告られるんじゃね?
客間は2つ。ダン爺は母屋の6畳間で寝ることになった。オレ達4人は、離れの8畳間、床の間と仏壇がある部屋。隣の部屋の押し入れには山のように座布団がある。要するに法事用の部屋。
川にもう1本足した形に布団を4組敷いた。
なんかさ、女の子と一緒の部屋に寝ていいわけ? これってどーなの?
小学生と間違えてない?
「宗哲の妹、可愛かったー。よく食べてよく笑う子だなー」
「うん。すっげー食う。アイツ。ももしおと張るよな」
「あはは。シオリンと似てたね」
「自分でも思ったー。男の好みも似てるかも」
は?
「オレの妹は、たぶんジジ専でも枯れ専でもねーぞ。知らんけど」
「宗哲君、いつの話してんの? 今の私はもう生まれ変わったの」
「あふぁ、眠っ」
そんな話はどうでもいいといった感じで、ごろんとミナトが入り口に1番近い布団の上で横になった。疲れたよな。今日は。
「あれ? ミナト君、もう寝たの? 早っ」
4つ並んだ1番端でミナトが寝たってことは、オレは女の子の隣で寝ることになるわけで。いや、何もねーよ。何もねーけど、隣の布団で寝顔とか見れちゃったりするわけ?
「私、宗哲君の義理のお姉さんになりたいかも」
「は? なに言っちゃってんの? ももしお」
「シオリン、宗哲クンのお兄さんに一目惚れなんだって。でもね、ブラコンの妹さんがいるもんね。強敵よね」
ブラコン?
「へ? 妹とそんな話したわけ? なに、妹って兄貴のこと好きなわけ?!」
「だと思うよ。ね、マイマイ」
「私もそうだと思う。ほら、少女漫画の話したじゃない。アキちゃんってのはお兄さんのことを男の人として好きな女の子だって。最初、妹さんは宗哲クンを好きなのかと思ってたけど」
「絶対違うよね。あんなにステキなお兄さんがいたら。そりゃ好きになっちゃうよね。あっちのお兄さんのことだったんだー」
「ね」
「ね」
確認してもいないのに、兄貴を見ただけで決めつける2人。得意だよな、「ね」「ね」って首傾けるの。
幻想を壊すようで悪いけど、兄妹なんてゲロゴローな設定さー、少女漫画だけだって。
ばん
「お兄ちゃん! 部屋にいないと思ったら、こんなところに」
突然、ふすまを全開にして妹が乱入してきやがった。
「なんだよ勝手に。もう自分の部屋で寝ろよ」
追い払おうとすると、妹は、同じ方向を向いて並べて敷かれた布団をじーっと見た。
「こっちで寝るのはお兄ちゃん」
言いながら、端の布団を傾けて、ごろんごろんとミナトを転がして隣の布団に移す。
「なにするんだよっ。ミナト、大丈夫か」
「zzzzzz」
すっげー。ミナト爆睡。
妹はオレの横にぴったりと体をくっつけて座った。そして、
「どっちがお兄ちゃんのカノジョなの?」
プチ爆弾を投下。
「ちげーよ。どっちともちげーって」
「隠したってね、お兄ちゃんの好みなんて分かってるんだから。DVDの傾向から……」
「わーわーわー」
妹のとんでもない口を慌てて塞ぐオレ。
「「DVD?」」
「ごめん、ちょっとオレ、コイツを寝かしつけてくる」
仕方なく妹を連れて夢の部屋を退場し、母屋へ。涙。
「お兄ちゃん、寝かしつけて♡」
「殴って気絶させてやろっか?」
なぜか妹のベッドの脇で「くまのパディントン」を読まされた。なんの罰ゲームだよ。
真夜中にみんなが寝ている部屋へ行くと、空の布団の隣はねぎまだった。
ころん
そっと横になり、顔を自分の布団のぎりぎり端まで持って行く。ねぎまはこっちを向いて眠っている。少々の罪悪感よりも禁断の寝顔を見られる至福の方が勝る。
手ぇ伸ばせば届くじゃん。
柔らかい小さな黄色のLEDの下、泣きぼくろがオレを見張っているような気がした。
目覚めてびっくり。
ねぎまって、寝相悪かったんだな。だってさ、オレの布団の上で寝てる。しかも、反対向き。オレの右足を抱え込んで。オレの脇腹にねぎまの膝が当たってる。初めて分かった。オレ、脇腹弱いんだ。
まるで拷問。
気づかないふりするしかねーじゃん。
うっわー、寝息がオレの足首を直撃してる。
ヤバい。
トイレ行きたくなってきた。いろいろとヤバい。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ
障子からの淡い朝日の静寂の中で、突如フラッシュと連写音。
「ももしおかよ」
「おっはよ、宗哲君」
「写真撮ってないで、これ、なんとかして」
「マイマイはねー。大人っぽく見せてるけど、ぜーんぜん子供だから。寝相だって子供でしょ? 胸がでかいのだって、ただの遺伝で、実際はがきんちょだよ。バド部ではみーんな知ってるの。大丈夫だよ。起きないから好きにして」
好きに?!
していーのか? あーんなことやこーんなことやそーんなことを。
恐る恐る、起き上がる。そーっと脇腹をねぎまの膝から遠ざけた。次は抱え込まれている足。すね毛がないってコンプレックスの足をねぎまから抜き取る。
ふーっ
「なに写真撮ろうとしてんだよ」
「宗哲君の体がマイマイに反応してるかどうか」
「ももしお、お前、ホント口閉じろ」
トイレで一息。
がきんちょ……か。
よしっ
おっと、思わずガッツポーズしちまった。こーゆーことで喜ぶ男なんて小さいって分かってる。だけどさ、たかが17歳の高校生なんてこんなもんだって。好きな女の子が男性経験豊富だったら、腰引けるって。
認めよう。オレは小さい!
翌日日曜日、ダン爺と父は1日中いなかった。父の車もなし。
オレはその日、祖父からプレジャーボートのスペアキーを貰った。
「いつでも使え。ライジャケは絶対だぞ。それから出入港届を出すこと」
それ以外に何も言われなかった。
「あの、お祖父ちゃん、オレ」
「あーっと。年を取ったから心臓に悪いことは聞きたくない」
それで終わり。
月曜日、午後からの部活のためにぼーっと横浜を歩いていると、証券会社の電光掲示板にニュースが流れた。
「新党結成、富士峯岳。与党崩壊か」
もうできたんだ。へー。
石爺はこのこと知ってんのかな。知らねーだろーな―。
ぶぶー
マイ『石爺に、ダン爺が助かったこと伝えたいな』
LINEのメッセージだった。『オレも』と返した。
返した直後に気づいた。ねぎまが送ってきたのはオレにだけ。
ぶぶぶぶー
即、スマホが着信を告げた。
「はい、米蔵です」
『宗哲クン?』
「うぃぃ」
『ね、部活の後、時間ある?』
「おう」
『会える?』
「いーけど」
『じゃね。部活頑張ってね』
ぷっ
なになになにこれー! キタんじゃね? 告られるんじゃね?
だってさ、花火大会の日にももしおが言ってたよな。ねぎまがオレのこと「好きな子がいるかも」って泣きそうになってたって。泣きそう→オレのことを好きだから→オレだけへの個チャ→オレだけへの電話→2人で会う→告白。
どう考えてもこの線じゃん。
テニス部なんて行かずにシャワーでも浴びた方がいーんじゃね? いや、シャワーまでは必要ないか。いやいや、汗臭い男より爽やかな方がいいじゃん? ねぎまは本当はがきんちょだってことだからシャワーはまだ、って、いやいやいやいや、何考えてるんだよ。
取りあえず、部活の後に歯ぁ磨こ。
テニス部終了。片付けも終了。
部室棟で着替えていると、外がなんだか騒がしい。
「そっちは行っちゃダメ」
「戻って」
「危険だから、マイマイ!」
え? マイマイ?
小田が部室に駆け込んできた。
「おい。この部室棟の前に、バド部の女子がいっぱい来てっぞ」
皆が色めき立つ。
「なになになに、バド部?」
「バド部ってももしお×ねぎまんとこじゃん」
そっと誰かが部室の窓を少しだけ開けた。数人が窓から外を覗き実況中継。
オレはそれを聞きながら最速着替え。
「おおーっと、みんなが止めるのも聞かず、ねぎまが結界を破りました」
「バド部女子のみなさんは結界の外から見守っていますねー。距離は10mといったところでしょうか」
「美しいボディが獣道を、1歩、2歩と華麗に進んでおります!」
「あ、止まりましたね。女子にとっては噂通り、この辺りにはガスが充満しているんでしょうか。第二次世界大戦のときの不発弾が眠るという噂もありますから」
「バスケ部の部室3m前にあるバスケットのゴール横に佇んでおります。地上に舞い下りたアフロディーテか、青春映画の広瀬すずか、はたまたエマ・ワトソンか」
「いやー、美しい光景ですねー」
「「「「「「きゃ――――」」」」」」
「おおーっと、1人の男が走り寄ります。バスケ部のモテ男、上半身裸です。着替えている最中だったのでしょうか。更にもう2人、今度はサッカー部です。またまた上半身裸に白いタオル、更にサッカーパンツを腰まで下ろしています。結界の外で見守るバド部女子の皆さんのピンクの溜息と歓声が聞こえます!」
「いやー、我々には真似できませんね。鍛えられたボディを使ってのお色気作戦でしょうね」
「相手はサキュバスですから、ここはセクシーサンキューでいくしかありません」
ボコッ ボコッ
実況中継中の2人を軽く殴っておいた。どーゆーことだよ。サキュバスって。
バタン
急いで部室のドアを開けた。正直怖い。長身バスケ部イケメンとサッカー部のセクシーチャラ男。何が怖いって並んだときのオレの平民感。
それでも行くしかない。
服? もちろん着てる。自信ねーもん。つーか、帰る準備OK。歯磨きはまだ。
「あの」
1メートル離れたところから気弱に声をかけると、ねぎまの顔がぱああっと綻んだ。
「宗哲クン、迎えに来たの」
「は?」って顔のバスケ部、サッカー部の3人がオレを見る。
「悪い。オレ、約束してて」
気まずそうに言うと、3人は男のオレでも赤面しそうな細マッチョをずいっと寄せてきた。
「マジで? 宗哲?」
「つーか、なんで宗哲?」
「こいつ誰?」
ま、オレなんてこんなもん。
「宗哲クン、行こ」
「おう。じゃな。って、待てよ、ねぎま」
「「「「「がんばれー」」」」」」「「「「「「宗哲―」」」」」」
背後から男子テニス部の激励が聞こえた。
と、ねぎまを追うオレの横を、ももしおが駆けていった。男子部室棟の方へ。なに?
「男子テニス部のみなさん、流しそうめん大会を一緒にしませんか?」
「「「「「「うおおおおおおお」」」」」」「「「「「「やったー」」」」」」
ももしおの誘いの声の後、今度は怒号のような男子テニス部の歓喜。ももしおは、世間話でたった1回出てきた素麺スライダーを忘れなかったらしい。
オレは迫りくるビッグウエーブから逃れるかのように、ねぎまと学校を後にした。




