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魔王

 闇夜の様な黒炎が燃えている。火種はいつもの如く勇者と名乗る人間だ。


 魔王ヨイヤミは、もう何度目になるかも忘れてしまったその光景を、何の感慨もなく見つめていた。


 自身を勇者と名乗り、彼我の差も分からず襲い掛かってきたかとおもえば、勝てぬと悟ると懐から紙を取り出し、今度は自身を生け贄だから食べろと言い出す。かとおもえば顔を真っ青にして一目散に逃げ出すのだ。


 魔族にとって敵前逃亡は一生の恥であり、死をもってしかその汚名を雪ぐことができないのが、魔族の昔からの慣習とは言うものの、毎回毎度訳の分からぬ輩を、魔王の証明である黒炎で焼き殺すことにも、もう飽き飽きしていた。


 殺す前に理由を尋ねたこともあったが、皆一様に命乞いをするばかりで会話にならなかった。



 人間達との戦争が始まりもう十年近くなる。今では人間界での魔族領の版図は世界の三分の一にもなっていた。


 そんな中まるで神の采配か、それともイタズラなのか、勇者を名乗る者共がひとり、そいつを倒せばまたひとりと、魔族の堅牢な防衛網を不思議と掻い潜り、魔王ヨイヤミの元へやってきていた。


 いっそ一度に全ての勇者達がやってきてくれれば、倒す手間も一度で済むのに、と思い悩むことぐらいが魔王ヨイヤミの唯一の悩みと言ってよい程に、魔族の人間界侵攻は順調だった。


 魔族の侵攻に対する唯一の抵抗の様に思われた勇者達による襲撃も、時を経る毎にその間隔は長くなり、ここ一年程は魔王ヨイヤミにも気の休まる時間というものが、取れる様になってきていた。



「魔王様。御料地のリンゴが食べ頃の季節になったとの報告が上がってきております」

「うむ、もうそんな季節か」


 城の執務室で膨大な書類に囲まれながら仕事をこなしていく魔王ヨイヤミに、腹心のひとりが声を掛ける。それをきっかけに魔王ヨイヤミは仕事の手を止め、いつの間にか置かれていた茶に手を伸ばし、一時の休息に入る。


 茶を一口飲んで窓の外を見遣れば、そこには魔法で季節を問わず様々な花々が咲き誇る庭園が一望できた。


 魔王ヨイヤミは人間界が好きだった。


 人間は訳が分からないので嫌いだが、その自然は好ましく思っていた。


 魔界はどこも峻厳であり、山も海も植物も、硬く頑強で、生き物達はアリ一匹でさえ強くなければ生き残れない、そんな世界だった。


 だが人間界はどうだろう。動物も植物も皆脆く、花など触れるだけで崩れる程だ。だがその純朴で繊細なところが魔王ヨイヤミは好きで、世界中から花を集めさせた。


 また食べ物も甘く美味しく、肉も野菜も今では人間界の物ばかり、いま口にしている茶も人間界の物だった。


 なかでも果物は好物で、魔法でいつでも食べられる様にするのではなく、わざわざ季節毎に旬の物が食べられる様にしている程だ。



 だからわざわざリンゴを食べるためにその栽培地へ足を運んだのも、魔王ヨイヤミとしたらいつものこと。ただいつもと違っていたのはそこに、家畜と一緒になって自分のリンゴを食べる人間が居たことだ。


 一瞬、魔王ヨイヤミの頭に黒炎で焼き殺してやろうかという考えが浮かんだが、直ぐに思い直した。黒炎では辺り一面を焼き尽くしてしまうと思ったからだ。何より、幸せそうにリンゴを食べる人間の笑顔が魔王ヨイヤミを思い止まらせた。


 だからだろうか? この人間と、青年と、話をしてみたいと思ったのは。


「そんなに美味いか?」


 気付けば魔王ヨイヤミは青年に声を掛けていた。

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