長い物には巻かれろ
「お父さん、その人って上司?」
「違げーよ。議員。っと、忘れろ」
「宗哲、仕事の話だから忘れなさい。男だろ」
「はい。もう記憶を辿ることはできません」
あー、なんかオレって、社会に出たら、組織悪に取り込まれるタイプかも。
「オレはぁぁ、尊敬してたんだよぉ。仕事頼まれたとき、すっげぇ嬉しくて。なのに、海外旅行って」
「お父さん、最近イラついてたのって、それだったの?」
「連絡取れない。しかも1週間も」
「よしよし。理不尽なことってあるんだよ。世の中ってそんなもんだ」
父を慰める祖父。
「あのさ、議員だったら、ホームページとかあるんじゃない?」
ぱりっ
ぱりぱりぱりぱり
ばりばりばりばり
諭吉とポテチを食べながら会話するオレ。
「宗哲、忘れなさいと言ったのに」
「見たよ。体を壊したことになってて」
「本人じゃなくて秘書の人に聞いてみたのか?」
人に忘れろと言ったくせに、祖父は「議員」限定で質問する。
「秘書達もみんな休暇や出張だとさ」
「議員って、県の人か市の人か知らないけどさ、1週間もいなくても大丈夫なんだ。そっか、夏休みだもんなー」
「なに言ってるんだ、宗哲。秘書がいるなんて、たいてい国会議員だろ。県会議員にもいるかもしれんが『みんな』って言うほどの人数の秘書を抱えるなんて国会議員しかいない。国会議員なら公設秘書がいる。私設秘書も」
「親父。引っかけたな」
「お祖父ちゃんって」
やばっ。「ボケなさそ」って言いそうになっちまった。
「変だな」
「「なんで?」」
祖父の言葉に父と一緒に首を傾げる。
「国会議員なんて、夏休みをそんなに取るはずがない。地元との顔つなぎやらなんやらで忙しい」
「本当に体を壊してんじゃない?」
「だったらぁなんで、オレにぃ海外旅行なんてメールを送ってくる? しかも、しかもだ! その後送ったLINE、既読にならない。せめて読んでくだーさいっ」
父の目が完全に座っている。
「お父さん、その人と親しいの?」
なんとなく、ビジネスだったらメールって印象だったから聞いてみた。国会議員の先生が父とLINEする仲って。不思議。スタンプとか使うのかな?
「大学のずっと上の先輩。だから、もし病気ならぁ、お見舞いに。zzzzzzz」
まさかの、寝落ち。
「こいつがこんな風に荒れるなんて久しぶりだな」
「へー。オレ、初めて見た」
「こんなデカい男、運ぶの嫌だな。ここに寝かせとこう」
父は身長180センチ、推定体重75キロ。
「せめてソファに乗せる?」
「大丈夫だろ。寝袋で寝るようなヤツだから」
父は大学時代山岳部。今でも時々山に登る。
「大人って大変なんだな」
ぼそっとオレが呟く横で、祖父はスマホを弄っている。
「国会議員で、大学の先輩っと」
「お祖父ちゃん、何調べてんの?」
「ん? こいつの言う、議員」
「誰かヒットした?」
「ずらーっと出てきた」
父はマンモス校出身。
「ずっと先輩って言うくらいだから、お父さんより4歳以上年上だよね」
「そうか」
「経済学部の先輩か山岳部の先輩じゃないと接点ない気がする。尊敬してるって言ってたし」
「経済学部は少ないな。国会議員は法学部の方が多い。せめて衆議院か参議院か分かれば」
「じゃ山岳部?」
祖父は目を細めながらスマホ画面を見ている。
「山岳部かー。ん?」
「どうしたの?」
「いた」
「誰?」
「与党の大物。衆議院議員。ブログが入院中んなってる」
祖父のスマホを覗き込むと、精悍な老紳士の写真があった。
黒い髪をオールバックにして、未来を見据えているかのような眼光をしている。
名前は、富士峯岳。政治に興味のないオレでも顔を知っているほどの大物。なんかの大臣を務めたことがあったような気がする。
「お父さんって、こんなすごい人から仕事頼まれたんだ。そりゃ頑張るよな」
「ま、こいつは誰に頼まれたって、頑張るやつだけどな。要領悪いから」
祖父は父の顔の下にクッションを置き、押し入れの中からタオルケットを出してかけた。
がばっ
「日本のぉ秩序はどお、な、るんだっ」
「うわっ」
父は半身を起し、大きな声で寝言を言い、パタッと倒れて寝た。びっくりしたー。
「ふー。日本の秩序か。確か、富士峯岳は前の財務大臣だ」
「そっか。お父さん、シンクタンクにいるもんな。仕事を頼まれるとしたら、経済方面か」
「今の総理大臣と意見が合わなくて、今回は指名されなかった」
「ふーん。その人、同じ与党なんでしょ?」
「与党はでかいから。その中に派閥がいっぱいある。富士峯岳は与党の第2派閥のトップ。宗哲、少しはニュースも」
「はい」
祖父の話を遮るように返事。おっと、祖父が「しょうがない」的な目。
「ネットで病気と発表して海外旅行か。普通、そんなことしないだろ。よほど深刻なお忍び旅行なのかもな」
ぐびっ
祖父は父のグラスに残っていた焼酎を美味しそうに飲み干した。
「え、お忍びって? 女ってこと?」
頭の中が週刊誌風になってしまって失言。
「宗哲。あんな大物がそんな目立つスキャンダルするわけない。どーゆー発想だ」
「……」
「内密に進めなきゃならないようなことを、こっそりと話し合うためってことだよ」
「こっそり」
「ま、下々の者には分かんない話があるってことだろうな」
「下々の者のための政治じゃないの?」
「だろうけど、人間って置かれた場所で結構上手く生きていくんだよ。年貢取られても隠し米して、戦争があったら徴兵されて軍でわいわい暮らす。周りも一緒なら、価値観なんてどうにでもなる。貧乏にも慣れるし、殺し合いも正しくなる」
「そっかなぁ?」
殺し合いはダメだろ。
「長い物には巻かれろ」
「自分の意見は?」
「時代次第だろ」
若人に対しての教えじゃないと思う。本音すぎ。
「それでも戦争は良くないって、お祖父ちゃん」
「アメリカの大統領は、どっかの国を攻撃すると支持率が上がるぞ」
「ここ日本だし」
「日本はどうやって民主化された?」
「お祖父ちゃん、まさかの軍国主義?」
「違う違う。ただ、日本がロシアの一部になってたとしても中国の一部になってたとしても、下々の者ってのは、受け入れて、結構強かに生きてたと思うってこと」
「そーなのかなぁ?」
想像もしたことねーし。
「自分の土地が織田になろうと武田になろうと、農民は田植えをして稲を刈る」
「お祖父ちゃん、自分が農民って前提じゃん。先祖は武士がいい。かっこいいじゃん」
「家系図も何もないから、いいとこ足軽だろ」
「がっかり」
いつの間にか、コリー犬の諭吉はエアコンの特等席のオットマンの上で、仰向けになって寝ている。足を乗せるためのオットマンなのに、畳1畳よりちょっと短い程度の特大サイズ。諭吉、腹冷えるぞ。
祖父が飲むのにつき合い、グラスやお菓子を片付けて就寝。
ベッドで小田以外の誰をももしお×ねぎまの件に巻き込もうか考えているとき、祖母と母が笑いながら玄関の扉を開ける音を聞いた。
ってかさ、祖母と母、帰り遅すぎ。1人で出かけると、祖母は祖父に、母は父に何か言われるからか、割と帰りは早い。が、2人で出かけると帰宅は0時過ぎ。ばーさんとおばさんでどーゆー遊びしてるんだか。謎。
あー。それにしても。
誰かいるか? ももしお×ねぎまの件に巻き込めるヤツなんて。
カノジョなし、カノジョなし。お、アイツは? でもなー、口軽そうだよなー。ヤバそうなことなのに。
じゃ、アイツ。ダメだ。高校生クイズで忙しい。
そんなに親しくなくても信用できるヤツがいいかも。ももしお×ねぎまを持ち出せば、ヤローだったら釣れそう。ケンカとか強けりゃ尚更OK。オレの周りって武闘派はいない。進学校らしく穏やか。柔道部、空手部辺りに誰かいるか調べてみよう。
イケメンはやめとこ。
ねぎまがイケメンとくっつくとこなんて見たくない。
ま、その辺は大丈夫だろう。イケメンはサッカー部とバスケ部に集中してるから、柔道部、空手部にはいないはず。
ところでねぎまってカレシいるのか?
ももしおはCNPに憧れてるってくらいだからいないだろ。
うーん。ねぎまにもしカレシがいるって知ったら、オレ、がっくりくるよな。CNPのこと頑張る気力なくなるよなー。
つき合ってるとしたら、年上だろーな。高3とか、大学生とかさ。社会人が相手って聞いたとしても納得。大人っぽいもん。大人なつき合いなんだろな。あれを我慢できる男はいねーだろ。
ダメだ。望みないって方向にしか考えられない。
寝よ。
翌朝7時。朝食のためにダイニングに行くと、父は仕事に出かけた後だった。タフ。
もちろん、その前に朝食の用意は夜遊びした母がしているわけで。タフ。
祖父は1時間の諭吉の散歩を終わらせていたし、祖母は朝、畑で野菜を収穫し終わっていた。
「母さん、私のリストバンドは?」
「汗臭いから洗ったわ」
妹も起きている。
「兄貴は?」
そう言えば、兄に最近会ってないかも。祖父に聞いてみた。
「あいつなら、さっき帰って来た。寝てるだろ」
時間帯は違っても、ある意味タフ?