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泣き虫の魔女  作者: 雪夜群青
『小さな海賊船』編
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下っ端海賊コスモス

「まぁ気楽にしろよ。お前はトンビにとって貴重な人間なんだからな」


 ハヤブサは、落ち着かない様子のコスモスに向かって言った。


「貴重、ですか?」


 コスモスはきょとんとした。


「これであいつは『船で一番のチビ』じゃなくなるんだよ」


「そ、それはどういうことで………………あっ」


 そこでコスモスは気付いた。トンビはとても背が低い。他の少年達を比べると、少なくとも頭ひとつ分は小さい。それに、コスモスを立たせてトンビがやった、あのおかしな動作。今考えてみると、あれは背比べである。


「……もしかして……」


「そう。お前はトンビより背が低い、珍し~い人間だ。あいつ大喜びしてるぜ。ずーっと自分がチビだってことを気にしてたからな」


 ハヤブサはそう言うと、こらえきれないという様子で笑いだした。他の海賊達も、ドッと笑う。


「…………」


 こんな理由で海賊の仲間に入れてもらえるのは、後にも先にも自分だけだろう。


(……本当に私、どうなっちゃうんだろう……)


 コスモスはめまいのする思いだった。




    *****




「ここがあたし達の部屋よ!」


 元気よく、そして自慢げに部屋を紹介するのは、コマドリと呼ばれている少女だ。大きな瞳とどこか舌ったらずな口調が可愛らしい。


「えへへ、あたし、前から女の子の仲間が欲しかったんだぁ。だってこの船男ばっかりで、話の合う子がいないんだもの」


 コマドリはそう言って、コスモスのオレンジ色の頭をなでた。


 そんな彼女と一緒に寝るのだという部屋は物置きと呼んだ方がよさそうなほど狭く、ベッドがその半分を占めていた。残りの空間にも大小の木箱が積まれ、ボロボロのぬいぐるみがいくつも転がっている。物干しのロープにかけられた服や布が視界を遮り、窮屈な印象を与える。


「あ、寝る時はそこらへんの物をテキトーにどかしてね」


 どこで寝ればいいのかとコスモスが考えているのが分かったかのように、コマドリが言う。


「ベッドはあたしのよ。あなたはあたしの妹ってことに――あたしがそう決めたんだけど――なってるんだから。ところであなた、いくつ?」


「十二歳です」


 コスモスが答えると、コマドリはまんまるな目をさらに丸くして驚いた。


「ええっ! 全然そんな風に見えないわ。だってあたし、十歳だけど、あなたより背が高いわよ。困ったわね、あたし、お姉さんじゃなくなっちゃうじゃないの」


 コマドリの声が、耳が痛くなるほどに高くなった。


「船長もね、コスモスと同じ十二歳なの。十二歳であんなにちっちゃいの、船長くらいだと思ってたけど、もっとちっちゃい十二歳なんていたのね」


 コスモスは、コマドリのキンキン声に面食らいながらも微笑んだ。そして、先ほどから気になっていたことをコマドリに尋ねてみた。


「船長さんの名前は、トンビさんでしたよね。副船長さんはハヤブサさんで……みんな、鳥の名前なんですね」


 コマドリはうなずいた。


「そうなのよ。この船の人達はみんな、鳥の名前なの。もちろん、ほんとの名前じゃないんだけどね。だって、こうすると『仲間』って感じがするじゃない」


 と、そこでコマドリはいきなり、くしゃっと顔をしかめた。


「っていうか、あなた、そのしゃべり方やめなさいよ。『です』も『ます』もいらないし、あたし達にさん付けなんていらないわ。へんな子ね」


「へ、変……?」


「へんよ、あなたは。今度からはふつうにしゃべること。分かった? コスモス」


「は、はい」


「『はい』じゃなくて『うん』でしょ!」


「う、うん!」


「よろしい!」


 コマドリは満足げな顔になった。そしてまたいきなり「あっ、そうだ」と声を上げ、部屋の扉を勢いよく開けて飛び出す。


「ちょっと待っててね、すぐ戻るから!」


 コマドリはパタパタと足音をたてて走り、あっという間に廊下の角を曲がって見えなくなってしまった。


「行っちゃった……」


 コスモスはあっけにとられた。




 部屋に一つだけの小さな窓から、日の光と潮風が入ってくる。コスモスはぼうっとしたままその様子を眺めた。


 今朝はいろんなことが起こりすぎて、心が追いつかない。朝起きて、仕事をしていて、自分が魔女だと町の人達に知られて、逃げて、乗ったのが海賊船で、それから……。


(もう、何が何だか分からないよ……)


 コスモスは床に座り込んだ。まだ昼にもなっていないことが信じられないほどに、身体中が疲れきっていた。


 コスモスは重いため息を吐いた。時間ができたせいで、悪いことばかり思い浮かんでしまう。


 ――魔女だあっ!!――


 コスモスは身震いした。それは、トムがコスモスに向かって放った言葉だ。いつも見ていたごく普通の少年の表情とはまるで違う顔をして、彼は確かにそう言った。


 魔女は悪人の代名詞なのだ。自分が何をしようと、それは変わらない。


 魔術は悪魔の力だ。誰もかれも、そのことを疑いもしない。


(私、馬鹿だったのかなあ……。あの時あんなことしなければ、嫌われたりなんかしなかったのに……)


 コスモスの目から、ぽたぽたと涙がこぼれた。


(私って泣いてばっかりだ……)


 遠くで声が聞こえる。あのキンキンした声は多分コマドリだ。コスモスの名前を呼んでいる。コスモスは慌てて涙を拭い、廊下に走り出た。




    *****




「掃除、洗濯、お皿洗い、料理……えっと、それから」


「おやつね」


「おやつ……」


 いくら何でも多すぎる、という文句を、コスモスはぐっと飲み込んだ。


「ここの子達、ほとんど料理とかできないの。できるだけでいいから、お願い!」


 コマドリは大人ぶった仕草でウインクしてみせた。……ほとんど両目を閉じてしまっていたが。


 コスモスは知らない内に、船での仕事を割り当てられていた。しかも、その量がやたらと多い。恐らく二十人はいるであろう海賊達の食事を、まさか一人で作らされるはめになるとは。



「あ、あの……」


「じゃ、テキトーにやっといてね!」


 コスモスに抗議する暇を与えず、コマドリは逃げるように走り去った。


 コスモスは途方に暮れた。テーブルの上には、まな板――のように見える、黒っぽいしみのついた板。その横には生ゴミが山積みにされている。床には皿の欠片が散らばっており、コスモスが歩くと靴に当たってカチャカチャと音を立てる。コマドリが言うには、ここが台所なのだそうだ。


 その時、足元を小さなものが横切った。コスモスがびくりとしてそちらを見ると、細い尻尾が棚と壁の間に消えるのが見えた。(ねずみ)だ。


(うう……何なの、ここ……)


 コスモスは、もうこの部屋を出ていきたくなった。そもそもこの部屋は、台所なのに食料がない。調理器具も、巨大な鍋と錆びたフライパンが一つずつあるだけだ。コスモスはちょっとしたやけを起こした。仕事をしろと言われても、何の仕事もここではできそうにない。大体、『テキトーにやっといて』と言われても、何をすればいいか分からない。


(……もう、こんな部屋からは逃げちゃえっ!)


 コスモスは扉にガッと手をかけた。そのまま扉を開けようとすると――――――外から扉が開いた。


「ちょっと入るぜ」


 入ってきたのはハヤブサだった。


「あー、(わり)ぃな。コマドリのやつ、何の説明もしないで放り出しやがってよ。何すりゃいいか分かんなくて困っただろ」


 ハヤブサは頭を掻いた。


「コマドリがそこらをほっつき回ってんのを捕まえて聞いたら、食料庫の位置すらお前に教えてないそうじゃねーか。ったく、呆れたやつだ」


「食料庫、ですか?」


「ああ。ちょっとついてこい」


 そう言うと、ハヤブサは歩きだした。


「コマドリは悪いやつじゃねーんだけどな、何をするのもテキトーだから誤解されるんだ。ま、悪く思わないでやってくれ」


 ハヤブサは喋りながら歩いていく。コスモスはその後を小走りで追いかけた。




「誤解されると言えば、トンビだってそうだよな。目つきと態度が悪すぎるんだよ」


 ハヤブサは苦笑いした。


 コスモスは黙っていた。『そうですね』などと答えたのをトンビに聞かれてしまえば、どんな目に遭わされるか分からないと思ったからだ。


 ハヤブサは、コスモスの答えを待たずに続けた。


「おれ達はみんな親がいなくてさ、元々は普通の孤児として町でバラバラに暮らしてたんだ。そこへ現れたのがトンビだ」


 ハヤブサは小さく笑った。


「あいつがある日船を見つけて、海賊をやろうなんて言い出した時は驚いたな。でも、今はその話に乗ってよかったと思ってる。なかなか儲かるんだぜ、金持ち連中からお宝を掠め取って売っ払うのって」


「そ、そうなんですか……」


 コスモスはおどおどと瞳を揺らした。


「ああ、言っとくけど襲ってるわけじゃねぇ。こっちだって、毎度そんなことをしてたら身がもたねーからな。こっそり屋敷に入って、目当てのもんを盗んだら船でさっさと逃げる。ドクロの旗だって、誰も見てない時にしか出さねぇ。なんつーか、海賊を名乗ってんのも半分くらいがただのノリだ」


 コスモスはほっと息をついた。


「ただな」


 ハヤブサが少し気まずそうな表情になる。


「トンビは……ちょっとした例外なんだよな。ちょっと血の気が多すぎて、あいつが絡むと刃傷沙汰が多くてさ。悪い奴じゃねーんだけどなぁ」


「そう、ですか」


 コスモスの顔がひきつる。彼から物騒な気配を感じ取ったのは、気のせいではなかったようだ。


「ま、ともかく、おれ達はそこまで怖くねーってことだ。特にお前みたいな奴にはみんな優しいはずだぜ。ここにいる奴はどいつもこいつもお前と似たような育ち方をしてるからな。だからさ、あんまり怖がらないでやってくれよ」


 ハヤブサはそう言うと、コスモスの頭を軽くポンと叩いた。


「さて、着いたぜ。ここが食料庫だ」




  *****




「そこに置いてあるのが今日の分な。それより多いのは駄目だけど、少なくても別にいい。文句が出るのを覚悟できればな」


 ハヤブサが野菜とパンの山を指して言う。ぶら下がった腸詰や魚、積み上げられた樽や箱が乱雑に詰め込まれた食料庫だが、実は無計画な消費を抑えるために整理されているようだ。


「無理すんなよ。いざとなったら副船長権限でなんとかしてやる」


「あ、ありがとうございます」


 コスモスはペコリと頭を下げた。ハヤブサがガシガシと頭をかく。


「ったく、あいつら、仕事を押し付けるにしたって量を考えろって……」


 ぶつくさ言いながらハヤブサが食料庫を出て行くのを見て、コスモスはくすりと笑った。


(面倒見のいい人だなぁ)


 コスモスが今朝まで働いていたパン屋にも、そんな人がいた。一番上に立つわけではないけれど、人と人の間を取り持つのが上手くて、誰にでも慕われるような人だ。例え海賊船の上であっても、彼のような人がいるなら過ごしやすくなりそうな気がする。


「さて、と」


 コスモスは腰に手を当て、気合いを入れるようにふぅっと息を吐いた。


「最初の仕事、頑張らなくっちゃ」

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