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6. 王子さま()との出会い

 左手と左足がどうじに出ている弟の手を引いてあいていたテーブルのひとつに陣取ると、お皿にハムとキュウリのサンドイッチとイチゴをやまもりに盛りつけて渡す。

 弟はお菓子は好きだけどあますぎるお菓子はあまり好きじゃないのだ。

 そのへんのさじかげんが難しいんだけど、今日のガーデンパーティは招待客がこどもばかりなので味付けもこどもむけと思われる。

 お菓子には期待しないほうがいいだろう。

 あとは先日のピクルスとかオリーブとかアンチョビなんかもダメ。

 チーズは種類による。

 よく本編でだれもつっこまなかったなと思うくらいの超がつく偏食だ。


 正直めんどくさい。


 未来の推しじゃなかったらほっとくとこだけど、残念なことにこのめんどくさい弟の顔だけはかんぺきにどストライクなのだった。


 ……あ、いちご食べてる。尊い…………。


 どストライクの美少年がいちごを食べている光景を鑑賞しながら、わたしは理想と現実の乖離についてしみじみと考えていた。


 どれだけ顔がタイプでもつきあいたいと思えない人がいるように、どれだけキャラとしてタイプでも現実に家族として生活していると許せないことは出てくるものなのだと。

 考えてみれば乙女ゲームのヒーローによくある『オレサマ』『ツンデレ』『ドS』どれも現実世界では受けない属性ばかりだ。

 オレサマは自己中だし、ツンデレはめんどくさいし、ドSなんて完全なモラルハラスメントだ。

 ……てことは、アルトゥールのクーデレも現実世界ではびみょ…………やめておこう。

 もちろん世のなかには推しのすることならなんでも許せるって人もいるんだろうけど。


 ……わたし、推しへの愛がたりないのかな。


 ……もっとお布施したほうがいいのかな。


「そうだね、その鴨のローストをもう一切れお供えすればきっといいことがあると思うよ」


 わたしは鴨のローストを三枚取り、しゃがみこんでロキのまえに置いてやった。


「うん。さすがにおいしいな。きみも食べたら?」

「お肉はもういいかな。あっさりしたものが欲しい……」

「あと、ボクの声はほかの人には聞こえないからいいけど、きみの声はみんなに聞こえてるからひとりごとをいうのはやめたほうがいいと思う」


 鴨をたいらげたロキは悠々と植えこみの下に潜りこみ消えてしまった。


 ……なにあれ、ずるい。わたしも消えたい。


 ぼんやりと考えながらサラダをつついていると、周囲のこどもたちがわたしたちのほうをチラチラみてきているのに気づく。


 そうだよね。気になるよね。

 姉は氷の美少女、弟は氷の美少年だもんね。

 ……冗談ですすみません。

 王太子殿下の婚約者として最有力候補である侯爵令嬢(実家の権力が十割)とうわさの弟(愛人の子)だからだよね。うんうんわかるー。

 なんかリアクション雑になってきた。

 いるだけでストレスたまる。


 帰りたい。


 しかしメイドさんたちにかしずかれ豪華な衣食を享受させていただいているわたしにはお嬢さまとしての責任を果たす義務がある。

 破滅フラグとわかっていても殿下の婚約者の座を獲得し、父の期待に応えなければ。一時的にでもわたしが殿下の婚約者になればいろいろメリットがあるんだろうし。

 というか、失敗すればやりなおしなんだった……。ロキももうちょっと協力してくれてもいいのに。


「……姉上」

「なに?」

「その、鯛とセロリのマリネです。向こうのテーブルにあったので……」


 わざわざ取ってきてくれたらしい。

 この子、自分ではセロリは食べられなかったはずだけど。

 ちゃんと憶えててくれたんだ。

 ちょっぴり感動する……けど、あれ? わたし、この子をいじめてたはずでは……?


「ありがとう」


 とりあえずお礼を言って食べていると、殿下の側近らしい男の人が中央のステージに上がって話しはじめた。

 お約束のあいさつを述べたあと、後からステージに上がってきた少女を前に出して紹介する。


「それではジークフリート殿下のお姉さまのマルガレーテ殿下からお誕生日の贈りものです」


 マルガレーテ殿下はにっこりほほえんで簡単なあいさつをすると、手に持っていたフルートを口にあて演奏しはじめた。


 ……やっぱり、楽器だった。


 わたしは密かにこぶしを握りしめる。

 昨年のお誕生日会ではなかった演出だが、この後の展開は手に取るようにわかった。


 マルガレーテ殿下の演奏が終わり、庭園は割れるような拍手に包まれた。

 年齢のわりにうまいのは事実だが、ここまで過剰に絶賛されるのは王女さま補正だろう。

 観客はこどもばかりとはいえ、みんなよくよく言い含められているらしい。

 貴族社会の闇である。


 壇上でお辞儀をしたマルガレーテ殿下はステージ近くのテーブルに目をやり、ご学友らしきお嬢さまのほうをみてうなずいた。


 ……あれ、もしかしてギゼラさま?


 ギゼラさまはマルガレーテ殿下とおなじ十六歳。

 わたしはおなじ先生に師事しているご縁でときどき練習をごいっしょさせていただいている。ピアノの腕前は折り紙付きである。

 ご指名を受けたギゼラさまは恥ずかしがりながらもしっかりとした足取りでステージに上がり、あらかじめ用意されていたピアノのまえに腰をおろす。どうやら仕込みはバッチリらしい。

 ジークフリート殿下のお相手としては少々年嵩で、本命ではないだろうからある意味無難な人選といえる。

 彼女はにこやかにほほえんで鍵盤に手を置いた。


 そこからは地獄だった。

 家柄や年齢を基準に絶妙な順番でこどもたちが呼ばれ、それぞれが得意な楽器を披露していく。

 ボリュームゾーンが十歳なので内容はお遊戯会レベルだが演奏するほうも聴いているほうも真剣さときたら比ではない。

 いっそ悲壮なレベルだ。


 しずしずとやってきた従僕に声をかけられ、アルトゥールが舞台袖に連行されていく。

 青を通りこして白くなった弟がかわいそうになり、わたしはいちばんまえのテーブルのところまで付いて行ってやった。

 みんな殿下にアピールしようと必死なのだろう。

 まえのほうのテーブルはどれも満席だったが、わたしの顔をみた数人があわてて譲ってくれる。


 ……そこまでしてもらうようなこと、やったおぼえはないんだけど。


 やはりこの目立つ銀髪がよくないんだろうか。


 アルトゥールの順番は次の次。

 おとなしく席に座っていると、近くからひそひそとささやく声が聞こえてくる。


 ……あれがうわさの。

 ……シュヴァルツヘルツの?

 ……あまり似てないな。

 ……なんていうかこう……オーラがないよな。

 ……そうそれ。姉のほうはアレなのに。


 わたしは視線ひとつ動かさず黙殺した。

 こんなものにいちいち動揺していたら悪役令嬢なんてやっていられない。

 わたしは腹違いの弟をいびるいじわるな姉。

 わたしは腹違いの弟をいびるいじわるな姉。

 まだやれる。闘える。がんばれわたし。


 アルトゥールの番が来た。

 わたしが言いつけて持って来させておいたヴァイオリンを手に、弟が壇上に上がる。

 あれはわたしの誕生日にお祖父さまから贈られた逸品だから、せめてもの箔付けくらいにはなるだろう。

 そんなものでどうこうなる状況とも思えないけど。


 演奏がはじまった。


 ……え、あれって何の曲?

 ……ブルグじゃない? 最初のほうにあっただろ、こんなかんじのやつ。

 ……まさかあんな初心者向けの練習曲を。

 ……うわあ。


 周囲のひそひそ声が大きくなる。

 ブルグはピアノ練習曲じゃないの、知ったかぶっちゃって。とかつっこむ子はいない。うーん……。

 演奏のできをみているとそのくらいの判別すらつかない子ばかりとも思えないんだけど。

 ここでの力関係は芸術への造詣よりもむしろ家柄に左右されている。

 庶子であるアルトゥールはカースト最下位だ。

 しかしそれを姉であるわたしのまえで出してもだいじょうぶと思ってるあたり……なんというか……。


 わたしはステージのアルトゥールをみた。

 率直にいって……ひどい。

 あがりすぎ。

 弓に力が入りすぎて音程が不安定になってるし。

 痛々しくてみていられない。


 ……あ、またはずした。

 しかも結構はでに。


 観客席からどよめきが起こり、アルトゥールが蒼白になる。

 いや、最初から白かったんだけど。




 ――――やめて!




 これ以上やられたらアルトゥールの精神まで燃え尽きちゃう。


 お願い、死なないでアルトゥール。


 あんたがいまここで倒れたら、エルフリーデ(注:まだ出会ってすらない)との約束はどうなっちゃうの?


 ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば勝てるんだから!



 ……またはずしたな。

 ……一拍遅れたぞ。


「…………」


 やっちゃっていいかしら、こいつら。

 わたしは覚悟を決めた。











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