゃないのに、涙は出なくなったわ……」

 深い、深い、嘆息。「こんな感覚だったのかしら──。子欄さんは納月さんの妹なのよね」

「……はい」

「わたしにも妹がいるの。何もできなくていつも泣いてた、のんびりした子。いつか泣かなくなって、ただ悲しげだった。大事なものを探し求めて、人間性に満ちてた」

「……」

「あなたを観て、少し、人間に戻れた気がした」

「……人菊さんは、ちゃんと人間ですよ」

「ううん、人間じゃなくなってく感じが毎日してる。助かった人を送り出しても、データが足りなかったな、なんて、考えてしまうことがある」

「データ最優先ってのは確かに人間を逸してる感じですけど、どれも罹患者が命を懸けて預けてくれた大事なデータで、足りないと感じるのは、日日たくさんのひとを助けたいと心から思ってるからです。きっかけを振り返ればいいんです」

「隅隅の細胞まで人間をやめた感覚に支配されてる感じがしてる」

「……」

 納月のようにはなっていない、平静を保っている人菊天。

「『人菊』なんて名前は、きっと人を看取るために生まれた名前なんだ、」

「……」

「って、罹患者に、亡くなる直前に言われたこともあるわ。それでも悔しくなかったし泣けもしなかった。なんのためにデータを録ってるのか、日に日に見失っていってる。成果がほしくてやってる気になって、感情も手放して……、どこに向かってるのかしらね、わたし」

 見失っているものと観えていないもの。それは、とてもよく似ているのかも知れない。納月は、少しだけ冷静になって、人菊天の嘆息に言葉を向けることができた。

「人菊さんの名前は、少しでも多くの命が天寿をまっとうできるよう見つめている名前だと思います。そのために、全力を尽くしている名前だとも」

 最前線で戦う医療従事者も魔法療法を研究する末端の研究者もみな同じだ。失われそうな命に寄り添い全力で救おうとしている。そのために時間と神経を削り、そのためにどんな罵りにも堪えて、力を振り絞っている。

「──人菊さんも、仕事をしました。立派な人間です」

「……、ありがとう」

 人菊天が合わせた手に額をつけて、「あなたも同じよ。あなたが人間と認めたわたしと同じように、胸を張って」

「人菊さん……、ありがとうございます」

 納月に取って幸いだったのは、立ち上がれなくなりそうなとき、同じ気持で現実に向き合っているひとがいたことだった。

 顔と机を拭いて、綺麗にしてから、その日の仕事を最後までこなして、納月は、臨床部の研究室を出た。すると、受付窓口前で水口誠治が待っていた。

 

 水口誠治も、同じだ。同じ気持で、多くの命が救われるよう研究をし、既存部のみんなを叱咤している。

 そんな研究では命を取り零すぞ。

 やり尽くさなかったことに後悔するぞ。

 ほんのわずかな怠慢が、一生を終わらせるんだぞ。

 そんなふうに叱咤激励している。

 人命を奪うのが人であってはならない。自分達が手を抜けば、見ず知らずの命まで蔑ろにしてしまう。それは最早、人災だ。そんなことが許されてなるものか。

 その覚悟で研究に向き合う水口誠治を知っていたから、触れられたあのとき納月は──。

 

 熱中すると時間を忘れる、とは、この前、父が言っていたか。残業したのでもないのに仕事をしていたらすっかり太陽が沈んで、研究所内部は魔導灯(まどうとう)で明るい。

「大丈夫か」

「所長から話を聞きました」

「君は精一杯やった」

「観てないのによく断言できますね」

「君は立派なひとだ」

「……、(胸が、熱くなって──。)……、ありがとです」

 まだまだ気持が沈んでいたことに納月は気づかされた。

 水口誠治を誘って、納月は外を歩いた。

「さすが我が国、と、いったところですか、すっかり寒いです」

「まだそこまで冷えてはいないが……冷たくも感じるか」

「励ましてくれます」

 黙って上着を肩に掛けてくれる水口誠治。

「子欄さんはもう帰りました」

「君を家まで送ってくれと頼まれた」

「そうですか。話したいことがあるんで、都合がいいです」

 先を進んで、納月は尋ねる。「水口さんの大切なものを教えてください」

「唐突だな。どんな意図の質問だ」

「保留した返答に関わることです」

「そうか。……少し長くなりそうだが、なるべく纏めて話そう」

 しばし考えてから、水口誠治が口を開いた。

「小さいとき父が亡くなった。しばらくして母も亡くなった。父は病だったが、母は……」

 口に出せないような死因。

「わたしは幼く、父を助ける術がなかった。それは、決して変えられない。延長線上の出来事も変えられない。だがもし、似た子のつらい時間を回避できるならなんとかして救いたい、そう思った。……聖人ではないからな、すぐにそんなふうには思えなかった。うまくいかないときは親がいない現実や世間を怨んだりもした」

「少しずつ積み上げて、今があるんですね」

「わたしは、そうやって手に入れた今を大切にしたいし、このさき守れる全ての命を大切にしたいと思っている」

 既存の治癒魔法の研究は、治癒魔法を扱う全ての治癒術者のレベルを比較的短時間で底上げでき、多くの命を救うことに繫がる。

 その回答が噓ということはないだろうし、納月も納得できないわけではない。が、より個別的なものにも納月は目を向けたい。

「……奥さんは、いいんです」

「……」

「実力あってこその立場だとは思います。けど、出世できたのも、落ちついて研究できたのも、奥さんとの結婚があったからでしょう。そんな結婚を求めたのは、それまでの環境に不満や不遇を感じていたから。だからということでもないんですけど、今の関係を踏みつけにしていいわけがないです」

「関係は前に伝えた通りだ。それでも凌を蔑ろにしていると」

「さっき応答に詰まってた時点で棄てきれてない証拠でしょう。勘違いしないでもらいたいのは、わたしは棄ててくれとは言いません、って、こと。反面、棄てるような関係ならとっとと棄ててくれないと迷惑ってことです」

「きついことを言うんだな」

「人生、懸かってます」

「そうだな……」

 水口誠治が水口凌と別れるなら不倫関係にはならない。時を置いて納月と結婚すれば、誰に咎められることでもない。そう。周囲に認められる付合いをするには社会のルールに則った段階を踏まなくてはならない。でも、水口誠治は告白後に離婚した様子もなければ、今もまだ離婚を即決しない。それはつまり、今の肩書を得るに至ったあらゆる環境を手放せないということであり、それを手放すことで失う()()()()()を人生の中心にしている。言うなればそちらが本流で、納月との関係は支流。納月に置き換えるなら、家族との関係が本流だ。水口誠治との関係は数多ある支流の一つであって、欠けたところで本流が消えることはない。

 本流が消えれば支流も消える。大切にすべき本流を手放すことは、誰にもできない。

「疑ってくれてもいい。が、君との関係も大切なものだ」

 と、水口誠治が言った。「ただただ、わたしは一つ覚悟が足りない」

「解ってますよ、離婚したら研究所の人事に影響を及ぼし得る奥さんのご両親から左遷なり首なりを宣告されるかも知れないですからね、穏便に済ませたいのが本音だ、って、たぶん、わたしでも思います」

 理屈では、歩み寄れる。「それでも思うのは、即決してほしかったな、って……。我儘は承知なんで、自責の念とか要りませんよ」

「……すまない」

 本流が消えないとしても、支流が消えてゆくさまを見たくはない。そして、水の消えた川底に何を思うか想像すると──。

「そりゃ、一途なほうが嬉しいです。いつの時代も女性が求めるのは自分に一途な男性だと思います。体裁とか体面なんか知るか!って、手を引いてくれる男性のほうが頼り甲斐があってカッコいいですよ、当然です」

 ただ、そんな男性が現れたとしても、「わたしは、そんな男性お断りなんで構いませんよ」

「……そうなのか」

「ちょっと価値観が古いのかも知れませんけど、体裁とか体面とか、取り繕うべきところは取り繕うべきだと思いますし、なんでもかんでも捨て去れるひとは恐くて近寄れませんよ、いつ自分が棄てられるか知れませんしね」

「なるほど……確かにな。わたしは君を、……」

 水口誠治の言葉の切れが悪い理由が自分の気持と合致してのことなら、と、納月は思って(うけ)を仕掛ける。

「今、手を伸ばしたくてうずうずしてるんでしょう」

「……わたしはまだ、君の返答を得られていない」

「(そうですよね、)仕事の時間はとっくに終わってますし、欲望、滾りますよねぇ」

「試すように煽るな」

「こりゃ失敬しまして」

 辺りは暗い。通りかかる車のライトでは互いの表情を細かく捉えることができず、想像が搔き立てられて、妄想が湧き出して、声を聞くたび、自制が利かなくなって、手を、伸ばしてしまいたくなる。筌に掛かったのは、仕掛けた納月のほうかも知れない。

「長らくお待たせしましたが、そろそろ、伝えます」

 保留した返答を。

 半ば伝わっているだろう。それでいて息を吞むような緊張感が漂ったのは、納月が言葉にして気持を伝いたという事実がこれまで一度もなかった。これは研究者の性だろう、事実がなければ先へ踏み出すことができない。

「パワハラ部長なんて陰口叩かれてるのは知ってます」

「知っている」

「パワハラめいたことしてるの(ってんの)は、全ての治癒術者が自分に厳しく研究していけば今の何倍・何百倍にも救命の可能性が広がる。そう考えてのことです」

「ああ。魔法医療に携わる者としてみんなが意識すべきなんだ。自分の歩みが未来の何千・何万という人の可能性を繫ぐ大切なものなんだということを」

「──。異動になってからも水口さんの叱咤激励、ちょくちょく聞いて、観て、研究者としての真剣さや本気を、すごく感じました。水口さんは、わたしの文章に感動したりした、って、言ってましたけど、それは、わたしも同じです」

 そろそろ端的に伝えなくては。「わたしの頰に、触れたときのこと、憶えてます」

「無論だ。……不躾だったこと、それから凌がしたことを、改めて謝りたい」

「いえ、いいです、あれのお蔭で、気づけたんです、自分の気持」

 出逢って一箇月に満たなかったあの日、パワハラと表せられた態度の奥底に触れた。「あのとき、決定的に、水口さんに惹かれたんです」

 納月はそれまでに水口誠治の不器用な真剣さを何度も見聞きしていた。その不器用さや評判に反した優しい掌と繊細な治癒魔法を体感した。あれが一つの事実を積み上げたのだ。それから、水口誠治の心を裏打ちする事実が一つずつ積み重なっていった。研究に対する熱量や研究者に対する叱咤激励、むかつくようなその事実が、納月の中にも積み重なっていった。

「わたし、……」

 深呼吸して、喉を握られたような息苦しさを押し退けて、発した。

「水口さんが……っ好きです」

 口にしたら恐さよりも伝えられたことの悦びが優り、きちんと自分で積み上げた事実に感動して、少し震えた。とても面と向かっては言えなくて、背中を向けたままだった。

 深呼吸したのに苦しくて、車のライトを向けられたかのように目の前が真白になって、震えから一転して全身が固まったようになって、頭が重くなって、また、震えた。その震えがすぐに治まったのは、背中から包むぬくもりを感じた。

「嬉しい……すごく、すごく嬉しい……言葉が、ほかに出ないくらいだ……、嬉しいよ」

「水口さん……」

「こんなわたしに、踏み込んできてもらえて、それを望んでいたのに、……すまない、すごく恐くも感じてしまった」

 今度は水口誠治が震えている。

「励ましましょうか」

「もう励まされている」

「でしょうね」

 彼の震えは少しずつ治まっている。納月の体温で、治まってゆく。

「まさか寒さじゃないです。上着はわたしに貸してますし」

「いや断じてそのせいではなく、……君がこれから負う非難──」

「そんなもんとっくに覚悟しました」

 そうでなければ告白に応じなかった。「年上のくせに相手の気を読むのが遅いんですね。研究と違って、人間関係に疎かった証拠です」

「否めない。研究ばかりしてきたからな、人間関係は……わたしには向いていない」

 利益目的に関係を築くほどに、軽んじていたものでもあるだろう。その重みに気づいたのは何がきっかけか。

「わたしと逢えなかったら、そうして震えることはなかったかも知れませんね」

「君と出逢えるとは思っていなかった。いっそ遠い世界のひとだと思っていたんだ」

 同じ世界で生きていても関わりを持つことはない相手だと。

 それは、納月とて同じだった。自分の書いた文章に感動したひとと出逢うことを想像したこともなかった。ただただ誰かの役に立てばいいな、と、いう程度に掲載した文章には、ある種の責任感が欠けていた。

 社会人となった今、責任ある言葉で彼を感動させたい。

「わたしは、水口さんに人生懸けます」

「っ……」

「だから、あなたも、懸けてくれます」

「迷いなく懸けることを誓う」

「でも奥さんとは別れない、と」

「っ……すまない」

「(ま、それは鎌なんですが。)構いませんよ、奥さんについてはさっきも伝えた通りですから気にしてません」

 水口誠治には水口凌との関わりが必要。「だから、ちょっとお願いしていいです」

「なんだ」

「奥さん……、凌さんと、会わせてください」

「……何を考えているか聞こう」

 水口誠治は戦戦恐恐の心持だろう。納月も恐れがないわけではないが。

「これは不倫ですよ、不倫。非難されても反論なんて許されないんです」

 それが常識的な倫理観に反した報いといえるだろう。納月達が生まれるずっと前に遡れば、密通した伴侶の殺害を許すような時代もあった。極端な罰を科せられない現代でも悲惨な末路を辿り得るくらいには厳しい世間の目がある。

「当事者として、きちんと話しておきたいと思います」

「君の意見に賛成する」

「急にイエスマンです」

「いや……心配する必要もないほどうまくいく」

 水口夫婦は不倫容認の関係であったから。彼はそう考えている。

「じゃあ、日取り任せますよ、予定はなんとしても空けますから」

「任せておけ」

 パワハラ部長改めイエスマンであろうか、納月はそんな水口誠治を帰途に押し出して、一人で帰宅した。

 その日のうちに、自宅の固定電話に水口誠治から連絡が入った。夏休み初日である明日、水口凌と会えるとのことだった。

 全面対決だ(!)なんて、息巻くことはないが緊張はする。受話器を置いて、納月はつい息をついた。

「なんの連絡やった」

「お父様なら聞こえてるでしょう」

修羅場(デート)おめでとう」

「それルビ合ってます」

 テーブルに突っ伏した父はのんきの極み。対面の席についた納月は手に取った蜜柑の香りに和む。

「妻と話をつけるか」

「はい。夫婦の関係がちょっと特殊で、──」

 水口夫妻の関係を手早く伝えた納月は、父の意見を仰ぐ。「どうなると思います」

「水口誠治が言うにはうまくいくんやろ」

「凌さんの気持についてはよく解ってないから結果が不透明です」

「不倫を先に容認してもらった関係において、しかし地位は自分に優位があった妻として夫の不倫を本当に許せるか」

 真剣な話の途中であるが、納月は不倫云云と聞くと両親の関係がちらついて仕方がない。

「水口夫妻の関係はお父様達の将来とダブりますねぇ」

「契約はないが俺がボコられりゃ決着やよ」

「まさか本当に不倫してるんです」

「男なんて浮気なもんやよ」

 納月は呆れた。

「喩えるなら落ち葉みたいなもんです」

「そうかもね。あっちゃこっちゃ揺れてどこへ落ちつくやら。本筋に戻すが、妻の心理に不透明な部分があるんやな」

「そちらは謂わば泥水ですねぇ……」

 契約結婚だとしても、心は理屈に染まりきれないことがあるのではないか。仮に水口凌がそうだったとしたら、契約の通りに現実を受け入れられない。加えて納月が考えたのは、水口凌が契約結婚をしたそもそもの理由である。

「さっきも伝えた通り、凌さんの不倫を容認した水口さんが受身的に自分の不倫も許された、って、流れでの契約だと思うんですけどね、だとしたら凌さんは不倫前提の結婚をしたかったことになるんです。実際、複数の男性とのアレやソレな写真を見ましたし、……ああなりたかった心理ってどんなもんなんです」

「さあね」

 父は匙を投げたのではない。「(ひと)彩る(いろど   )一〇〇景(ひゃっけい)やないかね」

「一概に言えない。そうゆうことですね」

「決めつけずにいけ。お前さんなら、うまくやれる」

 納月は思わず目を見開いた。

「──褒めてくれてます」

「言葉を解するのは自分の心やよ」

 解ったような解らないような、と、納月は言いかけてやめた。自分で考えることの大切さをずっと学んできて、今の父の言葉には理解が及んだ。

「そう、そう、今日は早く床につきぃ」

「子欄さんと研究データを共有したいんですけど」

「明日も体力が要るやろ」

「……」

「今日はお休みなさい」

「……、そうですね」

 どこまで見通した助言か判らないが、父の言葉には納月に必要な栄養があった。

 疲れきった体。水口凌との対面で、どれだけ余裕を保てるか判らないのだから、せめて体力を回復させておきたい。

 ……水口さんの大切なものに寄り添えるように。

 告白に応えるために使った体力を、ひょっとするとこれからはずっと、毎日、使うことになる。大切にしなければならないもののために、休息が要る。

 ……ありがとですよ、お父様──。

 怨みもした父の助言を胸に、音羅に抱きついて、納月は眠った。

 

 

 

──二章 終──

 

 

 

 

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