ミナト
あふぁぁぁ。欠伸ばっか出る。
古文の授業ってつまらん。何語だよって感じ。只今補講の真っ最中。
ぼーっと授業を受けた後、小田と一緒にラケットバッグを背負って部室棟に向かう。
「宗哲、つき合い悪くてごめんな」
「昨夜のLINEのこと?」
「それそれ。オレ、カノジョを不安にさせるよーなことはしたくなくてさ」
「なんだよ。かっけーじゃん」
「ははは。ホントは、時間と金がいっぱいいっぱいってーのが理由」
「そんな理由かよ」
「うぇぇぇぇぃ」
小田は腰を揺らして踊る。BAKA。
「うぇぇぇぇぃ」
オレも一緒に踊る。BAKA。
「うぇぇぇぇぃ」
通りかかったテニス部の同期も並んで一緒に腰を揺らす。
「うぇぇぇぇぃ」「うぇぇぇぇぃ」「うぇぇぇぇぃ」
見かけたテニス部の同期が走って寄って来て、みんなで腰を揺らす。BAKAばっか。
10人くらいで踊りながら歩いて部室に入って行った。
着替えていると、小田が耳元で「今日、詳しく聞かせろ」と囁いてくる。
「詳しくはちょっとムリ」
「じゃ、ざっくりと」
部活の後はサイゼリヤでわいわい。本日は8名。
「なーなー。ミナトのお祝いしよーぜ」
「ミナトなんかあったの?」
「フラれた」
「園田さんに?」
「なんで?」
「好きな人ができたんだってさ。門川半蔵。くっそう」
「うっわー。修羅場」
「園田さん、きれーだもんなぁ。ミナト、残念だったな」
「ミナトの失恋を祝ってー」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」
「半蔵はなー。野球部のエースだもんなー。相手が悪いって」
「野球部のエースだからって、人の女取っていのかよ」
「ミナト、半蔵のこと殴っとけ」
「野球部に暴力沙汰はあかんって」
「よし、オレが半蔵の上履きにこっそり鼻くそつけといてやる」
「地味過ぎだろ、宗哲。ははは、気づかねーよ」
男も恋バナくらいする。傷を舐め合ったり抉ったり。
「宗哲ぅ、オレと一緒に合コンしよ」
抉られた。オレ以外はカノジョあり。ピンポイントで来やがった。
ミナトはオレの首にがしっと腕を回して、邪な友情を深めようとする。
「誰かミナトと宗哲に女の子紹介してあげろよ」
「17の夏って1度っきりだもんな」
ぐさっ
言葉の刃がオレを傷つける。我慢だ我慢。こいつらは単に友達思いなんだ。
!
ミナト。いいかも。
友達思いのテニス部の一員であるコイツなら、オレの頼みを断らない。しかも、現在カノジョなし。ももしお×ねぎまなんて名前を出せば尻尾を振ってついてくるだろう。なんてったって、女の子大好き。
やっぱ、やめとこ。
ミナトは育ちの良さそうな天然イケメン。フェミニスト。緩くウエーブした茶髪の王子様的外見。はじめしゃちょーに比べれば霞む凡人だが、一般的に見てかっこいい。
「オレは合コンはいいって。自然な出会いがいいから」
うっとおしいミナトの腕を首から外して合コンを断るオレ。
「なに乙女なこと言ってるわけ? 宗哲。出会いなんかなんでもいいじゃん。自然な出会いして相手にカレシがいるって後から分かるより、『カレシ募集中です』って女の子から選んだ方が確率いいじゃん」
「そんなこと言って、ミナト、園田さんとは合コンで出会ったんじゃねーじゃん」
「おう。出会いなんてねーよ。いきなり待ち伏せして告ったんだから」
初めて聞いた。ミナト、すっげー勇気ある。漢じゃん。
ミナトに告られたらなー。女の子は「いいよ」って言うよな。
「そんな好きだったんだ?」
「どストライクの外見」
「外見かよ」
「そんなもんだって」
園田さんは綺麗な女の子。吹奏楽部でフルートを吹いている。どちらかと言えば、大人しいタイプに見える。歩き方も楚々とした感じ。そういえば、ミナトの前のカノジョも2コ上の物静かで清楚な雰囲気の人だったっけ。
ってことは、ねぎまはミナトのタイプじゃないってこと。ねぎまは華やかでぴゃぴぴゃぴの部類。ミナトの好みのタイプが静なら、ねぎまは動。
「ミナト、この後、話したいことがあるんだけど」
こっそりとミナトに耳打ちしておいた。
店を出ると、ミナトが「そーてつ」とオレに駆け寄ってきた。
「小田も一緒に」
「おう」
3人でぶらぶらと横浜駅の東口を抜け、SOGOを抜ける。自販機で飲み物を買って、川沿いの手すりにもたれて腰を下ろした。
「あのさ、ミナト。お前、ももしお×ねぎまの相談に乗る気ある?」
「はああああああ?! ももしお×ねぎま?!」
ミナトがジュースを噴き出しそうなくらい驚く。
「どーなんだよ。ないなら、この話はなかったことに」
「あるあるあるある。すっげーある!」
タイプじゃなくてもいいのか。ミナト、節操ねーな。
「宗哲さ、何があったわけ? オレも昨夜LINE見て、びっくりしたしー。ももしお×ねぎまのこと、近くで見たことないなんて言ってたくせに」
小田の言う通り。昨日まで近くで見たことなんてなかったよ。
「昨日さ、ももしお×ねぎまが困ってたところを、偶然助けた? ん? 違うか。手助けくらいかも。とにかく、そんなことがあったわけ」
「「ぜんぜん分からん」」
「で、2人から相談にのってほしいって言われて」
「ふーん」
「ほー」
「なんかさ、ある男の人が怪しいことしてるから一緒に調べてくれって」
「なんじゃそれ」
小田はあんまり興味がなさそう。
「怪しいって?」
「まあ、ATM関連? 的な?」
ミナトは食いついてきた。
「なになになにそれ。警察だろ。調べるのは」
「知ってる男の人らしくて。これ以上は関わるって決めてから、あいつらから聞いた方がいいかも」
「関わる」
「ミナト、早ぇな」
「なーなー、ミナトはももしお派? ねぎま派?」
小田はまったく能天気。
「清純派天然系美少女、ももしお派」
ヨカッタ。取り敢えず被ってない。
「小田は?」
「オレ、ももしおの顔にねぎまの胸がくっついてたらいーなーって。宗哲は?」
「ねぎま派だった」
「『だった』ってなんだよ。過去形?」
「昨日初めてしゃべったんだけど。ねぎま派だって分かった」
「真っ赤じゃん、宗哲。うぇぇぇぇぃ」
つんつん
小田がオレの脇腹をつついて遊ぶ。
「へー。宗哲、あーゆーセクシー系がいいんだ?」
「ぃや、そーゆーとこじゃなくて。いや、そこもかもしんねーけど。なんか、ふわってしてて」
「ふわっとしてるかどうかなんて、揉んでみないと分かんねーじゃん」
「おい! なんてこと言うんだよっ。エロ小田」
「痛っ。宗哲、痛い。離せ。悪かった」
オレがつんつんしていた小田の指を握ったから、小田が慌てる。
「あ、言っとくけど、ももしおって、どっちかってゆーと、体育会系かも。夢壊れたらごめん」
「「え、そーなの?」」
その場でオレは、ももしお×ねぎまにミナトのことを連絡した。
メッセージはすぐに既読になって、ももしおからLINEが来た。
モモ『今どこにいる?』
返信。『**ってパン屋の横の川のとこ』
またまた既読になる。
モモ『すぐ行くから7分待ってて』
「7分って微妙な数字。5分って言えばいいのに」
小田と3人で待つつもりだった。でも小田は「オレ、帰る。じゃな」と立ち上がる。
そんなにカノジョが大事か。男らしいぞ、小田。
「ももしお×ねぎまに会わねーの?」
ミナトが引き止めた。
「やめとく。ヤバそう」
そっちかよ。
「「じゃな」」
「もしなんかあったら、オレに連絡しろよ。110番してやっから」
「頼んだ」
いいヤツ。
小田の姿が小さくなった少し後、同じ歩道をばたばたと向こうから2人が走って来た。ももしお×ねぎま登場。
「おまたせ!」
しゅたっと手を挙げて挨拶したももしお。
「宗哲クン、待ってくれてありがとう。あ、どーも」
ねぎまは隣にいたミナトに会釈する。
「ぜんぜん早かった。あ、コイツが男テニの」
「私、ちょっとパン買ってきていい?」
「ええ、シオリン、また食べるの?」
「ここのパン、美味しいんだもん」
「じゃ私も」
人の話を遮って、あっという間に2人はパン屋に入って行った。
「ホントだ。なんか、体育会系。見た目と違ってばっさばさかも」
ミナトがくすっと笑う。
しばらくすると、デカい袋を持ったももしおとジュースのボトルだけを持ったねぎまが出てきた。
ももしお×ねぎまは、パン屋の外に用意されているリゾート地にあるようなテーブル席に着いた。女の子だもんな。オレ達みたいに柵にもたれて地面に座るわけにはいかない。
おい、ももしお、脚くらい揃えろ。ひだスカートが守ってくれるとはいえ、自然な角度で開いた状態。短いスカートの裾から白い内ももが見える。
その点、ねぎまは足を揃えて座っている。うんうん。これ。
「男テニのミナト」
「ども」
「ミナト君だぁ、やったー! サンキュー宗哲君」
ぺしっぺしっと隣のねぎまの腕を叩いて喜ぶももしお。
あれ? ももしおって、CNPが好きなんじゃねーの? あれだあれ、イケメンならOKってやつ。
「オレのこと知ってたんだ?」
「うん。ね」
「ね」
オレの時と同様に目配せして首を傾け合うももしお×ねぎま。嫌な予感しかしない。