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泣き虫の魔女  作者: 雪夜群青
『小さな海賊船』編
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不器用トンビ

 その後コスモスは結局、一睡もできずに朝を迎えた。一つだけよかったのは、寝坊をしなかったことだ。小さな窓から見える空がぼんやりと明るくなり始めた頃、コスモスは眠るコマドリを置いて部屋を出た。ガンガン痛む頭と理由の分からない吐き気をこらえて、海賊達の朝食作りに取りかかる。


 チーズをパンに挟み、オーブンで温める。昨日の残りの野菜があったので、それを使ってスープを作る。ベーコンがあったが、これは昼食と夕食の分として取っておくことにした。昨日の夕食と比べると簡単で質素な料理だが、彼らも朝からそんなに食べることはないだろう。



「おはよー、コスモス!」


 底抜けに明るい声と共に、コマドリが台所に顔を出した。


「みんなが起きる前から仕事するなんて、まじめなのね!」


 コマドリはちょこまかとした動きでコスモスに近付いてくる。そして、コスモスの顔を間近で見ると、「わっ」と声を上げた。


「どーしたのよ、その顔。なんか、ひどいわよ」


「ひどい?」


 コスモスは驚いた。自分がひどい顔をしているらしいことにも驚いたが、それよりも自分の声の(かす)れ具合に驚いた。


「うっわー、声までひどいわね。かぜでもひいたんじゃないの?」


「い、いえ、違います」


 コスモスは慌てて首を振った。


「昨日の夜、嫌な夢を見ただけですから。ちゃんと仕事はできますし、誰かに伝染(うつ)ったりもしないですよ」


「ふぅん、そうなの? ならいいけど。……ところで」


 コマドリがぷぅっと頬を膨らませる。


「そのしゃべり方、やめてって言ったでしょ」


「あっ!」


 コスモスは頭を抱えた。何度も同じ間違いをする自分のどんくささに泣きたくなる。


「すみませ……ごめん、もうしないから…………」


 コスモスは消え入りそうな声を出す。


「もー、なんでそんなにすぐに泣きそうになるのよ」


 コマドリは呆れたように、わざとらしくやれやれと首を振る。


「あたし、食堂に行ってるから。今日の朝ご飯も楽しみにしてるんだからねっ!」


 かと思うと、すぐさまその顔をパッと輝かせ、笑顔でどこかへ走り去る。コスモスはただ、そのコロコロ変わる表情についていけず、目をぱちくりさせていた。




「コスモス、おかわり!」


「へぇ、うまいな、これ」


「聞いてんのかよ、早くおかわりを……」


「あぁっ! それ、おれのだから! 取るんじゃねぇっ!!」


 海賊達の食事風景は、上品にはなりようがないらしい。流れ矢のように飛んできた木のスプーンが、コスモスの顔をかすめた。自分に向けて飛ばしたものではないようだが、それでも怖くなってしまう。コスモスはびくびくしながらおかわりをよそった。


(でも…………気に入ってくれたみたいでよかった)


 テーブルの前で押し合いへし合いしながら料理を頬張る少年達に、コスモスは小さく顔をほころばせた。時々「うまい」とか「おいしい」という声が聞こえてきて、そのたびに嬉しくて顔が緩んでしまう。


(晩ご飯は何を作ろうかな。何だったら喜んでくれるかな)


 ふわふわと考えを巡らせつつ、テーブルの端に座る少年にスープを届けに行く。


「ど、どうぞ」


 少しばかり緊張した声でそう言って、スープの椀を差し出す。


「ん」


 少年は半ば奪い取るように椀を受け取り、がつがつと具をかきこみ始めた。コスモスの方にはちらりとも顔を向けない。その勢いにコスモスはしばらく呆気に取られた。


「え……と…………し、失礼しました」


 何が「失礼しました」なのか自分でも分からないが、ぺこりと頭を下げてその場を離れる。裕福ではない孤児の自分には縁のないものだったが、おしゃれな料理店の店員の真似をしてみたつもりだった。

 はたしてあの対応で正しかったのだろうかと首をひねっていると――――コスモスの前に、デンと人影が立ちはだかった。


 薄茶色のボサボサ頭と擦り切れて破れた服に、コスモスとほぼ同じ身長の少年。


「ト、トンビさん……」


 コスモスは後ずさりした。髪と同じ薄茶色のとげとげしい目に、やはり彼女は怯えた。するとこの少年は、ただでさえ悪い目つきをさらにきつく尖らせた。


「おい、テメェ。さっさとメシ食え」


 不機嫌そうなガラガラ声でトンビは言った。コスモスはびくりと縮こまる。


「わ、私は食べなくても大丈夫です……」


 コスモスはびくびくと愛想笑いをして答えた。本当のことだ。あの夢の後に物を食べる気など起きない。ぐわんぐわんと頭を揺らされる感覚がして、いまだに吐き気がするのだから。


 トンビはコスモスの答えが気に入らないようだった。みるみるうちに眉間に皺が寄り、その目がギロリとコスモスを睨みつける。


「いいから食え!!」


 そう怒鳴ると同時にトンビの手が伸び、コスモスの胸倉を掴んだ。そしてもう片方の手で、コスモスの口に何かをねじ込む。無理矢理何か大きな物が口の中へ押し込まれる苦しさに、コスモスは泣き顔になった。


「げほ、けほ、うぇ……」


 そこでコスモスはようやく、口にねじ込まれたそれがパンであることに気付いた。固いパンが口一杯に入っているせいで、顎がはずれそうだ。


「フン」


 トンビは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ズンズンと大股で歩いて立ち去ってしまった。


(わ、私、嫌われたかな…………)


 コスモスは涙目で考えた。






「お前なぁ、ちったぁやり方を考えろって」


 トンビがテーブルに戻るなり、向かいに座るハヤブサはため息混じりに言った。


「あぁ? 文句あんのかよテメェ?」


 トンビが盛大に顔をしかめて噛みつくが、ハヤブサは気に留める様子もなく、呆れ顔で頬杖をついた。


「心配なんだろ? なら、そう言えばいいだろうが」


「誰が何の心配をするんだよ」


「お前が、あの新入りの心配をだ」


「はぁ!?」


 大きな音を立てて、トンビが椅子から立ち上がる。ハヤブサはそんな彼を見上げ、再びため息を吐いた。


「心配じゃないなら、なんであんなにあいつに構うんだよ」


「……それは」


 トンビは虚をつかれたように黙りこんだ。薄茶色の目がゆらゆらと揺れる。


「…………アイツ、目が真っ赤になってた」


 しばらくして、トンビがぽつんと言った。


「そうだな」


 ハヤブサが(うなず)く。


「それになんか顔が青かったし、フラフラしてた」


「うん、うん、それで?」


 続けられるトンビの言葉に、ハヤブサがうんうんと頷く。トンビは気まずそうに目を揺らし、顔をしかめ、そして叫んだ。


「…………ああっ、やっぱりアイツは気に食わねぇ!!」


「……どうしてそうなるんだよ、お前は」


 ハヤブサはげんなりした。


「だいたいアイツは最初からおかしいんだよ」


 トンビは鼻に皺を寄せた。


「アイツはいちいち不自然なんだ。取り調べの時もオマエらの話に合わせて、バレバレのウソばっかりつきやがって。本当のことは何一つ言っちゃいねぇって、顔に書いてあるんだよ。……アイツは」


 トンビはすとんと椅子に腰を降ろした。不満げに顔が曇る。


「アイツはなんで黙ってるんだよ。『大丈夫です』なんて言うんだよ。……オレ達には分からない、みたいな顔をしてうじうじしてやがるんだ。…………気に食わねぇ」


 彼はそう言うと、糸が切れたようにテーブルに突っ伏した。


「……やっぱり心配してんじゃねぇか……」


 ハヤブサは今朝だけでも何度目かのため息を吐いた。

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