変わらないもの
「なんか楽しそう」
もえの声に下げていた視線をあげ、車の外を見ると高校生が三人いた。女の子二人と男の子一人。一列に並んで自転車を漕いでいた。開けた窓から彼らの笑い声が聞こえる。淡い水色の半そでのシャツが、襟の隙間から入った風でふわりと膨らんでいた。
「なんか俺らみたいじゃな」
彼らの横を通り過ぎるとき、運転席のかずくんはそう言った。私はふと高校生のときのことを思い出していた。
「みなみ、かずくん。河原行こうよ」
言い出したのはもえだった。
高校三年生。部活を引退した六月。梅雨で雨が続いていた中で珍しく晴れた日の放課後だった。
少し開けた窓から、夏特有の生ぬるい風とダンス部の乾いた声が入ってくる。
「いいが、行こう」
「賛成賛成」
かずくんが賛同したのを聞いて、私もそう返した。
「そうと決まれば出発だ!」
学校から河原まで自転車で約三十分。今の時刻は五時。普通に行けば五時半には着くだろう。私たちは急いで荷物をまとめて教室を飛び出した。
「おお、お前ら」
飛び出した先に担任の先生がいた。
「河原行ってくる!」
先生に向かってピースサインを送りながら横を通り過ぎる。
「いやお前ら勉強しろよ!」
「おうちでしまーす」
先生の言葉を適当にあしらい、私たちは下駄箱に向かった。
外に出ると強い日差しが私たちを襲う。
「うわ、暑い」
私は思わずそう言葉を漏らした。
「日焼けするね日焼け」
「もえは白いから、もう少し焼けてもいいと思う」
「俺も焼けちゃう」
「かずくんはすでに黒いから今更」
「うるせー」
そんな話をしながら、私たちは自転車置き場に向かう。運動場の横を通り過ぎる時、陸上部員が走っているのが見えた。マネージャーの声が聞こえる。つい最近まで私もマネージャーとしてあの空間にいたのに。今ではもういないことの方が当たり前になっている。そのことに少し寂しさを覚えた。
学校を出て私たちは河原に向かった。すぐに忘れてしまうようなとりとめのない話をしながら、一列になって漕いだ。
「着いた」
時刻は五時四十分。少しのんびり漕いできたから予定より少し遅くなった。でも夏になって日が長くなったから、まだ空は昼と変わらない明るさだった。
「誰もいないね」
河原に降りた少し先にある高架線の下に自転車を停めながらもえは言った。道はずっと平坦だから疲れることはないけれど、駅から結構距離はある。でもこの辺で唯一バーベキューや花火ができるところでもあるから、普段から割と人がいる。だから今日みたいに全く人がいないのは珍しかった。
私は自転車を停めると川の近くまで行く。流れる川に手をつけるとひんやりと気持ちよかった。
「冷たい」
流れる川の水は透明で、私の手は川の流れに合わせてゆらゆらとゆれていた。
「みなみー、見て見て」
もえの声に振り向くと、高架線の下でもえとかずくんが殴り合いのふりをしていた。
「よくドラマのシーンであるやつ」
「いや、何してんの」
私は笑いながら携帯のカメラをかざして連写した。
カシャカシャ。
乾いた甲高い音が高架線の下に響いた。
結構長い時間私たちはそこにいた。追いかけっこをしたり他愛のない話をしたりして過ごした。
そろそろ帰ろうかと高架線の下から出た時、空はぱきっとした青色ではなく、たくさんの水を含んで滲んだ青色になっていた。
あんまりにもはしゃぎすぎて、その日の夜は勉強もせずにすぐ寝た。
あれから二年。私たちは今島根にいる。もえに会いに来たのだ。高校を卒業し、私たちは別々の道に進んだ。岡山に残り、女子大に進んだ私。公務員試験を受けて岡山の消防士になったかずくん。岡山を出て島根の大学に行ったもえ。そんなもえがこの夏岡山に帰れないって言うから、じゃあ私たちが会いに行こうってなった。あの時の写真はまだ携帯にある。実は動画も撮っていた。たまに見返しては笑っている。
「この先に何かあるんかな」
「海だよ」
かずくんの疑問に後部座席にいたもえが答えた。
「きづき海浜公園っていう海があるよ。行く?」
「いいが、行こう」
「賛成賛成」
このやり取り。あの頃と全く同じ。
「高校生の時は河原だったけどね。大人になったし、海に進出しちゃおう!」
「そうじゃな。懐かしいな河原」
二人とも覚えていたんだ。そのことが嬉しくて、でもにやけていたらバカにされそうだから私は窓に顔を向けた。
「そろそろ見えるよ」
もえの言葉と同時に突然広大な海が広がった。
「うわあ!」
思わず声をあげる。地平線の彼方まで広がる海。地平線は曲線を描いていた。ああ、地球って本当に丸いんだ。
「すげえきれい」
かずくんもそう言った。
「でしょー。島根って海きれいなんだよね」
かずくんの言葉を聞いてもえはそう言った。
「停めるところある?」
「もう少し先に駐車場がある」
「了解」
かずくんは少し車のスピードを上げた。少し行くと小さな駐車場があった。いくつか車が停められてあって、私たちは一番奥のところに停めた。
「あ、夕日」
海岸に行くと、ちょうど夕日が真っ赤に燃えて、海を照らしていた。
「ちょうど沈み時じゃな」
かずくんは少し眩しそうに目を細めた。
「いい感じだね」
海岸には色んな人がいた。犬の散歩をしているおばさん。走っているお兄さん。家族連れ。小さい子がこけて泣いている。
「あ、さっきの高校生」
「ほんとだ」
さっき追い抜いた高校生三人が、海岸に続く階段を降りているのが見えた。
「砂さらさら」
私は砂を蹴る。蹴られた砂はふわっと舞って粒子になって消えた、ように見えた。
「歩きやすいよな」
かずくんも私と同じように砂を蹴った。砂浜ってすごい歩きにくくて疲れるイメージがあるんだけど、ここはそんなことない。砂がさらさらなことと何か関係があるのだろうか。
「うん」
岡山にも海岸はあるし、行ったこともあるけれどこんなにきれいじゃない。なんかね、ごみが結構あったんだ。ビニール袋とか、ペットボトルとか。あ、私が行ったときはね。最後に行ったのが四年前だから今はどうなのか知らない。少しはきれいになってるかも。
「あれしようで、あれ。砂とっていくやつ」
かずくんがいきなり提案してくる。
「あ、棒倒したら負けのやつ?」
「そうそう」
やることが決まれば私たちは早い。
「俺、棒探してくる」
かずくんは棒を探しに行ったから、私ともえで砂の山を作ることにした。
「どうせなら大きいの作っちゃおうよ」
「いいねいいね」
近くにある砂を寄せて寄せて崩れそうになりながらも、結構出来のいい砂の山が見えた。
「思ったけどこれに見合うだけの木の棒あるんかな」
「あー、ないかも」
「え、でかい山と細い木?」
「アンバランスだなあ」
想像しただけでちょっと笑える。クスクスと笑いあっていると、かずくんが帰ってきた。
「どや」
手に持っていたのはしっかりと太さのある木の棒。
「え、でか」
「よくね?」
想像していたよりも立派な木の棒を持ってきたもんだから、私ともえはげらげら笑った。
こういうしょうもないことで笑えるって幸せだな。
高校生の時って一日中笑っていた。風に乗ってビニール袋が飛んでいるだけで、階段を駆け上がっているだけで笑っていた。もう何かが動けば笑える。そんな時代だった。よく疲れたーなんて言葉を吐いていたけれど、その原因の大半が笑い疲れだと思う。
大学生になって笑うことって減った。楽しくないわけじゃないし、普通に笑うけど、笑い疲れるっていうことがない。大人になったっていう証拠なのかなあ。
大人になりたいとは思うけれど、笑うことが減っていくような大人にはなりたくない。そんなことを柄もなく考えた。
「じゃ、もえから」
もえはそう言うとお山に棒を刺した。一番目はもえ。二番目にかずくん。三番目に私。大きい山を作ったつもりだったけど、みんな勝負をかけすぎて二週目で終わってしまった。倒したのは私。うーん、悔しい。
「みなみ、大学どう?」
私が砂の山に立てていた木の棒を海に向かって投げた時、もえはそう聞いてきた。
ぼちゃん、と音がした。
「普通に楽しいよ。楽しいけど」
私は言葉を切る。もえとかずくんは私の言葉をじっと待っていた。私が何かを話し出そうとして口をつぐむのは、どう話そうか考えている時なのだと知ってくれているから。
「苦しい時がある」
私はぽつりと呟いた。
「私、たまにわけもなく苦しくなることがある。だれかに意地悪されたわけでもないのに苦しくなることがある」
「うん」
「そんな時に頼れる人がいない」
大学は嫌いじゃない。むしろ好き。勉強は相変わらず嫌いだし、学校怠いなって思う時だってある。でも友だちと一緒にいる時間は楽しい。だけど苦しい時に苦しいよって言える人がいない。それが私にとって辛いことだった。
「俺らに頼ればいいよ」
少しの沈黙の後、かずくんがそう言った。
「俺は俺の、もえはもえの生活があるからって遠慮しとんじゃろ」
私の胸の内をずばりと当てられる。高校の時はもえやかずくんに頼ってきた。苦しいよって言えた。二人は何かをしてくれるわけじゃなかったけど、そばにいてくれた。それが私の苦しみを和らげてくれていた。でも大学に入って、同じ空間にいなくなって、私は遠慮した。かずくんは仕事をしてるし、もえは新しい生活がある。私がそこに入っていって助けてって言うのはなんだか気が引けた。
「もえと学校が違うとか俺が仕事しとるとかそんなん関係ねえよ。苦しかったら苦しいって言ってきてええけん」
「うん」
「みなみ」
もえの優しい声が私の耳に届く。
「遠慮しないでよ。学校が違うくたって、同じ場所にいなくたって、友だちなのは変わりないんだから」
「うん」
視界が滲む。わだかまりで固まった私の心を溶かしてくれる声と言葉。高校の時からずっと変わらない。
「ありがとう」
突然高い笑い声が聞こえた。さっきの高校生たちだった。海の浅瀬に足を浸からせている。彼らがいる少し先にローファーやスニーカーが無造作に置かれてた。
「もえたちも入ろ!」
もえはそう言うと靴を脱ぎ始める。
「タオル持ってないよ」
入りたいけど。
「もともと海に連れて行く予定だったから、タオル何枚か持ってきてたんだ」
そう言うと鞄から三枚タオルを取り出した。
「準備いいなあ」
じゃあ入ろうかな、なんて考えているうちにもえはもう海に向かって駆けていた。もえが通った道に足跡ができる。
「気持ちいい!」
もえが振り向く。黒いワンピースの裾がひるがえった。肌が雪の様に白いもえに黒いワンピースはよく似合っていた。
「俺も入っちゃお」
かずくんの声が後ろからした。音が少し聞こえて、少し離れて、近づいてくると裸足になったかずくんが私の横を抜けて海に入っていった。私の瞳にもえとかずくんの姿が映りこむ。
「うわあ、冷てえ!」
「あはは」
海に入ってきたかずくんに、向かって足でもえが水をかける。その水はかずくんの顔を少し濡らした。
「やめろよー」
「やったりー」
もえの笑い声が響く。
ああ、なんか懐かしいな。
私は自分の瞳に映る二人の姿を見てそう思った。
私たちが出会ったのは高校一年生のときだった。同じクラスだった私たちは文化祭? をきっかけに仲良くなった。正直言うと、あまり覚えていない。気づいたら仲良くなっていたし、一緒にいた。それくらい私たちは自然に仲良くなった。二年生でクラスが離れたけれど、私たちは変わらず仲良しだった。昼休みにたまに集まって、一緒にお弁当を食べていた。三年生になってクラスがまた一緒になった時は驚いた。奇跡だーなんて教室の前で叫んでいたら、お前ら元気だなあって先生に言われた。それが担任なんだけど。三年生はバカみたいに楽しかった。苦しかったこととか悲しかったことをいれたって、最高に楽しかったって言えるくらい。
もう高校を卒業して二年が経つのか。
過ぎていく時の流れの速さに私は少しだけ怖くなる。心が時に追い付いていない気がする。ずっとあのままでいたいと固執するほど子供ではないと思うけれど、それでも心はまだ完全に追いついていない。遠くから自分を見ている感じがする。
「みなみ」
「みなみ」
二人の声が聞こえた。
「おいでー」
もえが手招きする。初めて会ったときからずっと変わらない笑顔で。
「うん」
くつを脱いで海に走った。じゃぶじゃぶと音を立てながら私の足は海水の中に入っていく。ぶわっと水に浸かった部分だけ温度が下がる。
「冷た!」
あまりにも冷たくて思わずそう叫んだ。声が裏返る。
「あはははは」
私の裏声がツボに入ったのかかずくんはげらげら笑いだした。。笑い死ぬんじゃない、ってぐらい笑っている。
「そんな笑う?」
あんまりにもかずくんが笑うから私までなんだか笑えてきた。くっくっくって笑ってたらだんだん止まらなくなる。かずくんの笑いは伝染する。なんでかなあ。笑い方かな。分からないけれど、かずくんが笑うと絶対と言っていい程私はその笑いが移る。
「あー、まって、わらい、うつった!」
笑いすぎて涙が出てくる。げらげら笑うかずくんと私を見て、もえまで笑い出した。こうなったら私たちはもう止まらない。私たちは似ている。楽しいって思うとき、悲しいって思うとき、腹が立つって思うとき。それを感じる瞬間が私たちは同じだった。だから感情を共有できたし、三等分することができた。私が彼氏と別れた時、もえが部活でもめたとき、かずくんが彼女と喧嘩したとき、私たちは感情を共有して三等分してきた。今思えばそれが仲を深めたんだと思う。
私は未だ笑っているかずくんに水をかけた。
「冷てっ」
「あはは」
「服濡れたで」
「そんなのもう関係なくなるよ」
もえの声が聞こえたと思うと、今までの中で一番の水しぶきが私とかずくんにかかる。
「うわあ!」
「うおお」
二人の声が重なる。
「さあ。水遊びだー!」
もえの言葉を合図に、私たちは服が濡れるのも気にせず水を掛け合った。誰かが舞い上がらせた水は夕日に照らされ、一つの真珠の様に輝き、また広大な海の一部に戻っていく。私たちの笑い声が島根の海岸を包む。
私たちは高校で一つの同じ道を選んで出会い、高校を出ると同時に違う道に進んで別れた。二年で変わったことはたくさんある。過ごしている時間。思い出の数。友だち。髪の色。
「かずくん服濡れてる」
「もえが遠慮なしにかけてくるけん」
「ごめーん」
時が進むっていうことはそういうことだ。時が進めば嫌でも何かが変わる。食べられなかったものが食べられるようになっていたり、逆に食べられていたものが食べられなくなっていたり。かつて好きだったあの人と久々に再会したと思ったら自分の知らない全く新しい人になっていていたり、自分の中でものの見方が変わっていたり。変化の分かりやすさはそれぞれだけれど、何かしら変わっている。
私はその変化が少しだけ怖い。ううん。大分怖い。自分の知らないうちに何かが変わってるってすごい怖い。変わらないって思っていたことが、変わっていないって思っていたことが変わっているってすごい恐怖もんだ。ああ、どうしようもないんだって思ってしまう。結局時には勝てないんだって。
だから私、今少し泣きそうなんだ。変わらないでほしいって思っていたことが変わっていないことに。変わらないでいてくれたことに。私の瞳に映る二人。私の耳に届く二人の声。何も変わっていない。あの頃と同じまま。嬉しい。すごく嬉しい。
「あー、楽しい」
かずくんが叫ぶ。
「むっちゃ騒いどるよ。私ら」
「誰もいないから大丈夫! 今はもえたち三人の海!」
来たときは割と人がいたけれど、気づいたらそこにいるのは私たち三人と夕日だけだった。あの高校生達もいつの間にかいなくなっていた。世界にたった三人しかいないみたいだった。
「みなみー、かずくんー」
もえを見ると携帯をこっちにかざしていた。
「先生に送る! はい、なんか言ってー」
先生、って言うのは私たちの三年生の頃の担任。もえの部活の顧問でもあったからもえは連絡先を持っていた。
「せんせー元気ですかあ、死んでませんかあ」
こういう時気の利いた言葉が浮かばない私は先生の安否を確認する言葉を叫ぶ。当時は何とも思わなかったけど、今思えばいい先生だった。いい意味でほっとき主義だった。でも私たちが本当に困っていたら手を差し伸べてくれた。
「かずくーん」
「消防士頑張ってまーす。上司は怖いけどいい人でーす」
「みなさん、恋人はー?」
「いませーん!」
もえの問いに秒で答える私とかずくん。
「寂しいなあ!」
「そんなもえはー?」
「いませーん!」
「寂しいなあ!」
もえも私の問いに秒で答えたからそう返してあげた。
「でも楽しいからいいでーす!」
もえが小学生みたいにピンと手をあげる。
「もえに同意でーす!」
かずくんももえに倣う。
「私も同意でーす!」
だから私も二人の真似をした。
「よし、最高に楽しんでるもえたち、夕日に向かって走りまーす!」
もえはそう叫ぶと同時に夕日に向かって走り出した。
「もえフライングー」
先に走り出したもえを追いかけるかずくん。すぐにもえを抜かしていた。
「負けないぞー」
一瞬で追いかける側になったもえが負けじとかずくんの背中を追う。
「えっ、待って待って、置いていくな」
完全に出遅れた私は二人に追いつこうと必死に走る。
砂浜を走る私たち。そんな私たちを照らす真っ赤な夕日。あの瞬間、本当に世界には私たちしかいなかったと思う。
お腹が空いたねってことで七時ぐらいに切り上げた。夕日はもうほとんど沈んでいた。駐車場から海岸に続く坂の途中にあるベンチに座って、私たちは濡れた体をもえが持ってきてくれたタオルで拭いた。
「あ、先生から返信来てる。青春しとるのお、だって」
いつの間に先生に送っていたのか、もえはそう言った。
青春。一般的に高校生の時代だと言われている、青い春。間違ってはいないと思う。大抵みんな高校生が一番青春してたって言う。私も青春時代っていつ? って聞かれたら高校生って答える。でも確かに今、私たちは青春していた。海に駆け込んで、海に飛び込んでたくさん笑って。夕日に照らされて輝いていた海と同じくらいキラキラしていた。
「うん、最高に青春してる」
私はそう言った。
「だね」
もえは笑ってそう言ってくれた。
「俺、こんなにはしゃいだの久しぶり」
かずくんは小さく呟いた。
「私も」
「もえも」
かずくんの呟きに私たちは答えた。
女子大は楽しい。男の目がないからある意味で騒げるし、思っていたよりもクレイジーな人が多いから飽きないし。女子大っておしとやかなイメージがあるでしょ? でもそんなことないよ。騒ぐことが大好きな人たちがたくさんいるんだ。だから毎日楽しく過ごしている。でも高校の友だちと居る時の楽しさとは違う。何と言うか、何て言えばいいんだろう。多分大学の友だちと海に行ったってこんなに笑うことはない。いい感じの写真撮って、綺麗だねーって言って、少し足を海に浸からせてみる、ぐらいで終わる。服が濡れることを気にしてたのに楽しすぎて、途中からそんなのどうでもよくなるこの感じは、きっと大学生の友だちとじゃ作れない。
「次はいつ集まれるかな」
私は言った。
「年末」
かずくんが言う。
「うん」
もえが頷く。
「年末はちゃんと帰るよ。岡山で会お」
「待ってるね」
私はもえに向かってそう言う。
「次会う時はもうみんな二十歳じゃね?」
かずくんが思い出したようにそう言った。
「ほんとじゃん。お酒飲める」
「じゃあ次は乾杯を交わすしかないなあ」
もえは乾杯の仕草をする。
「地味にもえはもう二十歳なんよな」
「一番のベビーフェイスが一番大人?」
私とかずくんは顔を見合わせる。
もえは五月生まれ。私とかずくんは九月生まれ。もっと言うとかずくんとは一日違いなんだよね。私が二十三日でかずくんが二十四日。
「敬ってね」
ふふん、と少し威張るようにもえは胸を張った。
「あと一か月で追いつくから敬いません」
「えー」
濡れた服や足を拭き終わった私たちは、タオルをもえに返すとベンチから立ち上がる。
「あー、お腹空いた」
もえがぐっと背伸びをした。
「この辺なんか美味しいものあるん?」
「あるある。えっとね」
もえとかずくんが夜ご飯の話をしながら駐車場に戻っていく。もう少しでお別れだ。
最初にもえ。大学の近くにあるアパートに住んでいるからそこまで送っていく。そしてかずくんと岡山まで帰って、私は家まで送ってもらう。みんなそれぞれの今の場所に帰っていく。
変わらないでほしいと願っていることは、いつまで変わらないでいてくれるのだろうか。私は変わらずにいられるだろうか。分からない。分からないけれど、変わらずにいられたらと思う。
「みなみー」
かずくんの声がする。
「行くで」
「うん」
二人は少し先のところで待っていてくれた。
私は二人の元に駆け寄る。
「なんか美味しいところがあるらしいで」
「えっどこどこ」
「お蕎麦のお店なんだけど」
海から私たちの声が遠ざかる。
夕日はもう地平線の彼方へ姿を消す。
青春しとるのお。
先生の言葉がさざ波に乗って聞こえてきた。