人魚の姫と魔法使いの少年
人魚の姫は海の底のお城に住んでいました。
姫は今日、14歳の誕生日を迎えた。
父である人魚の王から
水の都に自由に行くことを姫は許されました。
次の日、朝、姫は期待に
胸を膨らませて城を出ると水の都に向かった。
水の都とは人間が住む大陸の西の端に位置している。
海に面した貿易都市で水路がまるで血管のように
街のいたるところに通じている。
姫は水の都につくと、
街の建物の美しさや人々の賑やかさに感動した。
姫は街を歩く人間に
水路の水際から声をかけてみた。
しかし、姫が人間に声をかけても
姫の言葉は人間には通じませんでした。
姫は諦めずに一生懸命に
街の人達に声をかけましたが
「変な鳴き声。」と言う人や
「うるさい! 」と言って耳を塞ぐ人もいました。
街の人々の対応に姫はすっかり落ち込んでしまいました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
水の都に魔法使いの少年が住んでいました。
少年は辺境の田舎で生まれましたが
幼少の頃に魔法の才能に目覚めて
有名な魔女に弟子入りをしました。
少年は10歳で魔法の実力を魔女に認められた。
15歳になった少年は
水の都の魔道士試験を受験し
見事、一発で合格して
水の都の国家魔道士になりました。
少年は人に必要とされる喜びを感じたし
周囲の人々からの期待に応えようと
少年は必死で頑張りました。
少年は慣れない都会での暮らしや
親しい友達や身近な知り合いがいない孤独。
職場の人間関係に悩む日々を過ごし始める。
毎日の忙しい公務にも追われて
少年は次第に心身ともに疲れ果てていきました。
「田舎に帰りたいなぁ。」
少年はボソっと、つぶやきました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなある日、少年と姫は出会った。
少年は職場からの帰り道に
海辺にある公園のベンチに腰を掛けた。
寄り道をして買ったサンドイッチを頬張ると
冷めてしまったコーヒーを少年は口に含んだ。
夕焼けの海を眺めながら少年は黄昏ていました。
少年は近くの海中を影が通り過ぎた気がした。
「ん? サメかな。」
少年はベンチから腰を上げると
柵から身を乗り出して付近の水中に目を凝らす。
ザバァアァァ!っと海中から何かが飛び上がった。
突然、夕焼けに映った魚ではない何かの全身に
少年の視線を釘付けにされた。
「女性!? いや、人魚だ。」
少年は最初、女性の上半身に目を奪われたが
魚の尻尾のような下半身にすぐに気づいた。
人魚は街では不吉の象徴と見なされていました。
おそらく人魚にむやみに
近づいてほしくない人間たちが作った迷信でした。
田舎育ちの少年はそんな迷信は知りませんでした。
人魚を初めて見た少年は胸が高鳴った。
空中から水面に
ザブンッ! と音を立てて人魚は海中に沈んでいった。
少年は息を思いっきり吸い込むと
「人魚さ~~~~ん! 」と
両手を口に添えて海に向かって少年は叫んだ。
すると、少年の方へ海中の影が近づいてくる。
少年の近くの海面に、ヒョコッと人魚が顔を出した。
初めて見る人魚の美しい顔に少年は目を奪われた。
海面から無表情なまま少年を人魚は見つめている。
「人魚さん、こんばんは。
もしよかったら何かお話をしようよ。」
人魚に少年はそう大きな声で話しかけた。
人魚の姫は、きょとんとして小首をかしげた。
「え? あ! 人間の言葉が通じない? 」
少年はベンチに置いた自分のカバンから
急いで魔導書を取り出した。
人魚に向かって、待ってと
少年はジェスチャーしながら
魔導書をめくり始めた。
魔導書の目的のページを見つけると
少年は魔導書を見ながら呪文を詠唱を口にした。
人魚の姫は少年が呪文を口にするのを目にして警戒する。
「世界の主よ。我の求めに応じて
我が言語知識をこの者の言語知識に変換せよ。
『言語地域化』!」
魔法で少年の言語知識が
人魚の言語知識に脳内で変換された。
この魔法は人間が他言語地域での会話に
利用する魔法だが人間以外の言語に適応していない。
本来なら魔法が発動するはずがなかった。
しかし、魔法は発動した。
それは一種の奇跡だったのです。
「人魚さ~~ん!
こんばんは! 話をしようよ! 」
少年が大きな声で叫んだ。
人魚の姫は目を丸くして驚いた表情を見せた。
姫は少年に返事をしようと思った。
でも、出来なかった。
自分の声は人間が聞いたら
変な声に聞こえると姫は思ったからだ。
「僕の言葉は通じてないのか~い? 」と
姫に向かって少年は叫ぶ。
少年のすぐ近くまで
人魚の姫は泳いでくると首を横に振った。
「通じてる? 」と少年は人魚に話しかけた。
人魚の姫は縦に首を振った。
「やったぁ! 」
人魚の反応に少年は
小躍りせんばかりに喜びました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔法使いの少年と人魚の姫は
海辺の砂浜で夕方に毎日会うようになりました。
姫は少年と出会ってから一度も
声を発していない。
少年の話に耳を傾けては
姫は首を縦横に振るだけだった。
姫のそんな態度に物足りなさを感じながらも
言葉を口に出してほしいとは少年は決して言わなかった。
その日の出来事や
国家魔道士としての
仕事の事や人間関係の悩み、
街の暮らしと田舎の暮らしの
良い点や悪い点などを姫に少年は話した。
人間の生活や文化に興味津々な姫は
いつも目を輝かせながら少年の話に耳を傾ける。
姫と会う時はいつもお菓子や甘い飲み物を
姫のために少年は用意してきた。
海で生活をしている姫は
焼いたお菓子や甘い飲み物に縁がなかった。
少年が用意してくるお菓子や飲み物が
姫は、毎日、楽しみで仕方がありませんでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ある日の夕方、いつものように
少年と姫は砂浜で会いました。
姫の左腕の上腕部から血が流れていた。
姫の上腕部に長い切り傷がある事に
少年はすぐに気付いて慌てた。
「どうしたんだい!
怪我をしているじゃないか! 少し見せてみて! 」
姫の左腕を少年は掴んだ。
姫は少年の手を振りほどくと傷を右手で覆った。
「釣り糸か何かで引っ掻けたのかい? 」
少年の質問に姫は黙って頷いた。
少年は真剣な目を姫に向けて口を開いた。
「僕は魔法使いなんだ。
困っている人達の助けになりたいと思ってこの国に来た。
友人の君を助けたいと思う事は当たり前の事なんだよ。
君の傷だって僕は魔法で治せるんだ。」
少年の言葉を聞いて、姫はうつむくと
傷と覆った右手を左腕から離した。
姫の左腕に少年は手を添えると傷をジッと見つめる。
「傷はそこまで深くはないけれど
バイ菌が入っていたら大変だ。すぐ治療しよう。」
少年は目を瞑ると精神を集中した。
少年は姫の傷に右手を当てる。
「地母神よ。大いなる慈愛を以って
この者に癒やしを与え給え、『回復』。」
少年は呪文を唱えた。
姫の左腕の傷がスッと、消えてなくなっていった。
驚いた姫は思わず少年に、「ありが・・・と・・」と
お礼の言葉を口にしかけたがすぐに口をつぐんでしまった。
少年はビックリした表情を浮かべる。
しかし、それ以上の反応は示さず少年は表情を戻した。
それは姫にプレッシャーを少年は与えたくなかったからだ。
少年はいつものように砂浜に白い布を広げて
お菓子と飲み物を置いて砂浜に腰掛ける。
いつものようにお菓子と飲み物を口にしながら
いつものように少年は日常の出来事を話して
少年の話に姫は相槌ちを打った。
そんな当たり前の時間が
2人にとってはかけがえのない時間になっていました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
姫と会う日が続くことで
少年の精神に良い影響をもたらしていた。
灰色だった少年の日常に色彩が生まれた。
今日も姫に会えると思うと
朝もパチリと少年は目が覚めた。
少年は他人の言葉をネガティブに捉えがちだったが
そんな事で落ち込んで悩む事が減っていった。
他人とも少年は笑顔で接するようになって
街にも知り合いが増えていった。
少年は仕事にも前向きに取り組めるようになった。
周囲から少年は認められるようになり
少年はこの街で生きることが
楽しいと思えるようになりました。
職場の仲間や近所の同年代の若者、
街で知り合いになった女性などからも
食事に誘われる事が増えた。
少しずつ・・・
少年は姫と会える日が減っていきました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
人魚の姫には4人の姉がいました。
最初に末妹が人間の街に行って
城に帰ってきた時は
末妹はなにかに落ち込んで暗い表情を浮かべていた。
それからは街にも滅多に行かなくなった末妹が
最近、毎日のように人間の街に出掛けていく。
人間の街に出かける前は
末妹は部屋で鏡に向かって
丁寧に髪を解いているのを姉たちは目撃していた。
末妹は髪飾りが似合っているかどうかを
姉たちにしつこく訊いてくるようになった。
末妹が目に見えて表情も明るくなった事を
姉たちは不思議に思っていた。
事情を末妹に姉たちは問い正すと
人間の街に男友達が出来たと顔を赤らめながら白状した。
末妹に異性の友だち、それも人間の男というのが
姉たちには信じられなかった。
人間と人魚は言葉が通じないし、なにより
人間の人魚への態度は冷たいものだったからだ。
末妹が友達だと言い張ったその人間の少年に
姉たち4人は興味を抱きました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ある日、昼過ぎに城から
水の都の砂浜に向かって姫は元気よく泳ぎだした。
姉たち4人はこっそりと姫の後をつけた。
砂浜の近くの岩陰で姫は少年が来るのを待っていた。
そんな姫を4人の姉たちは取り囲んだ。
「あんたの友達とやらを見に来たわ。」
「姉さんたちが品定めしてあげるからね。」
「そうよ。
悪そうな男なら懲らしめてやるんだから。」
「あたしはあんまり興味なかったんだけれど
姉さんたちに無理やり連れて来られたの。」
姉たちに取り囲まれた姫は
迷惑そうな顔を姉たちに向けた。
「姉さんたち、もう! 帰ってよ! 」
姫は姉たちの体を両手で押して帰るように促すが
姉たちは微動だにせずにそこに留まった。
姉たちが絶対に動かない事を悟った姫は
街の水路に向かって泳ぎだした。
姉たちは、逃げられてなるものかと
全力で泳いで姫を追いかける。
入り組んだ水路を右左へ方向転換をしながら
姉たちを巻こうと必死で泳ぐ。
しかし、姉たちは水中の末妹の匂い嗅ぎ分けて追跡した。
姫は水路の水面に顔を出した。
姉たちの気配がない事に姫は安心した。
姫が砂浜に戻ろうとしたその時、
少年が砂浜の方角に歩いているのが姫の目に入った。
少年に声をかけたかったが
街で大きな声を出すのは
姫はどうしても恥ずかしかった。
今度は姫が追跡者となった。
少年のあとをつけて姫はゆっくり泳ぎだす。
「見つけた! 」
そう叫んで4人の姉が全力で泳いで姫に近づいてきた。
姫はもう姉たちの事が面倒になった。
「あの人がわたしの友達よ! 」と姉たちに言うと
歩いている少年を姫は指差した。
姉達は少年を目を凝らして見つめる。
「普通すぎる。
人魚の男の方が断然、美しいじゃん。」
「なんだか幼すぎない? 」
「わたしのタイプじゃないわね。」
「あたし男の子にあんまり興味ない。」
少年に対する姉達の評価はイマイチだった。
姉たちの勝手な評価に姫はウンザリしながらも
姉たちの言葉に姫は何故か安心感を抱いた。
興醒めした表情の姉たちは何故か城に帰ろうとしない。
「なんで帰らないの! 」
姫は姉たちに言い放った。
姉たちはプイっと横を見る。
「焼いたお菓子と甘い飲み物を
わたしも味わってみたいの。」
「右に同じ。」
「自分だけ、
甘い食べ物を食べてるなんてズルい! 」
「あたしは一口食べたらすぐに帰りたいんだけど。」
姉達は男より食い気に気持ちが切り替わっていた。
「5人分なんて用意してるわけがないじゃない。」
姫は姉たちに呆れ果ててしまった。
姫は気を取り直すと
もう砂浜に行こうと思った。
砂浜の方向に姫は泳ぎ出すと
少年のすぐ横の水路を通り過ぎた。その時。
少年が知り合いらしき若い女性に声をかけて
話し始めたのを目撃した。
仲良さそうに楽しげに話す少年と若い女性を見て
姫は胸が締め付けられる思いがした。
姉達も少年の様子を見ていた。
姫から伝わってくる空気を察して
姉達は居心地が悪くなった。
「あ。お父様から頼まれてた用事があったんだ。
早く帰らないと怒られてしまうわ。」
「その用事。わたしもお父様から頼まれてたんだ。」
「やっぱ、あんな男はタイプじゃない。
関わりたくもないから帰るわ。」
「お城に帰ってきたら、相談にはのるからね。」
姉達は4人は一斉に水中に潜ると
海に向かって水路を泳ぎだした。
姉たちが城に帰っていって
ひとりになると、姫は悲しくなってきた。
(あの女性とはどういう関係なんだろう。)
(やっぱり人間の女性の方がいいよね。)
(わたしは友達なんだから
彼が他の女性と仲良くしていても関係がない。)
(彼に好きな女性ができたら
応援してあげるのが友達だよね。)
(そんなのイヤ!!! )
辺りの景色が姫は涙で滲んで見えた。
姫は水路の水中に勢いよく潜ると
砂浜に向かって
姫は全力で泳ぎだしたのでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
姫は砂浜の岩場の影で少年を待つ。
少年が来ないかもしれないという不安を胸に抱いて。
少年と会うのが姫はどんどんと怖くなっていった。
少年は夕焼けに染まる砂浜に姿を現した。
少年は海に向かって右腕を大きく横に振った。
それが2人の合図だった。
少年のいつもの合図に姫は嬉しくなった。
すぐに少年のいる砂浜に泳いで行きたい。
しかし、姫は動けなかった。
自分の感情を整理できず、
少年にどんな顔を向ければいいのかが
わからなくなっていた。
少年を見つめたまま岩陰から姫は動けない。
少年は白い布を砂浜に広げて飲食物を置いた。
少女は岩陰で隠れて少年を見つめていると
罪悪感で胸が苦しくなって辛い気持ちになった。
1時間・・・2時間・・・3時間。
砂浜はすっかり真っ暗になって月明かりが照らしていた。
少年は飲食物に手を付けずにずっと姫を待っていた。
しかし、辺りがすっかり暗くなると
諦めたのか、砂浜から少年は立ち上がった。
カバンに白い布と飲食物をしまうと
海を見つめながら
トボトボと少年は街に向かって歩き出した。
姫は少年の様子を岩陰からずっと見ていた。
(約束を破ってしまった。)
姫は取り返しのつかない事を
してしまったのではないかと
不安で胸がいっぱいになった。
少年は最近、忙しくなって
姫は毎日会うことが出来なくなっていました。
だから、砂浜で2人で会う日は
少年からの約束で決まるようになっていた。
(次に会う日の約束がない。)
少女は絶望感で心が壊れそうになりました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少年との約束を破ったあの日から
姫は毎日、砂浜に通い詰めていた。
少年も毎日、砂浜に姿を現すようになった。
砂浜に来る度に少年は
海に向かって右腕を大きく振った。
(彼にあわせる顔がない。)
姫は約束を破った罪悪感から抜け出せずにいた。
少年は砂浜に腰掛けて1時間ほどすると
腰をあげて少年は街に向かって歩いて行った。
姫はそんな少年を見て
少年への後ろめたさを感じながらも
(まだ彼はわたしを必要としてくれている。)
そんな嬉しさがこみ上げてくるのでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなある日、夕方に少年は砂浜に姿を現した。
姫は岩陰から少年をじっと見つめていた。
少年はいつもと様子が違っていた。
靴を脱いで裸足になると、シャツを脱いた。
少年は砂浜から海に向かって歩き出すと
そのまま水の中に入って泳ぎ始めた。
少年の行動に理解できずに姫は戸惑った。
少年は海面に顔を出すと大きく口を開いた。
「君がいることは探知魔法でわかっているんだ!
隠れたって無駄だから!
君を絶対に探し出してやる! 」
少年は大きな声でそう叫んだ。
少年の言葉にビックリして
思わず大きな水しぶきをあげて海に潜った。
その音に気付いた少年は
岩陰の方角に全力で泳ぎはじめた。
姫は全力で少年から逃げようとしたが
後ろ髪をひかれるように速度が出ない。
少年は姫の尾の水飛沫を追って
どんどんと姫に近づいてきた。
少年を気にしながらも少年との姫は距離を保った。
必死で泳いで追いかけてくる少年を見て
姫は泣き出しそうになった。
少年が水面に顔を出した。
「なんなんだよ!
なんで会ってくれないんだよ!
言葉で言ってくれなきゃわかんないじゃないか! 」
少年は悲しみに濁った声でそう叫んだ。
姫は水面から顔を出した。
姫の顔を見て少年は喜びの表情を浮かべる。
水中に顔を埋めると必死で姫の方に少年は泳ぎだした。
(彼と、ちゃんと向き合って話したい。)
少年を遠くから見つめ続ける日々に
ずっと、答えを見つけられずに姫は悩み続けている。
(彼がわたしのためにチャンスを与えてくれたんだ。)
そう思うと、胸がどきどきして苦しくなって、
それと同時に自分の情けなさにも姫は気付いた。
少年は突然、海面から姿を消した。
少年は足をつってしまい海に沈んでいったのだ。
少年の姿が見えなくなって姫に不安がよぎった。
姫は海中に潜ると少年が泳いでいた方向に全力で泳ぎだす。
姫は少年の体が海中に沈んで行くのが遠目に見えた。
(待ってて、わたしが絶対に助けるから! )
もう、辺りは暗くなり水中の視界も狭くなったが
人魚である姫は水中ではある程度、遠くまで見えていた。
沈んでいく少年を見つけて姫は泳ぐ速度を上げる。
姫も全力を出し切って呼吸が乱れ始める。
海中で少年を姫は両手で抱きとめた。
姫は少年を抱えて体を上を向ける。
姫は魚のような尻尾で思い切り水を蹴った。
急速に海中を浮上して海面に少年と姫は顔を出した。
少年にまだ意識は残っていた。
プハァーッと少年は口から水を吐いた。
「ハァハァ・・やっと・・・・やっと捕まえた。」
少年は嬉しそうに姫を強く抱きしめる。
少年の胸に顔を埋めて姫は泣き出した。
少年は困った顔を浮かべた。
「あ、えっと、助けてくれてありがとう。
これは、一か八かの賭けだったんだ。
探知魔法だなんて真っ赤な嘘さ。
なんとなく君がいるんじゃないかって思っただけ。」
姫は顔を上げて目を見開いて
驚いた表情を見せた。
「でも、絶対に君がいるはずだって思うことができた。
それはきっと僕だけの魔法だったのかもしれない。
足をつってしまったのは予想外だったけれどね。」
姫は俯いて少年に表情を隠した。
「また明日からあの砂浜で会おうよ。」
少年は砂浜に向かって指を差した。
頷きたいのに姫は答えを迷った。
「えっと、僕と会うのはもう嫌なのかい? 」
少年と会えなくなると思うと苦しくなって
自然と姫は何度も大きく首を横に振った。
「じゃ、いつもの場所で
いつもの時間に待ち合わせだ。約束だよ。」
姫と一方的に少年は約束をした。
姫は少年の一方的な約束は全然、嫌じゃなかった。
むしろ、少年から約束を口にしてくれた事に
心の中で深く感謝した。
少年の目を見て姫は無言で大きく頷きました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
姫に少年は体を預けるような形で
なんとか泳いで砂浜に着いた。
海水でびしょ濡れのまま少年はシャツを羽織る。
疲労で体はフラフラになりながら
少年は靴とカバンを手に持った。
姫に向かって少年は「また明日な。」と
靴を持った手を大きく振って姫に言った。
少年に向かって姫は無言で大きく頷く。
少年は後ろに振り向くと街に向かって一歩踏み出した。
「あしたはぜったいにここで待ってる! 」
突然の姫の声にびっくりして少年は振り返った。
しばらく少年と姫は見つめ合った。
少年は目から一筋の涙が流れる。
「あははは・・・そっか。
気持ちを言葉にしてもらえると
こんなにも嬉しいんだね。」
頬の涙を少年は手の甲で拭って
笑顔を姫に向けた。
「うん。またあした! 」と
元気な声で姫に少年は言った。
元気よく姫にもう一度、
大きく手を振って街の方角へ歩いていった。
少年に向かって小さく手を振りながら
姫の頬に温かい大粒の涙が流れだした。
それは悲しみの涙ではなく嬉しさの涙だった。
姫は明日からは笑顔で少年と会えるような気がした。
そして、今まで、
ずっと、ずっとしたかった自分自身の話を
少年に話そうと姫は思いました。
2人の恋愛はここから始まっていきます。
続きは、またいつかの機会で。
軽い気持ちで書き始めたら1日かかりました。
今日は他にも連載小説を書くつもりでしたが無理っぽいです。
恋愛小説が上手に書けるようになりたいなぁと思う今日です。