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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『異世界でゲイバー始めたら予想外に客が来た』

作者: えいげい 快

 世界って、なんでもありだとは思っていたけどまさかうちの店ごと異世界へ転移するって、普通誰が考える?

「アキ、お酒おかわりちょうだい」

「ママ、開店前から飲みすぎ」

 あんたバイトなのにアタシを止めようって言うの?いい度胸ね。アタシはテコでもここから動かないし飲みたいだけ飲むわよ!アタシの店なんだし!

 ……チップ1000円くらいくれたら動くけどさあ。

「バイトからタカるつもりですか?」

 アタシのタイプだっただけで奴隷バイト第一号にしたこの男の名はアキ。通称もアキ。ビックリするほどゲイバーのスタッフとしては優秀だけど、アタシにだけは妙に冷たいのがたまにキズのガチムチちゃん。

 バイトの中では一番モテてる忌々しいビッチ。

「いいからオカワリちょうだい。でないとアタシ、エンジンかからないのよぉ」

「ママぁ、そんなに飲んでると途中でダウンしますよぉー」

 テーブルを拭いて開店に備えていると同時に、アタシの体の心配をしてくれるこの男の名はシゲル。通称シベミ。どことなくシベリアンハスキー犬に似てるから。

 性格も似てる。賢いのに馬鹿。

 いわゆる熊系の体型、筋肉質でムチムチしてて、体毛も多いから普通にモテてる。ホモのど定番みたいな男。

 アタシの体の心配をするってことは絶対アタシの体を狙ってるわ。アタシを見るときの目つきがイヤらしいから間違いないわ!

 奴隷バイト第二号。

「……」

 そしてもう一人。無言で、窓とかカウンターとか拭いてるマッチョ男。

 アタシほどじゃないけど、マッチョで顔も甘い、鉄板のイイ男。こいつはトオル。通称マッチョ。ひねりがないわ。

 うちの野郎系担当の奴隷バイト第3号。寡黙な男。というかゲイバーの店子で喋らないってどうよ?

 悔しいことにそこそこモテる。それも私のタイプの男から。いつか殺す!

 そして、アタシの名前はヘイちゃん。武器兵器の兵の字でヘイ。ヘイちゃん。このゴリゴリマッチョなナイスバディで超モテモテ。でもって男としては完璧なまでに野郎系。そんでもってそれでも甘いビューティーな顔で世間を一世風靡させてる世紀のアニキ系ママがこのアタシ。

 なに?文句がおあり?

 

 東京は、世界一のゲイタウン、泣く子もホゲる『新宿二丁目』通称『二丁目』でゲイバー『ヘブンズドア』を経営していた。

 それも、半年前まではのこと。

 それが、どうしてこんな異世界の街角でゲイバーをやることになったのかは、事情を説明するのは、マドラーよりも長いので割愛。アタシ、マドラーよりも長いのはチンポだけが好きなの。後は嫌い。

「しかし、よく異世界転移なんかしたのに平気でゲイバー続けようと思いましたねー」

 アキ、またその話し?あんたホントは歳いくつよ?アタシよりもおばあちゃんだったりするんじゃないでしょうね?あるいは若年性アルツ?

「言葉が通じて(不思議なことにちゃんと日本語が通じるのだ)ちゃんとした接客が出来れば、お水は世界のどこでだってやれるのよ。そういうお仕事なの。アタシは例えそこが地獄だってお店やれる自信があるわ!」

「あはっ。ママって地獄に落ちそうですしね」

 爽やかな笑顔で返してくるアキ。バイト風情がそんな口の聞き方。アンタ、生意気な店子みせこってお客様に嫌われるわよ。

「そう言えば、元の世界でうちの店、『ヘルズゲート』っても呼ばれてましたよねー」

 笑いながらシベミが言う。

 知らないなら教えてあげるわ。アンタの顔が地獄だし、ゲイバーなんてどこでも地獄の二丁目なのよ。ここ異世界でも変わらないわよ。

「ゲイバーのママなんて地獄が怖くってやってられるかってーのよ。それよりも、そろそろお客様来る時刻になってきたわね。アンタたちも何か一杯ひっかけて気合いれなさい」

 うちでは開店前に何か少しお酒を入れてエンジンをかけさせることを推奨している。

 アキたちもいつも通りテキーラ(ってアタシが呼んでるもの。だって匂いも味も多分度数も同じだもの)をショットグラスに入れてグイッとあおった。

「アンタらってほんと底無しよね。助かるわぁ。アタシの第二肝臓って感じ。あら? 合計で四つ肝臓あるわ。アタシ」

「ママが水商売無駄に長い癖にお酒弱いだけです」

 ほっといてよ!こんなんでもアタシ15年以上『二丁目』でやってきたのよ!

「でも、異世界でも『ゲイバー』が通じるとは思いませんでしたよねー」

 シベミが感慨深そうに言った。

 そうね。

 転移後しばらくはアタシも唖然としたわ。急に異世界に放り出されて、どうしていいか混乱してたけど、よく観察してみたらちゃんと男と女がいるじゃない? で、庶民の暮らしがあって、酒もあるじゃない? そしたら、ふとに思ったのよね——

「……こりゃ、同性愛者ホモもいるわ」

 って。

 当然の帰結ってやつよね。或いは宇宙の真理。

 で、そこら中、片っ端から根掘り葉掘り聞いて回ったら平均的な酒場の開店資金はそんなに高くないじゃない?

 というか、異世界転移させられる時にあの「Gの神」とかいう謎のマッチョから渡された軍資金(それと、異世界転移者には漏れなくプレゼントされてる能力スキルってのがついてきた)があれば余裕で開店できるじゃない! と思ったら、もう始めてたわ。

 で、それは正解だった。

 いるわいるわ。来るわ来るわ。二丁目の昔、あの街が一番輝いてた時代を思い出すようなお客様の群れ!

「ヘブンズドア・ネクスト」

 は大当たり!

 あらやだ? 結局、マドラーよりは短くことの発端を話してしまったわね。

 まあ、こんなところなのよ。

 そして、開店から半年が過ぎようとしてやっとお客様の波が落ち着き始めていた。って理解して。

「もうやってる?」

 ドアが少しだけ開かれて首だけ突っ込んで覗いて来るやつ。どこにでもこの類いはいるのね。

「開いてるわよ〜いらっしゃい〜」

 ドアが大きく開かれて、のそっと、デカいガタイの男が入ってくる。たしか、この世界の冒険者とかいう仕事をしてる、ようは風来坊。名前は——キムボール——

「キム。今日はヤケにはやいわね」

 ボトル棚からキムの酒を探す。焼酎(アタシがそう呼んでる酒。だって匂いも味も、多分度数も同じだもの)だった筈。

「依頼されてたクエストが、意外に早く済んでね」

 取り出したボトルをカウンターの上に置く頃には、氷の入ったグラスそしてお通しが用意されていた。

 ちゃちゃっとお酒を作ってキムの前に出す。

「あらやだ! 喉が渇いたわ。あらやだ、こんなとこにお酒が! 奇遇! 飲ませてくれるわよね?」

「ママ、今どきそんな営業古いよ」

 それでも笑いながら手ブリで、アタシとアキにお酒をすすめてくれるキム。

「おつかれー」

 グラスを軽くぶつける習慣が、ここ異世界でも通じるとは思っていなかったわ。

「でもさあ、ママってどうしてここでも、異世界にながれて来てもゲイバーやろうと思ったの?」

 まーたその話し? アンタといいアキといい、今日何回めよ?

「神のお告げがあったのよ」

 こうなったらできるだけ風呂敷広げてやるわ。やれるとこまでやってみる、がアタシのモットーよ。

「『汝、この地にて新たなる天国への扉、開くべし』ってね」

 キムの眼が細まる。大丈夫よ。ゲイバーのママは正気ではやってられないわ。

「酒と酒の神と酔っ払いどもと、同性愛者がいれば、ゲイバーはそこに立ち現れる。ここ王都にも二丁目を作ってやるわよ。アタシゃ」

「ここは6丁目ですけどねえ」

 アキがつっこんで来る。

 いーえ!店流行らせて納税額一位になって行政に訴えるのよ!ここを二丁目にしろっ!て。納税額で文句は言わせないわ! お金って無理を通すためにあるのよ! 

「でも、ママのそのガタイなら冒険者だって食っていけそうなのになぁ」

 しげしげとアタシの体を見つめるキム。アンタ、アタシに気があるでしょ? 知ってるわよ。

「なによ? か弱いのよ?アタシ」

「いやいや。そんなゴリゴリマッチョ、普通は冒険者くらいしかいないから」

 なんか聞いた話しだと、こちらの世界は同性愛者にはほぼ偏見が無いが、だからといってバカスカいるワケでもない。

 だけど、冒険者家業ってのは、長くて辛い冒険の旅になりがち。そんな旅には女は耐えられないことから、よほどの女傑でないかぎり冒険者にはならないという。そのせいで、冒険者は自然と男同士での処理の仕方を覚えてしまうらしい。で、そのままハマるのだとか。ワンサカはいないけど、結構いっぱいいるらしのよねえ。

 ……やっぱ「あいつ」もそうなのかしら?

 キムのお酒を作りながら考える。

 開店してすぐの頃にフラリとやってきたあの男。元の世界、二丁目にもあんな男いなかったわぁ。イイ男で、すっごいデカイの。ガタイ。アタシよりもデカイ男って久しぶりに見たわあ。

 あれ、素敵よねぇ。あんな男に抱かれたいわぁ。

 そんなこんな妄想をしながら接客しているうちにお客様が続け様に入ってくる。

「いらっしゃ〜い〜」

 よしよし。今夜も盛況だわ。

 うちのお店『ヘブンズドア ネクスト』は、件の冒険者のギルドのすぐ隣にある。ギルドマスターとはほぼツーカーの仲なので提携店と言ってもいい関係だ。

「アキちゃん、カレーも頼むよ。ここのカレー美味しくてさ」

 アタシもそこそこ料理はやるのだが、アキはほぼ一流ホテルのシェフ並みの腕前で、いや、それ以上かもしれない子で、それを活かしてうちの店は、食べ物を出せるようにもしている。

「カレー(この世界にカレーがあったのはびっくり)だけじゃないでしょう?アンタ、アキの顔拝みに頻繁に来てるでしょうが」

「そりゃ、これだけ若くてイイ男なら、毎日だって来るに決まってるさ」

 どっと笑いが起こる。

「あら、アタシには会いたくないのかしら?」

「ママ、愛してるからあっちで会話してきて」

 またしても笑い。

「ちょっとぉ。アタシ、スパークリングワイン(アタシがそう呼んでいる。だってシュワシュワしてて味も似ている。度数もきっと同じだもの)じゃないと飲めないのよぉ」

 ニュウボトルを入れようとするキムにおネダリしてみる。

「俺帰ろうかなぁ」

「アタシ、焼酎大好き。生で飲ませて」

 どっと笑いが起こって、酒瓶が次々と空く。たちまち入れられていくニュウボトル。

 次から次へとフラフラ飛び回るアタシ。自分でも酔ってるんだか、シラフなんだか分からない。

 もとからこんなだった気もするし。

「ママ、キムさんお帰りです」

 あら、いつの間に?

「キム、今日はありがとね」

 扉の向こうまではお送りするスタイル。うちの店の鉄則。

「また来るよ」

「そう。また来るのよ。冒険者」

 ここに来てからはそう言って見送るのが定番のセリフになった。

 彼らは時に命をかけた冒険を、任務をこなす。だから、この別れが最後の姿になるかもしれない。向こうの世界ではあり得なかった日常。

「ママ、俺——」

 不意にキムがアタシに抱きつく。

「……ダメよ。アンタ、それだとフラグ立つわよ」

 その一言で「フラグ?」って顔になるが、まあ、説明しても分からないだろうしねぇ。

 下手に扱うと「戦死フラグ」立ちそうだからって、元来た世界なら笑い話になるんだけど、こっちだとホントにフラグたちそうで……。

「いいからまた来なさい。その時、また再考してあげるから」

 しょげて帰るキム。

 ……うん。タイミングとか色々あるし。アタシはアタシで狙ってるヤツがいるので、その、なんだ——ごめんなさいね。

 さあ、気分切り替えるわよぉ!

 ドアを開いて再び自分の店に乗り込む!

「そこの生臭坊主! そうアンタよ! アンタなにか奢んなさい!アタシに!」

 

 やってお昼(午前0時)になりました。こっちじゃ0タイマって言うらしいけど。

 二丁目だと電車の関係でここから客がひけていくのだけど、こっちの世界だと電車なんてものも無いからこっから勝負みたいな感じで盛り上がっていく。当然、酒量はふえていく。お客様も、アタシたちも。

 アキはいいわ。ザル、いや、枠だけ。いや、もうそれも超えて大自然に酒垂れ流してるような感じだから。マジでいくらでも飲める。こいつの酔っ払ってるとこみたことない。

 シベミも酒は強い。滅多に酔わない。マッチョはそこそこの強さだが、無理をせずにペースを崩さないから、ずっと飲んでいられる系。

 アタシはようやくなんだか回ってきた。なんだか世界全体がフワっとしてて気持ちがイイ。この感じがお酒の良いとこよねぇ。ここから先の脳がジーンとしてくるとこまでくると最高。

 でも、ここいらで酔いを醒さないと仕事にならなくなって朝まで保たない。

 実は、うちの店はお昼を過ぎてからが本番というか、見モノなのである。

 それを知った常連客がワンサカと押しかけてくる。

 今まさに店内は足の踏み場もない「それ」を期待したお客様でほどごった返していた。

 お酒で増した体熱と期待の熱との坩堝と化している店内。

 今夜もイイ感じになってきた。

 本日の盛り上がりの前に酒を覚ましておかなくては。

 アキに目で合図して、一服吸う。一休み一休み。

 良かったわ。こっちにもタバコあって。

 ただ、こっちのタバコって、これ、少々、吸う人は変態扱いっぽいのよねぇ。

「ママ、ママが異世界転移者シフターなのは有名だからいいけど、それ、どうどうと吸ってると変人扱いされるよ」

 さっきの生臭坊主が少々顔を引きつらせて言ってくる。

 これ、どんな扱いなのよ? ここだと。

「大丈夫よ。アンタもアタシのケツ狙ってる変態でしょうが。チンポも吸うでしょ? ならタバコくらいでいちいち驚かない」

 こいつもアタシの体狙ってるのは知ってる。

「そ、そんなワケねーよ!」

 上ずってるわよ。声。

向こう(元の世界)でも、昨今タバコ吸ってる人なんて珍しくなってましたから。元から変人なんですよ」

 アキがにこやかに言ってくる。

「その変人の頂点がアンタよね。よりにもよってうちでバイトなんかしてるし」

「誰でしたっけ?うちでバイトしてくれないと首吊ってバケて出てやるって言ったのは?」

 ちっ。覚えてやがったか。

「顔だけは綺麗だったから、うちにはよく合うかなあって思って。アタシの引き立て役としては、ね。他の店だと性格で問題外になりそうだったじゃない? アンタ」

「入れてくれって頼んだ覚えありませんよ?」

「アンタはどのみち店子になるのは時間の問題だったのよ。アタシがそれを見抜いたの。運命よ。諦めなさい」

 そろそろ覚めてきたわよ。

 そう言えば氷が足りなくなってきた。

 アタシは腰をかがめてカウンター内にある冷蔵庫代わりになってる特別製の保管庫の中に手をかざす。

 少し意識を集中すると同時に習い覚えた呪文を小声で詠唱する。すると、そこに本日の営業に必要十分だと思われる量の氷が生成された。

 異世界転移される時に「Gの神」を名乗るアレに「欲しい能力スキルはあるか?」って訊かれた時に咄嗟にこの凍結能力を選んで正解だったわ。やっぱ飲み屋に氷は絶対に必要よねぇ。

 氷を作り出すと共に完全に酔いが覚めるのがわかる。どうも精神的にも冷静になるっぽいのよねぇ。凍結系の能力の副作用らしい(こっちで魔法の専門家に聞いた)

 さあ、ここから本格的に攻めていこうかしらね。

「あら?アンタ、そのお酒もう腐れてるわよ。取り換えるわね」

 あんまりにも飲まないお客様はこっちから攻勢をかける。

 ゲイバーって料金は安いから飲ませてナンボ。こっちも飲んでナンボよ。

「あらやだ。取り替えだけなのにグラス3つ作ったわ。どうしようかしら? かんぱーい!」

 捥ぎ取るわよ。そうアイコンタクトだけでスタッフ全員に合図する。

 このお客はアキ目当てだから、カウンターの立ち位置を入れ替えてアキに相手をさせる。

 あのボトル、肩から少し減ったくらいだけど、アキを目の前に立たせたから、アレはもうチャンスボトルね。

 では、こっちのウブそうな魔導師見習いの子、この子とお話しして、出来る限りで飲ませなきゃ。

 ちょっと元いた世界のオタクっぽいかんじの子ねぇ。

 まだ新米冒険者っぽいから稼ぎは少ないだろうけど、これも社会勉強ってヤツよ。

「は〜い。坊やはここは初めて?」

「あ、はい。初めてです。ぼ、坊やじゃありません。これでも冒険者で魔導師。成人してます」

 うふ。無理しちゃって。アタシみたいなでかいガタイの男好きなのかしら。顔真っ赤。それとももう酔ってる? いや、私が原因よね。綺麗過ぎてすいません。

「無理はしなくてもいいけど、こういうとこはね、気に入ったスタッフとお話し続けたいなら飲み物奢ると良いのよ。勿論、お客様同士でも同じ。ところでアタシ、何か飲みたいわ〜」

「あ、な、なんか飲んでください。よろしければ」

 うむ。ちゃんと出来る子のようね。

「じゃあ、アタシも同じカシスソーダ(アタシがそう呼んでる。だって同じ味だし、多分同じ度数だから)貰っちゃおうかしらねぇ」

 作った先からグビっとあおる。たまにはこういう甘ったるいのもいい。

「魔導師って大変なんでしょう? 魔法覚えなきゃならないし、知識の集積のために日々研究や観察をしているんですって?」

 そう言いながらアタシはカウンターの上に登って、仁王立ちになってその魔導師の坊やを見下ろす。

「え、あ、はい……?」

 坊やはなぜ急に見下ろされてるかを理解できなくなってキョドってるが、アタシのズボンの股間の膨らみから目が離せなくなっている坊や。

 横を見ると、残りのスタッフ全員がカウンターの上に立っていた。

 実はアタシがカウンターの上に立つのは合図になっている。

 よし。準備完了。

 待ち焦がれていたことが始まる!全てのお客様が大声を張り上げて叫んでいた。

 シベミがよく通る声で歌い始めた。それを合図に一斉に踊り出すアタシたち。

 二丁目の「ヘブンズドア」の頃からやってる12時過ぎたら始める馬鹿さわぎタイムである。

 ここからノンストップで朝5時まで大騒ぎするのだ。

 元は終電で帰るお客様をどうにか引き止められないかってこんなことをやりだしたのだが、大当たりしたので恒例になってしまったアタシのお店の売りである。

 そしてこんな大騒ぎの大サービスをしてるのに、その間に酒を飲まないようなヤツは冒険者ギルドから借りてる用心棒のアングリー・ニックに叩き出されるようになっている。

 このノリに乗れない奴は『ヘブンズドア・ネクスト』には要らないのだ。

 ちなみにニックは元米軍海兵隊特殊部隊の黒人兵で、いつもなにか怒ってるかのような顔をしているので「アングリー(怒りの)・ニック」って言われてる。

 もっとも彼は記憶喪失なので自分が何に怒ってるのかは自分でも分かっていない。

 でも、別段それで他人に八つ当たりするような奴ではなく、わきまえてるので、すごく用心棒としては優秀な奴である。

 まあ、こんなガタイの四人でやってる店なのに用心棒が必要かと問われると、疑問ではあるが、いるといないとではやっぱり違ってくるのだ。

「ほら! もっとアタシたちを興奮させないと脱がないよ! もっと酒よこしなさいよ!」

 シベミの歌に合わせて淫らに腰を振るアタシたち。

 シベミのアカペラはちょっとしたモノで、昔、歌手を目指していたらしい。こっちに来てからも冒険者ギルドからの勧めで吟遊詩人の訓練も受けている。それにシベミは歌声で客を興奮の坩堝にノセるのが本当に上手い。

 もともとの才能に訓練、そして貰った能力スキルと相まってシベミの歌声は、この辺りじゃ知らないものはいないほどのものになっていた。

 アタシたちの淫らなダンスを観るためにどんどん酒が売れていく。誰も彼もが自分も酒を飲みながら、アタシたちにも酒を飲ませてくる。あらかじめカウンターの端に作って積んであったショットグラスがガンガンに売れていく。

 全て尽きたあたりで、アキ一人を残してアタシは一旦カウンターを降りてそれぞれの注文を聞き始める。アキはマッチョと交代になるまでしばらく踊り続ける。いつものローテ。

 さっきの魔導師の坊やは目を白黒させているがすっかりお気に召したご様子だ。常連客一人げっとだぜ、だわ!

 チップのつもりなのか紙幣を渡してきたのでその手を取って胸に触らせながら、指を乳首に軽く触れるようにして奥に差し込ませる。

「ありがとう坊や。気に入ってくれた?」

「あ、は、はい!」

 どっちを?お店?アタシ?当然アタシよね。 

「ヘイ。向こうの客がビールを4つご所望だ!」

 カウンターにやってきたニックが叫ぶ。彼は用心棒兼ウエイターでもある。

 ざっと並べたビールをポンポンぽんとオープナーで開けていく。

 それを渡すと運んでいく、ニック。

 アンタ、できればお酒渡す時くらいは笑いなさいよ?

 しばらくするとマッチョとアキが交代する。

 肉感的なアキから、引き締まったマッチョの体の、これまた魅惑的な動きがカウンターの上で披露される。

 こいつはこいつで人気があるので、どんどん酒が売れるので、もう面倒くさいからオーク級の大樽を持ってきてそれをカウンターの上に置いて、

「飲みたいやつはここから自分のグラスで汲んで飲みな!金と引き換えだよ!」

 ってアタシもいつもの調子。

 みんなケチケチしないで金をカウンターの上に置いて酒をどんどん組み上げて飲んでいく。

 よーやるわ!こいつらも!

 ここまで騒がしい店も珍しい。

 が、そんなお祭り騒ぎも良いとこにツカツカと場に似つかわしくない可愛い坊やがやってきた。

 それを見た瞬間に盛り上がっていた客が全員ピタリと動きを止めた。いや、凍りついた。

 あ、この子、たしか冒険者ギルドの受付のエルフの子だわ。こう見えてもアタシよりも高齢だったはず。

 それに、かなりの魔法の使い手なので冒険者からは一目置かれているだとか。

 よほど怖がられてるわね。この様子だと。

「うちのギルマスからメッセージ預かってきた」

 一片の紙切れを渡してくる。

 うーん。まるっきりショタっ子だけど、これ、完全合法のショタっ子なのよねぇ。一度試してみたい気もするわぁ。

 いや、お願いだからアタシを試してみてぇん。

「あら。ありがとん〜」

 メモを開いてみると、なになに?

 

 『シャンパン(アタシが教えた)の湖があるぞ。

 行くか?』

 

 なんですって⁉︎

 どういうこと⁈

 そんな素敵なものが存在するの⁈

 さすが異世界!

 

「てめーら! 店じまいしろ! 今日は終わりだ!」

 ブーたれる店内。奴隷バイトまでがブーブー吠えている。時給だしね。最低日当は保証してやるわよ!

「うるせえっ!それどころじゃねぇんだよ!ブスッ!」

 イヤだわ。興奮しちゃって野郎が丸出しになってしまう。

「各自自分が入るくらいの樽を、いや、国王級大樽を準備! あと、転送魔法か瞬間移動魔法使えるやついねぇか⁈」

 すっと手をあげるショタっ子エルフ。

「となりの受付け業務は?」

「ギルマスが手伝って来いって」

 分かってるねぇ! あいつ!

「全員気合入れ直せ! この世界に来てから俺ら初の大冒険になるぞ!」

 

 

 はい! 展開の都合上早くもやって参りました!

 ここはスパークリングワイン、いや、シャンパンの湖。その名も

「ヴーフ・クリ湖」

 うわー。空気からして酔いそうな感じするわー。良いとこよ、ここは。

 天国? そう、天国ね。

 足りないのはアタシを愛してくれるバルクマッチョイケメンと、肉の快楽くらいかしら?

「ママ、そこで天に両手を広げて空や雲や夢までも掴もうとしてないで、こっち手伝って」

 アキが樽を抱えて生温かい眼でこっちを見てくる。

 それもそうね。

「その前に訊きたい。なぜ俺まで?」

 え? お店(うち)の用心棒だから?

 憮然としたニックにそう答えると、さらに憮然として、

「昼間は契約外だ」

 ってノリの悪い反応。

 あんた、そんなだからモテないのよ?

「別にモテなくていい」

 あら。アンタ、人気あるの知らないの? アンタさえその気になったら高くで色んな人に売りつけるんだけど?

「今、金勘定してる時の表情をしなかったか?」

 やば。自分は怒り顔しかしてないのに、他人の表情の変化には敏感ね。

 さあ、それよりもシャンパン採集始めるわよ!

「ところでヘイママ。メッセージにもあった通り、この湖には問題がありますよ」

 む?合法ショタっ子。なにが問題だって言うの? そんなこと書いてあったっけ? えーと、名前は……

「シリーオン。いい加減覚えてください」

 そうそう、合法ショタっ子、それがアンタの名前だったわね。シリーオン。

「ここ、出るらしいんですよ」

 え? なにが?

「ブッシー」

 ……ベタだわね。ベタベタすぎて反応できないわ。

「ここのお酒を汲みに来ると襲われるのだとか。ギルマスが言ってました」

 おのれ〜。あの胸毛ゴリラめ。聞いてないわよ。そんなの。

「話は変わりますが、このシュワシュワ……そんなに美味しいのですか?」

 よくぞ訊いてくれました! シリーオン!

 この酒はシャンパン! またはスパークリングワイン! それは大人の中の大人のお酒!(お酒は成人になってから飲むのよ!) 素敵な飲み物! 華やかさもさることながらコスパ最高! すぐ酔える!

「へえ。そんなお酒があるんですね」

 そうよ。アンタ見た目がそんなだけど、もう合法年齢だから飲んでみなさい。人間何事も経験よ! アンタはエルフだけど。

「ところで、僕が聞いてたブッシーって怪物は頭が九つで胴体が一つの大蛇だと」

 はぁっ⁈ そんなの出るの⁈ まるで八岐の大蛇じゃない⁉︎

「……でも、今あそこにいるのはどうみても湖の上に浮かんでいるは、ただのオッサンなんですが?」

 え? どこどこ?

 ……あー、オッサンいるなぁ。ちょうど湖面の真ん中辺りに。

 ……しかもむっちゃ千鳥足っぽい。

 どうやらこっちに向かって来てない?

「てめーらぁ! 性懲りもなくまーた俺様の酒盗みにきやがって!」

 んー。酔っ払いのオッサンに絡まれた。しかも薄っすら宙に浮いてる酔っ払いに。

 やっぱここ、異世界なんだわぁ。

「帰れっ!」

 へんな酔っ払いのおっさんに空中から絡まれてるって異世界情緒満載だわあ。

 だけどそんなものを満喫している場合じゃ無いことを思い出すアタシ。

「みんな、樽にシャンパン汲んで」

「おい! 貴様ら聞いてるのかぁッ⁈」

 シャンパンはみんなのものよ。アンタのものじゃないわ。

 それにここは湖。私有地だとは聞いていない。そして、この酒は店に持ち帰って売るのよ。何人もアタシの商売の邪魔はできないのよ!

「聞こえないわ! アンタはアタシの幻よ! 聞く耳は持たないわ!」

「聞こえてるじゃねーか! それに俺様はお前の幻じゃねーしっ!」

 すると宙を浮かんでいる酔っ払いのオッサンがズンズンとでも聞こえそうな感じでこちらに向かってやってきた。

「俺様はバッカス様だ! この湖は俺様が作った! ここは俺様の酒の湖だ! 勝手に飲むことはあいならん! 分かったか⁉︎」

 む? バッカスと言えばあのお酒の神様の? 一応アタシでも知ってるようなメジャーな神さまだわ。こいつが?

 こっちにアタシたちが飛ばされる時に出てきたあの「Gの神」とやらとは確かに少し雰囲気が違う。

 が——

「嘘おっしゃい。バッカスと言えば美青年の神だと聞いてるわよ。どこが美青年よ! この髭面のおっさんが!」

 あ——な、泣いた⁈ 突然髭面の太ったおっさんが泣き出した⁈

「……最初は自分でも惚れ惚れするくらいの美青年だったんだ……」

 さめざめとして涙を溢す自称酒の神。

 えと、そのなんだ——

「……毎日毎日お酒飲んでたらいつのまにかこんなになってたんだ」

 ご、ごめんなぁ。アタシも言いすぎたかしら。

「だって仕方ないじゃん。酒の神なんだし」

 ……も、もしかしてからみ酒なのかしら? お酒の神さまなのに?

「テイスティングだけでも凄い量飲むんだよ? 毎日毎日、そりゃあ、太古の昔から。神代の時代から」

 げ、元気だしなよ。お酒は楽しく飲むのが一番よ?

「もう今じゃ、この湖で、実際浴びたり、浸かったりしながらお酒飲むのだけが楽しみなのに。文字通り酒浸りの日々」

 ……え? 浴びたり、浸かったりしてるの? ここで? この酒で? 髭面でダラしない駄デブのおっさんが?

 こ、ここのお酒——い、いや! 考えたら負けかもしれない……。

「なのに人間ときたら! それを邪魔するとは! 許せん!」

 怒りに眼が一瞬燃えるように光るバッカス。

 だが!

「貴様! 酒の神のクセして酒を愚弄しているのかッ⁈」

 アタシの剣幕に一瞬ビクッと怯える酒の神。

「い、いやだから——」

「おのれ! なんたる冒涜! 酒神なのに酒の価値が分からないとは!」

 こいつは許さない!

「ママ、少し落ち着こうか?」

 アキがアタシの肩を抑えてきたが、そんなのでこの怒り、おさまるものか!

「う、うるさいうるさい! 神罰を与えてくれるわ! この人間のオカマ風情が!」

 ……あ゛[#「あ゛」は縦中横]? いま何つった?いま言うにことかいてお前、何つった?

「え? あ、いや、その——」

 お前、たしか酒神つっても半神半人だよな? おまけに如何わしい祭儀をやってて、どうも男色もしてたっぽいよな? 有名だぞ?

「あ、でもその——」

 あ゛[#「あ゛」は縦中横]? なんだ?

「ママ、仮にも神様をこう刺激するのはやめましょう。やつら時々理不尽にキレますから」

 いや、シベミ。お前こそこういう時は舌打ちするのはやめて。そいつじゃなくても誰でもまじで逆キレされると思うぞ?

「貴様らもう許さないぞっ!」

 あ、キレた。

 酔っ払いのおっさんの体が急激に大きくなっていき、まるで小山のごとき体躯へと変わる。同時に、その肌が真っ赤に染まり、駄デブだったそれが、筋肉へと変化でもしたのかいい具合にパンプしていく。

 あ、すこしイケなくもないわ。その体なら。

「神の怒りを知れ!」

 晴天だった空が突如として黒く染まり、突風が巻き起こり、雷が荒れ狂う!まさに神が怒がいまここに起こる!

 るしかないのかしら? 仮にも神という存在と。

 ずっと静かに作業していたアングリー・ニックが担いでいた突撃銃を構える。合法ショタ魔法使いのシリーオンも杖を構えた。

 やる気ね? 戦うつもりなのね?

「神であろうとも、そこに存在しているのなら殺せるはずだ」

 ニックが低い声に殺気を孕ませて答えた。

「少なくても神界に追い返すことはできるはずです。そういう神話は結構あります」

 シリーオンも頼りがいがある言葉で応えてくれる。

 他の店子もそれぞれ武器を構えた。

 マドラー。カラオケマイク(こっちの世界はカラオケは無い)コースター。アイスペール。

「アンタたち正気かしら⁈ やる気あるのかしら⁈」

「そんなママは伝票でなにするつもりよ⁈」

 なによ⁈ ゲイバーのママの武器って言ったらこれでしょうが⁉︎

 後は——この美貌?

「全員こうしてくれるわ!」

 巨大で醜悪な姿になったバッカスがなにかを吹きかけてきた!

 これは?——酒くさい!

「それだけではないぞ!」

 奴がそういうが早いか、頭痛や吐き気が私たちを襲ってきた。

「こ、これは⁈」

「ふふふ。酒に裏切られたこの苦痛。お前たちはよく知っているだろうて」

 これは——二日酔いか! しかもかなり酷い! 経験したことがないレベルの二日酔いだ!

「な、なんてことを——おぇ」

 こみ上げる吐き気で言葉が最後まで出てこない。頭が割れそうなひどい頭痛で目の前もまともに見られない!

「さあ!お前達には神罰を与える! ワシの酒の肴にしてくれるわ!」

 そういうとバッカスはその巨大な腕を私たちの向かって伸ばしてきた。

 おのれ。酒の神なのに二日酔いさせるとはなんたる愚弄。

 その時、

 朗々と響き渡る美声と、そこに込められた願いが辺りに満ちる酒気と共にアタシたちの二日酔いを吹き消した。

 シベミの呪歌だ。

「なんだと⁉︎」

 バッカスが信じられないモノを見た驚愕に眼を見開く。思わず伸ばした手を引っ込めた。

 ふっ。さすがにうちの奴隷バイトね。やるときゃやるわね!

「こちらで吟遊詩人の訓練受けといて良かった!」

 アンタ元々才能あったしね! 雇っておいて正解!

「人間風情が神の呪いを解呪するだと⁉︎」

「シベミはね!そんじょそこらの吟遊詩人とはワケが違うわよ! 正真正銘の『脳筋』よ! 神の呪いくらい筋肉と化した声帯ですぐにイカせるくらいワケ無いわよ!」

 アタシの叫びに眼を白黒させるバッカス。ばーかばーか!

「な、ならばこれはどうだっ!」

 手を酒の湖——直下にかざすバッカス。するとそこから数条の水流、いや、酒流がこちら目掛けて奔ってきた!

 やばい! あきらかにヤバい攻撃だ!一眼で分かる!

 アタシが身をかがめて躱すと少し離れた場所に生えていた樹木が簡単に斬り倒されていく! あわわ。ここまでやばかったとは!

「あらよっと」

 だが、どこか呑気な声のアキが手にしたマドラーでその必殺の酒流を巻き取っていく。まるで糸でも巻き取るように。

 ……えーと。

 あ、アンタほんとうに器用ねぇ。呆れるくらいに器用。でもよくやった奴隷バイト一号。

「俺ってあんまり万能なので、こんなスキルくらいしか貰えなかったんですよねぇ」

 前言撤回。ムカついた。死ね。死んでしまえ。

 アキが巻き取れなかった酒の斬撃がマッチョに向かって伸びていく!

「あ、危ない! よけてッ!」

 その叫びもむなしくマッチョに直撃する神の攻撃。

 しかし!

 その酒の激流を体で受け止めて、あまつさえ親指を立てて平気なことをこちらにアピールしてくるマッチョ。

 ……アンタ、頑強に出来てるのねぇ。見た目通り。

 たしか、無口過ぎてスキル貰えなかったハズなんだけど、もしかして最初から身体硬化かなにかのスキルもってた? あちら《二丁目》にいる時から?

 しかしながら、この状況は困ったぞ。

「このままだと防戦一方だぞ?」

 脇に抱えた突撃銃でバッカスを撃ちまくありながら聞いてくるニック。

 そう。そうなのよ。

「腐ってても神様。やはりすごいですよ。魔法障壁張っているので精一杯です」

 シリーオンちゃん。あんな髭面デブオヤジだけど腐ってはいないわよ。一応生きてるようだし——でも、性根は腐ってるかもねぇ。

「ママ、何か策はあるんですか⁈」

 一生懸命酒神の攻撃を巻き取りながら、アキが訊いてくる。そしてみんなの視線がアタシに集まる。

「……無くはないけど、アイツにアタシのスキルが通じるかは、正直言って、未知数だわ」

 アタシ、珍しく焦ってる。それが伝わったのかみんなの顔にも緊張が走る。

 不安だわ。不安なのね。みんなも。

「でも、やるしかないわね」

 ゲイバーのママたる者、みんなを不安にしてはいけない。いつも陽気で楽しく面白く、綺麗で格好良くよくなくてはならない‼︎

「ニック! シリーオン! みんなもなんとかしてあいつの攻撃が途切れる瞬間を作り出して。ほんの2秒ほどでイイから!」 

 アタシは手にしていた伝票グッっと握りしめる。

 ここでキメなきゃゲイバーのママがすたるわ! なにがなんでもキメてやるわよ!

 みんながバッカスの猛攻を必死で防ぐ。

 たった2秒とはいえ、仮にも神さま相手にその2秒は永遠にも思えるほど気の遠くなるほどの長さ。そんなものを、『奇跡』を人の手で作り出そうとしている。

 よりにもよって神を相手に。『奇跡』の作り手を相手に!

 受け止めた猛攻の隙を突いて、ニックがバッカスの足元に突撃銃の射撃を集中させた。

「⁉︎」

 グラつく神バッカス。

「今です!」

 シリーオンちゃんの声と同時にアタシは魔法障壁の脇を駆け抜けて、バッカスの前に立ち塞がった。

 背後にはみんながいる。絶対にキメないともう後が無い!

 この2秒に全てがかかっている!

 アタシは大きく息を吸い込むと、スキルを発動しながら伝票をかざして大きく叫んだ!

「お会計○○○○○イェン(円)になります!」

 その言葉と同時に辺一面がなにもかも一瞬にして凍りついた。

 アタシのスキル、凍結能力の最終奥義である『オーバーフリーズ(ぼったくり会計)』は、個人だけではなく面で制圧する危険なスキル。最後の最後の奥の手である。

 あまりの金額(天文学的)に神さえも氷の彫像と化していた。

 酒の神が半透明で白く凍りついて動かなくなっている。

「勝った——」

 日が沈みかけ、オレンジ色になっていく空に向かって、アタシは伝票を握りしめた拳をそのまま突き上げた。

 

 

 ニックが氷の彫像と化したバッカスの頭の部分の氷を突撃銃の銃床でガツンガツンと叩いて割っていく。

 腐っても(腐ってるのは性根だけの筈)神、死んでないとは思うのだが、確認すると共に、一応持ち主という奴がいるのだから許可を取らないと。

 酒の恨みは恐ろしいからねぇ。

 何度目か銃床が打ち下ろされた時、大きく氷が砕けて、憮然とした表情のバッカスの顔が現れた。 

「……おのれ。まさか人間風情がこの俺様を氷漬けにするとは」

 首元まで凍りついたバッカスが忌々しげに、だけど諦め気味に溢した。

 さすがに神。殺すことは出来なかったか。

 殺すつもりでやったのだけど。

「さて、バッカス。アタシたちの勝ちね」

 巨大化したままのそいつを下から見上げながら、それでも見下すつもりでワタシの人生史上もっとも盛大にドヤ顔をカマしてやる。

 それを氷漬けのままで、不服なのか不満なのか、怪訝な表情で見ていたバッカスが、しばらくしてからようやく口を開いた。

「……取引せぬか?」

 む? 今更なにを言い出すつもりかしら?

「お主のことが気に入った。人間にしては見どころがある。酒を愛しているのがわかる」

 そりゃそうよ。ゲイバーのママよ? お酒を愛していないとやれない仕事に決まっているじゃない。

「ワシの愛人になれ」

 へ? 

 言うにことかいて何を言い出すかと思えば、愛人になれですって? 

 いや、「愛神あいじんになれ」って言ったのかも? それならアタシとっくに愛神なのだけど? このスーパービュウリホーな美貌で——

「ママ、妄想は後でして」

 アキが急に口を挟んできてアタシを現実に引き戻す。

 こいつ、絶対アタシの心が読めると思うわ。

 エスパー?

 それは置いておいて——

「……いいわ。その申し出、受けるわ。ただし条件がある」

 思いっきり変な角度とポーズでビシリッとキメる。

 某まんがのポーズ○○立ちってやつを神相手にカマしてやった(一度やってみたかったのよ)

「アンタの愛人になる代わりに、ここのお酒を汲み取り許可をちょうだい。勿論、いつでも。好きなだけ、よ」

「よかろう。だが、その代わりに定期的にその体、抱かせて貰うぞ」

 髭面のおっさんが臆面もなく煩悩にまみれた言葉を口にした。好色そうなニンマリとした微笑が溢れる。

 ついゾッとしかけるが、まぁ、よく見るとそんなに不細工でもない可愛い太めのおっさん——だわ。

 よく考えてみると仮にも神だ。ゲイバーのママが酒神の愛人ってのは、悪くない。酒神をバックに持つってすごく心強くない? 絶対に成功できる——気がする。

 それにこんな様子になる前は美青年だったって神話にもあるくらいだし、顔の造作そのものは悪くは無い。

 うむ。悪くない。色々な意味で。

 アタシは無言で頷いてその愛人契約を結んだ。パトロンって大事なシステムだわ。

 ——後から口八丁手八丁。筋トレさせてダイエットさせて、アタシ好みのガチムチバルクマッチョに変えればいいだけよ。けけけ。 

 


 一騒動の後、持ち込んだ国王級の大樽6つをすべてなみなみとシャンパンで満たして、しばしのお別れのディープキスを髭面デブおっさんのあいじんにカマして、酒よりも酔わせてから、手を振る。

 シリーオンの転送魔法の光がアタシ達を樽ごと王国のお店の前に一瞬にして運んだ。

 よし。今夜は忙しくなるわよ。

 新しいお酒は絶対に当たると思う。

 そうすればアイツも必ず噂を聞きつけてやってくるに違いない。

 そう思うと大樽を転がして店内に運び込むのもなんだか楽しい。

 

 

 やっぱ、シャンパンは大当たりだった。

 新しいお酒の噂を聞きつけてあちこちから客がやってきた。

 普段は冒険者ばかりなのに、一般の街の人までやって来てる。

 一応ここ、ゲイバーなのは街の人も知ってる筈だけど(ゲイバーという概念を伝えるのには苦労したけど)

 まあ、酒は人を差別しないからいいけどね。酒が人を差別しないのならアタシだって差別したりはしないし。だいいち、アタシが儲かるから良いのよ。問題無いわ。

 大いに盛況なお店のドアがまた開いた。

 ほれ。もう次のお客様だ。

「いらっしゃ——」

 お客様が入ってくる方に振り向いてみると、そこには私の王子様がいた!

 待ちに待った一瞬。とうとうやってきた!

 この世界の巨人種ギガースと呼ばれる種族とほぼ変わらないほどデっかい男。軽く2メートル(こちらでは2メルというらしい)を超えている。プロバスケの選手に匹敵している。それが筋肉の鎧を纏っているといった風情の肉感。

 これでも人間種だという。

 王子さまって言葉からこの世で一番縁遠い見た目なのに、どうしてもアタシには王子様に見えてしまう。

 この国のグレイディアス王子ってパレードか何かで見たことあるけど、あんなお綺麗な人より、やっぱりこいつの方がアタシには王子様。

 そのあからさまに筋肉でデカい体を——腰布一枚だけという羞恥心が絶望的に欠如しているのか、それとも噂通りその身体に合うサイズの服が無いだけなのか——少し持て余し気味に、店内をカウンターに向かって歩いてくる。

 野蛮人バーバリアン——その二つ名がまさに様になっている姿。

 この男を他人は「野蛮人」だとか「地鯨じくじら」だとかって言葉で言い表す。

「地鯨」って生き物がどんな大きさの生き物なのかを見た事はないが、人混みをその体で押し分けて進んでくる様は、まさに言われるように鯨のような巨大な生物を彷仏とさせる。

 野性味あふれる、それでいてどこか幼さが残る顔が、やがてカウンターの席にどかっと腰を下ろした。

「ママ——だっけ?エール酒を頼む。いつも通り騎士級樽で」

 アキがまるで機械のように自動的にビールを注ぐのを体当たりで止めて、3Lサイズのジョッキにアタシ自身が愛をこめて一杯を注ぐ。

「はい。アタシの愛を込めた一杯よ!」

 恋い焦がれる感情で指先が震えるのを悟られまいと必死に、自然に、笑顔を作る(作れたかしら?)

 そいつはジョッキを受けとると喧騒な店内にグビグビっ、やけに低く、響くように美味しそうに喉を鳴らしながらビールを己の胃袋に流し込んでいく。

 ダメ。もうアタシ、ダメかもしれない! ホントもうダメかもしれない!

 こんな筋肉だけで大きい野郎丸出しの男が、こんなに美味しそうに酒飲んでる——こういう男がアタシのど真ん中のタイプなのだ。

「はぁ。キンキンに冷えたエール酒がこんなにうまいとは。アンタがこの『エール酒を冷やす』ってことをこの『繋属世界バド・ローカ』にもたらしたおかげだぜ。最高だ」

 極上の微笑みがまっすぐアタシを見つめる。

 ヤバい。破水してしまいそう。腰が砕けそうになってガクガクしてる。それに気がついてアキが軽く、お客様には分からないようにアタシのお尻を蹴り飛ばす。

 ——時給から引いとく。でも、ベースアップしてあげる。

「こ、こんなのもあるわよ! 今日苦労して仕入れてきたお酒でね! シャンパンて言うんだけども——」

 実はこいつにもっと喜んで欲しくて、苦労して例の酒を汲みに行ったのだ。

 大変な一日だったが惚れた弱み。

 こいつのためだけに酒の神を倒して、籠絡して愛人になり、定期的にシャンパンを汲んでいくことを許可してもらった甲斐があったわ。

 本命のために、あの髭面おっさんに定期的に抱かれる……まあ、あれはあれで可愛いから。ま、いっか。

「へぇっ! これはこれで最高にうめぇじゃないか!」

 ああ。子供をみたいな無邪気な笑顔。

 この野蛮人の、この最高の笑顔を見るために、私は今でもこの異世界でゲイバーを毎日オープンさせるのだ。

 巻き込まれた店のバイト《奴隷》の子たちには悪いけど、アタシは異世界に転移して良かったと思ってる。

 ——いつかこいつをアタシのものにしてやるんだから!



 END 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 快さんの小説、ストーリーの骨の太さも好きなのですが、キャラ作りが本当に精密で面白い。 これだけ個性的で魅力的なキャラ達をよく生み出したものだと感服しております。  続編楽しみにしております…
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