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秋色

作者: 志桜浬

 なんだこの。

 なんだ、この胸にぽっかりと空いたものは。

 重金属みたいにドッと重いわけでもなく、アイスピックで刺されたようでもなく、こいつはぽっかりと丁度真ん中に居座っている。

 この違和感にも似た穴は、〝孤独〟がとても近い存在だった。だから、わたしは必死に出会いをかき集めた。

 こいつを満たしてやるために。

 でも、そうじゃなかった。この寂しさは、埋まらない。

 どうすりゃいいんだ。街に答えは○○です。と書いてあるはずもないのに、学校周辺の街をふらついてみたりもした。

 その答えが、駅のペリエの中に売られている雑貨に書いてあるはずもないのに、まじまじと眺めていることもあった。

 ただ不思議とこの穴は、街を逍遥したり、雑貨を眺めている間だけは埋まっていた。ただ、その間だけである。

 孤独によく似ているにもかかわらず、それは一人でいる時間。とてもパラドクスな結論だが、一人で何かに没頭している時間だけが、唯一そいつを埋める手段になっていた。


 孤独は好まぬが、一人が好きな天邪鬼。それが、わたしの内面なのである。



 苦労せず育った。

 そう言われたなら、わたしは否定はしない。実際、暗黒の時代と言うと大袈裟で、馬鹿馬鹿しく聞こえるが、あの中学の3年間は正直、辛かった。

 他よりかは大きな挫折はしてこなかったように思う。



 秋も深まってまいりました。

 から始まるであろう神無月の季節に、暑さと寒さが交互に繰り返す異常な天候を恨めしく思いながら、住宅地の通学路を歩いていく。

 暗黒の時代を引きずることなく新しい自分でいたい。という願望のもと、学校を選んだが、これまた当たりだった。

 友人、クラスメイトにも恵まれ何一つ不満さえなかった。

 10月12日は、生憎の雨だった。

 雨が傘にあたる音ですらも、悲しい不協和音に聞こえてくる。

 もっと、透き通っていて暖かくて柔らかい音じゃないと。それでいて弾むような音じゃないと満足できない。

 わたしはおそらく、〝何か新しいもの〟これを探している。

 新しい人、新しいもの、新しい価値観。それも素朴で、金属の化合物とか宝石の原石のようなものである。


『志緒浬ちゃんに会いたい』

 という友人からのSNSのメッセージの一文に嬉しくなって、彼女に会うのを楽しみにしていた。

 彼女もその、〝新しいもの〟の範疇の中に入る。自由奔放さは自分と似ていて異なる。見ていて飽きない。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれないが、どこか感性を刺激する。

 ソーシャルゲームのイベントの最終日ということもあって、駅の待合室で、ゲームをしていたら待ち合わせの時間がすぎていた。

 塾の先生との面談時間まで後、30分近い。

 時計を確認して、駅の改札を抜けた。

『今どこにいる』

『駅の改札を抜けたところ』

『今までどこにいたの』

『駅の待合室』

 ああ、場所が食い違ってる。早く彼女を探さなければ。そう思っていたら、

『外出たところの椅子大量ゾーンにいる』

 どこだよそれ。

 と思ってふっと笑った。わたしの頭の中には、ベンチが乱雑に広いエリアに設置してあるような風景が浮かんだ。

 そしてまもなくして、『ああ、塾側のエリアの花壇と椅子があるあそこに座っているのか』とようやく頭の中で咀嚼した。

『オケ』

 とだけ、送って『椅子大量ゾーン』に向かう。


 わたしも彼女もそのエリアが好きだ。

 豊富な種類の花は、市の人によってよく管理されていて、春や夏の季節なんかは美しく咲いている。

 けれど、わたしはその花には惹かれなかった。構って欲しいとばかりに咲いているように思えて。

 決して、嫌いじゃない。地域の活動によっていつも綺麗に保たれていたからだ。

 通る人が見向きもしないようなものが、好きなのだ。

 彼女は写真が好きだ。

 その写真はすごく生き生きと映っている。

 花がファッションモデルだとしたら、彼女はそのカメラマン。駅前に植わっている花の魅力を引き出して、『ほら私綺麗でしょ?』とばかりに自慢げに映っていた写真はなんだか、少しばかり可愛らしく思えた。


 エレベーターを降りて、少し歩いて

「おーい!」

 と声を出した。暗くなっていたことと、わたしの視力が悪いこともあり、ウロウロ探し回らなければならない。

 少し不審な行動に出たことは承知だが、このくらい〝派手な〟行動をすれば、彼女からの反応が貰えると思った。

 すぐ近くの椅子に座っていた彼女は直ぐに反応した。

 昨日会ったばかりなのに、随分久しぶりに会うような心地がした。

 相変わらず、彼女は口元で笑う。

「こんな場所で『おーい』とかかなり変だぞ」

「君がすぐ反応してくれると思って」

 あ、そうそう。とバッグを漁って、恒例行事となっている物々交換をする。

「ほんと、この子よく当たってさ」

「ありがと。妹に渡しとく」

 ゲームキャラクターの缶バッチとか………キーホルダーとか………クリアファイルとかまあ、そんなところだ。

 社会一般的に言うと、所謂〝オタク〟

 世間的に端に追いやられがちだが、わたし達はこのエリアに咲く花みたいに案外堂々としている。

 どこの誰が好きだとか、その彼らの具体的にどの辺が好きなのかとか、ごく普通のJK―女子高生みたいに、取り留めのない話をする。

 少しして、わたし達は立ち上がって塾に向かって歩き出した。

 彼女はSNSに載せた写真の話をした。

 その写真というのは、まさに滑稽だった。

 消しゴムのカスをかき集めたものを綺麗な球形にして、パッと見4分割してあるように見える。生物の授業で丁度触れている受精卵が特殊な体細胞分裂 ――卵割をしている模型そのもののように思えたのだ。

 片面で4。球形なので合計8。丁度真ん中で分かれていて、合計3回卵割した時の模型。

「あれ、本当は片面しかやってないのよ」

「なんだよ」

 はったりか。はったりときた。すこぶる面白い。

「本当は16個に分けたかったんだよね〜」

 なんて、奇妙な会話をしながら歩いていた。

 確かに普通の女子高生ではないかもしれない。なんとなく納得した。

 塾に着いて、受付済ませて時計を見ると19時45分。まだ後15分もある。

 塾のコミュニケーションエリアという場所の椅子に腰掛けてまた取り留めのない話を開始する。

 彼女は放っておくと、スマートフォンでメッセージを送るようなスピードで話す。奔放だから止めに入らないと、似たもの同士の会話は、斜面を転がる鉄球みたいに加速していってしまう。

 それもまた楽しくもあるのだが、素でやるとなかなかにとんでもないことになる。

「はーマモルちゃん可愛い………」

 その〝マモルちゃん〟というのは彼女の好きなキャラの事だ。なんとなく、大型犬のような愛らしさがある。どことなく、彼女と彼は合っていた。性格的な面か、特有の雰囲気か。

 彼女の最近の口癖は『微分されてぇ』だった。

 二次元に生まれ変わりたいだとか、彼が三次元に来ないかなだとかそういうのでは無く、新しい発想だと思った。

 塾のBGMがどこか単調で、J-POPのカバー曲にしても棒読みをしているような寂しさがあって

「なんかこのピアノちょっとつまんない」

 と言うと彼女は

「うん」

 とそっけない返事をした。

 今思えば、彼女は何かを考えていたのだと思う。

 その何かは突然切り出された。

「いつもさ、夜カップ麺ばっかり食べてんじゃん」

「うん」

「うち、ご飯作ってくれないんだよね」

「え?」

 わたしは何か深刻な話になることを察していた。なのに、口から出た言葉は意外にも軽々しいものだった。

 逆に深刻そうな顔をすれば、彼女を傷つけてしまいそうだと思ったから。彼女はわたしには知っていて欲しい。ただそれだけの思いで切り出したのだと。

「気づかなかった?」

「塾で腹減って、我慢できなくて食べてるものだと」

 それから、父が消えただとか、母がネグレクト、ドメスティック・バイオレンスだとかという話を

「まじか」とか「よく生きてたな」という軽々しい言葉で返した。

 昼ドラの1話から最終話までみた心地がした。わたしが帰る時間になって、

「自分のこと大切にしろよ!」

 という渾身の一言を言って去ってやった。

 これからわたしには、当たり前の夕飯が待ってているが、今日もまた彼女はカップ麺を食べるのだろう。

 そう思いながら、駅をひたすらに歩いていた。


 このことを私小説にしようなんて考えながら。

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