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小っさ

帰るとき、なぜか男子テニス部が手を振って見送ってくれた。


「うまくやれよー」

「いい報告待ってるからな」

「もしものために」


オレの右手に小さな四角い袋が握らされる。これってゴムじゃん。


「いらんわ」


ぱしっ


払いのけると地面に落ちた。


「意外とコストかかるんだよね。オレ、もらっていい?」


誰かが拾う。リア充め。

で、指定場所、川沿いのパン屋に来てみれば、既にミナトが待っていた。


「おい、ミナト!」

「ごめんごめん。なんか男バス怖くてさ。あそこでオレ、出ない方が良かったっぽくね? ややこしくなるじゃん」

「ずりー」


確かにそうかも。あの時、オレはバスケ部に「こいつなら敵じゃない」と認定されたわけだ。男の数に入れてもらえなかったってこと。でも、ミナトは相手を脅かす存在だろう。くっ。


「オレ、なんか食うもん買ってくる」

「おう」


パン屋に入ると、ももしお×ねぎまが「美味しそー」「かわいー」と言いながらぴゃぴぴゃぴとパンを選んでいた。


「宗哲クン、パンダ? コアラ?」

「パンダ」


ねぎまがオレのトレーにパンダのパンを置いてくれた。自分のトレーにはコアラのパン。


「これ美味しいよね」

「オレも好き」


至近距離のねぎまからはいい匂いがする。バスケ部の誰がねぎまを狙ってるんだか。気になる。でもさ、困って逃げるってことは、脈がないってことだよな。気にしない!

屋外のテーブルでオヤツタイム。いつもながら、ももしおは大食い。


「マイマイね、映画に誘われたんだよねー。バスケ部の子から」

「断ったから。その話はなしね」

「かっこよかったよねー。抱かれたい男ランキング2位だよねー」

「シオリン」


ぎろっとねぎまがももしおを冷たく横目で睨む。ぴたっとももしおは静かになった。迫力。


「ももしおちゃんは失恋から立ち直った?」

「まだ」

「あ、オレ、この間CNPに会った」

「ちょっと宗哲君、なんで黙ってるわけ?」

「今言ったじゃん」

「へー。宗哲、横浜で?」

「そ。なんかさ、シンガポールに行くんだって。で、石爺らにお別れ言いに行くって。一緒にどや街行った。ちょっとディープな場所って感じだった」

「ケガ、大丈夫だった?」

「包帯巻いてた。顎にはまだ痣あって」

「CNPさんに会いたかったなー」


ももしおが嘆く。オレはパンダの顔の絵が付いたパンを遊び食べ。パンダの顔の輪郭に沿って食べて行く。


「駅に来てたってことは、良くなってるんだよね。きっと」


ねぎまはほっとした様子。


「円、換金できねーじゃん? ま、きんとか仮想通貨って、できないこともないけどさ。で、どや街の知り合いの人に万札配って歩いてた」

「太っ腹。宗哲も貰った?」

「オレは貰ってない。石爺にも渡してた」

「石爺、元気だった?」

「あー、日陰で昼寝してた」

「石爺、自由だね。今も公園で体洗ったり洗濯したりしてんのかな?」


コアラのパンを食べながらねぎまが笑う。ももしおは青い珊瑚礁をハミングし始める。


「あ、オレ、石爺から缶コーヒー貰った」

「それってなんかすげー。宗哲、すげー。認められたんじゃね?」

「宗哲クンがボディソープくれたのが嬉しかったんだよ、きっと」

「ダン爺はいた? まだダンディだった?」


ももしおの何気ない言葉に、オレは口を噤んだ。


「宗哲クン、どうしたの?」

「ダン爺、いなくなった」


オレはここで話をやめておくべきだったんだ。

ここには身を亡ぼす好奇心の持ち主がいるってことを、オレはまた失念していた。


「へー、ダン爺、もういないのかー」

「どうしたの? 宗哲クン、パンダの目がなくなっちゃったよ?」


うっかりして、後少しでパンダの顔の部分だけになるところをぱくりとやっちまった。


「あっと」

「宗哲クン、ダン爺、なにかあったの?」

「部屋は借りたまんまでいなくなってた。部屋の鍵がかかってなくて、布団も敷きっぱ。でさ、CNPのおっさん、事務所に連れていかれたとき、ダン爺と一緒に軟禁されてたんだって」

「おい、しっ」


ミナトがもっと小さな声で話せと周りに目配せした。


「で?」


ねぎまが体ごと寄って来てオレに聞いてくる。近いんですけど。


「石爺が『ダン爺どこ?』って癇癪起したみたいになっちゃって、CNPが事務所の場所教えに行った」

「どこなの?」


ずいっとねぎまがさらに顔を寄せる。あまりの近さに動揺して、思わず手からぽろっとパンダのパンを落とすオレ。ねぎまはすかさず、そのパンをキャッチ。


「大海川沿いって。オレは地図でしか見てない。行かずに帰った」


ぽふっ


ねぎまがキャッチしたパンダのパンをオレの口にほおり込んでくれた。諭吉が「よくできました」ってご褒美を貰ってる図だよな。


「んーっと、大海川沿いっと」


ねぎまはスマホをテーブルの上に出して地図を表示した。


「あのさ、最初に言ったよな。危ないことはしないって」

「場所だけ。単純な好奇心」


ねぎまは大海川の表示を河口付近から上流に動かしていく。


「なあ、匿名で警察に通報しない?」


ミナトは最初のオレと同じ反応をした。


「オレも言った。そしたらCNPが、その暴力団に恩があるからできないって言ってた。それに、ダン爺はどや街に流れてきたんだから警察沙汰は困る人間だろうって」

「石爺は場所知ってどうするんだろ」


ももしおが首を傾げる。


「CNPに何もするなって言われてた」

「まだ明るいよね? 人通りも多い」

「ねぎま、却下」

「宗哲クンって、なんだかね。みんなの前で私たちに話しかけられるのが嫌だったり、人の目ばっかり気にして。今日だって、困ってたよね? テニス部に気を遣って、バスケ部の方チラチラ見て。小っさ」


ねぎまが冷たい目で言い放つ。


「今日のことは関係ねーじゃん。オレは危ないって言ってんだよ」

「関わりたくないんでしょ? 大丈夫だよ。誰も宗哲クンに関わってもらおうなんて思わないもん。シオリン、食べたら行こ」

「え? だってマイマイ、場所ちゃんと聞いてないじゃん」

「どや街で石爺捜して聞こう」

「おいおいおいおいー。ねぎまちゃん」


おろおろするミナト。


「スト―ップ。分かった。取り敢えず食おう。どや街は行くな。昼間っから酒盛りしてる。何もないかもしんねーけど、女の子が行く場所じゃねーし」

「うふっ。宗哲クン、このパンも食べる?」


ねぎまがオレの口にコアラのパンの半分を入れてくれた。

はー。オレってちょろいよな。


後悔を胸に出発。

ぶらぶらと歩き、電車に乗る。何駅か乗って、下車。割とすぐ。充分に石爺の自転車圏。

そして再び、ぶらぶらと川に向かって歩き始めた。


「でさ、もともとは今日、なんの集合だったわけ?」


ミナトの問いかけに答えたのはももしお。


「マイマイがバスケ部の子から逃げるため」

「そーゆーこと?」

「はっきり断ればいーじゃん?」

「囲い込みなわけよ。バド部の女の子からマイマイを誘わせてさー。その女の子はもう1人のバスケ部の子を狙ってて。協力してって形でマイマイに頼んでくるわけ」

「メンドクサそ」

「宗哲君、しっかりしてよ。マイマイがバスケ部の男子にやられちゃってもいーわけ?」


清純派あるまじき発言。


「おい、ももしお。口を開くな。NGワードがぼろぼろ出るぞ」

「ももしおちゃん、男の『好き』って気持ちはもうちょっと純粋だから」


ミナト、よく言った。


「そーゆーもん? バスケ部の男子も?」

「高校生なんてそんなもんだって」

「サッカー部も?」

「いっやー。分かんね」


オレって正直者。サッカー部のイケイケのチャラい面々が頭に浮かぶ。


「花火の日も誘おうとしてたよね、マイマイ」

「一緒に行きたい友達がいるからって言ったよ。宗哲クンだって」


立ち止まったねぎまが、じっとオレを見つめる。

もしかして、それって、まさか、オレのことを。


「マイマイは『宗哲クン達と行きたい』って言ったんだよねー」


「達」。違うか。

そんなことを話しながら、スマホの地図に従って歩くと川があった。


「川沿いに遊歩道あるじゃん」


川の幅は片側2車線の道路くらい。川の両側に道路がある。その道路は片側通行の1車線で、川の横には遊歩道。道路沿いに立ち並ぶのは民家。ときどきマンションもある。

もちろん眺めるのは川の対岸から。


「オレンジ色の建物って言ってた。コインパーキングが隣にあるって。で、コインパーキング側にトイレとお風呂の窓があるんだって。格子が嵌ってるらしいけど」

「へー」「「ふーん」」

「あと、監視カメラがついてるけど壊れてて、正面玄関のインターホンのだけしか機能してないって」

「監視カメラ設置してある段階で、なんかもう、悪いことしてます的」

「ね、地図だとこの辺だから、あれじゃない?」


最初に見つけたのはねぎまだった。川を挟んで正面を通り過ぎてみた。


「コインパーキングねーし」

「でもオレンジ色って、あの建物だけだよ」

「だな」

「行こ」


ねぎまがすたすたと川上にある三角橋に向かう。


「おい、待てよ」


オレは咄嗟にねぎまの腕を掴んだ。


「通り過ぎるだけ」

「あのさ、まず地図見よ。分かってねーかもしんないけど、お前ら2人、目立つんだよ。歩き回るな」

「……」


声を落として諭すと、ねぎまは大人しくなった。


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