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泣き虫の魔女  作者: 雪夜群青
『小さな海賊船』編
5/27

夕日の下で

 太陽はもうすぐ中天にかかる。海賊達はめいめいパンなどを持ち出して昼食を済ませるので、コスモスが用意するべき食事は夕食だ。


「何を作ろうかな」


 コスモスは少しだけ声を弾ませた。こんな時だが、料理は楽しい。食べてくれる人の好みや体調を考えながら料理を作るのが、彼女は好きだった。


(よく動く人達だから、量は普通の子供の食事より多めがいいかな。年齢は大体十歳から十四歳のようだから、そうするとどんな栄養が必要になるんだったっけ……)


 コスモスは真剣な表情で、食材を眺める。


「あっ、卵だ!」


 カブの葉の陰に卵がいくつも転がっているのを見て、コスモスが声を上げる。


「腐らない内に使いきらなくちゃ」


 コスモスは袖をまくり、食材を箱に詰めて運び出した。




 台所に備え付けられた小さなオーブンを温め、その間に野菜を切る。グリルで赤ピーマンを焼く間にフライパンで玉ねぎを炒め、ボウルの中で卵と牛乳を混ぜておく。そこへ先ほどの赤ピーマンと玉ねぎを入れ、フライパンの中でしばらく煮た後、フライパンごとオーブンで焼く。

 オーブンからいい匂いが漂ってくるのを待ちながら、巨大な鍋の中で出汁(だし)をとり、葉ごと刻んだカブとニンジン、キャベツを放り込む。ふわふわと漂う湯気が台所じゅうを白っぽく霞ませ、日の光が射し込む窓から外へ溢れ出した。


 パン屋で変わり種のパンを作るため料理をさせられたのが役に立った。ブロートンさんありがとう、と、コスモスは心の中でパン屋の女主人に礼を言った。


 それにしても、とコスモスは思う。


(ここの海賊達は自分の食べるものに関心がなさすぎる気がする。調理器具のほとんどが台所じゃなくて食料庫にあったし、手入れもほとんどされていないんだもの)


 コスモスは首をかしげながら、ぐるぐると大鍋の中をかき回した。


(それとも、料理なんかできないって諦めていたのかな。もったいない。こんな私でもできることなのに)




 うーん……と(うな)るコスモスを、小さな影がじっと見つめていた。


「うわあ……コスモスったら、すごぉい……」


 小さな影の正体はコマドリだった。台所の扉の陰から中の様子をうかがっている。


「何あれ、ものすごくいい匂いなんだけど……。ちょっと味見しちゃおうかしら」


 彼女がそろりと台所へ侵入しようとしたその時、後ろから手がのびてきて、彼女の襟首をひっ(つか)んだ。


「きゃっ」


 突然聞こえた大きめの声に、コスモスが振り返る。しかし、そこには半開きになった扉の他に何もない。コスモスは訝しげに首をひねったが、すぐに鍋をかき混ぜる作業に戻った。





 その頃、台所の近くの一室にて。


「盗み食いは大罪だぜ? いや、気持ちは分かるけどさ」


「なによぉ、ケチ」


 頬をぷくっと膨らませたコマドリが、呆れ顔のハヤブサから説教を受けていた。


「油断も隙もねぇよな、オマエ。様子を見てくるだけにしろって言っただろうが」


 トンビも横から口をはさむ。


「だってー、おいしそうだったんだもーん」


 コマドリは椅子の上で足をバタバタさせる。


「こんなことなら最初からおれ達が見に来ればよかったかもな。まぁでも、あいつ、なかなか有能そうで何よりじゃねーか。なぁ、トンビ」


 ハヤブサの言葉に、トンビは顔をしかめた。そうすると、ボサボサ髪の下で、薄茶色の尖った目が鋭さを増す。


「オマエ、信用すんのが早すぎるだろ。アイツ、嘘つきだぞ?」


「ま、そうだけどさ」


 ハヤブサは肩をすくめた。


「アイツは物乞いなんかやってねぇ。物乞いにしちゃ媚びを売るのがヘタすぎる。盗みなんかやってるわけがねぇ。あんなどんくさいのが盗みで生きてこられたわけがない。そもそもアイツは、そんな暮らしをしていたにしては服や体がキレイすぎる。なんでアイツは自分のことを隠そうとするんだよ?」


 トンビは苛立ちを隠そうともせず、口元を歪めてまくしたてた。


「まあまあ、いいじゃねーか。見たところ、おれ達を傷付ける気はないようだし」


 ハヤブサはへらっと笑った。


「やましいことがないってんなら、洗いざらい言っちまえばいいだろうが。なんで隠すんだよ、あのマヌケ女は」


 トンビはいらいらと眉間に(しわ)を寄せた。




 日が沈む前、夕日に暖かく照らされた食堂で、海賊達の夕食は始まった。裕福な商人や貴族でもない限り蝋燭は高級品であり、暗くなれば灯りの必要がないように寝てしまうのが庶民にとっては普通だからだ。夕食は日が落ちてしまう前に(あわただ)しく食べるもの――――なのだが、今日の少年海賊達の夕食は、いつもとは違う熱気の中で始まることになった。



「おい、嘘だろ? 何種類も料理があるぞ!?」


「久しぶりに黒い煙が出てねぇ!」


「すげぇ! スープの野菜が元とは別の形になってるぞ! そのまんまぶちこんであるんじゃねぇ!!」


「生でもねぇし焦げてもいねぇ!!」


「卵が目玉焼き以外のものになってる!?」




「………………」


 コスモスは、大騒ぎして料理にがっつく少年達を微妙な面持ちで眺めた。喜んでくれるのは嬉しいのだが、『野菜が切られている』『焦げていない』などという理由でそこまで喜ばれると複雑な気分だ。


(この人達、今までどんなもの食べてたんだろう……『久しぶりに黒い煙が出てねぇ』って……)


 コスモスが真顔で考え込んでいると、ポンと肩を叩かれた。振り返ると、コマドリがニヤニヤしていた。


「なにボーッとしてるのよ、コスモス。早くしないとなくなっちゃうわよ」


 コマドリは少々強引にコスモスの手を引き、食堂の隅の席へと連れて行った。



「さ、座って」


 コマドリは小さな椅子にコスモスを座らせると、テーブルを囲んで押し合いへし合いする海賊達の中に押し入り、コスモス特製オムレツパンを二つ掴んで出てくる。そして、その内の一つをコスモスに差し出した。


「はい、どうぞ。これしか残ってなかったけど」


「ありがとうございます」


 コスモスがいつもの癖で頭を下げると、コマドリは頬を膨らませた。


「もう、コスモスったら。『です』も『ます』もいらないって言ったでしょう?」


「あ、す、すみませ……えっと、ごめん」


 コスモスはしどろもどろで謝った。


「まぁ、いいわ。それより、早く食べちゃいましょ。誰かに取られるのはいやだもの」


 コマドリはすまし顔で言うと、オムレツパンをかじった。かと思うと、その目がぱっと輝く。


「おいしい! なにこれ?」


 頬を紅潮させる彼女の顔を見て、コスモスはただただ嬉しくなった。そう、この顔。こうして喜んでもらえることが、何より嬉しい。コスモスは、自分まで喜びに頬を染めながら口を開いた。


「オムレツを切って、くりぬいたパンに入れたものです。赤ピーマンと玉ねぎが入ってます。……えっと、その」


「なぁに?」


 口ごもったコスモスに、コマドリが不思議そうに首を傾げる。コスモスはもじもじと微笑んだ。


「おいしいって言ってくれて、ありがとう」


「なんで、おいしい料理を作ってくれたあなたがありがとうを言うの。あなたってやっぱりへんね。ありがとうを言わなきゃいけないのはみんなのほうよ。みんな喜んでるんだから」


 コマドリの言葉を聞いて、コスモスはあたりを見回した。


 窓から射し込む夕日が、少年達の馬鹿騒ぎを照らし出していた。下らない冗談が、下手をすれば喧嘩になりそうな小突き合いが、底抜けに明るい笑い声が食堂を飛び交う。


 少年達は手に手にオムレツパンやら野菜スープの椀やら香草付きの腸詰やらを持ち、うまいうまいと言いながら取り合って食べている。


 誰もが笑っていた。それは耳が痛いほどにやかましく、それでいて、いつまでも続いて欲しいほどに楽しげな騒ぎだった。



(ああ…………よかった)


 コスモスは胸がぽかぽかと暖かくなるのを感じた。それはまるで、夕日の光が彼女の心の中までも満たしていくような感覚だった。




 オレンジ色の夕暮れは、段々と青みを帯びた夜の色に変わっていく。

 魔女として港町を追われ、誤って海賊船に乗り、挙げ句の果てにその海賊船で夕食を作る。目まぐるしく浮き沈みの激しい、コスモスの長い一日が、ようやく終わろうとしていた。

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