前編
スカスカ設定につき気軽に、現実的なことは考えずにお読みください。
「ソフィーナ様、準備が整いました」
「ありがとうデリック」
執事のデリックが微笑みながらそっと手を出したので、私はその上に手を重ねた。これからの事を想像して緊張のため手が震えていたが、彼の存在のお陰で止まる。
デリックにエスコートされ馬車に乗り込み、王国の貴族たちが通う学園のある王都へと出発した。
私たちが生き延びるための戦いをするために。
※
私が生まれたサライス王国は酷い有り様だ。王族の独裁的政治により、貴族は王に擦り寄って甘い汁を啜り私腹を肥やす。
度重なる重税によって平民は搾取され、暮らしはどんどん悪化。地方に行くと飢饉で滅ぶ村も出てきているほどだ。
私が生まれた村の隣村は流行り病により無くなった。ちゃんとしたご飯と簡単な薬草があれば簡単に治るはずの風邪でも村ひとつが無くなる。そんな状況でも貴族は奪い取るだけで、何も与えてくれない。
次は私たちの村かもしれないと両親と兄と怯えて、畑で野菜を作りながら静かに暮らしていた。といっても肥料を買うお金もなく、痩せた土地でまともに採れるのは芋くらい。
※
ある日の夜、突然我が家に来客があった。警戒しつつも父か扉を開くと、マントを羽織った若い男がひとりだけ立っていた。
それが後に私の執事となるデリックだった。彼はまるで王子様のような綺麗な透き通るような金髪に深く碧い瞳を持ち、私の4つ年上の18歳らしい。
彼はある男爵の依頼により私を迎えに来たのだ。
「この国はこのままでは滅びます。それも罪の無い平民の死によって……しかし男爵は心優しいお方で平民を救おうとしております。ソフィ様にはそのお手伝いを頼みたいのです。一緒に国を救いませんか?」
「私は何をすれば」
家族は危険だからと止めたが、私に迷いはなかった。このままでは飢えて死ぬ可能性が高く、死なずとも飢えに怯え辛い人生しか見えてなかった。デリックによって持ち込まれた提案は、生き延びるための希望の光だ。
家族への生活の保障と引き換えに私は男爵家の養子としてソフィーナ・マクナルゴ14歳としての生活が始まった。
与えられた服にはシワも染みも一切無く綺麗な布で、食事はパンもスープもお肉もついていた。貴族の中では質素と言われている男爵家の生活は、私にはお伽噺のような豪華さだ。
底辺の生活から貴族の生活は夢のようで、厳しかった。
「ソフィーナ様は骨と皮……痩せすぎでございます。目の前の料理を食べきってください。残してはいけません……こら!芋ばかり食べない!バランスよく全部です」
「こんなに無理……高級すぎて胃もたれで吐く…………いえ、食べます。うっ」
手を止めたらデリックの手あったフォークに突き刺さった肉を口に突っ込まれた。
「ソフィーナ様、背筋が曲がってきました。しっかり伸ばして!背筋に力を入れても、カトラリーを持つ指先は力まず優雅に。ほら料理が冷めますよ。コラッ、落ちたものは拾わない」
「別に冷めても落ちても食べ……ひぃ!気を付けます」
彼の手に持たれた予備のカトラリーが凶器に見えてくる。
「使用人に対して敬語は控えて下さい。もちろん俺にもです。モジモジせずに堂々とお話なさるのですよ」
「おーほほほっ、頭が高ぁーい!え……あ、決してふざけてません。ごめんなさい」
デリックの瞳が人を見る目じゃない……殺られる。
「ダンスのセンスが無さすぎです。恥ずかしがらずに体を近づけて!あと一時間は俺と踊りの練習です」
「あ、足が……っ、はい!」
足がつっても関係ない。ぐるぐると振り回される……なんか目が回って花畑が見えてきたわ……楽しいかも~あはははは
「見本通りの字を書いてください。読みやすい綺麗な字を意識して、この本に書かれてる歴史の写しつつ内容を暗記してください。時間がありません」
「はい」
ペンだこ?もうお友達よ。
「腹筋、腕立て伏せ、屈伸を30回5セットです。体力と筋力は全てに通じます」
「はい!お任せを!」
付いていきます隊長!
令嬢が幼少から時間をかけて習う内容を一年で習得せよとの命令で、デリックのスパルタ教育が始まったのだ。
提示された作戦のためには貴族ばかりがいる学園に通わなければいけないからだ。
ここで挫折してたまるか!
レッスンは妥協がなく苦しいが、生き延びるためには必要なことだと自分を鼓舞してついていく。若干洗脳されている気もするけれど、気にしたら終わりだ。
「ソフィーナ様、今日は湖の側でランチにしましょう。マナーを気にしなくてすむサンドイッチと野菜スティックを用意しております」
「本当に?ありがとう」
そんな私も、いつも強気でいられるほど強くない。
寝るときしか気の抜けない生活に私の心が折れそうになったりすると、厳しくも優しいデリックはいつもご褒美をくれる。
宝石やドレスを与えられるよりも、私はマナーを忘れ、ただの村娘に戻れる時間が癒しだった。その事は話したことはないのに、デリックは気付いてくれていることがとても嬉しかった。
デリックの表情は常には感情の読めない微笑みばかり。私に教育を施すという使命を遂行するだけの感情の無い人形だと初めは思っていたのに、今は本当は優しい人だと分かる。
今日のサンドイッチだって、私の好きなポテサラサンドが多めに入っているんだもの。初めて屋敷で口にしたとき感動で泣いてしまった。芋がこんなに美味しくなるなんて……
「ソフィーナ様は美味しそうに召し上がりますね」
「だって、デリックお手製のポテサラサンドが本当に美味しいんだもの。いつも支えてくれてありがとう。まだまだ頑張るわよ!」
私は嬉しいの気持ちをそのままデリックに伝えた。するとデリックの瞳が少しだけ細められ悲しそうな顔になるが一瞬のことで、すぐにいつもの微笑みに戻る。
何か彼を困らせることでも言ってしまったかな?彼も日頃忙しいから、きっと疲れのせいね。
デリックも国を救うために頑張っている。私は彼の期待に応えたい。サンドイッチを食べながら今回の作戦を復習する。
この腐敗した王権政治はまず王族、あるいはその側近の力を崩すしかない。これは王族の力を弱めるために、まず私は学園に入学し可愛い子ぶって馬鹿王太子に取り入る。おそらく黙っていない婚約者の令嬢を煽っていじめを誘発し、それを糾弾して婚約破棄をさせ私が王太子と婚約し、そして私は逃亡して姿を消す。
王太子は傲慢で権威を傘に周囲の話を聞かないらしい。政略結婚を勝手に放棄し、強引に婚約した格下の私に逃げられればスキャンダル間違いなし!逃げられなさそうなら、無能な王太子妃として動いて王族の権威を落とす。
腐っていても親は経験を積んだ古狸。そんな人達の相手をせずにまだ卸しやすい次世代から狙うのだ。
とは言いつつも今の私では成功するとは思えず、自信が持てない。私の容姿があまりにも芋娘なのだ。ど田舎丸だしの、品質の悪い芋のようにパッサパサの芋娘。
朝も鏡を見たけど、パサついて色褪せた茶髪に黄緑色の瞳を持つ私の色味は地味。あら、芋の皮と出てしまった芽と同じ配色だわ……
痩せすぎでギョロついた瞳もなんとか肉がついたことでマシになり、手も女性らしく柔らかくなったが、胸は成長しそうもない。きっと筋肉質の門番の方が大きそうだ。
ひたすらこの半年間は指示されるままに勉強してきたが、不安でデリックに聞いてみる。
「ねぇデリック。マナーを学んだところで私の容姿で王太子の興味をひけるの?田舎っぷりで関心をひける自信はあるけれど、好意を抱いてくれるとは……」
「確かに今のままでは無理ですね。ですがちょうど明日にでも解決します」
※
「この子がデリックの見つけた女の子ねぇ。ふふふ、腕がなるわぁ」
翌日になると大きなカバンを持った大きな女性が私を訪ねてきた。彼女は凄腕の美容家フェネルさん。デリックとは幼馴染だそうで、銀髪に新緑の瞳を持つ迫力ある長身美人。でも風邪を召しているのか、おっとりした少しハスキーな声の持ち主。
「フェネル、この芋娘を変えてくれ。王太子の好みは伝えてあるとおりだ」
「レディに芋娘だなんて失礼だわ!嫌な男ね~」
「いいえ、私自ら芋娘を名乗っているので」
「もう駄目よ!ソフィーナちゃん、女の子はみんなお姫様なのよぉ。さぁデリックは部屋から出てちょうだぁい」
デリックが砕けた言葉を使うのを初めて聞いた。フェネルさんとの親しいやり取りを聞いて何だか胸がざわめくが、ざわめきの正体を考える暇などすぐに無くなった。
顔に白い泥を満遍なく塗られ、その間に髪を切られる。顔の泥を落とすと次は髪が黄色い泥まみれにされ、その間にまゆげを容赦なく抜かれる。
「痛ぁぁぁい!」と言ってみたものの、この間は痛くても何をしても一切動くなと指示され、体がカチコチに固まって辛い。
ようやく解放されたと思ったら、男爵家に来て一人だけつけられた侍女ネネによって濁った湯船に入れられ、チクチクするボールで全身を磨かれる。くすぐったくても、恥ずかしくても抵抗は一切禁止された。
デリックのスパルタダンスレッスンより疲れた。他の令嬢たちもこんな大袈裟なケアをしているのだろうか?お金も時間も体力も精神力もかかり過ぎだと思う。
お風呂が終わりワンピースに着替え、緑色の苦いドリンクを渡され一気にに飲み干す。食べたことある味だ……そう、懐かしい雑草の味がする。春に畑のフチに生えてたの食べたなぁと懐かしい気持ちと共に「終わった……やっと解放される」と安堵していたら
「あらあらぁ~ソフィーナちゃん、疲れた顔は駄目よぉ。これからが本番なのに」
「え、まだあるのですか?」
「当たり前じゃなぁい。今までのは事前準備よぉ準、備♪さぁイスに座って~変身するわよぉ」
逃げ腰になる私はフェネルさんとネネに捕らえられイスに座らされる。
するとフェネルさんは私の顔に白い粉を振りかけた後、テーブルにカラフルなパレットを広げ瞼や頬、唇にそれを擦り付ける。その間にネネによって油を頭にかけられ、櫛で髪を撫で続けられた。
意味も分からずまたもや目を閉じて一切動くなと言われる。くしゃみを我慢しつつ再び体がカチコチになった頃、フェネルさんに終了を告げられる。
「さぁ鏡を見てごらんなさい。これが貴女よぉ」
目を開き、固まった体をフェネルさんに支えられ鏡の前に立つ。
「え、どちら様?」
「ソフィーナちゃんに決まってるじゃなぁい」
鏡に映る自分の姿が信じられず、呆然と立ち尽くしてしまう。すると部屋の扉がノックされ、ネネに呼ばれたデリックが入って来た。
「ソフィーナ様、拝見させていただきま……す……」
「デリック……?」
デリックは私の顔を見るなり、目を見開いたまま固まってしまった。私だって自分でも容姿の激変に驚いたんだから、デリックが固まる気持ちも分かる。
鏡に映る私はまるでお姫様なんだもの。パサついた髪は艶やかな亜麻色の絹糸のように流れ、畑仕事で日焼けし荒れていた肌がつるりと滑らかになり、大きな目は可愛らしくみえる武器になっている。村にいた頃の私の面影を探すのが大変なほどに、別人に生まれ変わっていた。
フェネルさんは天才だ!
私はわくわくしながらデリックの反応を待っていると、フェネルさんが感想を急かす。
「デリック!私の作品はどうかしら?もう芋娘なんて言わせないわよぉ」
「あぁ、予想以上だ。素質は分かって勧誘したが…………うん、これは随分と可愛いな」
「───!!」
急激に頭に熱が集まり、私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。デリックが手で口元を隠しつつ、真顔で私を真っ直ぐに褒めてくれるなんて初めてだ。これはイケる!
「デリック!フェネルさんの魔法のお陰で私は王太子を落とせる自信がついたわ。やっと私も役にたてる……ねぇ?そうでしょ」
私は自信満々に聞いたが、デリックは前と同じく一瞬だけ悲しげな瞳になったあと、いつもの微笑みに戻る。フェネルさんはデレデレしてる。
「デリック……?」
「そうですね。さすがソフィーナ様です。本日よりフェネルもこの屋敷に滞在します。淑女の仕草をフェネルより学んでください」
「ソフィーナちゃん、宜しくねぇ。魔法だなんて嬉しいわぁ」
「はい、お願いします」
デリックの反応が気になるものの、いつも通り反射で返事をしてしまった。きっと聞いてもデリックは答えてくれないと思い、気にしないことにした。
それからフェネルさんによる「男の心を掴んじゃうぞ☆テクニック」を教えられた時は胡散臭いと思っていた。しかしデリックの前で試すと鉄壁の微笑みが崩せるのが面白くて、フェネルさんと色々研究したなぁ。
「ソフィーナ様、何か楽しいことでもありましたか?」
「えぇ、この1年を思い出していたの」
王都へ行く馬車の窓から外を眺めながら思い出に浸っていると、つい顔が緩んでいたようでデリックに聞かれてしまう。
令嬢レッスンは厳しいし、王族相手に不敬な事を企てており、失敗すれば死ぬかもしれないプレッシャーもあって怖かった。でも楽しいこともいっぱいあった。
もしただの村娘のままなら美味しいご飯も食べられなかった。字を習うこともできなかった。新品の服を着ることも出来なかっただろう。
「デリック、私は成り上がってみせるわ。王太子を落として、国を変えてやるんだから!」
「期待しております。俺が全力でお支え致します!」
私はたくさんのものを与えてもらった。これこらは私が返していく番だと、改めて覚悟を決めた。