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泣き虫の魔女  作者: 雪夜群青
『小さな海賊船』編
1/27

泣き虫コスモス

安心してください。

これでもハッピーエンドを予定しております。

 小さな少女は泣いていた。

 ひとりが怖くて泣いていた。

 小さな少女は泣いていた。

 人が怖くて泣いていた。




     *****




 朝方の淡い光が、屋根裏部屋の窓から差し込む。

 コスモスはもがくようにして、眠りの底から浮き上がった。起き上がると、ベッドがキィッと(きし)む。


「嫌な夢……」


 コスモスは呟いた。



 悪夢の名残は、まだ心に張りついている。どんな夢だったかは覚えていない。ただ、とにかく恐ろしい夢だったということだけは覚えている。悪夢ばかり見るのに、一向に慣れることができない。怖いのは嫌いだ。


 一人きりの静かな部屋は、こんな時にはいつもより心細い。いないはずのお化けを部屋の隅に見そうになり、コスモスは慌てて部屋を出た。


 コスモスは町のパン屋で働く孤児の少女だ。パン屋の屋根裏部屋で寝泊まりしているので、階段を降りればすぐそこに調理場がある。

 階段を駆け降りてすぐに太った腰が揺れるのが見えて、コスモスはほっと息をついた。



「ブロートンさん」


 コスモスが声をかけると、彼女は笑顔で振り向いた。


「あら、早いのね、コスモス。もう仕事を始めるの?」


「はい……」


 コスモスはブロートンの側に駆け寄った。

 パン屋の女主人であるブロートンは、顔も身体も丸くて大きくて、焼きたてのパンにどことなく似ている。その大きな身体のお陰か、彼女が客を呼ぶ声は耳が壊れそうなほど大きい。



 ブロートンはパン生地をこねているところだった。コスモスはその隣に立ち、慣れた手つきでパン生地作りを手伝い始めた。


「どうしたの? 顔色が悪いわよ? 気分が良くないなら言いなさいよ、ねえ」


 ブロートンが心配そうに言うと、大音量がコスモスの耳の中にわんわんとこだまする。怖い夢の記憶など、それだけで頭から吹き飛んでしまいそうで、コスモスは少しだけ安心した。



 二人が作業をする内に日が昇ってきた。後からやってきたパン職人達も加わって、総出で作業が進む。


「おチビ、小麦粉持ってきてちょうだい!」


「おチビ、水が足りない!」


 職人達に言われて、コスモスはバタバタと駆け回る。

 「おチビ」というのはコスモスのあだ名だ。コスモスは十二歳という歳の割に小柄で、実際よりも幼く見える。肩あたりまでしかないオレンジ色の髪や頼りない表情も、彼女を幼く見せていた。



 大わらわの店内に、扉を勢いよく開けて、少年が飛び込んできた。歳の頃はコスモスと同じ十二歳くらい。なぜだか目をキラキラさせて、コスモスの方に走り寄ってくる。


「コスモス! ちょっと聞いてけよ。おもしれー話があるんだ!」


「トム……あの、わ、私、仕事が……」


 面食らうコスモスを無視して、トムはまくしたてた。


「きのう、魔女がつかまったんだ。そいつのやった悪いことってのがさ……」


 コスモスの顔が曇った。


「……魔女……」


「たぶん明日には火炙りだ。そしたら一緒に見に行こうぜ!」


 トムは楽しそうに言う。


「知ってるか? 魔女は悪魔と結婚してるから魔術が使えるんだ。夜になったら(はだか)で踊って悪魔を呼ぶんだってさ!」


「……………うん……………」


 コスモスは小さな声で答えた。


「なあ、魔女ってどんな顔してるんだろうな。やっぱ、悪魔みたいな顔してんのかなぁ。どう思う、コスモス……」


「あ、あの……」


 トムの言葉を遮って、コスモスが口を開いた。


「ごめんトム、私、仕事があるから……」


 まだ話し足りない様子のトムを置いて、コスモスは走り去った。




 店の裏口から外に出ると、細い路地に出る。そこは建物の陰となっていて、表通りからは見えないために浮浪者やコソ泥がうろつくので、大抵の人は()けて通る。コスモスは裏口の扉を閉めると、四角く切り取られた空を見上げた。


「私は……」


 風にかき消されそうな声で、コスモスは呟く。


「私は……魔女………」


 コスモスはうつむいた。固く握りしめた(こぶし)の中から、真っ白の光が飛び散る。これは彼女の癖だった。感情がたかぶるとその力が魔力に変わり、白い稲妻のような形になって(あふ)れ出てしまう。彼女は紛れもない魔女だった。



 本来は人が扱えないような超常の力を操る者を魔術師というが、魔に魅入られる者には女が多いという伝承から、「魔女」という言葉の方が一般的である。魔術師は教会が信じる神と対立する存在とされ、魔術を使うことは重罪とみなされる。

 コスモスは、その魔術師の娘だった。


 手の中で稲妻が弾けるたびに、バチンと音がする。コスモスは歯を食いしばった。こんなものを見られたら、処刑台送りは免れられない。しかし、そう思えば思うほど、臆病な彼女の頭には火炙りにされる自分の姿しか思い浮かばず、自分の想像に怯えるあまり、また手の中から稲妻が(ほとばし)る。


 深く息を吸い、無理矢理にでも心を静めようとする。暴れだす白い稲妻を握りつぶす。長く仕事場を離れたのを不審に思われて様子を見に来られでもしたら、一巻の終わりだ。


(どうして)


 コスモスは、今までに何度となく考えた疑問を浮かべる。


(私は、悪魔の手先なんかじゃないのに)


 コスモスの目から涙がこぼれ落ちた。




    *****




 パン屋から少し離れた通りを、不満顔のトムが歩いていた。


「コスモスのやつ、どーしたんだろうなぁ。ビクビクして弱っちいのはいつものことだけどさぁ。なんかわかんねーけど、あいつ、魔女の話がきらいなのかな?」


 トムは口を尖らせる。


「あーー、つまんねーー!」


 彼は道端の小石を蹴り上げた。小石はくるくると宙を舞い、煉瓦の壁に当たって落ちた。


「ん?」


 彼は目をしばたたいた。小石が当たった壁に、小さな黒い点が見えた気がする。目をこすってからもう一度見ると、やはりそこにはポツンと、(あり)の穴のような点があった。



 ポツン。

 一つだった点が二つになった。

 ポツン。

 三つになった。

 ポツン、ポツン、ポツン。

 四つ、五つ、六つ。

 雨粒の跡が地面に増えていくように、壁に黒い点が増えていく。やがて黒い点々は壁から浮き上がり、立体的な形を作り始めた。



「な……な……何だよこれ……!」


 影のようなその身体が、ぐんと伸び上がってトムを見下ろした。



 「それ」の身体は無数の黒い粒の集まりで、ぼやけた輪郭をゆらゆらと揺らしていた。無理矢理にこじつければ、人の姿に見えないこともない。

 目があるはずの場所には丸いくぼみがあるだけで、どちらを向いているのか分からない。しかし、それでもなぜか、「それ」が見ているのは自分なのだと分かった。



 トムは動けなかった。まわりで人が騒ぐ声がしていたが、その内容を聞き取るような暇はなかった。

 化け物がじりじりと近付いてくる。


「や、やめろっ……来るなっ!!」


 化け物の黒い身体がトムにのしかかった。化け物の身体を形作る黒い粒がざわざわと(うごめ)いて、視界を覆い尽くしていく。


「いやだ……やめろ……!」


 かろうじて動く首を振って、化け物を振り払おうとするが、化け物が離れる様子はない。無数の黒い粒は小さな虫のように顔面を這い回る。やがて、化け物が何をしようとしているのかに気付き、トムの全身に悪寒が走った。


 化け物は、トムの中に入ろうとしていた。

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