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元イケメン投資家CNP

カウンターの上、目の前にはA4の地図が置かれた。ポストイット付。


「あのさぁ、さっきの人って浮浪者っぽくなかった?」


「かもしんない」

「違うと思う」


おや?

「かも」と言ったのはももしお。「違う」と言ったのはねぎま。


「なんで『違う』って思う?」


オレはねぎまに質問した。

他にも聞きたいことは山のようにある。どうしてオレを巻き込むのかとか、オレじゃなくてもいいんじゃないかとか、地図まで用意してどんだけ真剣なんだよとか、どうしてそんなに色っぽいのかとか。


「あのね、あの茶髪の男の人が声かけてるのって、ATMに連れてくためみたいなの。浮浪者って口座を持ってると思えないから。どこの誰かって分かんなきゃ、利用できないじゃん」


「「なるほど」」


オレと一緒に頷くももしお。おい、人に相談する前に2人の考えくらいまとめておけよ。


「それにね、観光地として外国人を呼ぶために、浮浪者の見回りが厳しいみたいなの。浮浪者がいたら、シェルターを紹介したり生活支援をしたりしてるって聞いたことがあって。だから、どや街に住んでるんじゃないかな」


「どや街?」


なにそれ? 初耳。


「すっごく安い宿泊施設がいっぱいあるとこ。日雇い労働者とか仕事のない人がいっぱい住んでるとこ」


今度はももしおが教えてくれた。


「へー」

「どや街知らなかったなんて、宗哲君ってぼんぼん?」


可愛く首を傾げるももしおは軽くオレをディスる。


「ぼんぼんじゃねーけど、知らんかった」


オレって、自分に関係ないことは左の耳から右の耳に抜けていく。古希特需制度も知らなかったしさ。お笑いやスポーツ情報のこと知ってれば、友達関係は楽しくやっていける。他に興味なし。


「じゃさ、生活保護とかのお金巻き上げてるとか?」


おお、オレでも社会問題の1つを知ってたじゃん。生活保護を受給させて、住むところや仕事を提供してお金をまきあげるってケースがあるらしいことを思い出したオレ。


「CNPさんがそんなことしてるなんて。そんな」


ももしおが暗い表情で呟いた。


は?

誰それ。


「シオリン、まだ決まったわけじゃないから」


ねぎまがももしおの肩に優しく手を置いた。


「CNPさん? 誰それ」


とオレが質問すれば、どんよりとしたももしおの向こうから、ねぎまが説明してくれた。


「CNPさん、って人は、株で億の資産を築いたカリスマ投資家。あの、黒い服着てた茶髪の男の人。シオリンが憧れてた投資家なの。でもね、いつの間にかツイッターもブログもなくなってたんだって。そしたら横浜駅で見かけて。怪しい人がいるなって思ってたら、シオリンがCNPさんだって」


「カリスマ投資家?!」


なんでそんな男が。


今度はももしおが話し始めた。


「CNPさんはすっごい投資家だったの。私、小学生のとき親に勧められて株を売買してて。CNPさんに憧れて、よくブログ読んで投資の参考にしてたの」


すっげ。ももしお、小学生のときから株持ってたんだ。セレブっぽぉ。


「株かぁ」

「とにかくね、シオリンが憧れた頭が切れる渋いイケメン投資家なの」


妹もそうなんだけどさ、女って、イケメンならなんでもいいわけ?


「へー」

「私ね、CNPさんにまた投資家として復活してもらいたいの。もし良くないことをしてるなら、やめてほしいの」

「……」


なんと。被害者の老人を救いたいわけじゃねーのかよ。ちょっとがっかり。弱きを助け、悪を憎むって正義感から爺さんを助けたと思ってたからさ。要するに下心じゃん。あほくさ。

オレの心の中を見透かしたのか、ねぎまがすっと席を立ち、オレの背後に回った。

騙されるか! そんなことしたって退散してやる。どうせ思わせぶりで、振り向いたって目の前に胸なんてあるわけねーんだから。


くるっ


あった。うわっ、ボリューミー。D? E? 


「宗哲クン、お願い。私達だけじゃ怖いの。力を貸して」


顔を斜め上に向ければ、泣きぼくろと目が合った。おっと。泣きぼくろのすぐ上の瞳は真剣。


「分かった。だけど」

「きゃー、宗哲君、さっすが!」


いきなり息を吹き返したようにももしおがはしゃぐ。そしてぶんぶんとオレの体を揺らしてくる。


ぽよん ぽよん



当たった。グッジョブももしお。オレの後頭部は見事、ねぎまの神聖な部分にバウンドしたのだった。

うっわー。今日で1年分の運を使い果たしたな、オレ。


「ごめっ ////// 」


一応謝罪。あかん、耳が熱っ。


「あっと、ごめんね、マイマイ。当たっちゃった」


ももしおも謝ってくれた。心の中でももしおに感謝。


「だけどなに?」


ねぎまは自分の胸にオレの後頭部が当たったことはスルーして、オレの言葉を拾った。

自分が言おうとしていることを忘れるところだったじゃん。頭の上から降ってきた疑問符付きの言葉に冷静さを取り戻す。


「なんかヤバそうだから、男がオレだけってのは嫌。もう1人、誰か巻き込んでいい?」


オレの言葉にももしお×ねぎまは首を縦に振った。



その後、ポストイットの付いた地図について説明を受けた。

ポストイットにはCNPを見かけた場所に貼られ、日時が書かれていた。どれも夕方から夜にかけて。西口五番街周辺が多い。ポストイットは7か所。


「あのさ、2人とも部活あるから、夕方から夜しかこの辺ぶらぶらしねーじゃん?」

「「そーだね」」

「つまりさ、他の時間もうろついてるかもしれないってことか」

「「そーだね」」

「金受け取ってる素振りはある?」

「ううん。白い小さい紙、ほら、残高とかの。あれを貰ってるみたい」

「へー。じゃさ、金渡してる感じは?」

「去年、マイマイが見たんだって。分厚い封筒渡してるとこ」


「うん。それはね、コンビニじゃなくって銀行のATMだったの。渡してたのは、分厚い封筒とカード。一目見てお金って思っちゃった。でね、銀行の前で待ってて、お爺さんが出て来たらカードと残高とかの紙を受け取ってた」


「金を入金させてたのか。爺さんに出し子をやらせたわけじゃねーんだな」


出し子とは、振り込め詐欺なんかの犯罪に利用された預金口座から現金を引き出す役のこと。


「宗哲君、出し子って言葉は分かるんだ」

「ももしお、いちいちイジるなって」


「やっぱ私って、男子にももしおって言われてるんだ?」

「あ、悪ぃ。つい」


「大丈夫、宗哲クン。知ってるもん。私はねぎまって呼ばれてるんでしょ?」


ねぎまが目を細めて唇の両端を綺麗に上げた。泣きぼくろが一緒に微笑む。


「そーです」

「ちょっと、どーしてマイマイにだけ敬語遣うわけ?!」


「いや、なんとなく。つい」


「いかにも大金が入ってそうな封筒を渡したのを見かけた、その時が最初。それで気になってて。別の日にシオリンと一緒にいたとき、お爺さんに話しかけてたの見たの。でね、変なんだよって、怪しいって男の人がいるってシオリンに話したの」


A4の地図を見れば、銀行のところに去年の5月の日付のポストイットがあった。1番古い日付だ。


「すっごくびくりしたの。だって、横浜歩いてたら、ブログに載ってた写真のまんまのCNPさんがいたから。想像してたのより猫背だなとか、でもやっぱり本人だよね?とか思ってたら、マイマイが『あの人、この間もお爺さんに話しかけてた』って言うから」


「カリスマ投資家ねー。本当に本人? だってさ、カリスマ投資家だったら金持ってるんじゃね? 基本、充分な金持ってたら、怪しいことに手ぇ出さないと思うけど」


「ギリシャショックだっけ、中国バブルがはじけたころだっけ。いつだったか分かんないけど、ブログに何千万損しましたとかって言葉が何回か載って、毎日だったブログの更新が1週間に1回になって、そのうち全くなくなって。ツイッターでも何にも呟かなくなっちゃって。ホローしてたのに。でも、もう私、忘れちゃってたの」


ももしおは泣きそうな顔で俯く。


「へー。億とか何千万とかすげーな。で、そのCNPって人、何歳?」


ちらっと見た限り、くたびれたオッサンにしか見えなかったけどな。


「私が小学生のときに35くらいだったから、今40代だと思う」

「ももしおって、ジジ専? 枯れ専?」

「宗哲クン、40代じゃまだまだ。ジジ専や枯れ専の人に失礼。ねぇ、シオリン」

「2人とも分かってない! 歳なんて超越してるの。それくらいステキな人なんだから。デイとスイングでもんっのすごぉい勝負してたんだから。分かる? 自分が今、上下する相場のどこに立っているか分かんないとこで、ガンガン攻めて資産築いてったんだよ!?」


デイ? スイング? なにそれ。

勝負? 株って投資なんじゃねーの?


「シオリン、いつものことだけど、専門用語分かんないよー」


ねぎまがももしおにクレーム。


「ブログがね、とっても素敵だったんだから。初心者の私の質問にも丁寧に答えてくれて『心が折れたら一休み』『冷静な判断力だよ、うさぎちゃん』って」

「けっ。うさぎちゃん? きっざー。ははははは」


思わず笑うと、ももしおに睨まれちまった。おっと。


「私がぴょんぴょんうさぎってネームだったの!」


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