砂国〜Tシャツを捲ると、そこはおっぱいだった〜
Tシャツを捲ると、そこはおっぱいだった。
ヤツはみんなからカミカゼと呼ばれていた。それはただ単にヤツが日本人だからで、深い理由はない。傭兵の仲間には地図で日本を指させる人間すら殆どおらず、その徒名が日本に対する知識の程度を物語っていた。
170センチと身長はやや低いが、野球をやっていたせいか腰と肩回りはがっちりとしている。まっすぐな濃い眉、眠たげにも見える黒目がちな瞳、優男めいた顔立ちはハンサムとも言えたが、中身は正真正銘の工兵だった。
敵兵をスコップで殴り殺したとか、有刺鉄線を一撃で斧で断ち切ったとか、小さな伝説にはきりがない。爆破のスペシャリストという肩書きが、カミカゼの無口さを不気味に引き立てていた。本人はミステリアスさを演出しているつもりはなく、「喋るの面倒くさい」というのが真相なのだが。
瓦礫だらけの汚ねえ街を眺めながら煙草をふかすカミカゼは、いつも目を細めていた。青い目や砂色の髪ばかりが行き交う異国の街に、なぜカミカゼが辿り着いたのかは誰も知らない。部隊の誰も聞かなかったし、衛生兵の俺はそもそも口さえ聞いたことがなかった。
ボサボサの短い黒髪が埃まじりの西日に染まり、黒い虹彩に光が差し込む。吐き出す紫煙が夕日を曇らせ、複雑な形を作り出す。
その姿が俺にとってのカミカゼだった。
カミカゼと初めて言葉を交わしたのは、市街地での戦闘中のことだ。戦車の砲弾が大穴を空け、壁と屋根とが半分崩れかけた民間で、あのカミカゼが苦しそうに息をしていた。よれよれのオリーブ色の戦闘服には幾つもの穴が空き、生々しい肉が覗いていた。
脇腹の肉は幾筋も、爆破の破片によって抉れていた。幸いにも表面を擦過したのみではあったが、血の温い赤が戦闘服をぐっしょりと濡らしている。
額に脂汗を浮かべ、眉根を寄せたカミカゼは小さく「クソッタレ」と呟いた。
月の明かりが差し込んでくる瓦礫の山に、散らばっている食器の破片。カミカゼのブーツがそれを踏んで、パキパキと割る。少し離れた前線から、時折射撃の破裂音が響いてくる。その度に、夜を一瞬の炎の輝きが貫いた。カミカゼは自分で傷口を押さえて、ただひとり息を飲んで耐えていた。
「カミカゼ!」
思わず名前を呼んだ俺を、なぜかカミカゼは睨んだ、ように見えた。うっすらとした月の光の下に、肩で息をするカミカゼが「あっちへいけ」とジェスチャーする。
「手当てする」
構わずに駆け寄ると、カミカゼは心底きつそうに「いらねえ」と呟く。
「衛生兵なら分かるだろ。じきに止まる」
呪いめいた呟きを聞き流し、俺はポーチから包帯を取り出した。暴れる患者を抑えつけることもある衛生兵は、このくらいでは惑わされない。負けじと睨むと、カミカゼが黒い瞳で俺を見返す。患部を抑えたカミカゼの手を引き剥がすと、新しい血がどっぷりと垂れた。
「余計なことしやがって」
そう息を吐きながら呟いたカミカゼの手が、ダラリと落ちる。そして俺はカミカゼの戦闘服を開けて、Tシャツを一気に捲り上げた。
一瞬俺は、今どのような状況なのかを忘れた。野生動物のような腹筋と、そこに開いた傷はここが戦場であることを証明していた。しかし、それらをぶっ飛ばして目の前に飛び込んできたのはいきなりのおっぱいだった。
戦闘服に紛れるほどの慎ましげなふくらみではあったが、それはまごうことなき女性の乳だった。湿った白っぽい肌と柔らかい張り、ツンと上向きの乳首が月影に青く映える。
「おい!」
カミカゼが叱責する。鍛えられた肉体とちくはぐなおっぱいが結びつかずに混乱を引き起こす。おっぱいなのかカミカゼなのか、腹筋なのか。止血剤をまぶしながら、俺は目を見開いていた。
「あんた、なんでおっぱいがある」
「うるせぇ、元々女だ!」
俺は笑った。
「だいたい、男だとは一回も言ってねえ・・・」
カミカゼも苦しみながら失笑した。笑うと、乳も乳首もふるふると揺れた。
その夜のことは忘れないだろう。後にも先にも戦闘のさなかにおっぱいを拝んだのはあの時だけだ。欲情するというより、なにか有り難い、貴いものでも見たような気分がしたのを覚えている。
窓辺に腰掛けて、カミカゼがタバコをふかしている。よれよれの戦闘服に、だらしなく紐を結んだ埃まみれのブーツ。カミカゼは俺を見ると、深々と煙を吐いてから片手を挙げた。
「よお、飲みに行こうぜ」
おわり。
いや、砲弾の破片ってそんな傷で済まないよね?と思ったけど破片のあたった建物の破片かなんかだったんでしょう。いや、砲弾の当たった建物の破片ってそんな傷で済まないよね?(無限ループ)