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1. ゲームのはじまり

 わたしは待っていた。


 うららかな春、四月。

 高等部三年生の始業式の日の朝。講堂へとつづく桜並木の木のうえ。

 わたしこと悪役令嬢ゼラフィーネはオペラグラスを片手に登校してくる生徒たちのなかに本日編入してくるはずの彼女……このゲームのヒロイン、エルフリーデのすがたをさがしていた。


「おっそーい。ほんとうに今日来るんだよね」

「予定ではね。というか、彼女が遅いんじゃなくてきみが早すぎたんだと思う」


 となりでわたしの相棒、ヒロインのサポートキャラクターでもあるしゃべる黒猫ロキがつっこんだ。

 時刻は午前八時まえ。

 並木道に人影はまばらで、部活の朝練があったりなにかの委員になっていたりする朝の早い生徒が歩いていくのがちらほらみえるだけ。一時間ちかく木のうえにいたわたしはいいかげん待ちくたびれていた。


「だいたいなんで木の『うえ』なのさ。木の『かげ』にかくれてたほうが断然らくだと思うけど」

「それだとよくみえないじゃない」

「みる必要ないでしょ」

「あるの。ほんとうはそこの排水溝のふたのしたにかくれて見上げるのがベストアングルなんだけど」


 さすがに制服がよごれるので断念した。


「ああ、こんど生まれかわったらわたしは道になりたい……」

「なんかいいこといった感だすのやめようね。ただのストーカー発言だからね」


 今日はだいじなこのゲームのオープニング。


 編入してきたばかりで右も左もわからないヒロインは、この桜並木で通りすがりの攻略対象に道をたずねることになっている。

 八時を過ぎるとみんなが登校してくるから、道なんかわざわざたずねなくても人の流れについていけば講堂についてしまう。それではイベントが発生しない。

 と、いうわけで。今日のためにめざまし時計をみっつもセットしたわたしは朝も早くからこうやって桜の木の『うえ』で待機しているわけである。


「来た」

「あれは……きみの弟かな」

「そう。困ったなぁ。どうしてエルフリーデが来るまえにアルトゥールが来ちゃうの」

「人間ぎらいだからでしょ。彼はだいたいいつも人がすくない時間に来てるから」

「知ってるって、そのくらい」


 わたしはオペラグラスで弟を観察しながらためいきをついた。

 最愛の推しは今日も今日とてうるわしい……。

 白金色のまっすぐな髪に怜悧な青のまなざし、冷たくととのった顔立ち、すらりとした体躯……クールで人を寄せつけない『氷の貴公子』アルトゥールである。


「エルフリーデは……まだ来てないみたいね。どうしよう。どうにかして足止めしないと」


 わたしの使命は最愛の推しをヒロインとくっつけることである。

 いじわるな姉こと悪役令嬢ゼラフィーネにいじめられて育ちこころを閉ざしたアルトゥールは、おなじくゼラフィーネにいじめられるエルフリーデと恋におちることでこころを開くようになる。

 このときのためにわたしは父が弟を引き取ってから六年間、がんばって彼をいじめつづけてきたのだ。


「苦節六年、ようやくわたしの苦労がむくわれるときが来るんだわ……!」

「おめでとう。落とし穴を掘っては自分ではまり、ドアに雑巾を仕込んでは自分でかぶっていたきみの艱難辛苦がついにむくわれるわけだね」

「……どこかちかくに三味線屋はないかしら」


 わたしがロキの首ねっこをつかんで持ちあげようとした、そのとき。


「…………姉上?」


 木のしたから声がした。

 みればうるわしい弟が立ち止まってこっちを見上げている。


「その……そこでなにをしていらっしゃるのですか」

「なにって、みてのとおりの木のぼりだけど」

「それはわかります。…………その、もしもおきづきでなければ……みえていらっしゃいますが」


 弟は礼儀正しく視線をそらしながらいった。


「え? …………って、ああっ!」


 わたしは悲鳴をあげてスカートをなおした。


「あ、ありがとうアルトゥール」

「いえ」


 そっけなく返して、弟はさっさと背をむけ去っていってしまった。


 穴があったら入りたい……。


「……って、どうしよう! 行っちゃった!!」

「もう彼はあきらめたら? ボクとしてはエルフィさえしあわせなら四人のうちのだれとつきあってもかまわないんだけど」

「わたしがかまうの!」

「わざわざ自分の破滅するルートを選ぶきみの気が知れないよ」


 あきれたようにいって、ロキはパタリとしっぽをふりおろした。

 無視してオペラグラスをのぞきこんだわたしは、そこにキャラメルみたいにあまくてやわらかそうな色の髪をみつけて歓声をあげた。


「来た、こんどこそ」


 ロキは黙って目を細めた。

 さすがはヒロイン。ただ歩いてるだけで絵になる愛らしさ。髪とおなじキャラメル色の瞳は小動物みたいに大きくてものめずらしそうにくるくると周囲をみまわしている。


「どうしよう、なんとかしてアルトゥールを連れもどさないと」


 わたしはすっかり小さくなった弟のかげを追いかけてひとりごちた。


「ロキ、ちょっとアルトゥールを連れてきて。むりなら足止めするだけでもいいから」

「むちゃいわないで。ボクの声は前世もちのきみと魔力もちのエルフィのふたりにしか聞こえないんだよ」

「使えないなぁ。あーもう、なんでわたしには魔法がつかえないの。18禁恋愛シミュレーションゲームのスピンオフは魔法少女ものがお約束じゃないの?」

「リリカルな●はじゃないんだから」

「え、そこはプリズマイ●ヤでしょ」

「どっちでもいいよ!」


 ぐだぐだしゃべりながら歩いてくるエルフリーデを観察していたわたしはとんでもないことに気がついた。


「ちょっと待って、エルフリーデのうしろから歩いてきてるあれって……」

「殿下だね」


 ここで会ったが百年目、わたしの天敵にして婚約者、王太子ジークフリート殿下である。

 当然攻略対象。

 なんならパッケージのど真ん中を占領していたメインヒーローだ。


「なにやってるの殿下、いつもはこんな早い時間に来ないじゃない」

「今日はだいじなイベントの日だってきみがいったんでしょ」

「まさかそのためにめざまし時計をみっつもセットして……」

「ないから。彼はエルフィのことはまだ知らないから。こういう日にかぎって理由もなくはやく目がさめちゃっていつもよりはやく出たら偶然運命の出会いをしちゃうのはお約束だから」

「うわーん、どうしよう……」


 殿下のとなりには側近のクラウス、うしろには護衛のケヴィンがひかえている。ケヴィンはモブだけどクラウスは攻略対象だ。非常にまずい状況だ。


「どうしよう。早くなんとかしないと」

「きみの頭がどうしようだよ」


 ロキが冷たい~~。


 わたしがかくれている桜の木のました、十字路で立ち止まったエルフリーデはキョロキョロと左右をみて首をかしげている。


 素直で健気でおひとよし。

 ちょっぴりドジで方向音痴。

 まさに王道ヒロインだ。


 ――――って、感動してる場合じゃない。


 立ち止まっているエルフリーデのうしろから殿下がちかづいてくる。


 うわーうわーお願いだからそのまま通りすぎて!

 通りすぎなさい!!

 あなたは王太子でイケメンで三拍子も四拍子もそろってるんだからなにもしなくても女の子が寄ってくるでしょ。ふつうの人は「遅刻遅刻~」って走っててもすてきな転校生とぶつかったりしないし「親方、空から女の子が!」もないんだからね。あなたはこれ以上めぐまれなくていいんだよ。

 わたしのかわいい義妹(予定)に手を出すんじゃない!


「もりあがってるところよけいなお世話かもしれないけど」


 となりに座っていたロキが身を起こし、ぴょんとひとつ上の枝に飛びあがっていった。


「この時期の桜の木にはちょっと気をつけたほうがいいと思う」

「?」


 足もとのイベントに夢中になっていたわたしはロキのことばに顔をあげた。

 目のまえになにか黒っぽいものがぶらさがっている。


~~~~毛虫!!


 ふらつきそうになる身体をどうにか支える。これでもちゃんと鍛えているのだ……りっぱな悪役令嬢になるために。


 わたしがちょっと目を離したすきにエルフリーデは後からやってきた殿下に気がついたようだった。


「すみません。ちょっとおたずねしたいんですけど――――」


 って、なんでそこでケヴィンを選ぶの?


 その人モブだよ。まあその三人だったらわたしもケヴィンを選ぶけど。

 まちがっても殿下には声かけないけど。

 エルフリーデに道を教えていたケヴィンがふっと顔をあげた。


 こっちをみている……気づかれた!


 動揺したのがまずかった。

 ミシリ、すぐ近くで嫌な音がする。つぎの瞬間、折れた枝といっしょにわたしのからだは真っ逆さまに落ちていた。


「――――っ」


 ちいさくうめき声をあげて手をつく。受け身は失敗したがそこまで運が悪くもなかったらしい。落ちたところはなにかやわらかいものの上だった。

 なにかは上に乗ったわたしを抱きおこし、顔にかかる銀色の髪をそっとはらいながらささやいた。


「びっくりした。空から天使が降ってきたのかと思ったよ」


 瞬間、ぶわっと音を立てて画面いっぱいに薔薇の花が咲いた。

 キラキラキラキラ~。

 エフェクトがはいる。


 息をするように吐かれたキザなせりふにわたしは総毛だった。


 寒い!

 寒すぎる!!

 いまって四月だったよね!?


 前言撤回。

 最悪だ。

 わたしが落ちたのはよりにもよって殿下の上だった。


「けがはない……って、なんだおまえか」


 わたしは殿下のうえから跳びのいた。


「たいへん失礼いたしました」

「おまえ、いまどこから落ちてきた?」

「もうしわけございません。不幸な事故がありまして」

「いやそれはいいんだが、いったいなにがあったんだ? 空から降ってきたようにみえたんだが……」


 これがかの有名な「親方、空から女の子が!」……って、ちがーう!


 わたしと出会ってどうするの!?


 エルフリーデのすがたを探してあたりを見回してみたけれど……めっちゃ遠くなってるし。

 そっかそっかケヴィンはちゃんと道を教えてくれたんだね。地味だけどふつうにいい人だもんね。わたしも鑑賞するなら断然アルトゥールだけど現実に結婚するなら彼みたいな人がいいと思う。


「殿下。あなたは運命の出会いというものを信じますか?」

「……どうしたんだいきなり」


 なぜそこでおまえが赤くなる。


「第一印象はたいせつですよね。それが新しい世界ではじめて出会う相手ともなればなおさら」

「……それは、まあ、そうかもしれんが」


 わたしはこぶしを強くにぎった。


 ありがとう殿下。

 あなたのおかげでもう少しがんばってみようと思えました。

 わたしは彼女を追いかけます。


 決意を新たにすると立ちあがって制服についた砂埃を払った。


「ありがとうございました。次からは気をつけます」

「次からって……おい、待て!」


 ふりかえらずに走り出した。


 ゲームのはじまり、白い花びらが雪のように舞い散る春の青空のした。

 わたしは六年前のことを思い出していた。












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